第十話 弊害
火野での一幕から一夜明けて、一月三日。星守が挨拶に出向いたお礼と言う形で、紅也と美琴、朱音が星守を訪れていた。
当主の焔は出向かず、あくまで紅也夫妻と朱音という婚姻での礼と言う形で抑えたのは、ひとえに火野の体面もあってのことだ。
しかし当の本人達はそのような思惑関係なく、ただ今後の事もあるのできちんと挨拶をしにきていた。
「明けましておめでとうございます、明乃殿。朱音共々今年もよろしくお願い致します」
応接間にて、紅也は朝陽と共に上座に座る明乃に正座しながら頭を下げると挨拶を行う。それに習う形で美琴と朱音も挨拶をして頭を下げる。
「いや、こちらの方こそよろしく頼む。それと堅苦しいのは無しだ。私もそのような事を求めてはいない」
「母様がこう言っているから、紅也も気楽にしてくれて構わないさ。美琴さんも朱音ちゃんもね。どうせこの場にいるのは面識のある面子ばかりなんだから」
朝陽が言うように、この部屋にいるのは明乃と朝陽夫妻、そして真夜と渚だけであった。
今回は当人達と先代当主の明乃だけの話し合いで、他の一族はおろか真昼も同席していない。
今日の所はあくまで内々の話として、後日きちんと正式に一族内に公表する手はずだ。
「そうですよ、紅也君も美琴ちゃんも! 本当に嬉しい限りですね♪」
結衣は昨日からご機嫌であった。息子二人が和解した後に、渚に朱音と立て続けに娘が出来たので、結衣はとても嬉しかった。それも親友の美琴の娘である朱音なので、舞い上がり様は真夜以上である。
「とにかく上手く纏まって良かった。おめでとう」
明乃も素直に三人に祝福の言葉を贈る。
「ありがとな、婆さん。まあまだまだ大変な事は多いだろうが、この件に関しては一段落ついたからよかったよ」
「だが新年早々に爆斎とやり合うなど、お前は相変わらず無茶をする」
昨日は苦労した甲斐があるとこぼす真夜に、明乃が苦言を呈した。それには流石の紅也も美琴も苦笑している。
「勝ったからいいだろ。それに火野の先代は自分から汚れ役を買って出てくれたんだ。感謝してるさ」
「……奴にそんな可愛げがあったのか? 戦うからには本気の全力を出すだろうに」
昔からそれなりの付き合いがある明乃は、爆斎の行動が真夜と朱音のためを思ってであろうと、戦いになれば容赦など出来ない性格なのだから、途中からそんな事忘れて戦いを楽しんでいただろうにと漏らす。
「お前と爆斎の戦いの様子が目に浮かぶな」
交流会での若手達や自分の戦いを思い出し、爆斎の性格や戦いぶりから死闘を繰り広げた二人の戦いを想像し、明乃は頭が痛くなってきた。ただ挨拶に出向いただけなのに、どうして火野の先代当主と死闘を繰り広げることになるのか。
朝陽から詳細は聞いていたが、お互いにやり過ぎだと言うほかない。
「いや、本当に申し訳ない」
紅也も必要であったとは思うが、お互いが奥の手や全力の一撃をぶつけ合うまでしなくてもよかったとは思っているので、本当に申し訳なさそうに謝罪する。
「そちらが謝ることではないさ。悪いのは真夜と爆斎だ」
明乃は新年早々やらかしてくれる、とぼやきながらやれやれと頭を振る。
「まあそれに関しては当人同士の問題ですから、置いておきましょう。これで真夜の婚姻に関しては両家の間での問題は無くなりました。あとは当人達の問題だけです」
「それもそれで面倒な話ではありますけど、急いで進める必要もないと思いますよ? 真夜ちゃん達はまだ学生なんですから。卒業してからでも遅くはありませんよ」
朝陽と結衣の言葉に明乃もそうだなと同意し、話の話題を変える。
「あとはお前達に任せる。どのような形になろうが、私達もそれを受け入れる。火野夫妻もそれで構わないな?」
「はい。三人が話し合いで出した結果なら、私も妻も受け入れますし認めます」
「この子達が決めたことですから、私も絶対に否定しません」
明乃の問いに紅也も美琴も優しげな笑み浮かべ返答する。この場の皆が三人が決めたことなら、それを尊重すると告げる。
「信用してくれて、ありがとうございます」
「皆様にご迷惑をおかけしないように、きちんと話し合います」
「はい。きっと一番良い形にするから、見守っていてください」
真夜も、渚も、朱音も、大人達に感謝する。まだどのような決着を見るかはわからない。もしかすればそのことで一悶着あるかもしれない。だが三人ならきっと乗り越えられる。三人はそう信じている。
「じゃあ挨拶もこれで終わりですね。ここからは大人での話し合いなので、真夜ちゃん達は初詣にでも行ってきてください」
結衣はパンパンと手を叩くと、真夜達に昨日の帰りの車で話していたとおり初詣を進める。
「了解。行くか、二人とも」
「はい。行きましょう、朱音さん」
「うん。お父様、お母様、行ってくるね」
「気をつけて楽しんで来てね」
手を振り三人を送り出す美琴だが、三人が部屋から出て行くとすぐに表情を改める。
「さて。結衣も言ったとおり、ここからは大人の話し合いだ。雷坂に関して、まずは話を進めよう」
先ほどまでの和やかな雰囲気が一転し、全員が退魔師の顔をする。
「当主からの親書を預かっています。雷坂に関する事です」
「確かに。先代には昨日の内に報告は上げている」
「私も朝陽から内容は聞いている。新当主・雷坂彰とその活動について、懸念すべき事は多い」
彼らの議題に上がったのは、雷坂に関しての物だ。星守も火野も彰の妖魔討伐を危惧していた。焔は出来れば早い段階で星守と連携を取れないかと考えていた。
朝陽と明乃は紅也から手渡された焔からの親書に目を通す。
「当主は火野一族として雷坂の繁栄に口出しする気はないのですが、万が一封印されている妖魔の討伐に失敗した場合の事を懸念していました」
「私もそれは同感だ。ただ彰君はどうも討伐できない可能性がある封印には、手を出していないらしい」
「だがこれからもそうだとは限らん。この調子では近いうちに、それらの封印に手を出す可能性はある」
焔や朝陽が警戒しているのは、討伐しきれなかった妖魔が管理地が隣接している火野や星守の方に来ないかと言う事だ。彰の実力は理解しているため、討伐しきれなかった場合は覇級クラスの可能性が高い。
「身内の恥を晒すようだが火野では現状、覇級妖魔に対処しきれない。当主や先代、四天王を総動員すればあるいは討伐出来るかも知れないが、おそらくほとんどが犠牲になるでしょう」
火野の全戦力を投入すれば、覇級でも下位ならば倒せる可能性があるが、その場合の被害は想像を絶し、一族が没落する可能性すらあり、単独で当たることは自殺行為でしかない。
六家が協力すれば覇級を倒した実績があったとは言え、火野としては先に星守と連携を強化し、最悪の事態が起こった場合は、即座にお互いが歩調を合わせて行動できる体勢を整えておきたかった。
「それに雷坂の成功が続けば、六家以外にも真似をしようとする輩が出るかもしれん」
明乃の言葉に全員が重々しく頷く。六家の後釜や、躍進を狙う新進気鋭の集団が同じような事をしないとも限らない。その場合の報連相など期待も出来ず、知らずの内に危険な状況を生み出しかねない。
「彰君も止める気は無いでしょうね。建前的に未来へ負債を残さないための行動としていますし」
法律的にも一般人が解き放てば重罪だが、討伐することを前提ならば六家などは例外が認められているし、他の退魔師も届け出を行い受理されれば許可される。
彰の場合は建前を用意し、実績を積み上げ、一等地などを開放することで政治家などの後ろ盾を強くして、今後も継続出来る体制を整えている。
「頭の痛い話だな。近いうちに直接、雷坂彰ときちんと話をする必要があるな」
「それに関してはすでに連絡はしています。真昼にも協力してもらって、早い内に直接会うことが出来るように手はずを整えています」
雷坂の成功が続けば、政治家達は他の六家にも同じ事が出来ないのかと責っ付くだろう。しばらくの間はノウハウを構築しているとすれば先延ばしに出来るが、いつかはそれも限界が来る。
そうなる前に朝陽はきちんと彰と話をし、六家の当主を集めて今後の方針を固める方がいいと考えていた。
「幸い、彼に裏の思惑は無いと思いますからね。先代よりも手強いですが、付き合い自体はやりやすいと思いますよ。真昼とは良いライバル関係になると思いますし」
「だといいがな。本当に真昼の代が心配だが、まあ真夜がいれば何とでもなるか」
朝陽の言葉に明乃がそう言うと、朝陽と結衣はくすくすと笑う。
「……なんだ、二人して」
「いえ、母様も真夜を随分と信頼してくれているなと」
「昔では想像も出来ませんでしたからね」
「……うるさい。悪かったな」
昔の自分の醜態を思い返し、以前の真夜への扱いからすれば、二人の言葉に何も反論できない。穴があったら入りたいとはこう言うことかと思いながら、気恥ずかしげに明乃は拗ねたように顔を背ける。
そんな親馬鹿孫馬鹿の星守の三人に、紅也と美琴は苦笑している。
「確かに星守は二人がいるから安泰だな」
「朱音もそんな真夜君に嫁入りできるから、私達も安心だしね」
「ははっ。ありがとう、二人とも。しかし火野も若手は育っているじゃないか。朱音ちゃんも凄いが、焔殿のご子息の赤司君も火織ちゃんも霊器使いで優秀だと言うしね」
これは朝陽の本心だった。確かに真夜や真昼、彰に比べれば劣るだろうが、まだ十代で霊器を顕現できているならば、間違いなく優秀であり将来有望で期待できる退魔師であろう。
「ああ。だが赤司は優秀なんだが真面目すぎて少し心配だ。この間の星守の交流会に参加できなかったのも不運だったからな」
紅也は赤司もあの交流会に参加できていれば、間違いなく一皮むけたと思っている。あの交流会は良くも悪くも大勢に影響を与えたが、多くの若手達には良い刺激となった。紅也や朝陽だけでなく、年老いた莉子の闘志にまで火を点けたのだから。
「赤司君は今、壁に当たってるの。それを乗り越えられたら、もっと上に行けると思うんだけど」
美琴も紅也の言葉に追随する。他家で身内の事を語るのは憚れるかもしれないが、紅也も美琴も赤司の事は高く評価している。
「真夜君と爆斎殿の戦いも参考にはなるだろうが、やはり同年代の子達との戦いの方が刺激になる。学生時代は私もそうだっからな」
朝陽の方を見ながら、紅也はしみじみと呟く。若干、常に上を行かれていた朝陽への嫉妬と恨み節が混ざったようなじと目だったが。
「そうだね。私も紅也がいてくれたから、成長できたようなものだよ。感謝してるさ、紅也」
「おいおい。それをここで言うなよ。嫉妬してるこっちが馬鹿みたいじゃないか」
その言葉に皆が笑う。明乃もやれやれと言いつつ、昔から知るこの四人の事を静かに見守っている。
「だが赤司は兄者の息子だし、私も昔から期待している。壁もきっと乗り越えると信じているさ」
自分も乗り越えられたのだ。紅也はもしどうしても難しそうならば、手を貸そうとも思っている。
紅也自身、退魔師としての才能はかなりあったが、それでも勝てない優秀な兄や規格外の友人の朝陽に囲まれて成長してきた。だから赤司の気持ちが痛いほどわかるし、身内だから余計に手助けしたいとも思う。
「なるほど。ははっ、本当に今は将来有望な若者が多いね。私達も負けてられないな」
朝陽の言葉に明乃も含めて皆が頷く。
六家や星守などの一族の運営に関しては、彰などの行動は頭が痛いが、優秀で有望な退魔師であり、将来に目を向ければ、悲観すべき事ばかりではない。
孫や子、そして他の同年代の若者達の成長や未来を皆が期待せずにはいられなかった。
だが人というのはそこまで全員が強い心を持てるわけではない。
光在るところに闇があるように、人の心にも闇は宿る。
期待は原動力にもなり得るが、過ぎれば毒となる。この場にいる者達は、それに応える事が出来てきた。火野の当主や先代も同じだ。彰への問題が大きすぎて見落とされていた。
その期待の上限が押し上げられている事の弊害がもたらす悪影響に、彼らが気づくことはなかった。
追い詰められた者は、時に普段であれば絶対にしないような暴走をすることがある。
初詣の帰り道。真夜達はその男と遭遇する。
「星守真夜。……俺と……戦え」
様々な感情が入り交じった目で、火野赤司は朱音や渚のいる前で真夜にそう宣言したのだった。




