第十八話 幕引き
結界内に突入した真夜と赤司とルフは、未だに激しくぶつかり合う焔と禍斗の力を感じ取った。
(これが、父上の全力と超級妖魔の力のぶつかり合い!)
ビリビリと激しい刺すような衝撃が赤司を襲う。昨日の真夜と爆斎の戦いでも感じていたが、あれは結界の外から見ていたため、ここまでではなかった。
だがそれでも赤司に恐れはない。真夜とルフが隣にいることもあるが、いつもと感覚が違ったことにも起因した。
(おかしい。いつも以上に身体が軽いし、力が溢れてくる)
自分自身の変化に驚いている赤司は、不意に真夜の方を見る。
「念のために俺の霊符を赤司さんに渡しておく。それでいつもより強化されるし、霊符の防御もある。あと隠形の術もかかってる」
真夜は十二星霊符の一枚を赤司に貼り付け、簡単な説明をする。これにより赤司はいつもより強化される。
「す、すごいな。こんな事まで、出来るなんて」
能力を向上させる術は存在するし、他人を強化する術を使用する術者も歴史上には何人もおり、現在も数は少ないが存在する。しかし真夜ほど、強化できる人間を赤司は知らない。
「まあな。一応、知ってるのは何人かいるが星守の人間が大半だ。出来れば秘密にしてもらえるとありがたい」
「あ、ああ。わかった。約束は、必ず守る」
真夜としてはバレても問題ないが、言いふらされても面倒だ。そのうち広まるであろうが、防御や結界などの補助系の多才な術やルフだけでも話題性が高いのに、ここに他人を大幅に強化できるなんて話が加わればどうなるか。
真夜の価値はまさにうなぎ登りどころか天井知らず。もし朱音や渚と婚姻を締結していなければ、他の六家どころか、様々な家が真夜に娘をと年頃の女を送り込んでくるだろう。
いや、二人も嫁にするんだからもう何人かを、なんて話が舞い込んできてもおかしくないだろう。
赤司は真夜に多大な恩があるので、もちろん言いふらすつもりはない。それどころかそんな重要な能力を自分に教えてくれただけでなく、その恩恵にも与らせてもらえたことに感動すらしていた。
真夜に対して赤司は心酔というか、もはや崇拝の域にまで達するほどの感情を抱くほどだ。
火野の次期当主としてはかなり問題だが、当人が一番苦しい思いをしている時に手を差し伸べ、今も自分に力を貸してくれる相手に対する赤司の心境も当然と言えば当然だろう。
「赤司さん。今は余計な事は考えずに妖魔の討伐と火野の当主の救出を優先する。あと俺を過剰に持ち上げるのは火野の次期当主として、あんまり良くないぜ。雷坂みたいにとは言わないが、俺に気を遣いすぎずにどっしり構えてりゃいいんだ。火野の当主になるなら、一族の利益も考えないといけない立場だろ」
だから釘を刺す。迷走しないように。懇意にしてもらう方が助かるが、一族の長になるならば身内への配慮も必要になる。
「……ああ。その通りだ」
赤司も真夜の言葉に気持ちを切り替える。真夜に感謝する気持ちは変わらないが、確かに自分の立場を再度見つめ直す必要がある。
もっとも自分に対して陰口を叩いた者達にまで、配慮してやろうという気持ちはないのだが。
「先に、しなければならないことをする」
まずは妖魔の討伐と焔の救援。それが出来なければ話にならない。
急ぐ二人は、見るも無惨に崩れ落ちた建物とそこで戦う焔と禍斗の姿を視界に納める。
「おぉぉぉぉっっ!」
焔は身体のあちこちから血を流しているが、まだ健在であり今なお禍斗を果敢に攻め立てている。
禍斗はと言うとこちらには目立った外傷はない。これは禍斗が炎を喰らうことで回復しているためである。
しかし禍斗も常に回復出来ているのかと言えばそうではない。下手に炎を喰らうと隙が生まれ、焔に致命的な一撃をもらう。そのため今は回避か防御を優先し、焔から逃げ回るような立ち会いをしている。
だが禍斗はチャンスを待っていた。防戦を強いられているが、焔は人間であるため体力にも限界があり、得意の炎の霊術も浄化の力を付与しなければならないため消耗も激しい。禍斗は時間をかけることで、相手に消耗を強いている。
禍斗は時間が経てば自分の方が有利だと思っている。かつての知識から、これほどまでに強い退魔師はあまりいないであろうと考えており、周囲にもそこまで強い力の持ち主の霊力を感じなかった。
もしくれば、その時は脱兎のごとく逃げる算段ではあるが、超級クラスの自分を追い込める者は早々いない。禍斗はその点で言えば慢心していた。
だから気付かない。気配を、姿を消して近づいてくる者達に。
『ッ!?』
禍斗の鼻と勘が突如として何かを感じ取った。だがそれはあまりにも遅く、さらに致命的な隙となってしまう。
「隙あり!」
『グルゥッ!?』
それを見逃す焔ではなかった。大剣の一振りが頭上より振り下ろされる。禍斗は咄嗟に身体をひねり、尾を相手へと向ける。
ざくりと禍斗の尾は振り下ろされた刃により、無残にも切り離された。禍斗の絶叫が響き渡る。
しかし禍斗は理解している。痛みに悶えている場合ではないと。焔と同時に自らの鼻と勘が告げる方へも意識を割く。すると直後、炎で出来た無数の鏃のような物が禍斗へと飛来した。
炎ならばと禍斗は喰らうことを考えるが、即座に回避を行った。
―――アレハ、キケンダ!―――
ただの炎ではない。浄化の力が宿った炎であることを禍斗は見破った。大きく飛び退き、距離を取ると禍斗は息を荒げながらも低くうなり声を上げながら、新たな乱入者達を見据える。
「赤司!? それに真夜君!?」
焔も突如現れた二人に驚きの声を上げる。禍斗もだが戦いに集中していたとしても、ここまで接近し、さらに攻撃が放たれる間際まで焔は気付かなかった。
「父上。援軍に来ました。それと、すまない。せっかくのチャンスを、ふいにした」
「構わねえよ。それに状況は考え得る限りで一番いいしな。相手を侮るのは論外だが、せっかくだ。ここで赤司さんももう一段階上に進んでくれ」
謝罪する赤司に対して、真夜は気にするなと言うと同時に禍斗を赤司の成長の糧にしようと言い出す。
「俺とルフは言ってあった通り、援護に終始する。赤司さんは思いっきりやればいい。火野の当主の方もしっかり援護する」
「Aaaaaaaaa!!!」
真夜の言葉通り、ルフが上空へと浮かび上がると、周囲にさらに結界を展開する。分体のルフでは禍斗が本気を出せば破壊できる程度の結界しか展開できないが、それでも足止めは出来るしその隙に真夜や焔などが致命傷を与えればいい。
さらに霊符を一枚、焔の方へと飛ばす。霊符に焔が触れると、たちどころに傷と体力が回復した。ただ今回は霊力の回復は微々たる物だ。焔ほどの術者の霊力を全快させるのは難しいのと、真夜も昨日の激戦のため万全とは言いがたいためだ。
しかし超級相手ならばこれで十分だ。
「背水の陣で相手は死に物狂いで来るぜ。油断すると、大怪我じゃすまない」
「……心配は無用だ。俺はもう、迷わない」
赤司は己の全力を解放する。真夜の霊符の強化もあるが、その力は爆斎にも届くほどだった。その力に焔は再び驚愕する。
身体的コンディションは最悪のはずだが、赤司は今が人生で一番強いと確信できる。
「……征くぞ」
ぐっと足に力を込め、全速力で駆ける。振るわれる赤司の霊器である七支刀。長年、愚直に修練を積んだことがよくわかる動き。禍斗も赤司が焔には劣るが、それに近い力をあると感じ回避を選択する。
そのまま赤司は攻め続ける。実力差はあるし、普通の炎では禍斗に喰われ回復される。赤司も浄化の霊術は使えるが、そこまでの威力は無い。
だが真夜の霊符の補助がある今、刀身に纏わせる分には禍斗も無視できない浄化の力が宿る。そこから距離が離れそうならば、七支刀のそれぞれの刃の先端から、鏃のように炎を飛ばしていく。
禍斗は焔とはまた違うやりづらい相手に苛立ちを覚える。焔には劣るため、一対一ならばまず負けはしないのに、他にも警戒しないといけない相手が複数いる事に焦り始める。
頭上にはルフと離れたところに真夜。この二人は焔と同格かそれ以上の実力があると見抜いている。
――ニゲネバ!――
もはやまともに戦っても勝てないと判断した。相打ち覚悟ならば一人か二人は道連れに出来るかもしれないが、確実に自分も討伐される。
――ダガ、ドウヤッテ?――
逃げるにも周辺に新たな結界を展開された。逃げ道は塞がれた。
「父上!」
「ふっ! 赤司と肩を並べて超級と戦うか。それもまた面白い!」
赤司の言葉に焔が応えると、即座に合流する。本音で言えば赤司や真夜が来たことで、このまま心赴くままに禍斗と死闘を楽しみたかったが、焔は一人の退魔師としてよりも、火野の当主としての責務を優先させた。
もし万が一の事があれば、妖魔を討伐したとしても、赤司だけで無く真夜にも迷惑がかかるからだ。
「いつの間にそれほど強くなっていたのかと思ったが、どうやら何か別の要因がありそうだな」
禍斗を警戒しながら、隣に立つ息子を観察する焔は赤司の力が、本人だけの物で無いと気付いた。
「……はい。詳細は言えませんが、俺だけの、力ではありません。ですが、今は、そんなことよりも、超級妖魔を倒すのが、先決です」
「……そうだな。では息子との共闘と征こうか」
焔は真夜が何かしらしたのだろうと予想する。様々な補助の霊術を使えるようになっていると報告書にもあった。赤司もその術の一つの恩恵であろうと。
(聞きたいことは山ほどあるが、今は超級を倒す。当人達に聞くのもあれだ。これが終わった後、それとなく朝陽殿や紅也に探りを入れるか)
まだ勝ってもいないのに、後の事を考えるなど気が緩んでいるとも思うが、焔はもはや禍斗に負ける気がしなかった。頼もしい息子に尊敬する伯父である爆斎に勝った真夜とその守護霊獣のルフ。
相手が超級であろうとも、この布陣で負けていては火野当主の名が廃る。
「俺が前に出る! 赤司はサポートを! わかっているようだが、奴は炎を喰う! 浄化の炎以外は奴の餌だ!」
「わかってます! 父上を援護します!」
赤司は強化されても自分が焔に届いていない事を理解している。だから赤司は父を援護するために動く。
同時に真夜も動く。焔を強化すればそれだけで勝率は上がるが、それは最終手段と考えている。勝つ算段はあり、長引いたとしても朝陽達の増援も望める。
(それに俺も守護者としての戦い方もさび付かせたくないからな。二人には悪いが、俺の我が儘にも付き合ってもらう)
真夜も圧倒的有利な状況のため、自分自身の成長やこちらの世界ではあまり出来なかった、守護者としての立ち回りを行い、勘や腕が鈍っていないかを確かめたかった。
朱音や渚でもいいが、やはり二人を危険に晒すのは躊躇われるし、そもそもそこまでの相手が都合良く現われもしない。
焔や赤司ならばいいと言う話ではないが、赤司の場合は経験が足りていない。星守の交流会での禍神戦に参加していればまた違っただろうが、ここで焔を強化して即座に討伐では成長などない。
しかし時間をかけるつもりもない。相手が急激に強くなる兆しを見せれば即座に対応し、焔を強化する。万が一の場合は、ルフの本体を呼ぶ。
「相手が急速に強くならない内に、勝負を決める!」
焔の号令と同時に赤司も禍斗に肉薄する。頭上ではルフが結界の維持をするとともに、右手に霊力を収束させていく。
真夜は十二星霊符を二枚を自分の強化用と防御用に残すと、赤司に使用している以外の二枚を赤司と焔の援護に向ける。
術者に貼り付け、強化や防御、回復などを同時に行うとそれぞれの強化幅は減衰するが、ただ防御に徹するだけならば、特級の攻撃ならば完全に防ぎ、超級でもかなり威力を殺せる。
逃げられない。そう考えた禍斗は目の前の敵を殺すためだけに全力を向ける。
『オォォォォォォォン!』
咆哮。妖気の乗った声は衝撃波となり、周囲を揺らし物理的な被害をもたらす。
「ああぁぁぁぁぁぁ!」
しかし焔も赤司も止まらない。それどころか焔は同じように叫び声を上げ、霊力を上乗せして相殺しようとする。本来ならば相殺出来るはずもないが、真夜の霊符で威力を減衰させられた咆哮はかき消された。
突っ込んでくる二人を禍斗は迎え撃つ。俊敏に飛び跳ね、焔ではなく赤司に狙いを定める。赤司の方が弱く、焔ほどの圧を感じないためだ。
「式神召喚! 風狸!」
迫る禍斗を前に、赤司は自らの式神を召喚する。山猫程度の大きさで猿のような体型で尾が短い、狸に似た可愛らしい見た目をしている。風に乗るようにふよふよと宙に浮かんでいる。
風狸と呼ばれる上級クラスの存在でかつて赤司が幼い頃、出会い長年連れ添った相棒。禍斗は炎を噴き出し、風狸を焼き尽くそうとする。
「ぷぅぅっ!」
だが禍斗の炎が直撃したのに、風狸は燃え尽きるどころか無傷だった。風狸には炎や刃が通用しない。そういう妖怪だった。超級の炎でも焼き尽くす事が出来ない。
「風狸!」
自らの相棒を呼ぶ。風狸は風を操ると赤司の七支刀に風を集めていく。赤司が七支刀を振るうと、七つの炎の刃が飛ぶ。風の切れ味と炎を一体化させた赤司の攻撃。浄化の霊力を付与した七つの刃はそれぞれがまるで意思を持つかのように、禍斗を囲むように飛来する。
迷いを捨て、真夜の期待に応えようとする意思。また長老達の言うような、強い式神に頼るのではなく、風狸とともに強くなると言う決意。
その決意に触発されたのか、風狸も赤司のために自分が出来ることをしようとしていた。
禍斗は回避を考えるが、尾を切られており上手く隙間をかいくぐる事が出来ない。全力で妖気を放出し刃を相殺する。
いかに強化されていようとも、赤司のこの攻撃では足止めや手傷を負わせても、致命傷を与えるには足らない。
しかし今は赤司一人で戦っているのではない。足を止めた禍斗に対して絶好の隙と焔は間合いを詰める。
「グオォォォッ!」
接近させてなるものかと、禍斗は口から焔に向かい炎を噴き出す。
焔は多少のダメージを覚悟したが、彼と炎の間に真夜の霊符二枚が躍り出るように飛翔し、その炎を完全にかき消す。
その事実に、禍斗は思わず驚愕し硬直してしまう。
「ふん!」
正面から焔は大剣を横薙ぎに振るう。だが禍斗は舐めるなとばかりにその口で大剣を受け止めた。
「ぬっ!」
凄まじい咬合力で、剣はびくともしない。禍斗の口の隙間から炎が漏れ出す。
だがその攻撃の前に赤司が焔の背後から跳躍し、その頭部に七支刀を突き出す。
「はぁぁぁぁぁっっっ!!!」
裂帛の気合いと共に、禍斗の身体を尾の方に向かい七支刀を走らせる。風狸の風の力を借り、切れ味を増した七支刀。その痛みに禍斗は焔の大剣を咬む力が弱まる。
「好機!」
斬!
大剣が禍斗の顔や身体の前半分を切り裂くと、赤司もそれに続くように身体を真っ二つにする勢いで二つに切り裂く。ただ真っ二つにするには及ばず、背中を切り裂くだけに留まる。
「浄化の霊術を付与する! 一気に仕留めてくれ!」
死に体の禍斗だが、まだ油断できない。ここからまだ悪あがきや、怨霊などになる可能性もあるからだ。
真夜が言うや否や念のために手元に置いて置いた霊符も焔の方に飛ばす。大剣と七支刀に張り付き、その刀身に浄化の力を付与していく。
「赤司!」
「はい!」
二人は一度、禍斗の身体から距離を置くと、全霊力を刀身に集めそれを炎として禍斗に向かい解き放つ。そこに風狸も持てる力のすべてを解き放ち、風を合わせる。
二人分の浄化の力を纏った炎と風は禍斗を包み込み、その肉体と魂を完全に消滅させ浄化したのだった。
気づけばこの作品も初投稿から昨日で四年も経ったんですよね。
それがコミカライズとここまで続いたのも、皆様のおかげです。
感想や評価、コミカライズに励まされ、長く書き続けることが出来ました。
本当にありがとうございます。
これからも頑張りますので、またよろしければ感想や評価などで応援お願い致します。




