第一話 旅行
桜が咲き始める季節。
まもなく春がやってくる。
学生達は最高学年が卒業式を迎えると、そのほかの者が新たな学年へと進級する。
真夜達も今日が終業式で、明日から春休みに入り、それが終わると高校二年生となる。
「そういえば、真夜もこの一年で結構身長伸びたわよね?」
「そうですね。それに顔立ちも少し変わった気がします。今までも大人びていましたが、より精悍さが増したといいますか。とにかく前以上にかっこ良くなりました」
「ん、そうか? 確かに前に比べて朱音との目線も変わったからな。顔に関してはよくわからないけどな」
学校からの帰り道、真夜の隣を歩いていた朱音が思った事を口にすると、渚も同意し彼女も思っていたことを言葉にする。
真夜も身長は確かに伸びたなと感じ、ここ最近きちんと測ってないが、おそらく十九歳の時とほぼ変わらぬ身長になっているだろうと推測する。
「あっちでも身長はそこそこ伸びたからな。食べ物とか色々と条件が違うからわからねえけど、もう少し伸びるんじゃねえか」
異世界では四年の間にそこそこ伸びており、百八十には届かなかったが、長身にはなっていた、
食糧事情に関しては異世界の方が悪かったが、こっちにはない特殊な食材などもあったので一概には言えなが、帰還してからは筋肉を付けるように筋トレやプロテインも飲んでおり、食事も朱音や渚がきちんとしたものを作ってくれるので、かなりいい食生活を送っている。
他にも異世界では戦いの連続で緊張感やストレスがかなりあったが、帰還した真夜にはそれらがほぼなく、中学時代までのコンプレックスなども払拭され、精神的にも余裕が生まれており、心身共によい状態になっているため、身長が伸びる要素は整っていたし、まだ成長は止まっていないので、異世界での身長を抜く可能性も十分にある。
「前はあたしとほとんど変わらなかったわよね。高校生でも男の子は成長するって言うけど。あっ、渚も少しだけ身長が伸びたんじゃない?」
「はい。霊器を顕現したのもありますが、精神的にも満たされたのもありますね。前に比べて二センチ伸びました」
女子の身長の伸びは十五歳前後で止まり、伸びても一センチもいかないのだが、渚の場合は例外であったようだ。
霊力が肉体に作用する退魔師は、一般人よりも肉体的な成長にも差が生まれる事がある。以前の渚は百五十を少し過ぎた程度だったが、今は百五十半ばまで伸びた。
「平均身長には届きませんが、少しでも伸びて嬉しいです。私としては朱音さんみたいな身長は羨ましいんですよ?」
「朱音は身長は変わってないのか?」
「あたしは身長は変わらずよ。でも女で身長が高すぎてもいいことないわよ。デカ女とか陰口たたかれることもあるし」
持つ者には持つ者の、持たざる者には持たざる者の悩みがあるのは、何でも同じだろう。
朱音はこれ以上身長は伸びて欲しくはないが、一つだけ大きくなって欲しい部分はあった。そしてそれはこの一年で着実に大きくなった。
(実は胸が少しだけ大きくなったのよね♪。火織や渚には敵わないけど、まだ希望はあるわ!)
胸の大きさの成長には個人差があり、平均で十八歳から二十歳前後で終わるというが、朱音はまだ高校二年生。希望はあるし、色々とこっち方面でも努力している。一般的なバストアップから、霊力コントロールによる強化などなど、その努力が実ったのか去年に比べて大きくなった。
とはいえ、渚などに比べるとまだまだ小さいが、それでもこの調子ならば成長が止まるまでにCカップに到達する可能性が見えてきた。
(好きな人に揉んでもらうと大きくなるって聞くけど、流石に真夜にそれを頼むのは恥ずかしいのよね)
付き合いだしてすでに半年以上。キスまで済んで我その先はまだである。そんな状態で胸を揉んで欲しいなど頼めない。しかしそれももう少しで進める、かもしれない。
「朱音の場合は、身長で色々と苦労してたからな。まあ俺も昔は朱音よりも身長が低くて軽くへこんでたけど」
「今は真夜の方が高いからいいじゃない」
と、たわいも無い話を続けながら三人は下宿先のマンションに到着する。
「さてと。じゃあ明後日からの旅行に向けて最終の準備するか」
真夜が言うと、朱音も渚も今まで以上に嬉しそうな顔をする。
「三泊四日の旅行ですからね。とても楽しみです」
「沖縄は行ったこと無いのよね。まだ海は少し水温が低いみたいだけど、それでも色々と楽しめるしね」
春休みを利用して旅行をすることを計画していた。
実家からは特に春休みの間に戻ってこいとお達しも無いので、この機会にどこかへ出かけようと真夜が提案した。
未成年ではあるが、それぞれの家の名前や退魔師としての身分を提示すれば、三人だけでも問題なく宿泊できる。
候補地はたくさんあったが、海外まで行くのは時間的なものや様々な理由から却下。
では国内だとどこがいいかと言うは話で、近畿圏は今の生活圏であるのでいつでも行けるので今回はパス。
ならば遠方ならどこがいいか。
北海道はまだ寒いし、雷坂の管轄地。今の彰が旅行中の真夜達にちょっかい賭けてくる事はほぼ無いだろうが、何かしらの事件に巻き込まれる可能性もある。
関東だと見られても問題ないのだが、火野と星守の知り合いが多いので、もしばっあり会ったら面倒だし、周りの目を気にしてしまいそうで除外。
なら丁度いい気候の沖縄にしようと言うことで話が纏まった。九州ならともかく沖縄なら凜などの風間の知り合いに会うような事もなく、管轄の風間には真夜達に絡むような人間はほぼいない。
つまり何も気にせず、思いっきり遊べるし楽しめる。
まあ無いとは思うが、飛行機が墜落するような事態でも真夜とルフがいれば対処は可能だし二時間程度の飛行時間ならば、警戒もし続けられるだろうと言うのが真夜の見解である。
「じゃあまた後でな」
「うん。また晩ご飯作りに行くわね」
「では私も着替えてきます」
三人はそれぞれ自分の部屋に入っていく。
「……この旅行で手を出すべきか否か。それが問題だな」
部屋に入った真夜は独り言を口にした。去年のクリスマスにキスを済ませ、今年になっても何度もしている。
だがまだその先には進んでいない。この間の真夜の誕生日でもいい雰囲気になったが、残念ながら一線を越えることは無かった。
誕生日に二人に祝われて、プレゼントももらえて、とても嬉しかった。異世界でも仲間に祝われた事はあったが、それと同じかそれ以上に嬉しかった。そんな気持ちで邪な事など考えられもしなかった。
ただ二人としては僅かばかりの不満はあったようだ。
「だから今回の旅行なんだが、まあクリスマスみたいに勢いで行くか」
いつもと違う環境や状況、雰囲気なら勢いに任せて行けるだろうと言うのが真夜の考えであり、キスの時の経験から学んだ結論である。
「旅行事態を楽しみたいのもあるが、朱音や渚に不満を持たれてもマズイしな」
ただ半分くらいは自分の欲望もある。真夜も年頃の男の子。精神的には落ち着いているが、やはり恋人とそんな関係にはなりたいし、興味はある。三泊四日にしたのは、割と遠方の沖縄というのもあるがそう言う思惑もある。
三泊もすれば、一日くらいそう言う雰囲気になる可能性もあると思っている。
「まっ、それは二の次で二人に楽しんでもらえるように頑張るか。その後は状況とか雰囲気次第だな」
行き当たりばったりな行動かも知れないが、一番それが成功する可能性が高い。
ただ三人で初めて宿泊旅行をする事事態が楽しみでもあるのは間違いない。
「あとは面倒なトラブルがなけりゃいいんだけどな」
頭を掻きながらぼやく真夜。こればかりは神に祈るしか無い。異世界とこの世界の神にどうかトラブルが起きないようにと願う。最悪、起きてもそこまで大きなトラブルや事件に遭遇しませんようにと。
真夜の願いが聞き届けられるかどうかは、数日後にわかるのだった。
◆◆◆
「えっ? 風間への訪問ですか?」
同じ頃、星守の本邸では学校から帰宅した真昼が父である朝陽や祖母の明乃から話を聞かされていた。
「ああ。最近の雷坂の事でな。直接風間と話をすることになった。だからお前が春休みになるタイミングに合わせて、九州へ向かう」
「今回は母様と私と真昼の三人で出向く事にしたよ。あとは楓ちゃんもね。風間にもこちらが事態を重く見ていると言うメッセージにもなるし、万が一の時の連携もきちんと取れるようにしたいからね」
風間涼子から正式な話し合いの場を持ちたいと打診された朝陽は、明乃とも相談し直接風間へ出向くことで話を纏めた。
「父さんだけで無くお祖母様と僕までなんて、かなり仰々しいですね」
正月の火野への詰問は朝陽と結衣、真夜と渚の三人だったのに対して、今回は先代、当代、次期当主候補の三人が出向くのは、かなり大げさにも感じられるし、風間が優位に思われるかもしれないと真昼は懸念した。
「本来なら朝陽だけを向かわせるが、今回は例外だ。それだけ事態を重く見ていると風間に伝える意味もあるし、雷坂を威圧牽制するためだ。しかし雷坂、と言うよりも雷坂彰はまったく響いていないようだがな」
真昼の懸念に明乃が答える。正月に彰本人から聞かされた話に対して、星守も水面下で動いていた。
万が一に危険な覇級クラスの妖魔が出現した場合、地理的にも戦力的にも対応を余儀なくされるのは星守だ。
現状真夜がいれば、戦力的に星守単独で覇級を倒せる可能性は高いが、無視できない被害が出る危険性もある。そのため他家との繋がりは強化しておくに越したことはない。
雷坂が今のところ失敗も失態も犯していないため、強く抗議できないが、あまり調子に乗るな、星守は他の一族と連携を強めているぞと警告する事は出来る。
尤も彰はどこ吹く風。自分自身に相当の自信があるのと、強くなって真夜や真昼、または自分が楽しめる戦いが出来れば、雷坂が孤立しようが没落しようが正直どうでもいいと思っているので自重しようとも思わない。
「それに真昼を連れていくのには様々な理由がある。正直、雷坂彰は異常だ。強さもだがあの政治的センスは天性のものでも驚異と言っていい。先代当主や当代当主でも短期間でこれだけの功績を挙げ、うまく立ち回った者はいない。強いて言えば朝陽だが、それを遙かに上回る」
明乃は戦闘能力では真夜に軍配が上がるし、真昼の方が少し上と思っているが、当主としての器は次世代の誰よりも大きいと感じている。このまま手をこまねいていれば、次期当主達の誰も太刀打ちできないのではないかそう思っている。
「他の者達には悪いけど、星守の次期当主は真昼で決定している。真昼が当主になれば真夜が支えてくれる。そうすれば、雷坂に対しても対等以上に立ち回れるし、真昼の負担も減るからね」
朝陽は真昼に言い聞かせるように言う。星守で他に当主になれる可能性があるのは、海や陸、空だがその三人は真昼に劣る。能力や功績を鑑みても真昼以上に適任は無く、さらに真昼ならば真夜も以前の交流会での宣言通り、全力で支えてくれる。そうなれば星守は安泰だ。
「だがそのためにも真昼には一刻も早く、当主としての実力を上げてもらわなければならない。すぐに彰君と同じとは言わないが、場数を踏み経験を積んで成長して欲しいとパパ達は考えているんだ」
「だからこれからは当主会談などにも同席させる事が増えるだろう。今回はその一環だ。それに風間も次期当主候補筆頭と言われていて、今は海外留学に出ている当主の嫡男が近々戻って来るとのことだ。その顔合わせもかねて、お前には一緒に風間に来てもらいたい」
二人の言葉に真昼もなるほどと納得する。確かに真昼も伝え聞く彰の活躍は凄まじい。実は真昼は彰と連絡先を交換しているので、偶に連絡を取り合っていたりもするのだが、それを公にするとややこしくなるのであまりおおっぴらにはしていない。
もちろん、星守に取って重要な話や他家に知られてはいけない事は話してはいない。
ただ彰の方は真昼からすれば、これ、僕に教えていいの? という内容の話を伝えてくるので割と困惑する事はある。だがそれが当主としての彰の強かさなのではと最近感じ始めている。
「そういうことなら僕からもお願いします。僕も彰には色々と負けたくないですから」
真昼はそう言うと頭を下げて二人に自ら願いでる。真昼は彰の事をライバル視している。ともに真夜の強さを目指す者であり、交流会以降からは好敵手と言ってもいい間柄であるが、強さは互角でも当主としてはすでに彰は何歩も先を歩いている。その方面でも負けたくないという気持ちが強くなっていた。
「ははっ、真ちゃんだけでなくまーちゃんも頼もしくなったね。これは先が楽しみだ」
「朝陽、またただの父親になっているぞ。だが星守の未来は悪くはないと思うのは同感だ。あとは風間の次期当主候補次第だが、今度の会談で交流を深めれば、今後は色々と真昼に取っても有利に働くだろう」
この場で真昼には伝えていないが、朝陽と明乃は真昼と凜の件も今回の会談で話題にするつもりだった。楓を連れていくのも真昼のパートナーと言うこともあるが、この話題には必要不可欠だからだ。
真夜が朱音と渚と婚約を成功させた事は当人達もだが、星守にとっても良縁となった。
だが逆に真昼との婚姻に関して、今まで以上に水面下で動きが出始めた。それは六家だけでなく、他の退魔師一族を含め多方面からもあるほどだ。
真昼本人が真夜ほど本気で凜や楓と添い遂げたいと考えているかはわからないが、風間の次期当主候補を見定めて関係強化にするに値するほどの人物ならば、当人達が望むのなら朝陽達は全力で協力するつもりだ。
「……わかりました。宜しくお願いします」
真昼は二人の意図を察したのか、再び深々と頭を下げるのだった。