第十四話 異変
「本当に、すまなかった。真夜君だけでなく、二人にも、多大な迷惑をかけた」
赤司は改めて、真夜だけでなく朱音や渚にも謝罪し深々と頭を下げた。数時間の話し合いが一段落ついたことで、ようやく朱音と渚が二人に合流できるようになった。
時間も遅く喫茶店も閉店に近づいたため、取り敢えず一度出ることになった。
「別にあたしは怒ってませんよ、赤司さん。大切な話だったんでしょ?」
「はい。失礼ながら、先ほどは酷く追い詰められた様子でしたしね」
朱音も渚も不満がないわけではないが、赤司のただならぬ様子から、放置することも出来なかったので、別段文句を言うつもりもない。
「悪いな、二人とも。この埋め合わせは近いうちにするから」
「いや。元々の原因は、俺にある。俺が埋め合わせ、させてもらう。いや、させてくれ」
真夜が朱音と渚に謝罪すると、赤司は真夜にだけ負担をかけるのが申し訳ないとお礼をさせてくれと言う。
長い時間、話を聞いてもらい、助言まで受けたのだ。その間、朱音も渚も介入することなく、離れて待っていてくれた。
赤司は二人に対して何が出来るでもないが、取り敢えず感謝の言葉だけでなく、目に見える形で真夜を含めて三人にお礼をしたかった。
「取り敢えず、先に食事を奢らせて欲しい。真夜君も、まだ食べてないから。二人も、食事はまだかな?」
できるだけ高級な物を奢ろうと赤司は提案する。時間も遅いが探せば開いているところはある。
「いや、時間も遅いからそこまでしてもらわなくてもいいさ。まだ高校生だから、遅くなりすぎて補導されても面倒だし、親父や婆さんに勘ぐられるかもしれないからな。食事はまた今度にでも頼む」
「そ、そうか……」
真夜の言葉に赤司は目に見えて落ち込むが、真夜の言っていることも正論なので、これ以上迷惑をかけるわけにもいかない。
「では日を改めて、きちんと三人に、礼をする。あと今日のことだが……」
「別に初詣に来て、ばったり出会ったでいいだろ? 昨日の事で俺に興味が出てて、もし会えれば程度の気持ちで来たとか言っとけばいい。俺も吹聴する気もねえからな」
真夜の言葉に朱音も渚も頷くと、赤司は安堵すると同時にさらに申し訳なさそうな顔をする。
「何から何まで、世話になりっぱなしだったな、俺は」
「まっ、こっちも打算はあるさ。火野の次期当主候補と仲良くなってれば、将来的にメリットもあるし、暴走されて事件を起こされても大変だしな。そうなると朱音の立場とかも悪くなるからな」
「重ね重ね、本当にすまない」
穴があったら入りたい気分の赤司は深々と頭を下げる。
「ああっ、いや、そんなに気に病むことはねえって。誰にでも失敗や間違いはあるし、いい方向に進んだんだから、結果オーライだ。それと礼は期待してる。けど出来る範囲でいいぜ。それよりも個人としても一族としても、これからも星守と宜しくしてくれる方がありがたい」
赤司が落ち込みすぎないように、真夜は冗談めかして言うと赤司も苦笑する。
「本当に、君には感謝しかない。……あと今更だが、朱音ちゃんとの婚姻も、祝福させてくれ。おめでとう」
赤司からの祝福の言葉に朱音も嬉しそうである。
「ありがとうございます、赤司さん」
「本当に、真夜君は、凄くて頼りになる。俺も女だったら、間違いなく、好きになっていたと思う」
何気ない赤司の言葉だったが、朱音と渚はなぜか危機感を覚えてしまった。
本人にその気は無いのだが、真夜を見る目がどこか熱っぽく感じたのだ。心なしか頬が紅潮しているようにも見えた。
ちなみに重ねて言うが赤司はノーマルであり、真夜に対して朱音が渚が心配するような感情は一切ないのだが、待ちぼうけを食らっていた事もあり、二人は謎の危機感と嫉妬心を覚えた。
「だ、ダメよ、赤司さん! 真夜にはあたし達がいるんだから!」
「はい! 真夜君は誰にも渡しません!」
盛大に勘違いと言うか暴走した二人は、左右からがしりと真夜の腕に自らの両腕を絡ませると、そのままぎゅっと身体を密着させる。世間的には同性同士の恋愛も認知されてきたし、否定する気は無いが、流石に自分の恋人に恋慕されるのは許容できない。
「えっ? あっ!? い、いや、違う! 俺は別に、そう言う意味では!」
赤司もしどろもどろになり、必死に否定する。真夜もまさかと言う顔をしたので、余計に赤司は誤解を解こうと必死である。
ただ朱音と渚がこんな風に嫉妬する姿も珍しいので、ある意味では役得かと思っている真夜もいるのだが。
その後、しばらくすったもんだの果てに、赤司は何とか誤解を解くことに何とか成功したのだった。
◆◆◆
寂れた寺の本殿の奥。カタカタと周囲が震えると、どす黒い光が現れる。光はゆっくりと何かの形を形成していくと、しばらくしてその姿が露わになる。
それは体長二メートルはあろうかという黒い犬だった。だが身体には不思議な光沢があり、その尾は二股に割れている。さらに足や背中には炎を纏っている。
禍斗と呼ばれる中国の妖魔である。その存在は長きに渡り封印されてきており、かなり弱体化していた。
封印が長引けば長引くほど、妖魔は力を失っていく。妖魔を封印するというのは、その時は倒せずどうしようもない苦肉の策とも言えるが、長い時間封印を続けることで相手を弱らせ、後に倒すための布石とする事も目的としている。
未来への負債という意味では褒められたことではないし、将来的に討伐出来るとも限らないが、倒せない相手への対処や倒せる可能性を上げると言う意味では最善と言える方法でもあった。
とは言え、あまりに強すぎる存在は休眠状態になったり、休眠状態にならなくても弱体化しにくかったり、弱体化の幅が少なかったりと、目論見通りにならないことはある。
尤もこの禍斗は弱体化しており、かつては超級の力があったが今では特級上位程度の力しかなかった。
忌々しい退魔師の人間に数百年に渡りこの場に封じら、さらに式神の霊符を重しのような扱いにすることで、式神の力を用いて弱体化することに成功していた。
だがその忌々しい式神が突如としていなくなった。起点にもなっていた式神の霊符がなくなったことで、封印も綻び、ついに禍斗は現世へと復活した。
禍斗には退魔師や式神への恨みや憎しみはあるが、とにかく今は腹が減っていた。それに焦らなくてもいいとも思っていた。
長きに渡る封印の影響は、禍斗だけでなく式神にも現れる。それに禍斗の影響で、式神にも負の力が浸透している。かつては特級クラスの式神でも、その力は衰えているだろう。
霊符からは特級に近い力を感じるかも知れないが、召喚されたとしても今では最上級が関の山だろうし、禍斗の影響で式神ではなくただの妖魔へと変貌しているかもしれない。
だから禍斗はまずは腹ごしらえすることにした。禍斗の身体から炎が吹き上がると、瞬く間に本堂に燃え移り、激しく延焼していく。禍斗は燃えさかる炎をそのまま喰らう。これが禍斗の餌だから。
炎は勢いをさらに増して、本堂だけでなく周囲へと広がっていく。轟々と燃え広がる炎の中で、禍斗は貪欲に炎を貪り喰らうのだった。
◆◆◆
星守本邸近くの街の夜道を修験者の装いをした男が二人歩いていた。
「それで兄者。明日にこの霊符を星守に持ち込むのだな?」
「うむ。オークションだと値は上がるが、身元の確認やら手続きやら、振り込みやらと面倒な手続きが多い。それに金がきちんと振り込まれるのかも怪しいからな。ならば星守や六家に売り込めばいい。今ならば高値で買ってくれよう」
数日前の年の瀬に特級の式神の霊符を盗みだし手に入れた男達は、この霊符をどう売りさばこうか考えていた。裏ルートでの売買では金がきちんと支払われるかわからない。
正規ルートでもオークションだと面倒ごとも多いし、証明書などの取得も必要だ。
だが六家や星守ならば面倒は少ない。彼らには国からの信用があり、古家を整理して出てきた霊符などを高値で買い取ることもある。もしくは彼らと繋がりのある商売人でもいい。
尤も彼らが高値で買い取るのはよほどの場合であり、中級以下などは別の所を紹介されたり、そこまでの値を付けずに処分する場合は、費用がかかる時がある。
だが特級の場合は別だ。危険性も加味すれば、六家や星守ならば間違いなく買い取るだろうし、低く見積もっても数億にはなる。オークションで売ればもっと高値がつくだろうが、下手な相手だと命の危険もある。
だからこそ、この二人は六家や星守に直接持ち込むことにしたのだ。
「星守は今一番勢いがある所で羽振りもいいらしいから、高値で買ってくれよう。もし断ったり、出し渋った場合は他の六家に持ち込めばいい」
落ち目の京極などに持ち込んでもいいが、金払いの心配もある。遠方に行こうにもこの男達にはそこまでの纏まった金がない。
しかし式神の質によっては十億以上が手に入る。そうなれば残りの人生を遊んで暮らせる。
「うははは! 笑いが止まらんな!」
「まったくだな、兄者!」
二人は些か酔っていた。この二人に金がないのは、元々少なかった上に、特級の霊符が手に入った事と正月だと言うことで浮かれて、飲み歩いていたからだ。今も安ホテルに帰る途中であった。
そのため、彼らは気づいていなかった。自分達が肌身離さず持っている霊符が徐々に黒く染まっていったことを。霊符からごく僅かだが、妖気が漏れ始めていることを。
彼らが三流以下の術者であったのも災いした。
そして気付いた時には手遅れだった。
「ん? なんだ?」
突然、式神の霊符を入れたケースがカタカタと揺れ出した。男が不思議に思いケースを眺めると、すぐに驚愕する。
一部が黒く染まっていただけの霊符が、完全に黒ずんでいたのだ。それだけではなく、不気味な光と音を放ち出してまでいる。
「あ、兄者!? これは!」
「わ、わからん!? う、うわぁぁぁぁっ!!」
思わずケースを放り投げた男だったが、時すでに遅し。
ケースが粉々に砕かれると、霊符が空中に浮かぶ。霊符がおどろおどろしい音を奏で出すと、弾けるように四散した。出現するは一匹の妖魔。
その姿を見た男達は、ひときわ甲高い悲鳴を上げるのだった。
◆◆◆
何とか誤解を解いた赤司は今までにないほどに安堵していた。
しかしあの従姉妹がここまで惚れ込むのもわかるし、爆斎が認めるのも頷ける。
幸せになって欲しいと思うし真夜への恩も含め、火野の一員としても次期当主候補としても朱音が星守で大過なく過ごせるように、友好を続けていきたい。
「遅くまで、すまなかった」
「これから火野まで戻るんですか? あたしは星守に泊めてもらうつもりですけど」
「いや。もう遅いから、どこか24時間営業しているところで、仮眠を取ってから戻る」
赤司と真夜が話し合いをしている間、朱音は渚と話し合って念のため紅也達に、帰る時間が遅くなるからこっちに泊まってもいいかと確認を取っている。
紅也や美琴も、昨日のこともあって朱音も嬉しさのあまり、三人で時間を忘れて遊んでいるのだろうと考えたのだろう。朝陽も結衣も二つ返事で了承し、明乃も特に反対意見を述べなかった。
幼い頃にも朱音は星守の本邸に宿泊したことがあるので、特に問題は無い。若干、紅也達は申し訳なさそうにしていたが、二人も泊まっていけと誘われ、四人で酒盛りをしたいということもあり、三人の宿泊が決まった。しかし赤司はそうは行かず、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。
「悪いな」
「そこまで世話をかけては、ますます俺の立つ瀬がない。それに今はとても気分がいいんだ」
穏やかな笑みを浮かべる赤司に危うさは見て取れない。霊力も安定しているように感じる。
真夜も話を聞いた甲斐はあったなと満足そうな笑みを浮かべるが、直後に険しい顔をする。
「どうしたの、真夜?」
不思議そうに尋ねる朱音だが、すぐに彼女も気付いた。少し離れた所で、大きな妖気が突如出現した。
「妖気!? しかもこれ最上級クラスじゃない!? って、前にもこんなことなかった!?」
「はい! ですが、こんな星守のお膝元で急に現れるなんて!」
朱音も渚も六道幻那と初めて出会った、あの公園での出来事を思い出し、まさかまたあのような事件の再来かと身構える。
「ヤバいことが起こってるのは間違いねえな。親父達に連絡しながら、現場に向かうぞ」
あの時は上級クラスだったため、真夜達だけでも問題ないと判断して連絡は後回しにした。
だが今回は違う。最上級クラスの出現はこの場の面子ならば問題なくとも、世間的には大災害に匹敵する。
さらに星守の本拠地のある街での出現だ。報告を後回しになどできないし、急がなければ被害が大きくなる。
犠牲者が大勢出れば、星守の責任問題にもなる。
「俺も、いく。足手まといには、ならない」
赤司も同行を申し出る。真夜達も拒否はしない。状況の詳細はわからないが、今の赤司ならば彼の言うとおり、足手まといにはならないだろう。
それに問答している時間がもったいない。
「わかった。いくぞ」
真夜は急ぎルフを召喚すると、彼女の力を借りて四人は現場へと急行するのだった。




