第八話 風間家
真昼と嵐の手合わせは真昼の勝利で幕を下ろしたが、負けた嵐も十分に健闘した。
ともすれば風間の現役や、それこそ当主や先代であっても嵐に確実に勝てると言える者は皆無であった。
朝陽や明乃も嵐の戦いぶりを高く評価しており、明乃も自分と八咫烏であろうとも負ける可能性があると言及したことで、長老衆を含め風間家は大荒れとなる。
嵐はあれからすぐに目を覚ましたが、真昼は数時間経った今も眠り続けている。そのため屋敷の一部屋を借り、楓と凜が側についている。
真昼が眠ったままだが当主会談は続ける必要があるので、涼子や朝陽は話し合いを再開した。その場には嵐の姿もある。
「いやはや。実に見応えのある手合わせでした。嵐さんの高い実力や真昼の成長も見れて、大変良かった。ただ君にとっては苦い敗北かも知れないが」
「いえ。私の方こそ実りのある手合わせでしたわ。悔しい思いも当然ありますが、さらなる成長の糧にさせて頂きますわ。それに真昼さんには感謝しております。手合わせを申し出てくれたおかげで、私は風間の多くの人に応援してもらえたのですから」
嵐も少しは落ち込んでいるが、全力を出した結果であり受け入れてはいる。それに凪を始め、自分を応援してくれる者達が少なくなかった事が本当に嬉しく、その場を整えてくれた真昼に恩を感じているほどだった。
「……はぁっ。ほんなこううちん息子は」
今も頭を抱え、深いため息をついた涼子だったが、次第に表情を変え顔を上げる。そこには先ほどまで悩んでいた母の顔では無かった。何かを決意した顔だった。
「しょんなかね。嵐はきちんと実力ば示した。やけんうちゃこれ以上何もゆわんばい。あんたがおもうごとしんしゃい」
「御母様」
「まだ全部は受け入れられんばってん、嵐ん本気しゃは伝わったわ。周りはまだまだ色々と言うやろうばってん、お母ちゃんな腹ば括ったわ。当主としてはつまらんばってん(駄目だけど)、母親として今ん嵐ば認めるわ」
言い切った後に、涼子は嵐を見ながら優しげな笑みを浮かべ浮かべる。その言葉に嵐は目に薄らと涙をためている。
「涼子、あんたね」
涼子の言葉に隣に座る莉子が苦言を呈するが、涼子はもはや何も言うなと強い意志を宿した目で莉子を見つめ直す。
一度決めたらよほどの事で無い限り意見を曲げない娘の事がわかるだけに、これは無理だねと莉子は肩をすくめる。
「当主会談をしている前で母親としての意見を言うんじゃ無いよ、まったく。明乃、あんたも何笑ってるんだい」
「いや、何。お前も苦労しているなと思ってな」
朝陽や結衣に振り回される事もある明乃は、今までに無いほどに莉子に親近感でも湧いていたのだろう。以前に比べて丸くなっている事に加え、孫の事で四苦八苦している点で、どこも同じだなと場違いな事を思っていた。
「だが実際問題、あの真昼を本気にさせ守護霊獣を二体と、全力を出させたその子の実力は国内でもトップクラスなのは間違いない。風間でもほとんど使い手のいない飛行の術まで使えるのなら、風間としては手放すのが惜しい人材では無いか? それこそ星守の交流会の時のお前の発言では無いが、星守にも欲しいくらいだな」
あの時の意趣返しでは無いが、明乃は莉子に向かいそう言い放つ。莉子も苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
「まったく。本当に性格が悪いね、あんたは」
「私は事実を言ったまでだが?」
どこか楽しそうな明乃に莉子は嫌みを言う。最近はこういう態度を取ることも増えた明乃に莉子は、前以上にやりにくいとさえ思うてしまう。
「ははっ、母様も言いますね。ですが、仰るとおり長老衆を含めて拒否感を持つ方は多いと思いますが、先の手合わせでの反応を見る限り、風間の大多数は受け入れてくれる雰囲気はありましたから、言うほど心配はいらないと思いますよ。それに六家や星守の当主はコネや血、または政略では無く、あくまで実力のある者が立つべきだと言うのが私の考えですが、嵐ちゃんの実力は申し分ないと思いますよ」
朝陽としても、嵐が次期当主になってくれれば真昼と関係も良好に進められる。
(嵐ちゃんの実力が凄いのは本音だが、星守として一番に懸念すべきは凜ちゃんが次期当主候補になることだからね)
朝陽が一番心配していることが、凜の事でもあった。
今のところ、風間家の若手で霊器を顕現できているのが嵐と凜だけである。他の若手も優秀な者はいるが、霊器使いの方が実力は上であり、それをはね除けて次期当主になるのは難しい。今までは次期当主候補筆頭が嵐であり、風間のほとんどの者が彼が次期当主で決まりだと思っていたし、凜も嵐を押しのけて当主になる気は無かった。
だがその嵐が当主候補争いから脱落すれば、必然的に凜にお鉢が回ってくる可能性がある。風間の若手に新たに霊器使いが現れないとも限らないが、その可能性はあまり高くなく、嵐や凜ほどの実力者ともなれば望むべくもない。
真夜と同じく婚姻は家同士の問題があるため面倒で、できる限り火種は少ない方がいい。凜を嫁に取れない可能性は排除するに限る。
真昼もどこまでそれを見こしてこの手合わせを言い出したのかは不明だが、朝陽も明乃も利用できる物は何でも利用しようと、あの手この手で嵐を持ち上げる。実際、嵐の実力は素晴らしく次期当主に相応しいとの考えに嘘偽りはないし、まだ短い時間でしか無いが真昼との戦いを見て、人格的にも悪い人間では無いと思えたのも大きいだろう。
「はぁ。本当に嫌になるね。明乃、涼子はともかくそっちの思惑に、わたしが気付いていないとでも思ってるのかい?」
「いいや。お前が気付いている事はわかっているし、すでに朝陽からも何度か打診はされていただろう。それを踏まえての提案だ。私と同じで孫が可愛いお前の事だ。最終的には折れると思っているし、風間にも十分に利益のある話だからな」
「本当に今日は意趣返しが多いね、ったく。あんた、性格が余計に悪くなったんじゃないかい? やりにくいったらありゃしない」
「ふっ、息子や孫に影響されたのかもな」
面白そうに笑う明乃に莉子が憎らしげに漏らすと、さらに明乃は気をよくする。
「とは言え、そろそろ本来の話し合いに戻りましょうか。風間の次期当主候補の選定に星守が口を挟みすぎれば内政干渉に当たりますし、心情的な物があることも理解できます。ですが星守としては雷坂家への対応を含めて、風間家との関係強化は行いたい。本来は真昼も同席した上で話をしたかったのですが、時間も惜しいので話を進めたい」
今までとは打って変わり、朝陽が真剣な面持ちを浮かべると釣られるように明乃の雰囲気も変化する。
「次期当主の選定もあり、難しい話にはなるかもしれませんが、改めてこちらの意思を正式にお伝えします。星守は風間凜と真昼との婚約を要望します」
朝陽の発言に、嵐は驚いているが、あらかじめ聞かされていた涼子と莉子に驚きは無い。
むしろここからが本番だとばかりに表情を引き締め当主、先代当主として朝陽や明乃と向き合うのだった。
◆◆◆
暮れなずむ夕日が美しい海岸線。
真夜達は日没を見物しながら浜辺を歩いていた。まだ寒さの感じる潮風だが、どこか心地いいと三人は感じている。
「あーあ、もう一日目が終わりそうね」
「そうですね。本当に楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますね」
残念がる朱音や渚に真夜は苦笑するが、同じ気持ちだった。三人でトラブルも無く色々と回って思い出を作れた。今日はあとはホテルに行って夕食を食べるだけである。観光は明日からも続くが、一日の終わりをこんな風に感じたことはこれまであっただろうか。
「本当にな。けどまだ一日目だけど、来て良かった」
真夜は夕日に照らされる朱音と渚の姿を見て、思わず綺麗だと思った。
「ホントね。でもあと三日はあるし、明日からも存分に楽しみましょう!」
「はい。まだまだ行きたいところや見たい場所は多くありますからね」
「そうだな。あと三日、しっかり楽しもうぜ。それに今日はまだホテルでの夕食もある。かなり豪華なのを頼んだから、期待してるんだよな」
泊まるホテルはかなりいい場所で、料理も美味しいと評判である。
「楽しみね。でも今日は初めて三人での泊まり、なのよね?」
がしりと朱音が真夜の右腕に絡みついてきた。
「マンションでは寝る時は、自分の部屋に戻っていましたからね」
渚も逆の腕を掴んでくる。上目遣いで二人が何かを期待しているようにも見えてしまう。
「……ああ、そうだな」
ここまで緊張したのは何時ぶりだろうか。
ホテルは和室で三人一部屋の予約をしてある。間違いが起こる可能性はあるし、起こっても別にいいし、実際そう言った展開を想像していたし、何なら手を出さないのは逆に失礼なのでは? と思う真夜もいたりする。
(いや、三人で初めて一緒に寝るだけでも色々と来る物があるが、これは俺の理性がいつまで持つか)
据え膳食わねば男の恥であり、真夜も年頃の男の子。むしろそう言った欲をこれまでよく我慢した物だ。
いや、ヘタレていただけかもしれない。
なぜか真夜の脳裏に二人に手を出した後の朝に、ルフが「昨日はお楽しみでしたね、むふふふふ」と母である結衣に似たような、楽しそうな顔をしている姿がありありと浮かんだりもする。ついでに朝陽も結衣も出てくる。実に良い笑顔を浮かべサムズアップしている。スンと少しだけ精神が落ち着いた。
「まあ、その話は夕食を食って風呂に入ってからだな」
我ながらヘタレな話だとは思ったが、こればかりは経験がないのでどうしようもない。こんなこと、異世界でも誰も教えてくれなかった。教えられる方がおかしいし、教える奴がいたら、かなりヤバいだろうが。
そんな真夜に二人も苦笑してるのか呆れているのか。
(とにかくこのまま何事も無く、いや、あるかもしれないが、俺達が被害を被る厄介ごとが起きないでくれよ)
真夜は内心でトラブルが起きないように、改めて異世界の神や会ったことは無いがこの世界の神に祈り願う。
口に出せば、言霊となりトラブルが起きる気がしたので、絶対に口にしないようにする。
真夜はそのまま顔を赤らめながらも、二人と手を繋ぎながらホテルへの道を歩くのだった。
◆◆◆
「気に食わん! 実に腹立たしゅう、実に嘆かわしかとや!」
風間家が所有する本邸とは別の邸宅の一室。高級な調度品が多数備え付けられた部屋の、見るからに高価な椅子に座った、顔は悪くは無いが、身体はかなりまるまると太った豚のような男が、忌々しげに吐き捨てる。
「嵐ん奴め、こんおいが目をかけてやっちょったちゅうとに、よりにもよってあげん忌々しかおなごん姿になっとは! 風間家ん恥さらしが!」
持っていたワイングラスのワインを飲み干すと、ドンと近くのテーブルに叩き置く。
男の名は風間颯史郎。嵐よりも三つ年上の風間宗家の一員であり、嵐や凜の従兄弟であった。
しかし彼はあまり出来がよろしくなかった。宗家の中では最弱であり、下手をすれば分家の若手トップに負けかねない実力しかなかった。もちろん霊器も顕現できていない。
だがプライドだけは一流であり、短気で自己中心的であり、さらに風間家にあって男尊女卑の傾向もある、悪い意味での九州男児の性格であった。
彼の両親が莉子や涼子、蘭などと不仲であるのも相まって、一族内では煙たがられており、主流から外されている。
「まったくね! 颯史郎ちゃん! あんなのが風間家の跡取りなんてありえないわ! 絶対に颯史郎ちゃんが跡取りになるべきよ!」
颯史郎の対面に座る、これまたかなり太った中年の女がヒステリックに叫ぶ。彼女は颯史郎の母である、風間爽香だ。
彼女も風間宗家の血を引いているが、涼子や蘭よりも実力は大きく劣っており、次期当主候補に名前すら挙がらなかった。
そんな二人は常々、風間家の次期当主の地位を狙っていたのだが、生憎と彼女達に味方する人間は皆無と言ってよかった。颯史郎は自分の方が年上と言うことで、何かと嵐に絡み自分の方が上とアピールしていた。
尤も嵐は適当に流していたが、逆にそれが颯史郎を増長させる事になっていた。
「マッマ! おいどんが風間家ん頂点に立つんや! ほして風間家をもっと大きっして、あん憎っくき雷坂も、そいで星守もこんおいどんに跪かせてやっ!」
「まあ! 素晴らしいわ、颯史郎ちゃん! 貴方ならきっと出来るわ! 貴方には霊器が無くても、強力な霊刀があるもの!」
颯史郎の言葉を両手を叩きながら全肯定し、爽香は彼を褒め称える。そして颯史郎が椅子の近くに置いていた刀を指さす。
「ふふふ、まさかこげん霊刀があっなんて! 霊器に勝っとも劣らん、いや霊器すら上回っ力じゃな!」
颯史郎が刀を手に持ち、鞘から引き抜くときらめく刃が現れる。清涼な霊力が満ちあふれ、持っただけで持ち手の力を高めているかのようだった。
つい先日、爽香が伝手で手に入れた刀。これほどの一品はほとんど現存していないと言えるほどの物だった。
「こんおいを馬鹿にしちょっ連中に目に物みせてやっんや! まずは手始めに、封印されちょっ妖魔ん討伐をしっせぇ、おいどんの優秀さを知らしめっんや! 雷坂に出来っせぇ、おいどんに出来んはずがなか!」
彼は嵐を倒すのでは無く、封印されている妖魔を討伐する事から始めようと考えた。
討伐の場所は、風間の主流で無い場所で秘密裏に討伐し自分の支持者を増やそうと思っての事だった。
「颯史郎ちゃん。バックアップの人員はママに任せておきなさい。私に頭が上がらない傘下の一族を用意してあげるから」
「あいがとマッマ! くくく、じゃっどん雷坂は馬鹿や! 妖魔討伐んマニュアルなんて物を作っせぇ、敵であっ風間に置いていっなんて。失敗した時は、こんマニュアルのせいにも出来っんや」
颯史郎は机に置かれていた、先日の彰が訪問した際に何部か置いていった雷坂が作成・公表した封印されている妖魔対策のマニュアルを掴み、馬鹿にするように履き捨てる。
「本当に颯史郎ちゃんは偉いわ! ママも颯史郎ちゃんが当主になれるように全力で応援と支援をするわ!」
二人の笑い声が、しばらくの間、部屋に木霊し続けるのだった。
颯史郎は薩摩弁にしてます。博多弁、薩摩弁はできる限り調べてますが、もしおかしければ指摘お願いします。
コミック、本当にありがとうございます。紅丸様が本当に素晴らしく仕上げてくれてます。
本編もこれからも盛り上げていくように頑張りますので、応援のほどよろしくお願いします。




