第七話 真っ向勝負
ルフを召喚した真夜と奥の手を使用した爆斎。二人の戦いも短い時間ながらも佳境へと進んだ。
星守の交流会の際の明乃との戦いと比べれば、遙かに短い時間だ。
だが戦いの内容は決して見劣りする物では無い。少なくとも彰はそう考えていた。
(……あの霊符の防御は何度見ても厄介だな。それにあいつが使える霊術はいくつもある)
二人の戦いをつぶさに観察しながら、彰は自らならばどう攻略するかと考える。
真夜の強さは流石だ。京極での六道幻那の時には及ばないが、今の彰よりも総合力では上だろう。
特に霊符の防御は凄まじい。爆斎の攻撃を正面から受けてなお、完全に防ぎきっている。今の彰でさえ、爆斎の一撃をまともに受けきることは出来ないだろう。
爆斎も流石は先代当主と言えるだけの強さがあり、雷坂家の先代の鉄雄ではどう足掻こうが、奥の手を使わせることさえ出来なかっただろう。
さらに真夜の守護霊獣のルフ。堕天使の姿の時ほどの威圧感は無いが、彰の式神の雷鳥よりも格上。
戦い方次第では彰の式神の雷鳥もあっさりと負けるだろう。
(やっぱり来て良かったぜ!)
火織から言葉巧みに今日のことを聞き出した。尤も彼女も他家の彰であるから、教えた情報はそう多くはなかった。火織からは真夜達が朱音との婚姻のために来るとだけしか聞いていない。
だがそれだけで十分だ。彰は持ち前の行動力と雷坂家の情報網を駆使し、そして真昼などからの情報を総合的に分析して時間や場所を予想した。結果は彰の予想通りであり、思惑通りになった。
高揚感が抑えられない。今すぐにでも戦いたい衝動に駆られるが、今は我慢の時だ。
二人の戦いを邪魔したくは無いと言うのも本音だ。見ることも修行と言うが、まさしくそうだと彰は思う。
ルフの戦い方も、今後の真夜攻略の重要な要素になる。雷鳥にも視界を共有して、情報を与えている。
それに彰はこの渇望こそがさらに強くなるために必要な物であり、真夜との戦いに向けた起爆剤の一つになると思っている。爆斎の戦い方やそれをいなす真夜の戦い方を観察することに集中することで、より一層自らの血肉に出来る。
爆斎も短期決戦を望んでいるが、真夜とルフもそれに呼応するかのように霊力を解放したことで、真っ向から受けて立つつもりだと察した。
消極的な戦い方では無い。二対一だが、真夜は本気の全力で爆斎を正面から倒すつもりだと彰は見抜いた。
(本当に滾らせてくれるじゃねぇか、星守ぃっ!)
彰は修羅のごとき笑みを浮かべながら、二人の戦いを見続けるのだった。
◆◆◆
(真夜頑張れ! でも爆斎おじいちゃんも頑張って!)
二人の戦いを固唾をのんで見守る朱音は、真夜を応援する一方、爆斎の事も応援していた。
真夜には絶対に勝ってもらいたいが、爆斎も頑張ってもらいたかった。
火野の中で朱音が憧れる数少ない人物であり、父や母以外では気安く接してくれた分家の西野勇助以外の大人では、唯一と言って良いほど心を許していた人物でもある。
父である紅也が尊敬する使い手として見るほどで、朱音も幼い頃から憧れていた。
周囲を少しだけ見ると、二人の激しいぶつかり合いを見続ける火野一族のほとんどは驚愕に包まれている。
爆斎の実力を知る者達。特に同世代の長老衆や爆斎の現役時代を見てきた者達の驚きは他の比では無い。
火野一族の頂点として、超級妖魔さえ葬り去ってきた最高の術者。
その術者と互角に戦い、奥の手まで使わせた落ちこぼれと言われてきた真夜。
先ほどまで真夜に敵愾心を抱いていた者達も、爆斎を追い詰めるほどの強さと従える守護霊獣を前に青ざめた顔をしている。
真夜を侮っていたり、見下していた者達の驚きを見るのは胸がスカッとし、真夜の事を自慢したい衝動に駆られるが、朱音も二人の戦いを見逃すわけにはいかないと、すぐに視線を戻す。
知らず知らずのうちに、祈るように両手を握りしめる朱音。星守の交流会の時は、真夜の戦いを見守りつつ、自分の成長にしようという考えがあったが、今はそんな感情が湧かない。
真夜には負けて欲しくない。だが爆斎に対しても複雑な感情が生まれる。
だから朱音は祈る。二人の事を。
そんな朱音と同じように宗家の者達も、二人の戦いを目に焼き付けるように見ている。
火野の大多数の者、それこそ長老衆などは爆斎の勝利を願っているだろうが、紅也や美琴は真夜の勝利を信じている。
当主の焔はこの二人の戦いに感動すら覚えており、疼く高揚感を必死に抑えていた。
彰と真昼との戦いを見た朝陽のように、自分も負けられないと闘志を燃やしている。
火織も星守での高レベルの戦いを思い出し、興奮を隠せないでいた。
そんな中、焔の息子で火織の兄である赤司は一人、両手の拳を血が滲むほどに固く握り続けるのだった。
◆◆◆
爆斎が奥の手を切ったことで、戦いは終幕へと進む。
短期決戦を望む爆斎を相手に、真夜とルフは正面から打ち負かす選択をする。
「やるぞ、ルフ!」
「Aaaaaaaaaaa!」
「その意気や良し! いざ勝負!!」
確実に勝利を掴むのならば、爆斎の時間切れを待つのが得策だろう。真夜達が見たところ、自己強化の強さは真夜の霊符のそれよりも上だ。今の爆斎ならば単独で超級妖魔を仕留める事が出来るかも知れない。
真夜自身、奥の手として同じような術を扱えるからよくわかる。尤もその増幅幅はあちらの方が大きい。
しかしその分、反動も多いだろうし、あのような強化を継続するのは限度がある。年齢や肉体の老化などを加味すれば、おそらく十分も持たず最大で五分程度で息切れすると予想した。
だがこの勝負は絶対に負けられない戦いだが、真夜の事を認めさせる事に意味がある。
消極的な勝利でダメだ。真っ正面から打倒してこそ、爆斎や火野一族の反発を黙らせる事が出来る。
そのためにルフを召喚したのだから。
(ったく! 退魔師の老人は、どいつもこいつも一筋縄じゃいかねえな!)
明乃の事を思い出しながら、真夜は爆斎を倒すべく霊力を解放し霊符で自身の底上げを行う。
星守の交流会で見せた祖母の底力と、後先考えない火事場の馬鹿力の発揮。爆斎も同じようなものだ。だからこそ油断できず、侮る事も出来ない。
真夜は自分も彰を笑えない戦闘狂であり、脳筋であると自覚しつつも、自身の成長や自身も強くなること考えれば、爆斎との戦いを避けて通るなど出来ないと考えた。
見守ってくれている朱音や渚の前で情けない戦い方を出来ないし、彰や火野一族に見せつける必要がある。
何よりも、爆斎からは嫌な感情は感じない。火野一族というよりも朱音に対しての感情が強いと思えた。
だからこそ真っ正面から爆斎を打ち倒し、当人にも認めさせたいと言う気持ちが生まれる。
(それに俺とルフの二人がかりなのに、逃げ腰の戦い方なんて出来ないよな!)
ルフがいるのに、そんな情けない勝ち方は出来ない。するならば誰の目にも明らかな、絶対の勝利を掴む。
今まで抑えていた霊力を解放する。後先考えず、今出せる最大の霊力の解放と同時に真夜も自身の限界を一時的に外す。
今の爆斎よりもさらに上の霊力と威圧。分体のルフと遜色ないほどの力の奔流。
真夜の霊符による展開された陣により強化された拳と、爆斎の霊器の大槌がぶつかり合う。
真夜の顔が僅かに苦痛に歪むが、その痛みすら心地良いとばかりに真夜は爆斎と同質な不敵な笑みを浮かべながら、左右の拳を打ち続ける。爆斎もそんな今までに無い真夜の顔に笑みを深くする。
(なんじゃい。お前もそんな顔が出来るのか。良い顔よ! 自身の負けを想像もせず、ただただ相手を倒そうとする気概と絶対の自信!)
爆斎は真夜の事をここに来て気に入った。ただのすかした小僧ではない。内に秘めた熱い情念は爆斎の想像以上。
(それにこの儂を正面から打倒するつもりか!)
戦闘を守護霊獣に任せるのでは無く、あくまでサポートさせて自らが爆斎を打ち倒そうとしており、ルフは爆斎を牽制しつつ真夜の援護を行う様子を、爆斎は好ましく見ていた。
真夜とルフ、同時に警戒しなければならない以上、真夜にだけ意識を割くわけにはいかない。だが真夜単独でも爆斎を十分打倒しうる力がある。
真夜の一撃は自分の一撃に勝るとも劣らず、まともに受ければ一発で敗北する。
防戦一方になる爆斎だが、その顔は嬉々としていた。
(認めよう! 星守真夜! 朱音ちゃんを任せるだけの力がある事とその想いを! この儂を真っ向から打ち倒そうとする気概も気に入った!)
爆斎自身、楽しくて仕方が無かった。もし爆斎に娘がいて、その娘を嫁に出すとならばこう言った事をしていただろうと考えた事があっただけに、この展開はあり得たかも知れない未来とすら思う。
二人の妻を娶るために、己の我を貫かんとする姿勢。まだ思うところはありすべてを納得することはできないが、真夜が本気であり、生半可な覚悟では無いことを認めた。
ここまで自分と正面から戦えた退魔師が、どれだけいたことか。
(じゃがこのまま易々と負けはせんぞ!)
(来るか! だったらこっちも大技をさせてもらうか!)
真夜は爆斎が攻撃に移ろうとしているのを感じると、一度後方に下がり大技の準備をする。
その間はルフが爆斎の相手をする。力押しでは無い、技を駆使した攻撃。鞍馬天狗との手合わせで、対人戦の技術が向上しているルフの攻撃に晒される。
爆斎の体に傷が増えていく。ルフも手加減はしない。それは相手に失礼であるし、真夜のためにも自分の力を見せつける必要がある。真夜の大切な婚姻に関してだ。何としても成就させてあげたいし、認めさせたい。
ルフから見れば真夜は大切な存在。ある意味で真夜はルフに取っての推しである。その彼のためには何だってするし、してあげたい。ある意味、自分を救ってくれた大切な契約者でもあるのだから。
「Aaaaaaa!!!」
「ぐぬっ! まだまだぁっ!」
しかし爆斎も意地を見せる。二対一とは言え、一族や朱音や火織の前で情けない戦いは出来ないし、この先二度と無いであろう、人生でも数えるほどしか無いほどの昂揚した戦いを無様に終わらせたくない。
何より、大技の準備をしているであろう真夜ではなく、超級クラスではあるがあくまで時間稼ぎに徹しているルフに倒されるなど爆斎のプライドが許さなかった。
「おおぉぉぉぉっっっ!!!!」
全身から炎を吹き上がらせる爆斎。灼熱の炎は一流の退魔師でも防ぐことが困難なほどの強さだった。
それでもルフに手傷を負わすことは出来ず、障壁を展開され防がれてしまったが、僅かばかりの隙を生むことは出来た。
爆斎は大槌を左肩に担ぐように構えると、全霊力を大槌の頭の部分に収束していく。
時間は三分を過ぎた。もう何時限界が来ても可笑しくは無い。現に鼻や目からは血が流れ、痛みが爆斎を襲っている。
爆斎は己が見立てた限界時間を意地と根性で継続した。この後、ぶっ倒れても構わないと精神力で肉体を動かす。
もはや手合わせの域を超えており、周囲からは止めるような声が出ている。
仮に彰以外が審判をしていれば、即座にこの手合わせを止めただろう。
だが審判の彰は止めない。爆斎に自分と同じような気配を感じたのと、ここでやめるのは当人が決して許さないだろうからだ。
もし自分ならば決して止まらないし、止めた者を一生恨むだろう。
たかが手合わせではない。彰が見たいからだけでは無い。星守で彰が真昼、真夜と明乃が戦った時のように、意地と意地がぶつかり合う、他人が口を挟むべきではない二人だけの戦いだと彰が判断したからだ。
(こいつらの戦いの邪魔をするんじゃねぇ!)
だから彰は止めに入ろうとする者達をギロリと睨み霊力を放出して威圧すると、二人の戦いの邪魔をしないように牽制した。
爆斎も彰の気遣いに感謝しつつ、真夜に最後の勝負を挑む。
「勝負じゃ!」
最後の大技を発動させようとする爆斎。数多の強力な妖魔を葬り去ってきた最強の一撃を、爆斎はこの手合わせの締めに使うことにした。
身代わりの札があるが、そんな大技を使うことに観戦していた者達、また当主からも再度止めるような声が響く。だが朝陽や結衣、渚達や朱音は何も言わず、ただじっと見守り続けている。
そんな爆斎の決意を感じた真夜も、戦いを止めることはせず最後の勝負に出る。
この一撃で終わらせた方が、双方に取って良いと判断したのだ。
(さあ、勝ちに行くか!)
真夜は右腕を横に伸ばし、その周囲に四枚の霊符を展開すると高速で回転させる。
自らが得意とし、反動が少ない十二星霊符を五枚使った防御術式では無い、真夜が持つ数少ない名前を冠する攻撃系の術式。
爆斎の熱に当てられたのか、それとも朱音や渚の事で真夜もテンションが上がっていたからなのかはわからない。
しかし、この勝負の決着を付けるには、これ以上の選択は無いと真夜は考えた。
以前は三枚で自傷したが、肉体もあの時より成長しているし鍛えてもいる。五枚は無理でも四枚ならば堪えられるはずだ。それに使えるかどうか試すにも丁度良い機会だ。
(最悪の場合は、サポートは頼むぞ、ルフ!)
勝たなければ意味が無いため、万が一の時の保険も真夜はかける。
ルフがいるからこそ、無謀とも思える戦い方が出来る。真夜のあまりしない戦い方に、まったく男の子なんだからと苦笑し仕方ないと思いながらもルフは力強く頷き、任せなさいと言わんばかりに親指を立てる。
真夜と爆斎がお互いに笑みを浮かべつつにらみ合うと、二人は同時に動いた。
―――轟炎爆砕!!―――
―――降魔天墜!!―――
二人の最大の一撃が激しくぶつかり合うのだった。




