第九話 不協和音
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「いやはや。まったく。真ちゃんと朱音ちゃんや渚ちゃんの件は上手くいったのに、また新しい問題が出てきたよ」
大広間での少しばかりの話の末に帰路についた真夜達だが、朝陽は車の中でぽつりと愚痴をこぼした。
真夜達の件は完全に星守が決める事が確定し、反対派は完全沈黙。落ちこぼれと侮っていた者達も、その認識を改め、真夜に喧嘩を売ろうという考えどころか、できる限り不興を買わないようにしようとしていた。
朱音もこれには大喜びで、諸手を振って自慢できるのでほくほく顔だった。
だが変わりに新しく面倒な話が出てきた。
「本当に雷坂の新当主は厄介でやりにくい相手だよ。私ももっと情報収集に力を入れるべきだった。帰ったら母様と相談だね」
「だろうな。聞いてる限りやり手どころの話じゃないだろ。下手すりゃ、勢力図が大きく変わるぞ」
真夜も朝陽に同意するように答える。強いだけでなく、自らの目的のためとは言え当主としての手腕を振るっているのだ。それがもたらす効果は計り知れない。
交流会の時点でも真昼と同等の力を持っていた上に、雷鳥という式神まで有していた。
成長速度も恐ろしく、今現在どれだけの強さがあるのか真夜にも見当がつかない。それに彰はまだ成長途中であり、伸びしろもあるどころか底が見えない。
そこに雷坂家その物の実力が上がり、財政が上向きになってくれば、これまで以上に繁栄することは目に見えている。
「星守だけで無く火野もかなり警戒を強めただろうね。まあ星守は朱音ちゃんとの婚姻で繋がりが出来るから、火野としてはある意味でホッとしているだろうけど」
今回の彰の来訪は、星守と火野の連携強化という意味では有益となっただろう。
もし朱音との婚姻が流れれば、火野は雷坂と星守の両方を気にしなければならなくなる。
「それにしても封印を解いて式神を増やすね」
「確かに考えなかったわけではないが、封印を解くリスクもあるし退魔師としての実力を上げるのと、式神を屈服させ従えるのを両立できる人間は少ない。高位の術者になれば従えられる式神の強さが上がるが、式神を使役することでの消耗を考えればいい手とは言えないからね」
古くから封印されている妖魔に関しては、情報が乏しい事が多い。
かつてとある一族が管理していた封印で、封印されている妖魔は上級だとされ、封印状態で感じられる強さも弱い事から、封印を解いて討伐しようとした事がある。
だが実はそれは妖魔が自分の力が弱まることを恐れ、冬眠のように休眠状態になることで力を温存していたからであり、実際に封印を解いて復活したのは特級の妖魔だった、等という話がある。
その際の被害は甚大で、その一族の大半は殺され、一般人にも被害が多く出た。
特級ならば六家でも当主やそれに近い実力者でなければ対応できず、万が一それらの人員が負傷したり現役を続けられなくなっては大損害だ。それに封印されていたのが超級や覇級ならばもはや目も当てられない。
一流や強い退魔師を育てるにも時間や手間がかかるし、これらの妖魔の対応の他にも六家や星守には色々な案件が舞い込む。そのためどの六家もそんな事をしようなどとも考えなかったのだが……。
「けど超級や覇級を解放したとなれば大問題ですね」
「そうですね。懸念事項として他の六家が雷坂へ問題提起すれば、行動を抑制できるのではないでしょうか? 流石に雷坂彰さんと雷鳥でも覇級は倒せないでしょうし、超級でも上位であれば負ける可能性があります」
結衣も渚も最悪の事態を想定し、他の六家へ働きかけるべきでは無いかと提案する。
「どうだろうな。あいつの場合、あの様子じゃそのリスクを考えてない事はないと思うぞ」
「私も同意見だね。六家の会合を開いたとして、彼を止めるのは難しいだろうし、何らかの取引や反論を用意しているかもしれない」
真夜と朝陽の言葉に、結衣と渚は先ほどまでの彰の行動や発言などを思い返し、その可能性が高いと思い直す。
「じゃあ朝陽さんはこのまま何もせずにいるつもりですか?」
「何もしないのは問題だが、他の六家と歩調を合わせようにも、京極家は先の事もあり反論出来るか怪しいし、氷室と水波と風間も雷坂から離れているのであまり強くは言わないだろうしね」
危険はあるが、現時点で問題は発生しておらず見守る方針を固める可能性が高い。
雷坂が強くなりすぎても問題だが、星守の一強を懸念する勢力は雷坂の台頭を望むかもしれないし、雷坂がノウハウを積み重ねてくれれば、今後は全国にある厄介な封印への対処できる可能性が高まるからだ。
それに失敗して雷坂に被害が出ても、星守の交流会では六家と星守が協力すれば覇級妖魔を討伐できた実績もあるため、最悪の事態は避けられるだろうからだ。
「痛し痒しとはこの事かもしれないね。母様とも相談だが、監視と警戒を強めるだけになるだろうね。最悪、覇級妖魔が出ても万全の真夜がいてくれれば、星守の戦力だけでどうとでも出来るだろうし」
「まあな。兄貴や親父に婆さんがいてくれれば、俺の霊符の強化で覇級ともやり合えるだろうし、いざとなれば切り札を切るだけだ」
ルフの本体を召喚すれば、覇級でもよほどの相手でなければこの面子なら負けはない。従姉妹の海達を後詰めに置いておけば、確実性は増すだろう。
「ただ問題は火野だろうね。当主の焔殿や爆斎殿にしても、彰君は油断ならない相手だし、ここからの雷坂の更なる躍進の可能性を考えると、長老衆も気が気ではないかもしれない」
雷坂彰に代替わりしてすぐにこの有様だ。式神を譲渡されたが、それは施しにも似た行為であり、火野は格下と思われている事に他ならない。
今はまだ焔や爆斎、紅也がいるが火野が代替わりした後、下手をすれば飲み込まれるのでは無いかと不安が募るだろう。今の火野の若手に、彰に対抗できる退魔師など存在しないのだから。
「とにかく今は様子見だ。幸い彼へのパイプは真昼も真夜も持っている」
「俺や兄貴が手合わせするって言えば、喜んで応じるだろうからな。それを餌にも出来るし、あいつの目的ははっきりしてるんだ。俺からすれば面倒だが、ある意味でやりやすい相手だよ」
「でもそれだと真夜君の負担が大きくなるのでは? 真夜君と雷坂彰さんとの戦いとなれば、今の真夜君が高野山の時のような戦法を使わなければ、今回のように死闘になるでしょうし、真夜君もそんな手を使う気は無いのでしょ?」
爆斎との戦いを見守っていた渚も、朱音と同じように気が気でなかった。真夜がいつもとは違うらしくない戦い方をしたのが気になっていた。朱音と自分のためとはいえ心配はしてしまう。
また感情をむき出しにして戦う姿が、以前のように娘さんをくださいという場面と重なり、少しだけ嫉妬してして、羨ましいと思ってしまったのは渚だけの秘密だ。
「別に構わないさ、渚。あいつとの戦いは実は割と俺も楽しみだからな。それに俺ももっと強くなりたい気持ちは同じだよ」
「真夜君はストイックですが、本質は脳筋で戦闘狂の彼と変わりないかもしれませんね」
「渚も結構言うよな。否定は出来ないけど」
渚は少し呆れながら、じと目で真夜に言うと、本人は肩をすくめる。それを見て朝陽と結衣はくすくすと笑う。
「まあ雷坂の件は私や母様の領分だから、真ちゃんは気にしなくて良い。必要な事があれば相談するし、真ちゃんも何かあれば連絡をくれれば良い。だからこの話はここまでにしよう。今日はせっかく真ちゃん達の婚姻話がきちんと纏まったおめでたい日なんだから」
「了解。まっ、朱音と渚との話が円滑で円満に纏まりそうだから、今日は火野に赴いた甲斐はあったしな。それに明日は朱音も親父さん達とこっちに来るって行ってたしな。元々決まってたのか?」
「紅也と美琴さんも改めて挨拶に来る話はあったよ。ただ今日次第では流れる可能性があったから、真ちゃん達をがっかりさせないために話さなかった」
「言わばサプライズですね! 初詣もまだですから、明日三人で行ってくればいいですよ♪」
朝陽と結衣の言葉に、隣り合わせで座っている真夜と渚は顔を見合わせると笑みを浮かべる。
「わりいな。じゃあお言葉に甘えさせてもらうか」
「色々とありがとうございます」
礼を述べる二人は明日のことを楽しみにしつつ、星守へと戻っていくのだった。
◆◆◆
火野一族にとって怒濤とも言える一日が終わりを迎えようとしていた。
宗家分家、若手ベテラン、老若男女問わず彼らの受けた衝撃は計り知れず、様々な影響を与えることになる。
その中でも長老衆の一部が集まり、話し合いを行っていた。
「星守真昼だけでなく、まさか星守真夜までもがあれほどの強さとは」
「老いたとは言え爆斎を降すとは……」
「もはや星守には何も言えんぞ」
「逆に考えれば、朱音を使って星守とのパイプが太くなると思えば悪くはあるまい」
「正妻に落ち着けばな。側室では影響力や発言力は高くはないぞ」
「だがそれに関して我らに出来る事はもはやない」
真夜との朱音の婚姻で火野は有利な条件を付けたかったが、それはもう叶わない。ただこの婚姻自体は悪くはないため、彼らにしても問題は少なかった。
「今は星守よりも雷坂だ。まさか雷坂があのような手を打っていたとは」
「最近雷坂の長老共の態度が変わってきていたのは、それが原因であったか……」
「羽振りが良くなったと言う奴もいたと言うが……」
「不味くはないか? 雷坂鉄雄の時代はそこまで火野に取って脅威では無かったが、雷坂彰は単独でも星守真昼と互角の上に超級式神雷鳥を従えている。今日のことで星守真夜の強さが本当だったのなら、雷坂彰の実力が誇張されているとは考えづらい」
雷坂が強力な式神を作成しているのならば、彰が狩っているのは事実だろう。
問題はこれから先、雷坂はどんどんと強くなるどころか負債が減って益々手強くなっていく事と、火野に対抗できる存在がいるかどうかだ。
「当主や爆斎に働きかけて、火野も同じような事をすればどうだ? 雷坂に出来て、火野に出来ないことはあるまい」
「いや、それはリスクが高くはないか? 雷坂は上手くいっているが、火野も同じようになるとは限らん」
「当主や爆斎に何かあれば、跡目の問題も起こる。正直、今の赤司では星守どころか雷坂への対抗も難しかろう」
「霊器を顕現できるとはいえ、昨年の古墳での失態もあるし、四天王入りもまだであるからな」
火野の次期当主候補と目されている赤司は、霊器を顕現できるほどの実力を持つ。
本来なら、今の赤司の実力でも問題視されることなどないはずだった。
十代半ばで霊器を顕現できる術者は誰もが天才と称され、一族内どころか他の六家からも一目置かれる存在として認識される。
だが今はその認識が崩壊してしまっていた。
ただ霊器を顕現しただけの若手など、今は数多く存在する。
その中でも星守真昼や雷坂彰を筆頭に、特級の守護霊獣を従える星守海やそれを降した上に、協力して最上級妖魔を複数仕留めた水波流樹などの台頭。さらにここにきて星守真夜まで頭角を現した。
赤司は現在、次期当主候補筆頭であるが、長老を含め一族の多くはその力を把握しているからこそ、彼の力では近隣の星守、雷坂と渡り合っていけないのではと考えてしまったのだ。
宗家は赤司以外にもいるが、年下で霊器も顕現できていない者ばかり。火織はいるが、赤司よりも弱いため難しく、朱音も星守への嫁入りが決まった。
「このままではマズイかもしれんな」
「やはり式神か? 雷坂彰は超級の式神を従えているし、星守真夜だけでなく星守真昼も超級クラスの守護霊獣と言うではないか。今日の手合わせでも、やはり式神の有無は大きかったと思う」
もし真夜単独ならば、爆斎が勝利していたのではと思う者もいたが、それも含めて星守の力なので異議を唱えることは出来ない。
だがなまじ超級のルフを見てしまっただけに、彼らが今まで抱いていた火野の戦術や強さの定義が根底から揺らいでしまった。
これからの時代は霊器を使えるだけではダメだ。霊器使いも強力な式神を従えなければならないと、自分達が出来もしないことを考え始めたのだ。
「超級は無理でも特級くらいは使役してもらわねば、話にもならんと言うことか」
「しかし火野が保有している式神は最大でも最上級までだ。特級などいないぞ」
「無ければ用意するしかないあるまい。ここ最近、強い式神を求める退魔師は多くなったと聞いてる。裏ルートではそれなりの式神が取引されていると言うぞ」
「それを押さえるしかあるまい。赤司も次期当主候補として、雷坂や星守並に強くなってもらわねばな話にもならん」
「まったくだ。今の赤司では頼りにならん。いっそのこと、他の者がもっと育ってくれればよいがな」
好き勝手に言い合う一部の長老達は、赤司がダメなら他の若手に独自のルートを使い、強力な式神を手に入れ使役させようと画策する。
だが彼らは気づいていなかった。この会話を気配を消して、ずっと聞き耳を立てて聞いていた者がいたことを。
その青年は唇をかみしめ、悔しさのあまり涙を流さんばかりに打ち震えながら、拳を強く握りしめ続けていたことを、長老達が気づくことは無かったのだった。
久しぶりに三日連続で更新できた!
さて伏線回収頑張るか。
でも明日からまた仕事で忙しくなるので、更新が不定期になりますので、ご了承ください。