第十七話 成長
『グオォォォォッッッ!』
「おおぉぉぉぉぉっっ!」
炎に囲まれながら、焔と禍斗は激しい攻防を繰り返していた。
焔は大剣を巧みに操り、苛烈な攻撃を繰り出す。炎をまき散らし炎を喰らう禍斗だが、焔も炎の扱いや耐性においては禍斗に負けていない。
しかし妖気に塗れた炎をまともに受ければ、焔と言えども無事では済まない。
ゆえに浄化の力を纏わせた炎で相手の炎を浄化する。そうすることで自分に対して無害な状態にする。
だがそれは苦肉の策。常に浄化の霊力を炎に纏わすのは消耗が激しい。それに相手の攻撃手段は炎だけではない。
「ちぃっ!」
大型犬どころか虎にも匹敵する大きな体躯だが、その動きは俊敏であり、目で追えるが気を抜けばその鋭い爪と牙で致命傷を受ける。炎を吐きこちらを牽制するだけではなく、焔の通常の炎では餌にされる。
浄化の力を付与した炎は流石に喰えなかったようだが、即座に周囲の炎を喰らい回復を図っている。
禍斗も焔を一切侮っていない。かつて格下相手に油断し、長きに渡り封印される失態を演じた。
浄化の力の宿った攻撃は厄介だが、通常の炎は格好の餌食になるどころか、これまで食したどんな炎よりも美味だった。
―――もっと、もっと炎を寄越せ!―――
浄化の炎が出せないほどに追い込み、通常の炎を出させてそれを喰らう。禍斗は他の妖魔のように人間を喰らう事はしないが、火野一族の炎の味を覚えた。
禍斗は感じている。この周辺には火野一族が大勢いることを。目の前の相手を仕留めた後は、そちらに向かいその者達を襲いその炎を喰らう。
いたぶり、なぶり者にしてやれば、恐怖に震え必死に炎を放つだろう。
愉悦。禍斗は戦いの最中だと言うのに、ニチャリとした不気味な笑みを浮かべる。
(これは中々厄介だな。下手にこちらが攻撃すれば炎を喰われ、霊器も速さがあるから中々当てられないか)
大剣ではあるが、かなりの技量を誇る焔にかかれば、普通の剣や刀と同じように扱えるのだが、大きいとはいえ禍斗の速さは尋常ではないし、相手も大剣を警戒して不用意に近づいてこないのもある。
得意の炎の霊術も必勝たり得ないのでは、不利どころの話ではない。それでも焔には恐怖も焦りもない。むしろ俄然やる気が出てきた。
(相手はよくて同格、相性を考えれば格上。そんな相手をどう倒すか。いかんな、余計に昂ぶってくるではないか!)
不気味な笑みを浮かべる禍斗とは対照的に、玩具で遊ぶ童子のような顔をする焔。
火野当主であり、火野一族最強と言われる男は、その全力を振るう機会はほとんど無く、力を解放できる事が楽しくて仕方が無かった。
人間ならば、自分が好きなことや得意なことでは全力を出したいものだ。焔は長らく一族の当主として、全力で戦える場がなかった。
そのくせ、ここ最近は周りからは楽しそうな戦いの話が入ってくるは、自分の目の前で心の底から興奮するような激しい戦いを見せつけられては、滾るなと言うのが無理である。
今の焔は超級妖魔を相手にしているというのに、全力を出せることに喜びを感じている。
もちろん、周囲の被害や犠牲者を出さない事を念頭に戦ってるが、火野一族らしく倒してしまえば問題ないと言う理論に基づく思考がある。
それに仮に自分が負けても一族には後継者もいるし、SCDや星守に連絡もいれているので、時間さえ稼げば被害が出る前に何とかしてくれるだろう、という保険があったのも焔を後押ししていた。
この場で禍斗を葬り去れれば良し。倒せずとも時間を稼げれば良し。負けても手傷を与えれば良し。
火野一族としては問題だが、どう転ぼうが焔に取っては問題ない。
(だが消極的な戦い方で勝てるほど甘い相手ではない。時間稼ぎに徹してしのげる相手でもない。ならば積極的に攻めて攻めて攻めまくることこそ、正しい選択!)
大剣が横薙ぎに振るわれる。繰り出されるのは炎の斬撃。瞬間、禍斗はその場から飛び退いた。その刃は禍斗の後ろの建物を真っ二つに切り裂き焼き尽くす。
「あまり俺を甘く見るな。こう見えても、一族では最強と言われているのだからな!」
焔は火野一族最強の術者ではあるが、実はそれだけではない。
最強の退魔師と言えば星守朝陽と名高いが、それは守護霊獣を含めての評価である。
退魔師単独であれば、得意な術の相性の関係もあり、焔は朝陽よりも強いとまで言われているのだ。
その男が、ただ一人の退魔師として禍斗へと挑む。
「おおおぉぉぉぉぉっっ!!!」
焔は炎を全身に纏い、自らを燃やすことなくコントロールする。浄化の術も同時に展開し、禍斗に喰われないようにする。
大剣にも炎の霊力が収束していく。薄く、輝く真紅の刀身。触れるだけで数多の妖魔を灰燼に帰す。
「征くぞ! 相性ごときでこの俺を容易く仕留められると思っているのならば、やってみるがいい!」
前へ前へ前へ。ただひたすらに愚直に攻める。禍斗を相手に接近戦を仕掛ける焔。
その死を恐れぬとばかりのただならぬ気迫に、禍斗は思わず一歩後ずさりをする。過去の自らを封じた退魔師と式神の姿がフラッシュバックする。いや、あの時の者よりも格段に強い。
逃げるか? そんな思考が浮かぶ。だが逃げようと背を向けようものなら、焔は好機とばかりに禍斗を一刀両断にする。そんな未来図が禍斗の脳裏に浮かぶ。
逃げる事は出来ない。ならば倒すしかない。
禍斗は焔を前に不退転を決める。
退魔師と妖魔。二人が決死の覚悟の下、再びぶつかり合った。
◆◆◆
結界の維持を優先する火野一族の面々は、結界の内部で戦いを繰り広げている当主と、妖魔の戦いの波動を感じていた。
火織はまだ動揺が少ないが、他の者はそうはいかない。超級クラスのぶつかり合いの余波は、結界を激しく軋ませている。また万が一当主が敗北しようものなら、妖魔が逃げ出す可能性もある。
だからこそ念入りに結界を強化していく。
(お父様、どうか無事で!)
結界を強化する火織も、父の無事を祈る。父が負けるとは思いたくはないが、相手は超級クラス。どのような事があるかわからない。
すでに超級出現の連絡は各方面に伝わっている。遠からず援軍が来ることになるだろう。近隣の星守からの援軍ならば、確実に超級に勝利できる。
と、そんな事を考えていると、火織のよく知った気配がもの凄い速さで近づいてくるのを感じた。しかもそれは空からだ。何事かと思い、火織は思わず空を見上げる。
その直後、火織達の前にその者達は姿を現す。
「お兄様に朱音ちゃん!?」
ルフの力で空から赤司や朱音達がこの場へと降り立った。火織以外の者達も何事かと目をぱちくりさせている。
「遅くなった。俺達も、援護に来た」
「事情は大体察してるわ。伯父様はもう戦ってるみたいね」
赤司や朱音は展開されている結界と戦いの余波を感じて、すでに戦闘状態であることを理解した。
「今のところ大きな被害は無さそうだが、早めに援護に向かった方がいいな。それと悪いが朱音と渚はここで結界の維持を優先してくれ。俺はルフと赤司さんと中に向かう」
真夜の言葉に赤司が驚いた顔をする。朱音も渚も赤司の同行は驚いているが、自分達の事は客観的にわかっていた。
「そうね。超級でしかも相手が炎を食べるんじゃ、あたしじゃ相性悪いしね」
「悔しいですが、私も超級相手では足手まといでしょうからね。星守との連絡役もかねて、ここで待機する方が効率的ですね」
それぞれに出来ることをする。それは今までしてきたことであり、朱音も渚も手柄が欲しいわけでも真夜に迷惑をかけたいわけでもない。
真夜の意見に問題がないのであれば、敢えて自分達の我を通す必要は無いし、やれることが他にあるのならばそちらを優先する。
赤司は困惑していた。赤司は自分の実力はあまり大したことが無いと思っており、下手をすれば朱音以下だと感じている。
それに相性の問題もあり、爆斎にも勝てる真夜とルフの二人だけで向かった方が勝率が高く、下手に足手まといの自分を連れて行くのは、今戦っている父にも迷惑がかかるのではないかと思ったのだ。
「赤司さん一人くらいなら俺とルフがいれば何とかなるし、それに後々の事もある。最悪霊器使いなんだから自分の身を守れるくらいは出来るだろ」
どこか上から目線とも取れる発言に、周囲の火野一族の面々は赤司を侮辱されたと感じたのか真夜に鋭い視線を向けてくる。中には無礼だと叫ぶ者までいる。
いかに爆斎に勝った真夜でも、大きな顔をされ口を出されるのは火野一族として許せない。
だが赤司はそんな者達を目と手で制すると、真剣な面持ちで真夜の方を見る。
「ああ、俺も足手まといになるつもりは、無い」
力強く言う赤司に真夜は笑みを浮かべる。
「時間が惜しいから急ぐぜ。中で戦ってる火野の当主の事も気になるからな。俺の霊符の援護もあれば戦いは有利に運べるし、超級なら俺とルフが加われば負けはない」
先ほどまでと纏う雰囲気が違う事に赤司は気圧されそうになるが、赤司は力強く頷く。
(至らない俺に、ここまでしてくれているんだ。俺が、足踏みしているわけには、いかない!)
赤司は拳を強く握りしめ、気持ちを切り替える。真夜の気遣いと思惑を何とか察しようとする。
強大な妖魔との戦いや遭遇の場面が少ない赤司に、真夜は経験を積ませようとしていた。
他の面々はすでに覇級妖魔との遭遇もしているし、ルフを目の当たりにしているが、明確な敵意を持つ超級との対峙はそれだけでも経験になる。さらに討伐に寄与すれば箔付けにもなる。
(次期当主候補として頑張って欲しいのもあるが、俺達だけで解決した場合、余計に面倒な事になるしな)
色々としがらみがある中での最善を追及する。それに朱音よりも赤司を連れて行く方が良い結果になる。真夜にはなぜかそう思えた。
「お待ちください! 相手は超級! いくら赤司様でも危険です!」
「そ、そうです! 赤司様! お考え直しを! もし赤司様に何かあっては!」
「ご当主様のご命令にも反します!」
「そもそも星守の人間の言葉に従うなど! ここはご当主様を信じるべきでは!?」
火野一族の他の者が反対意見を述べる。当主だけでなく赤司に何かあれば火野一族として大問題に発展するのだから、当然と言えば当然の反応ではあるが、真夜にこれ以上に活躍されては火野の面子にも関わると考えている節もある。
先代の爆斎を降すだけでなく現当主の危機をも救ったとなれば、火野として真夜に頭が上がらなくなる。それを避けたい思惑もあるのだろう。
真夜としては面子と人命どちらが大切なのだと言いたいが、一族として譲れない一線というのは確かに存在する。それがわかっているからこそ、これ以上何も言わない。代わりに真夜は赤司の方を見る。赤司は真夜が、どうするのか判断を任せると訴えかけているように感じた。
赤司は大きく息を吸うと同時に僅かに目を閉じる。だが次ぎに目を開けた時、その目には確かな熱が宿っていた。
「黙れ!」
今まで声を張り上げることがほとんど無かった赤司の怒声に、周囲にいた火野一族は気圧された。
「優先されるべきは面子ではなく妖魔討伐! そして当主の無事だ! 責任はすべて、俺が取る! お前達は、結界の維持を優先させろ!」
これまでとは違う赤司の態度と気迫に、周囲は益々困惑する。いつもとの違いに、朱音だけでなく火織まで「お、お兄様?」と狼狽えている。
「すまない。無駄な時間を取った。すぐに当主の救援に向かう」
「了解。俺とルフはあくまでサポートに徹する。火野の当主が優位なら、そのまま援護する」
「頼む。火織、朱音ちゃん。この場は、任せる」
赤司は次々に指示を出す。真夜も口を挟まず、サポートを行うとだけ宣言する。
「お兄様! 本当に大丈夫なの?」
「……ああ」
火織の問いかけに僅かに遅れて返事をするがその決意は固い。真夜を当てにしている所は確かにあるため、自分に任せておけと言えないのは辛いが、ここまで迷惑をかけた上に、こちらに協力し尚且つ火野の顔も立ててくれると言う真夜に不義理を働けない。
それに朱音ではなく自分を供に選んでくれたのだ。それに応えないわけにはいかない。
「わかった。お兄様も気をつけて。真夜君もお兄様とお父様をお願い」
「大丈夫だ。きちんと赤司さんと妖魔を討伐して当主も助けてくる。朱音と渚も頼む」
「ええ。真夜もね。気をつけて」
「ご武運を」
火織を安心させるように言うと、真夜は朱音と渚にも声をかける。
「……では、行こう」
一族の目もあるので、赤司が真夜を促す。真夜もそれに頷くと、ルフを伴い三人で結界の中へと突入するのだった。
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