第八話 決着と驚愕
振り上げられた降魔天墜と振り下ろされた轟炎爆砕とのぶつかり合い。
迸り流れ出たエネルギーが地面を粉砕し、周囲へと衝撃波をまき散らす。
彰も全力で防御することでやり過ごす。もし審判が星守の時の男であったなら、堪えきれず吹き飛ばされるだけでなく、大怪我を負っていたことだろう。
お互いの大技のぶつかり合いだが、勝利の天秤は片方へと傾いた。
「ぐっ、ぬおぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
振り下ろしていたにも関わらず、爆斎は絶叫を上げながら霊器の大槌をはじき返され、自らの体が衝撃で浮き上がると、後方へと大きく吹き飛ばされ地面に大の字で倒れた。
真夜はと言うと、大きく息を乱し片膝をつきながらも何とか倒れずにいる。
右腕も痛みはあるが、以前ほど自傷もしていない。
真夜は降魔天墜に霊力の大半を割きながらも、防御と回復の霊術を併用して持ちこたえた。
霊力自体が弱体化のため以前ほどで無かったため、威力も鵺を倒した時には及ばなかったようだ。
しかし超級すら葬り去る爆斎の最強の一撃を、真正面から打ち破るほどの威力。
攻撃力、破壊力に特化した火野一族を超えるほどの一撃を真夜が放ったことに、観戦者達は黙り込んだ。
誰の目にも結果は明らかだった。
爆斎の最強の一撃を打ち破った上で、その身を地に伏せさせた。対する真夜は片膝をついているが、倒れていない。それどころかしばらくして立ち上がり、爆斎の方まで歩いていく。
「俺の、勝ちですね」
「……まいった。儂の……負けだ」
そんな中、爆斎はどこか悔しそうに、だが晴れやかな笑みを浮かべながらぽつりと自らの敗北を口にした。
「勝者、星守!」
彰は爆斎の言葉を聞くと、観戦者達に聞こえるように大きく宣言をした。
火野一族の多くはどよめき、まさか爆斎様が負けるなんて、あいつは本当にあの落ちこぼれと言われた奴なのか、女天狗、美しい…等など、動揺や驚愕、動転など様々な感情を見せている。
「お主と朱音ちゃんの事を認めよう。儂を含めて、火野一族の誰にもこれ以上口出しさせん。儂個人としても、火野の先代当主としても誓おう」
「……ありがとう、ございます」
真夜は「朱音ちゃん?」と心中で疑問符を浮かべながらも、爆斎に礼を述べ頭を下げる。
だが限界が来たのか、そのまま体の力が抜けたようにどさりと尻餅をついた。真夜はそのままルフの方に目を向けると勝ったことを賞賛するように誇らしげな表情を浮かべると、そのまま霊符へと姿を変える。
霊符は飛翔しながら真夜の手元へ戻ると、真夜は懐に入れる動作をして消失させた。
「良いモノ見せてもらったぜ、星守。この間から随分と手の内を見せてくれるじゃねえか」
それまで大人しく観戦していた彰が、二人の戦いを賞賛しながら真夜達に近づいてくる。笑みを浮かべているが、その目は笑っておらず何かを必死に抑えているようにも見える。
「……まあな。お前こそ途中で乱入するんじゃないかと思ってたんだが」
「はっ! それもありだったが今回は大人しくしてるって約束だからな」
彰は約束したことは守るタイプだった。焔や爆斎に約束した通り、見届け人と審判だけを行った。闘争心が激しく疼くほどの戦いを見せられ、今すぐにでも戦いたい衝動に駆られているが、観戦に留めるだけでも成果はあったので、彰はギリギリで思いとどまっていた。
「……お主にも礼を言っておこう。戦いを最後までさせてくれたからな」
「こっちも最後まで見たかったから、礼を言われるまでもねえ」
爆斎にも彰は感謝されるほどの事では無いと返す。今の火野一族にはいないタイプの若者に、爆斎の好感度は割と高くなっていた。
それに爆斎と真夜の戦いの余波を受けながら最後まで逃げずに、これだけの戦いであれば至近距離とも言える位置で見続けた上に、まったくダメージを受けていない彰の胆力と実力を爆斎は改めて評価した。
「真夜! 爆斎おじいちゃん!」
二人が心配になっていた朱音は、いの一番で修練場の中に入ってきた。その隣には渚もいる。
「もう! 本当に無茶しすぎ! それに真夜! 最後のアレは何よ!? 前みたいに腕がヤバくなるって言う技だったんじゃないの!? それにおじいちゃんもヤバい技ばっかり使ったでしょ!?」
降魔天墜を直に見たことがあるのは、この世界で現在生きている者では朝陽と明乃のみ。朱音や渚も初めて見る。
「いや、朱音ちゃん。これは漢同士の譲れない戦いと言うか、必要なことだったというか……」
孫娘のような朱音に説教され、しどろもどろになる爆斎に真夜は苦笑してしまう。
「そう言うことだ、朱音。あんまり先代を責めるなよ。それにこうでもしなきゃ納得してもらえなかっただろ? あとこれだけ力を示したんだ。誰も文句を言えないだろうし、言ってきたら真っ正面から叩き潰せる」
戦うことや強さに価値を置く傾向にある火野一族の先代当主を、力を持ってねじ伏せたとあっては誰からも反論できない。ここに希少性の高い術を使えることを加えれば、真夜の価値は計り知れないし、無茶を押し通すことが出来る。
「それはそうだけど……」
心配したんだからと口を尖らせる朱音に、真夜も悪かったと返すと霊符を一枚顕現させ、爆斎の治療を行う。
「これは……」
「応急処置的なものですが。完全には無理でも起き上がるくらいは出来ると思います。ただ自己強化系の反動はあまり抑えられないと思いますが」
「すまんな」
素直に感謝を述べると爆斎は上半身を起こし、頭を下げる。体はだるいし、戦闘はとても出来ないが、立って歩くことは出来る程度には回復していた。自傷した傷もおおよそ治癒しており、爆斎は改めて真夜の規格外を目の当たりにする。
「それにこの手合わせも丁度よかったです。俺達のために狙ってやってたでしょ?」
「……さあどうであろうな」
ぷいっとそっぽを向く爆斎に真夜は何も言わず頭を下げる。二人の態度で朱音も爆斎が泥をかぶるつもりで自ら嫌われ役と憎まれ役を買って出てくれたのだと察した。
「爆斎おじいちゃん、ありがとうございます!」
朱音は涙を浮かべながら、深々と爆斎に頭を下げる。
(む、むむむ。い、言えん。それもあるが、本当にその小僧が気に食わなかったからとか、朱音ちゃんがいながら、もう一人妻を取ろうとしていたから腹が立ったからとか、絶対に言えん)
正直その考えはあったが、噂通りの実力が無く、爆斎に負けるようならば婚姻に関して色々口出ししたり、手合わせの中でボコボコにしてやろうと思っていたとか、この何となく良い雰囲気の中では絶対に口に出来ない。
しかもそんな内心を彰は気づいているのかいないのかニヤニヤとしており、真夜も爆斎の今の態度を見て少し疑いの視線を向けている。
(あ、朱音ちゃんには気づかれないようにせんと)
もしバレたら嫌われてしまうと思ったので、墓まで秘密にしようと心に誓う。
こうして真夜と爆斎の手合わせは幕を閉じた。
だがこの一戦が、後に一部の者達に様々な弊害をもたらすことを、この時は誰も知るよしは無かった。
◆◆◆
激しい死闘とも言える手合わせだったが、真夜も爆斎も疲弊しているが大きな怪我も無く後遺症も無かった。
真夜も明乃の時ほども疲弊しておらず、降魔天墜による自分自身へのダメージも少なく、前回のように腕が腫れ上がるような事はなかった。
尤もしばらくは使用することが出来ない程度のダメージは受けている。筋肉痛のような痛みも続いているので、無茶は出来ないだろう。
真夜の回復を待って星守勢は火野を発つことになる。雷坂もそれに併せて帰路に就くようだ。
その間に焔は火野一族全員と星守、雷坂を改めて大広間に集めた。
しておかなければならない事もある。
「真夜君と先代の手合わせは素晴らしい戦いだった。先の約束通り、朱音の婚姻は星守の要望通りに行う。異論は認めんし、この話に関してはもう終わりだ。よいな?」
「うむ。儂も漢に二言はない。もはや火野は一切の口出し無しだ」
焔は長老衆を見渡しながら有無を言わさず告げ、爆斎も。一部は苦虫を噛みつぶした顔をする者もいるが、反論など出来ようはずも無い。
「別にまだ俺が朱音と渚の二人と婚姻する事に文句がある人がいれば、直接俺が相手をしますよ」
今までは空気を読んでいた真夜が、発言をしながら長老衆や宗家、分家を見渡す。
敵愾心があった若手達も、爆斎との全力の戦闘を見た後では黙り込むしか無い。分家の若手最強の剛も悔しそうに俯いたままだ。
防御霊術だけでも凄まじいのに、超級の守護霊獣を従えた上に、爆斎の全力の攻撃を正面から打ち破る攻撃霊術まで持っているのだ。
剛も含めて勝てる等と思うどころか、片手間に倒される光景しか想像できない。
むしろこれだけの強さや術を扱えるのならば、妻を二人も持つのも納得できるとまで思う者達が出るほどだ。
「雷坂家も今回の事は見届け人としてきちんと対応させてもらう。最初に言ったとおり、火野に対して何かを言うつもりも無いし、良い戦いを見せてもらった礼に、譲り渡す式神の霊符を増やしても良いとさえ思ってる」
今度は彰の発言に大広間がざわつく。
「いや、そんなに式神の霊符をポンポンと渡していいのか? 雷坂って言っても、そこまで多く式神の霊符は保有してなかっただろ?」
「渡したのは死蔵していた奴ばっかりだし、今はまた新しく増やしてるから別に少しくらいはどうってことねえよ」
「増やしてる?」
真夜の質問に彰はどうでもよさげに答えるが、隣に座る仁が小声で叱責した。
「いいじゃねえかよ、仁。調べればすぐわかることだろ? それに火野も不思議がってるから、教えてやれよ」
「彰さん、これは割と雷坂としてあまり褒められない話なんですよ?」
「当主が良いって言ってるんだ。ケチケチすんなよ。それにそのうちバレるだろ」
「まったく。……わかりました。この場の皆様の不信感を解消する意味でも、お話しする方がいいですね」
仁は諦めたようにため息をつくと、真面目な顔をして説明する。
「先ほどの当主のお言葉通り、雷坂家では現在、新たな式神の霊符を複数作成しております」
新たな式神と言う言葉にこの場の者達、特に朝陽や焔などの当主が険しい顔をした。
「それはどういうことだろうか? 新たな式神と言うことは無から創りだしていると言うことかな?」
朝陽は疑問を口にする。
式神の作成方法はいくつかある。現在でも偵察などで弱い式神を専門に扱う式符使いなどの式神を作成することは多々ある。
自然界の動物の死骸や死にかけの動物を利用したり、妖魔の残骸を使用するなどして創り上げるが、ほとんどが戦闘には役に立たない式神ばかりである。
しかし雷坂家の場合は、戦闘にも使える中級以上、それこそ上級や最上級を創っていると言っているようなものだ。
「いいえ。今雷坂家では、我々の管轄地で長年封印されていた妖魔達を討伐しその残滓や妖魔その物を屈服させ、式神へと変えています」
その言葉に朝陽や焔は驚愕した。それは危険を伴う行為であったからだ。確かに六家や星守が管理してる地には、封印されている妖魔が未だに多く点在する。それらは厳重に管理され、封印の維持を続けている。
「現在雷坂家では、現当主の指示の下、昨年から積極的にそれらの妖魔を討伐し、その過程で式神として利用できる存在は式神に変えて従えようとしています」
雷坂家は星守の交流会後、彰が実権を掌握した。そして彰は修行として雷鳥と共に、先代や先々代が手を出せずに封印し続けていた妖魔を解き放ち、積極的に狩り始めたのだ。
封印されていたのは最上級や特級などの大物達。危険であり、万が一の事があれば大惨事を引き起こすために、雷坂家では封印の維持管理を優先していた。
だが彰はそんな前例を一蹴し、解き放って倒すという選択を取った。
当然ながら当初この案は大反対された。もし妖魔が逃げ出せば、雷坂の信用は地に落ちるし、戦いに絶対は無く、彰の身に何かあれば雷坂家が瓦解しかねないと思われた。
しかし彰は強行した。封印の維持や管理にも莫大な費用と労力が費やされる。さらに封印されている場所によっては一等地であったり、その一角だけ使用できずに開発が進まなかったりと弊害になっている場合もあった。それを取り除ければ、雷坂だけで無く所有者への利益も大きい。
何だったら、安く売り出されている曰く付きの土地を安く買い取り、討伐して浄化した後に売りに出せば大もうけできると彰は主張し、強引に実行した。
他の六家や星守がしなかったのは、もし封印を解いた時に想定以上の存在が出てきた場合、対処が難しくなるし、人員の損失があれば責任問題も出てくる。
それに一度でも失敗すれば、他の六家に追及されるし、朝陽も他の六家と歩調を合わせる形で、どうしようも無い場合以外は現状維持を続けてきた。
だが彰は自分と雷鳥が負けるとは全く思っておらず、霊感がヤバいと告げた場所は後回しにして、実績を積み上げることで雷坂内の反対意見を完全に黙らせた。
討伐も彰と雷鳥だけで戦うのだが、後詰めとしてベテランや補助系の術者を動員して万全を期すことで最悪の事態を起こさないように配慮もした。
成功実績が積み重なり、雷坂の負担になっていた負債が減り、さらに儲けまで出始めた事で、長老衆も「あっ、これ、彰の好きにさせた方が得じゃね?」などと考える者が増えた。
面倒な封印が減ることでそれに関わる人員や金が浮く。その浮いた人員で戦える者は彰の修行に付き合わされ、残る人員も強くなれと修行の時間を増やさせた。
雷坂の戦力の底上げを考えてのこと、などではもちろん無く彰が強くなるための練習相手が弱すぎるのでもっと強くなれと言っているだけに過ぎない。
またこの討伐した妖魔達を式神にして雷坂の退魔師に配ってやれば、適性があればそれなりに練習相手として役に立つだろと彰が考えた事で、雷坂に式神が増えることになる。
式神の作成も手間や金がかかったが、それは浮いた金や儲けた金でまかなった。
これにより雷坂の術者は強制的に強くさせられていた。もちろん、数ヶ月で劇的に強くなれるはずはないが、強くなる兆しを見せる術者は少なくなかった。
さらに彰の厄介な所は金や権力やコネに興味が無いため、それらを仁や早雲を含め他者に簡単に渡すところである。
長老衆にも自分に反対せず、協力するなら甘い汁を吸わせてやると、浄化した土地の権利書や発生した利益、また新しい式神を創ることで今まで死蔵していた式神の霊符を売ったりして得た金を、ポンと渡したことで長老衆の誰も表だって文句を言わなくなったどころか、一部は揉み手ですり寄る始末だ。
先代当主の鉄雄は、自分が長い間改善できなかった事を僅か数ヶ月で実行し、戦力の底上げまでし始め、現役世代どころか長老衆がすべて彰側についたことで、もうマジでやってられるか! と引退を表明し彰に当主の座を渡したと言うのが彰の新当主就任の真相である。
「と言うわけだ。これからも式神は増やす予定だからよ。だから気にせずこの式神を受け取ってくれよ。火野も使える戦力は多い方が良いだろ? 星守も必要なら渡すぜ? ただし言い値にはさせてもらうけどもな」
先ほどまでとは打って変わり、どこか上から目線で彰は不敵に宣言するのだった。
雷坂鉄雄「もうやだ。なんであいつばっかり!」
彰「おら! 俺がもっと強くなるための修行相手をしろ! ああっ? てめぇ当主だろ? 当主のくせに俺の相手もできねえのか?」
雷鳥(へいへい。びびってる! 情けない奴はビリビリだぜ!)
鉄雄「こいつらの相手なんてやってられるか! 当主なんてもう降りる! 出奔して静かに暮らす!」
長老衆「「「「「どうぞどうぞ」」」」」
彰当主就任。
降ってわいた休みと執筆できる時間が取れた!
こんな生活が続くといいのに!




