プロローグ
遅くなりました。
光あるところには闇があり、光が強ければ影が生まれ、光が強ければ強いほど影は濃くなる。
現世において光とは人々を闇の住人とも言われる妖魔から守る者達である退魔師であり、次世代を担う若手の退魔師達の強さは、歴代最高と呼ばれ始めていた。
名のある若手の台頭。しかもその強さは過去に見ぬほどであり、星守真昼、星守真夜、雷坂彰、他にも水波流樹や星守海、風間凜、火野赤司や火野朱音など多くの霊器使いやそれに匹敵する遣い手が名を上げている。
ここ最近は現世に発生する妖魔や、封じられていた妖魔達が次々に討伐されている。さらには異界においても数が少ないとされる覇級妖魔までもが二体も倒され、それに次ぐ妖魔も現世にて消滅した。
現世における退魔師達という光はこれまでに無いほどの輝きを放っている。
黄金期と呼ばれる時代だと退魔師達は口々に言うだろう。
だが光が強くなることで、起こる変化を彼らは知るよしもない。
静かにしかし着実に、闇の勢力にも変化が起こっていた。
一定の調和が取れていた異界で、覇級妖魔が二体も消失した事はその均衡を崩し、新たな存在を誕生させる。
だが異変は異界だけではない。現世でもそれは起こる。
それは、それらは静かに、だが着実に生まれ出ずる。
退魔師達に強力な術者が生まれたように、妖魔の中にも生まれながらに強い個体が出現しようとしていた。
異変は異界だけではなく、現世でも影響が色濃く表れ始めた。
それに退魔師達が気付くのはもう少し後になってからであり、様々な影響は妖魔だけではなく、人間の間でも起こり始めるのだった。
◆◆◆
「かぁっ! 面倒くさかばい! なんでこんなに厄介ごとが多いたい!」
九州に拠点を置く退魔六家の一角・風間一族。
その本家の執務室で当主である風間涼子が机に突っ伏して悪態をついていた。
「やれやれ。罪業衆が潰れて少しは楽になったと思ったんだけどね。雷坂の件でまさかここまで面倒な事になるとはね。星守の交流会で見た時もかなりのものだったけど、実際はそれ以上だったのには笑うしかないね」
「お母ちゃん! ほんなごと(本当に)、笑い事と違うばい! 人間的には先代よりはマシやけど、やりにくいけん! と言うよりも、あの子、下手すっと私よりも強かっちゃないと?」
同じように執務室にいた先代当主であり、涼子の母である風間莉子が苦笑交じりに同意した愚痴をこぼすと、涼子はやってられんとばかりに、うがーっと叫ぶ。
彼女達が頭を悩ませているのは、雷坂家の事であった。
雷坂と風間は距離が最も離れてはいたが、先代雷坂家当主の雷坂鉄雄と涼子は犬猿の仲であった。お互いに敵対視していたこともあり、一族間の関係性も険悪に近い物だった。
しかし彰の代になってからは、わざわざ本人が出向き、関係改善をしようと言ってきた。これは火野の時とは違い、きちんと事前アポイントメントを取った上での来訪だ。
「わたしもそれについては同意だよ。厄介なんてもんじゃないね、まったく。ついでにこっちの関係者を値踏みまでして行くんだからね。しかも手土産と今後についての話し合いとか。本当に凜達と同じ高校生なのか疑いたくなるね」
「同感たい。鉄雄の方が子供に見えるとかなんな? 麒麟児ってのは、ああいう子を言うんよな」
彰と直接会った涼子が抱いた印象は厄介の一言だった。単純な退魔師としての実力もさることながら、超級式神雷鳥を従えていることを涼子も知っている。
鉄雄とは比べるのも烏滸がましいほどの実力がある相手。強いだけならば涼子はここまで危険視していない。
だが彰らは想像以上に強かだった。
火野と同じように式神の手土産だけでなく、今後の関係の話や封印されている妖魔に関しての話し合いも成された。
彰の方が話がわかるのだがそれを踏まえても、これならばいけ好かないしムカつく相手だったが、まだ鉄雄の方が圧倒的にやりやすかっただろう。
「雷坂新当主は、わたしらが一番反対する可能性が高いと見て懐柔策を取ったんだろうね。火野と星守へはすでに話し合いが済んでいるみたいだし、京極は話すまでもなく現状では意見できる立場に無い。水波と氷室は静観の構えみたいだし、雷坂もそれに合わせているからね。まあ今回の来訪は風間の実力者達の強さを測る意味もあったんだろうけど」
彰の思惑を莉子はおおよそながら理解していた。彰は己の目的のための手段として当主をやっている。
しかし本人は片手間でやっているにも関わらず、周囲への影響が大きくどこも無視できない上に、一定以上の成果を上げているのだから余計に質が悪い。
他の六家でも問題視されているが、火野と京極は真夜と朱音、渚の婚約で星守との結びつきを深められることを雷坂への対策とみなしている節がある。
また星守は彰に対して何かと優位に立てる状況でもあるために、水波と氷室は京極程ではないにしても黒龍神によるダメージからの立て直し中で雷坂へ干渉する余裕はなく、直接的に脅威となる状況ではないためにと、理由は違えども何処も静観している。
「星守ともう少し風間も連携を強める方がいいかもね。今の明乃は昔に比べて話がわかるし、当主の朝陽もやり手だが、好感の持てる当主だよ」
「それは同感たい。私も打診はしちょるし、あっちも雷坂の件はそれなりに頭を悩ませとるようばい」
本音としては朝陽も明乃も彰を何とかしたいと考えているが、現状では上手く妖魔を討伐しており、報告と称して、危険な妖魔の可能性があるものの除外や判断基準、ここまで自分達で構築してきたノウハウも惜しげ無く公表していることや大物政治家を味方に付けていることから、大々的に非難も出来ないのが現状だ。
尤も除外基準は彰の勘の要素も強いが、そこは霊感の強い者を複数名動員しての裏取りなどもしており、報告書なども粗が少ない。これは仁を始め、彰が採用した文官のような事務方が頑張った結果である。
彰は出来る限り自らの手を煩わせず、自分の修行時間をより多く確保するために、こう言った者も重用している。そのため雷坂では事務方が以前よりも待遇も良く働きやすい環境が整っている。
「うちでも封印している妖魔を討伐しないかって案も出てるしね。それらを見こしての雷坂の立ち回りだろうし、上手くいっているのなら止められもしないからね」
「鉄雄なら間違いなく、公表なんてしやせんたい。自分達で独占して、こっちを貶めてくるけん。今はそれがない分よかけど、うちのベテランも若手もそんな雷坂に負けるなってせからしい(うるさい)のが問題たい」
風間としても封印されている妖魔を討伐したいのはやまやまだが、雷坂のノウハウ通りに事を進めて確実に成功する保証もない。風間も戦力的には超級までならば何とかなるが、人員の喪失や負傷などがあれば今後に響きかねない。それに下手に失敗すれば、それこそ他者に付け入れられる隙を作りかねないと慎重派の涼子や莉子は二の足を踏んでいる。
「まったくだよ。向上心があるのとやる気があるのはいいけど、雷坂新当主は規格外過ぎるからね。実際に相対すりゃ、ほとんどの若手は萎縮するだろうね。凜は今のところ問題ないけど、凪は怪しいね。それに今の六家は星守も含めてどこも若手は粒ぞろいだよ」
凜とは別の孫の顔を思い浮かべながら、莉子はため息をつく。自慢の孫達だが、他の一族の若手に規格外が多すぎてどうしても心配になってしまう。
特に交流会で他の一族の若手を目の当たりにしたからこそ、その思いは強くなっている。
さらに最近は彰だけで無く、火野の先代当主に勝った真夜や、当主と共にだが超級妖魔を倒した火野赤司の名前も伝わってくる。関東から北は本当にあり得ないほどに若手の実力者が多い。
「大丈夫たい! 凪は私の自慢の娘たい。今すぐには難しいかもしれないっちゃけど、絶対に乗り越えてくれるけん。それに次期当主候補は凪より嵐の方が有力ばい。あの子ならきっと大丈夫ばい」
今、海外に短期留学している息子の名前を出し、涼子は満面の笑みを浮かべる。涼子のもう一人の子供であり、長男である嵐は根っからの九州男児で、自慢の息子である。今は高校を卒業して留学と称して一年の武者修行に出ている。
「まあ嵐なら大丈夫だろうね。そういえばそろそろ約束の一年だね」
「そうたい! もうすぐ帰ってくるって連絡もあったばい」
一年ぶりに息子に会えるとあって、涼子は嬉しそうだ。莉子も心持ち、優しげな表情を浮かべている。
「あの子が帰ってきてから、もう一度話し合いだね。久しぶりに皆を集めるかね」
「楽しみたい」
涼子の言葉に莉子も優しげな笑みを浮かべるのだった。
◆◆◆
「はぁっ!」
風間家の鍛錬場で風間凜は鍛錬を続けていた。
周囲には複数の一族や門下生達がおり、一対多数での組み手で凜が大勢を相手している。
凜の組み手相手の中にはベテランもいるが、終始押しているのは凜であり彼女はまだまだ余裕がある。
「そこまで!」
立会人の一人が声を上げると、手合わせが終了する。凜は少し汗ばんでいるが、特に息も切らしておらず疲労も少ない。他の者達はそうではなく、ベテラン勢も座り込んでいる。
(こんなもんか。もう少し歯ごたえのある相手とやり合いたいんだけどな。ババアは忙しいみたいだけど、また頼んでみるか)
高野山や星守の交流会以降、凜は積極的に組み手や修行を続けて強くなり続けていた。涼子の息子である嵐がいない今、若手だけでなくベテラン勢も霊器使い、それも涼子や莉子などのトップクラス以外はすでに凜の相手が出来ないほどだ。
(真昼や雷坂はもっと先に行ってるし、真夜も相当だからな。アタシももっと強くならないと。真昼とも手合わせできればいいんだけど、ババアにそっちも頼むか。ババアも割と最近は乗り気だしな。また星守の交流会みたいに、他家の実力者と戦える場があればいいんだけどな)
凜が見据えるのは当主クラスの実力。それすらも通過点に過ぎない。目指すべき頂は遙かに高いと認識しているため、鍛錬にも熱が入る。
莉子も明乃に触発されたのか、今までよりも鍛錬に力を入れており凜にもよく付き合ってくれる。
と言うよりも、莉子とまともに戦える術者が涼子などほんの一握りであり、その誰もが忙しいので丁度良い相手として凜に白羽の矢が立つことが多い。
凜も凜で莉子が相手なら全力を出せると言うことで、好んで手合わせをする事が増えている。
「お疲れ様っす、凜姉様」
と、凜がそんなことを考えていると、タオルを持った短めの茶髪をサイドポニーに纏めた中学生くらいの少女が凜に声をかけてきた。
「おっ、凪か。悪いな」
凜は凪と呼んだ少女からタオルを受け取ると、礼を述べる。
風間凪。今年で中学三年生になる風間一族当主涼子の娘だ。
「いえいえ。けど凜姉様も凄いっすね。あれだけの相手をして余裕なんて」
「アタシなんてまだまだだって。上には上がいるからな。他家の連中なんて、もっと凄いのがいっぱいいるぜ」
「うげっ。この間の交流会っすよね? 参加した若手のほとんどが霊器使いだったとか、覇級の妖魔も現れたとか」
凜の言葉に凪は顔をしかめる。彼女は未だに霊器を顕現できておらず、霊器使いと言うだけで尊敬と畏怖の対象である。その上で覇級妖魔など想像を絶する化け物だと考えており、出来れば出会いたくないと思っている。
「まあアタシは覇級とは直接戦ってないけどな。それでも凄い威圧だった」
凜もあの時の事や京極での事を思い出すと、未だに震えがするため、凪の気持ちもわからなくもない。
凪が萎縮し、出会いたくないと思ってしまうのも無理はない。覇級など当主クラスでも死を覚悟するどころか、単独は十中八九、命を落としかねない相手だ。そんな存在に霊器も顕現できていない中学生の凪が尻込みするのは致し方ない。今の凜でも一人で六道幻那や空亡、禍神と出会えばまともに戦えるかさえ怪しい。
「凜姉様はよくそんなのと出会って平気っすね。しかも今でも凄く強いのに、もっと強くなろうとしてるなんて、向上心半端ないっす!」
凪の憧れのまなざしに凜は苦笑してしまう。
「まっ、追いつきたい奴がいるしな。それに強くなっておけば覇級とかに出会っても何とか出来るだろ?」
真昼の背中を追いかけ続けると凜は決めた。あまりにも遠い背中。しかし追うことを諦めてしまったら、その差は広がる一方だ。だから立ち止まって等いられない。我武者羅に走り続ける以外にないのだ。
「いや、その考え方がヤバいっす。うちは覇級なんて一生出会いたくないっすよ」
凪はどうも強くなることには消極的なようだ。凜としても自分の考えを押しつける気は無いし、凪もまだ中学生であり、強くなることを強要するのは違うと思ってる。
「そりゃそうだな。けど凪も最低限は強くならないとダメだろ? 少なくとも特級を単独で倒せるくらいには」
「凜姉様。それ割と無茶ぶりっすよ」
最上級ならばまだしも特級単独撃破など、当主やそれに類する人間の強さである。凜の知り合いにバグが多いせいか、知らず知らずのうちにハードルが上がっているようだ。
「そう言えばもうすぐ兄が帰って来るっすよ」
「嵐さんが? へぇ、そういやもうすぐ一年だもんな。嵐さん、強くなってるかな?」
凪が兄の話題を出したことで、凜も従兄弟の嵐の事を思い浮かべる。凜と同じくすでに霊器を顕現している風間の若手ナンバーワンの実力者。
一年前は凜よりも強かったが、今はどうだろうか。凜も帰ってきたのなら一度手合わせをしたいと考える。
「三日後に帰ってくるらしいから、お出迎えっすね。強くはなってるとは思うっすけど、今の凜姉様を見たらきっとびっくりするっすよ」
「そうだといいけどな」
凜はそう言いながらも、従兄弟の帰参を楽しみにするのだった。
風間編スタートです!
また新キャラ登場。あと何人か出ると思いますが、ご容赦ください。
そしていよいよ、コミックス3巻が発売になります!
7月8日です!
書影等はまた上がると思いますが、大変素晴らしい表紙になっています!
ぜひお楽しみに!




