第十六話 相性
遅くなりました。ようやく更新です。
「では色々と教えてもらいます。まずは貴方の事を教えてください」
「アタイは禰々子。見ての通り河童さ。色々と悪さしてた所を退治されかけて、式神になることで許して貰ったのさ」
流暢な日本語を話す禰々子は、ふてぶてしいながらも、渚の式神として契約が成功したことできちんと質問に答えいく。
「数百年前にアタイとご主人はヤバい妖魔と戦ったんだけど、倒しきれなくて封印することにしたんだよ。でもご主人でも封印することは簡単じゃなかった。そこでアタイを封印の要にした。その時のご主人は高齢だったし、それ以外に方法がなかったんだ」
禰々子本人もそれには納得した。死にかけた主人の頼みであり、そうしなければ禰々子も消滅させられていただろう。
それに主人と長くいたことで、敬意も抱いていた。だから禰々子は自らを封印の要石として、超級妖魔を封印しその後、禰々子は数百年の間、相手を封印し弱体化させるために式神の符の状態で過ごしていた。
「けど妖魔が強すぎてね。弱体化させることには成功していたとは思うんだけど、こっちにまで影響が出てきて。昔のご主人に出会う前の悪さをしていた頃に戻っちゃってさ。いやいや、迷惑かけたね!」
「なるほど。それはわかったが、それがどうしてこんな街中で暴走する羽目になったんだ? 封印はこの辺りにあるのか?」
豪快に笑う禰々子に真夜は彼女の言葉の続きを促す。
「いや。ここじゃない。正確な場所はわからないけど、もっと遠い場所さ」
「じゃあなんでここにいるのよ? そもそも封印はどうなったわけ?」
「わりいが、よく覚えてねえんだ。アタイも休眠状態に近かったし。けど問題はアタイの霊符が移動させられた事で、下手すりゃ封印が解けてるかもしれねえ」
朱音の言葉に若干表情を曇らせる禰々子に、真夜達は危機感を覚える。
「この二人に、きちんと、話を聞くべきだ」
赤司は未だに震えて抱き合っている二人の男に鋭い視線を向ける。
「確かに事情を一番知ってそうだからな。ちなみに虚偽申告は後々、色々な面で不利になるからそのつもりでいろよ」
真夜も同じように二人組を睨み付け、少しだけ威圧する。あまり強く威圧すると、気を失いかねないので、ルフも控えめに二人の後ろに立っている。
「そ、それは……し、知り合いから譲り受けて……」
一人が口を開くが、真夜達は疑いの目を向ける。
「言っとくが、これで被害が出た上に虚偽の申請だった場合、罪状はかなり上乗せされるぞ。退魔師やそれに準ずる者が犯罪を犯せば一般人よりも罪が重くなる」
脅すように真夜はいうが、事実であり逃げようにも逃げられる状況にない。
「けど正直に話すなら、俺から父である星守当主に進言してある程度の便宜は図ってもいい。優秀な弁護士も手配出来るかもよ。それに自首扱いにもなるから、減刑も望める」
同時に相手に対して譲歩するような提案もする。本心としては相手が口にする内容によっては、そんな事をしてやるつもりはないが、こう言っておけば相手も諦めて本当の事を口にする可能性が高くなる。
飴と鞭。交渉とは強硬なだけではダメなのだ。
「あ、兄者……」
「う、うむ……ほ、本当に便宜は図ってくれるのか?」
「嘘偽り無く、事実だけを述べるのならな。星守一族の人間として誓うぞ」
面倒ではあるが、言うだけはタダだし朝陽か明乃に頼んで、そこそこの弁護士を付けてやるだけで約束は守ったことになる。それよりも今は早く情報が欲しい。
「わ、わかった。じ、実は……」
諦めたのか、二人はぽつりぽつりとこれまでの経緯を話し出すのだった。
◆◆◆
「これは!?」
火野一族当主の焔や娘の火織を始め、火野の部隊が燃えさかる寺院に到着したのだが、焔達は炎の中から感じられる妖魔の力が、特級の上位ではなく、さらに上の階梯にまで高まっている事に戦慄していた。
「すぐに火野の本邸とSCD並びに星守に連絡を! 相手は特級ではない! 超級だ! 残りの者は急ぎ結界を張れ! 時間稼ぎで構わん! 奴をこの場に釘付けしろ! 火織! お前も結界の展開を優先しろ!」
矢継ぎ早に指示を出す焔。その顔には余裕はほとんど無かった。
超級クラス。妖魔が急速に強くなるという、万が一の事態を想定はしていたが、まさか本当にそうなるなど焔としても当たって欲しくはなかった。
(不味いな。超級クラスでも俺なら対応できるが、炎の中にいても弱ることなく強くなっているのならば、明らかに炎に耐性や属性を持つ妖魔。相性で言えば最悪に近い)
焔の力は爆斎よりも上である。当主にだけ使える奥の手を使えば、超級と言えども倒すことは可能だが、相性が悪ければ、その限りではない。火野の得意とする炎の霊術の効果が薄いとなれば、同格かそれ以上の相手では致命的だ。
だからこそ、万一を考えてSCDや星守にも連絡を入れる。もし自分が負けた場合や、取り逃がした場合の事を想定し、後詰めを要請するために。
しかし焔も負けるつもりはない。相性が悪いからと言って泣き言や弱音を吐くつもりもない。
妖魔と戦うからには絶対勝利。敗北は許されない。火野一族当主としても、一人の退魔師としても。
「お父様!」
「火織。お前は手を出さず、結界の維持を優先せよ!」
火織も強いが超級が相手ではまだ力不足。相性が悪いならばなおのことであり、火織を気にしながら戦えるほど容易い相手ではない事は焔は理解していた。
だったら自分一人で戦った方が周囲や足手まといを気にせずにいられて、よほど戦いやすい。
「俺は中に進む。供はいい。俺に何かあれば、全力で結界を維持しつつ、星守へ救援要請を出せ!」
結界の維持を優先させ、増援を待つ方が良いのではと言う他の術者は言うが、焔はこの相手が時間を置けば置くほど、厄介な相手になると感じていた。
そのため、危険でも早く対処しないとマズイと思ったのだ。
焔は一人、炎に包まれる寺院へと突入する。霊力で炎を操り、道を空けると共に邪魔な部分を鎮火させていく。同時に呼吸に必要な酸素も確保する。
(超級を相手にするのは京極の一件ぶりか。あの時は涼子殿との共闘故に問題なく倒せたが、今回は俺一人で、しかも相手との相性が悪い可能性が高いのは厄介だな)
内心でそんな事を考えている焔だったが、その顔は生き生きとしていた。
昨日の真夜と爆斎の戦いの興奮が未だに冷めやらないでいたのだ。先ほどは一族や一般人への被害の懸念から、深刻そうな顔をし、SCDや星守への後詰めを要請するような言葉を発したが、焔自身は単騎で超級妖魔を打倒する気概だった。
むしろ今は全力を出して暴れたい。当主になったことで、今はかなり落ち着いているが、昔は彰ほどではないが、自分が自分がと積極的に戦いに赴くほどだった。
(昨日のあんな戦いを見せられて、昂ぶらないはずがないではないか!)
意地と意地、力と力の真正面からのぶつけ合い。妖魔相手にそれは望むべくもないが、とにかく焔は自分もたまには色々なしがらみを忘れ、常日頃溜まったストレスを発散したかった。
超級妖魔との戦いにこのような感情を持ち込むのは間違っているだろうが、当主というのはとにかくストレスが溜まる。婚姻の話や雷坂の問題、一部の長老衆の問題。
奥に進むにつれ、焔は相手の姿がはっきりと見えるようになった。相手も焔の力を感じ取っていたのだろう。片手間に戦っていい相手ではない。油断すれば敗北する可能性があると。自分を封じたあの退魔師よりも強いと、本能で感じ取りすでに臨戦態勢を取っている。
「お前でこの昂ぶりと鬱憤を晴らさせてもらうぞ、超級妖魔!」
焔は寺院の奥にて、超級妖魔の力を取り戻した禍斗と対峙するのだった。
◆◆◆
二人組から事のあらましを聞いた真夜達だが、朱音は露骨に蔑む目を、渚も嫌悪感のまなざしで二人を見る。赤司も余計な事をしてくれたと怒っており、真夜も同じように顔をしかめている。
「……まあ遅かれ早かれ、式神が妖魔化して復活してたとは思うが面倒な事をしてくれたな」
「し、知らなかったんだ! 超級妖魔の封印に使われていたなんて!」
「そ、そうだ! ただ古い古文書を頼りにしただけで、それにはそんなこと一切書かれていなかった」
「知らなかったで済む話じゃないでしょ! 死人が出るかもしれないのよ! それに超級なんて、どれだけの被害を出すと思ってるの!」
しどろもどろで反論する二人に朱音が憤慨して怒鳴りつける。
超級妖魔をよく知らない二人にはピンとこないかもしれないが、ほぼすべて問題なく討伐していると言え、幾度となく遭遇している朱音からすれば怒鳴りたくもなるだろう。金儲けのためにヤバい妖魔を復活させかねない行為に、真夜も頭が痛くなってきた。
ただこの場で二人を断罪するのは簡単だが、それは真夜のすべきことではない。禰々子に関しても星守への風評被害が発生する前に何とか出来た。だから後は司法の判断に委ねる。
「けどそうなると、問題はその超級妖魔だな。復活間近か下手すりゃすでに復活してる。ここ数日はそんな話は出てないから、被害はまだ出てないとは思うが」
「はい。超級妖魔が出現し暴れ回れば、確実に大きな被害が出て六家や星守の耳に入るはずです。それがないと言うことはまだ復活していないか、復活していてもどこかに潜んでいるとのでしょう」
「潜んでいるのも、かなり厄介だ。かなり知能が高いか、気配を消すのに、長けているということになる」
「でも場所はわかってるんだったら、すぐに向かえば何とかなるんじゃない? もし復活していても、今ならルフさんなら追跡できるでしょうし」
それぞれ懸念を口にしつつ、朱音が建設的な意見を出す。ルフ任せだが、ここで時間を費やすよりはいいとの考えだ。
ルフも任せなさいと、サムズアップしながら親指を立てている。
「だな。管轄地域的には火野に近いようだから、そっちから火野の方にも連絡してくれ。こっちも親父達に伝える。緊急事態だから、ある程度好き勝って動いてもお咎めはないだろうし、火野宗家の人間が二人もいるから面子も守られるだろうしな」
くだらない面子争いは少なくはなっているが、完全になくなってはいない。しかし朱音だけでなく赤司もいれば、火野的には解決しても利点にはなるし、赤司本人の実績にもなる。
「色々と、済まない」
「いいって。こっちにも利点は多いし」
感謝を伝える赤司に真夜は気にするなと返す。
「ありがとう。火野には、俺の方から連絡を……」
と、赤司が自分のスマホを取り出そうとすると着信が入った。相手は火野の本邸である。
赤司は自分が何も言わずに出てきたことで、電話が来たのかと思いながらバツが悪そうに電話に出る。
「もしもし……」
『赤司様! 大変です!』
相手側は酷く慌てているようだった。何かあったのか赤司は身構える。
『先ほど、ご当主様と火織様が突如出現した特級妖魔の討伐に向かわれたのですが、そこから緊急の連絡が! 相手は特級ではなく超級であったとの事です!』
「なっ!? 場所は!?」
赤司は妖魔出現の報に嫌な予感を覚え、即座に場所を聞き返す。
『はい! 場所は』
相手から伝えられた場所は、先ほど二人組から聞いた場所と同じだった。つまり妖魔が復活したということだ。
それを焔や火織が討伐に向かったと。
「わかった。こちらもすぐに向かう。追って連絡する」
『赤司様!? 危険です! 一度本邸にお戻りを……』
相手が言い切る前に、赤司は通話を切った。
「妖魔が、出現した。父や火織が向かっている」
「伯父様や火織が!? でも超級だと万が一があるかもしれないわ。あたし達も行きましょ」
赤司の言葉に朱音は心配するように呟く。当主の焔や従姉妹の火織の実力を疑うわけではないが、超級を相手にするのは危険が伴う。だから朱音は自分達も行くべきだと主張する。
「ですが、火野のご当主様が出向かれているのに、救援要請もなく飛び込むのは面倒ごとが発生するかもしれません。多少手間ではありますが、ある程度は段取りを付ける必要があります」
「それは、そうかもね」
渚の言葉に朱音も同意する。当主が自ら出向いているのに、救援要請も無く他家が横やりを入れるのは憚られる。もしかすればすでに超級と言うことで星守に要請が来ているかもしれないが、確認もせずに飛び出すのは後々の事を考えれば慎むべきかもしれない。
「そうだな。それよりも妖魔の情報だ。禰々子、お前らが戦って封印した妖魔ってのはどんな奴だ?」
情報があれば対処がより楽になる。すでに戦闘が始まっている可能性もあるが、少しでも情報があれば戦いを有利に進められる。
「相手の妖魔の名前は禍斗。大きな犬みたいな妖魔で炎を喰らい、炎を吐き出す奴だ」
炎を喰らう。その言葉に朱音と赤司は顔を険しい表情を浮かべる。
「それって、火野からすれば相性最悪な奴じゃない!?」
「父上が、危険だ!」
二人が狼狽えるのも当然だ。炎を吐き、炎を喰らう妖魔。浄化などを力を付与した攻撃ならば通るかもしれないが、炎に対する耐性も高いだろう。
しかも相手は超級だ。格下ならばともかく、下手をすれば妖魔を強くする可能性まである。
「こりゃ、四の五の言ってられないな。ルフ、行けるか?」
「Aaaaaaaaaa!」
真夜の問いかけにルフは力強く頷き男二人を霊力で拘束し直すと、四人を連れ妖魔がいる場所へと向かうのだった。




