第十一話 弊害と前触れ
真昼と凜の婚約。
真昼が参加できなかった時間帯の朝陽や涼子たち当主レベルの会談では、真昼達の婚姻に関することだけでなく様々な案件について話し合いが行われた。途中から凜の親の蘭達も参加し、今後の事も含めた話し合いがなされた。
元々星守勢は風間に宿泊する事になっていたので、その日は夜遅くまで色々な事が話し合われた。
真昼と凜、そして楓もあの後、軽く食事を済ませてから話し合いに参加した。
ただまあ凜は心ここにあらずで、話を半分も聞けてなかっただろうが。
真昼と凜に関しては、まだ正式な発表は出さない内々での取り決めである。二人の婚姻は多方面に様々な反響を与えかねず、混乱を招きかねないためタイミングを見計らって発表することになった。
楓に関しても風間にある程度、承諾を得る必要性もあったが、凜が正妻と言うことならば風間としてもさして大きな問題はなかった。
「さて。真昼の婚姻の話は大体纏まった事ですし、星守としては満足のいく結果です」
朝陽は真夜の案件から続く、息子達の婚姻関係の話し合いが無事に終わりそうな事に肩の荷が降りる気持ちだった。
まだ風間の長老衆などには話は通していないが、真夜の時のようにどちらが正妻かと言う問題がない分、風間としても拗れる要因は少ないだろう。楓はやはり半妖という事はネックにはなり、莉子や涼子そして蘭から多少難色を示されたが、凜本人が問題無いと言い切った。
「その問題は確かにある。しかし、詳細はここでは言えないが、星守としても問題解決のために秘密裏に動いている。結果が出るまで数年はかかるが、それまではこの件に関しては保留とさせてもらいたい」
また明乃も以前に真夜との話をしていたことを伏せながら、楓の件は何とかすると公言した事で涼子達も様子見をしてくれることになった。
妻が二人というのは、真夜と言う前例があるので何とか押し通せた。そもそも最近はどこの家でも真夜の婚姻の話はかなりの反響を与えていた。
特に交流会での宣言や火野での爆斎との決闘の話は割と美談と言うか、熱い青春の話として若い世代には受けていたりもする。
「そっちに主導権を握らせてばかりだね。けどまあいいさ。この件は風間にも利があるしね。さしあたり、この話はこれで終わりだね」
時刻はすでに十時を過ぎている。そろそろ会談も終わらせる時間だが、まだ一つ話し合わなければならないことがあった。
「星守もだろうけど、風間にも懇意にしているお偉いさん方から、雷坂と同じような事が出来ないかって言われてる。マニュアルも出回ってきて、そろそろ対処しなけりゃならないんだけど」
「嵐が帰ってきたんで、風間としたっちゃ戦力的にはある程度確保できたんばいばってん、万が一があっては元も子もなかけん」
莉子も涼子も雷坂のマニュアルに従って、行動するフェイズに来ているが、彰のように圧倒的な強さを持ち得ない事からも及び腰になっていた。
嵐の実力が想定以上であったのは嬉しい誤算なのだが、それでもリスクが当然あるので安全策を取りたい。
「わかっています。星守も他の六家と歩調を合わせる形で今まで動いていませんでしたが、確かにそろそろ潮時でしょうね。風間と星守での共同討伐であれば、リスクはかなり下げられます」
朝陽は涼子達の言葉に頷くと腹案を述べた。
本来であれば一族のみで対応するべきなのだが、失敗のリスクを減らすためにも最初は共同で行わないかという提案だ。
彰は実績作りのために対処できる妖魔を優先的に狩って発言力を高めているため、ある程度リスクのある相手は放置できる。しかし他の六家では優先度の高い土地を、もっと言えば強力な妖魔が封印されている場所からの対処から進めて欲しいという意向がある。
今回の会談において予め、決められていた内容でもある。
「嵐にも経験ば積ましぇらるーし、真昼君を始め星守ん方とん共同ならお互いによか刺激になるはずばい。バックアップもうちか先代が行やあ問題なかと」
強力な妖魔が出現した場合、特に超級ならば一族の総出で対応を余儀なくされる。先日に火野が超級妖魔を討伐したことも、風間としては焦る理由であった。
ただ戦闘特化の火野に比べれば、戦闘力においては劣る風間は涼子や嵐に同時に何かあれば大問題になりかねないので、リスク分散を考え同じ案件への投入は避けたかった。
しかしそうなると仮に超級であった場合、戦う上での戦力の懸念がある。そこを補うためにも星守との共同でならば戦力の問題は軽減される。
「こちらとしても真昼に経験と実績を積ませ、風間との連携も高まることからもありがたい申し入れだ。星守としても朝陽はあまり動かせないが、その分私も戦力として動く。次期当主二人と先代当主二人なら、覇級でもなければ確実に対処できる」
真昼と嵐の実力はすでに当主クラス。超級ならば守護霊獣もいるので二人でも勝てるだろう。
尤も真夜がいれば星守だけでも覇級にすら対処可能だが、他と歩調を合わせる意味でも朝陽も明乃も共同での対応を望んでいる。
すでに真夜のおかげで、火野との仲はかつて無いほどに良好だ。京極もすでに星守が協力を申し出れば、無条件に近い状態で協力するだろう。氷室とは黒龍神の件で朝陽に頭が上がらず、水波も流樹が星守には好意的だ。
雷坂も問題視されているが、真夜がその気になればどうとでも出来る。
つまり風間との関係を強固な物にしてしまえば、これまで以上に大きな問題に直面した時、足を引っ張り合うこと無く協力できる。
もしこれが時雨であったらなら、星守の天下を画策しさらに強硬な行動に出ただろうが。
「私としてもお願いします。もっと強くなりたいのは当然ですし、実績を積めばこの姿を批判する人も減るでしょうから」
嵐も頭を下げる。彼も真昼との戦いで成長したつもりだが、やはり側でもっとその戦いぶりを観察したいと思っているようだ。
「あ、アタシも一緒にいいか? その真昼と、こ、婚約したんだから一緒に対処する方が、やっぱり良いと思うんだ。それにアタシももっと強くなりたいし」
凜はどこか恥ずかしげに言う。真昼と一緒にいたいと言う気持ちだけではない。嵐のように強くなりたいと思う気持ちもあるからだ。
若干、嵐が真昼に向ける視線に熱い物を感じた事で危機感を持ったのもあるが。
「僕からもお願いします。風間家に迷惑をかけるような事は決してしません」
「決まりですね。取り敢えず、まだ私達は明日から数日こちらに滞在します。その間に手頃な案件を一つか二つ、片付けましょう。そうすれば時間も稼げますし、後々に有利になるでしょう。何なら、今まで手に負えなかった妖魔でも構いませんよ」
真昼の言葉に追随するように、朝陽が提案する。ここまでの戦力が揃っている事はほとんどない。この面子ならば、覇級妖魔が相手でも最悪の事態になることはないだろう。
だからこそ超級までならば余裕を持って対処できるゆえに、今後の事も考え討伐してしまえばいいと朝陽は言う。
「わかったばい。ここから近うて、手早う対応すべき案件はすでにピックアップしとーと。早かりゃあ明日からにでも取りかかろうか」
涼子の言葉にこの場の全員が頷くのだった。
◆◆◆
時は少しだけ先に進む。
奇しくも風間と星守が共同で始めた封印されている妖魔の討伐を、颯史郎達は他の六家や星守に頼らず自らと子飼いだけで行っていた。
爽香や颯史郎は、風間家が星守と共同で対処に当たると耳にした時は、他家に頼るとは何事かと憤慨した。
だから何が何でも颯史郎達は、自分達の優秀さをアピールするためにも行動を続けた。
本家にバレないように、福岡以外で進めていたが、颯史郎達の封印されている妖魔の討伐は順調だった。
雷坂の公表したマニュアルは一定の成果をもたらした。
基本的に彰は強い相手にしか興味が無く、最初の方こそ実績を積み上げるために一人ですべての案件を対応したが、最近は解放した相手が最上級以下の相手は立ち会うだけで手出しをしない状態だった。
今の彰からすれば、あまりにも弱すぎて相手にならないので、特級でも下位ならば他の者に押しつける有様だ。
このノウハウの蓄積は当然行われ、仁を筆頭に優秀な事務職達が作成したマニュアルは、彰のような規格外しか対応できないものでは無く、相手の強さにもよるが一般的な霊器使い――霊器使いが一般的かどかは置いておくが――やそれに準じる者達などでも、確実に実行できるような形で作られていた。
一番の問題点は封印されている妖魔の強さの把握であるが、これまでの雷坂の調査や検証実験などで、彰のような異常な直感ではなくとも、探知系の術者でも可能な方法が明記されていた。
ただしそれも絶対では無く、雷坂でも強さの桁を誤り、一つ上の階梯の妖魔が出てきたこともあった。これまで討伐に失敗しなかったのは、彰の直感が絶対に不味いと思う所を避けていたのと、一つ上の階梯が出現しても彰と雷鳥が討伐したからだ。
また彰と雷鳥は一族の援護があったとは言え、大きく苦戦することも無く、超級妖魔の討伐にさえ成功していた。
話は逸れたが、雷坂は試行錯誤を繰り返し体系化を進めたことで、以前に比べればかなりの精度で休眠状態の妖魔の階梯を把握する事が出来るようになった。
颯史郎達も上手く活用し、討伐を始めて二日で四件の妖魔の討伐に成功した。尤も解放したのはすべてが上級であり、颯史郎でも十分対応できた。元々は最上級でも長い封印で弱体化していた個体もあっただろう。
本家は未だに二件。数の上では勝っているが、内容では本家の方が強力な個体を討伐していた。
そのため、焦りもあったのだろう。三日目の今日、彼らは九州は長崎県壱岐島へと足を運んでいた。
「今日はここの封印を討伐するわよ」
「そろそろ手応えんあっ相手と戦おごたんな」
彼女達が壱岐島へと足を運んだ理由はいくつかある。
一つは手近な所で彼らに対応できる封印が少なくなっていたこと。もう一つは壱岐島の問題の土地の所有者が、爽香と懇意にしている人物の友人の外国人であった。
壱岐島は観光名所としても有名であり、外国人観光客向けに新しくホテルを建てるために、そこの土地の封印が邪魔になった。
本来は風間家に直接申し入れをすればいいが、安く済ませたい思惑もあり、爽香や颯史郎からしても、実績を積み重ねたいことからも両者の利害が一致する形になった。
彼女達が取り囲むのは、一つの小さな塚であった。確かにこれまでに比べればかなり強い力を感じる。
術者達が入念に調べると、今までに比べれば階梯が最低一つ上であることがわかった。
最上級クラス。前の三件に比べれば圧倒的に難しい討伐になる。この面子で討伐可能かと、颯史郎達以外の術者達は及び腰になる。
「心配すっな。今んおいなら最上級であろうとどうとでもでくっ」
「大丈夫よ、最上級相手でも対応できるように、強力な呪法具も用意しているわ。貴方達では到底用意できない物もあるから、万が一の時はこれを使って対処しなさい」
爽香が風間の伝手や本人が親や祖父母から受け継いだ、六家の権威があるからこそ手に入れられる強力な呪法具を配下に配る。武器から護符、注連縄と言った補助の道具も豊富にあった。
彼らからすれば今まで自分達が使っていた物よりも遙かに強力な道具の数々に、思わず唸ってしまうほどだった。
確かにこれならば颯史郎がある程度のダメージを与えられれば、最悪は再封印する事が可能だろう。
雷坂のマニュアルにはこれまで一度も実行されていないが、封印を解いた後に対処不可能な場合の再封印や他家やSCDへの救援の項目も明記されていた。
他家に頼ることは避けたいが、再度封印する準備を予めしておけば、最悪の事態は回避できる。だからこそ爽香や颯史郎も最上級が相手でも気負わずにいられるのだ。
だがこの数時間後、彼らは絶望を味わうことになるのをこの時はまだ誰一人気付くことはなかった。
◆◆◆
新たに妖魔が生まれる原因はいくつか存在する。さらにその中から即座に強力な個体が出現する事も稀にある。人の怨念や無念、あるいは邪念や未練、怒り、憎悪、様々な負の感情が核となり生まれ出ずる。
戦中や戦後など、多くの人々が死んだ際は、それが顕著になる。
しかしそれだけではない。人が増えれば増えるほど、負の感情は多くなる。
人は生きているだけで、様々な感情を発生させる。さらにかつてよりもこの星の人間の数は増えている。
日本人だけで言えば減少傾向だが、世界規模で見れば増加の一途を辿る。さらに日本国内には、他国から様々な理由で来日する人間も増えている。
そのすべての人間が正しい思いや感情を抱いているわけではない。
失望、絶望、孤独、嫉妬、恐怖、不安……。
中には悪意を持っている者もおり、希望に満ちて来日したが、様々な理由で負の感情を抱き、中には人を害し殺める人間もいる。それは日本人、外国人変わりは無い。
だが果たしてそんな感情を抱くのは人間だけだろうか?
確かに人間の負の感情は、妖魔を生み出したり強くする一因でもあるだろう。
しかし人間だけでは無いのだ。同じ妖魔でもそれは言える。
動物にも感情があるように、妖魔にも感情は存在する。
強い妖魔の消滅する間際の思念が、新たな妖魔に影響を与えることもある。
浄化の力を用いても、強い妖魔であればあるほど、その思念を完全に消し去ることは困難となる。
封印されていた妖魔の討伐。その影響は人間によって、良い側面だけでは無かった。
普通の妖魔でもそうだが、長きに渡って封印されていた妖魔達は、人間の同じかそれ以上に強い感情を抱くモノがほとんどだった。
それは怒りであり、憎悪であり、憎しみでもあるが、その強い感情を抱いたまま討伐された妖魔達の断末魔は、退魔師達が気付くことは無いが、この世界に少なくない影響を与えていた。
例外は真夜のような規格外の浄化や、たたりもっけの際のルフのような慈悲の心による救済であろう。
真夜が異世界から帰還して以降、日本ではこれまでに無いほどの頻度で強力な妖魔が出現し、そして討伐されていった。雷坂が行っている妖魔の討伐も、今までに無い頻度であり妖魔の質も高かった。
だから日本のいくつかの地で、異変が起き始めている。
今か今かと誕生を待つ『龍』も同じであった。
そして、ついに最後のピースが揃う時が訪れる。
風間爽香の名前を前回、爽子と間違っていました。申し訳ありませんでした。
博多弁、薩摩弁含めて、他にも何かあればご指摘ください。




