第十話 愛すべき者
―――昨日はお楽しみでしたね♪―――
まどろみの中、真夜はそんな嬉しそうな、あるいは楽しそうな、それでいて面白そうな口調のルフの声で目を覚ました。
窓の外からは朝日が入り込み、部屋の備え付けの時計を見ると時刻は七時を回っている。
仰向けに寝ていた真夜は顔だけを動かし、左右を見る。
右と左から、それぞれ自分の腕に抱きつき、布団から顔だけ出して幸せそうに眠る朱音と渚の姿を視界に納める。しかし布団の下は真夜もだが、朱音も渚も何も身につけていない。
(あ、ああっ……やばい、色々と凄かった)
思い出して真夜は顔を再び真っ赤にする。凄かったとしか形容できない。目覚まし代わりのルフの声は幻聴だったのだろうか、それとも本当にルフが声をかけてきたのだろうか。
(えっ、マジでルフに全部見られてた?)
もし見られていたなら、かなり気恥ずかしい。無いとは言い切れないのがもう色々と辛い。
初めての行為が三人で、しかも見られていたとかどんな羞恥プレイだ。変な性癖に目覚めたらどうしてくれる。
しかし今はかつて無いほど幸せな気分である。もう脳内物質が止めどなく溢れているだろう。幸せホルモンが半端ない。
ここまで幸せな気持ちになったことが、今まであっただろうか。真夜は愛おしさのあまり、二人を抱きしめたいが、腕が動かせないのでそれが出来ないのがもどかしい。
「んんっ。あれ……」
「……あっ」
真夜が微かに動いたことで、朱音と渚が同時に目を覚ましたようだ。半分寝ぼけ眼だった朱音だが、至近距離から真夜の顔を見ると、彼女もみるみる顔を赤くする。
渚の方も昨日のことを思い出したのか、真夜の顔がまともに見れなくなり僅かに視線をそらせてしまった。
「その、なんだ。ありがとう? いや、これも違うか? ああ、うまく言葉に出来ないんだが……」
中々にテンパっている真夜がツボに嵌まったのか、朱音はぷっと吹き出し、渚も思わず笑みを浮かべる。
「……笑うなよ」
「ごめんごめん。でも色々と不思議な気分と感覚ね」
「はい。とても幸せな気分ですし、こうして真夜君と肌を重ねていると、とても安心できますね」
「ああ、それは思う。ちょっと癖になりそうよね、これ」
渚も朱音もさらに真夜の身体に自分の身体を寄せてくる。真夜としても嬉しい限りだが、また元気になりそうで心配でもある。ただ昨日は流石に激しすぎた。
「けど真夜の誘い文句もストレートすぎよね」
「うっ……」
揶揄う朱音の一言に真夜は言葉に詰まった。するか、は流石に情緒もへったくれもない。確かにもっと違う言い回しがあっただろうし、あまりにもがっついた印象を与えてしまったかもしれない。
「でも私は逆に良かったと思いますよ? 多分、私達も期待はしていましたが、自分達からは言い出せなかったでしょうし」
渚としてはストレートに求められているのが逆に嬉しかった。あまりムードは無かったが、いつもの真夜とは違う姿にギャップがあり、思わずときめいたりもした。
「そりゃ、まあそうだけどね。逆に手を出されなかったら、多分色々とかなり不機嫌にはなってただろうし。けどあたしもああやって求められるのは、その、うれしかったけど……」
朱音も真夜がああ言わなければ、おそらく手を出されなかったのではと思う。下手にムードを気にしたり、気の利いた言葉を待っていたら、緊張といつものヘタレ具合で、何も無いまま一睡もできないで朝でした、なんてことがありありと想像できる。
「処でその、二人は身体は大丈夫か? 一応、霊符である程度は回復できるだろうけど」
「ちょっと身体が重いけど、全然大丈夫かな」
「私もです。前に氷室で最上級と戦った時ほどの疲労もありませんし。むしろ心地良いですかね?」
「そりゃよかった。まあ俺も暴走しすぎたってのはあるが。……あと俺だけが暴走したんじゃ無いからな?」
真夜の言葉に朱音も渚も顔をさらに赤くして俯いてしまった。
真夜も初めてで最初は恐る恐るだったが、途中から二人に手を出したくても出せなかったストレスや、二人への感情が爆発してそれはもう凄かった。いつもは紳士的、もっと言えばヘタレな真夜が飢えた狼に変貌するほどである。
ただその二人もこれまでお預けを食らっていたことや、初体験の期待や真夜に求められたことで、変なスイッチが入ってしまった上に、二人がお互いに対抗意識を燃やしてしまったものだから、こちらも途中からはそれはもう凄い事になった。
三人とも命のやりとりをする退魔師達。体力も精神力も一般人よりも上である。で、それがもたらす弊害は中々に大きかった。
途中からは真夜も朱音も渚も暴走気味だった。
二対一での戦いは苛烈を極めた。もし朱音や渚が単独であった場合、真夜に押し切られていただろうが、そこは何とか互角の戦いになった。言い換えれば一人では相手にならなかったと言うことだ。
もう三人とも色々と夢中である。その結果が一晩中、お楽しみでしたねという顛末で、寝たのも日の出前だったりする。
ただ三人とも疲れはあるし、冷静になってくれば色々と思い出し、気恥ずかしくもなってくる。
だがそれ以上に満たされ、嬉しい気持ちや幸せな気持ち、それぞれへの愛おしさが溢れかえっている。
好きな人と一緒にいて、一夜を共にする。
言葉にすると陳腐であり、少し爛れた関係にも思えるが、それでも直ぐ側に大切な人がいて、そのぬくもりを直に感じられる事は素晴らしいと三人は思う。
「ああ、でもまあ、その、あれだ。本当に二人と結ばれて、良かったと思う。下世話な話だけど、二人と出来て嬉しかった。告白を受け入れてくれ時も、キスした時も思ったけど本当に俺は今、幸せだって言える。二人ともありがとうな。その、こんな俺を受け入れてくれて。受け止めてくれて。俺は本当に二人が愛おしくて、大好きだ」
言っていて真夜は滅茶苦茶恥ずかしくなった。歯の浮くような台詞を言っている自覚があるので、余計に顔が赤くなる。二人の顔がまともに見れない。だがすべて本心だ。
抱きしめられていた腕を抜き、そのまま二人をそれぞれの腕で抱きしめる。絶対に二人を離さない。絶対に幸せにする。絶対に守ると。
そんな真夜に朱音も恥ずかしいのか、ぎゅっと真夜の身体に顔を埋めてくる。
「もう、恥ずかしいこと言わないでよ。あたしだってその、嬉しかったんだからね。こうやって、真夜と添い遂げられて本当に幸せだから。私も真夜のこと大好きだから」
「私もですよ、真夜君。私も今、とても幸せです。私も貴方の事が大好きです。だからずっと、一緒にいてくださいね」
渚は朱音と違い恥ずかしさはあるが、真夜に顔を近づけて上目遣いで見るが、朱音と同じように真夜のぬくもりをより感じようとする。
「ああ、俺の方こそ。これからもよろしく頼む」
「あたしの方こそ、これからもお願いね」
「私も同じく、これからもよろしくお願いします」
口々に言うと、三人は照れたように笑い合う。しばらくの間、幸せを噛みしめ、このままだとまた始まりそうだなと三人が思い始めていた頃。
ぐぅ~っと、三人の腹の虫が同時に鳴った。どこか気まずい雰囲気が場を支配し、ぷっと朱音が吹き出し、真夜も笑い、渚も笑いを堪えようとするが思わず笑ってしまった。
「なんか締まらねえな。けど俺達らしいか。いい時間だし、軽く風呂に入りに行って、三人で飯を食べに行くか。それに今は沖縄旅行中だしな」
朝食はビュッフェ形式で、時間も決まっている。少し駆け足になるが、今からなら十分に間に合うだろう。また今日は沖縄旅行二日目。それを部屋にこもっているだけなのはもったいなさ過ぎる。
「もう。せっかく良い雰囲気だったけど台無しね。ほんと恥ずかしいわ。けど真夜の言うとおり、旅行も楽しみたいわよね」
お腹が鳴ったのが自分だけじゃ無くて良かったが、どうしても恥ずかしい朱音。しかし真夜の言う通り、お腹も空いてきたし、汗もかいたので少しさっぱりしたい。それに朱音も観光で行きたい所はまだまだある。
「そうですね。その、こうゆうことは帰ってからも出来ますし。三人の旅行は今しか出来ないことですから」
渚も名残惜しいが、真夜の意見に同意する。それに焦らずとも初体験は終えたのだ。キスと同じで二度目はそんなに難しくない。またはしたないかもしれないが、自分から誘惑する方法もあるし、何だったら今晩にでもまたすれば良い。
「うしっ。じゃあ沖縄旅行二日目も楽しむか」
真夜の言葉に二人も満面の笑みを浮かべ、返事をするのだった。
◆◆◆
早朝から風間が所有する邸宅に十名以上の人員が集められていた。
風間家が傘下にしている一族は複数ある。片手で数えるほどの家族単位の一族や、分家を持つ程度に人数のいる一族から様々である。
爽香が子飼いにしているのは、その中間くらいの一族である。彼女が集めた術者達は五名が戦闘で残りは補助や後方支援の要員であった。
この術者達は風間の傘下の中でも上位に位置する一派である。もっとも風間宗家には劣るが、分家程度の実力はある。
彼らは爽香の独断専行に近い横暴な要請を断れず、さらに風間本家に事の次第を伝える事も許されていない。彼らの一族は爽香に借りがあり、弱みも握られていたためだ。
「いいこと。貴方たちは颯史郎ちゃんが当主になるために、誠心誠意協力しなさい。颯史郎ちゃんが当主に成った暁にはそれなりの見返りは用意するわ」
上手く相手への飴も忘れない。ただし爽香は所詮口約束であり、どこまで守るかは胸先三寸であった。
「今回は雑魚と言われている相手からしていくわよ」
「心配すっな。妖魔はおいどんが全部始末すっ」
霊刀を担ぎながら、自信満々に言い放つのは風間颯史郎である。どこからその自信が来るのか、どんな妖魔でも来いと言うような態度であった。
しかしそれを見た他の者達は不安で仕方が無かった。颯史郎の強さはたかが知れている。この場の中では強いだろうし、上級妖魔ならば余裕だが、最上級妖魔では下位でも単独で相手取ることは出来ない。
確かに霊刀自体はかなりの力を放っているため、使い手が未熟ならば宝の持ち腐れであろう。下位の最上級妖魔と何とか戦えると言ったところか。
このメンバーでも最上級が出ても下位ならば対応出来るだろうが、それ以上は無理だろう。
「安心なさい。これから対処する場所は、上級と言われる場所ばかりで、事前調査も私が手配した者が調べているわ。貴方たちがもう一度、再度調査してから封印を解くわ」
爽香の目論見は自分達の手に負える範囲内の封印を複数対処し、風間において今後の討伐における主導権を握ること。だから今回、爽香が選んだのは上級が封印されていると言われている場所が大半だ。
質より量。さらに彰と同じように式神として使役し、子飼いに渡せば颯史郎の派閥は発言力だけで無く、勢力も無視できなくなるだろう。
彰の後追いだが、同じ事を出来れば当主として相応しいのは颯史郎という流れを作れる。
「行っど。ここからおいどんの輝かしか未来が始まっ!」
子飼いを従え、颯史郎は目的を果たすために動き出す。彼らは当主やその子飼いが気付く前にある程度の実績を作ろうとした。
幸い、本邸は今、星守との大切な話し合いや何かしらの合意が成されようとしているらしく、他への対応がおろそかになっていた。
まだ爽香にはどんな話し合いがなされ、合意に至るのかの内容は届いていないが、主流派ではない彼女達へ情報が回ってくるのは遅いだろう。
苛立ちや不満で怒りが爆発寸前になるが、逆にこれはチャンスだと爽香は颯史郎と共に動き出した。
それがどんな結末を迎えるのか、颯史郎も爽香も気付かぬままに。
◆◆◆
ドクンドクンと深く暗い地の底で、それは脈動を繰り返す。闇が集まり、妖気が高まっていく。
それはゆっくりと形を作っていく。それは着実に力を増していく。
誰にも気付かれないうちに。しかし未だに明確な姿はできあがっていない。
それは人の負の感情の影響を強く受けている。
それは概念的な状態であり、まだ完全にこの世には生まれていない。
しかしそれでもそれは輪郭は出来ていた。
その姿を見た者は口々にその存在のことをこう呼ぶだろう。
『龍』と。
様々な龍が存在し、歴史の中でも有名無名な龍が数多存在し、その強さもピンキリである。
その存在は最後のピースが揃うのを待っていた。自らが確固たる個を得るための最後のピースを。
新たな存在が、今まさに産声を上げようとしているのだった。
昨日はお楽しみでしたね。
はい、何となく筆が乗ってこんな朝チュンの後の話なのに、結構なボリュームになった。
好き嫌いはあるかと思いますがご容赦を。
そしてそろそろ面倒事やシリアスさんがアップし始めました。
後半に向けて、アクセルを全開にしていくか。




