第六話 真夜VS爆斎
「すまないな、真夜君。先代が面倒な事を言って」
「いえ、こちらとしてはむしろありがたい展開だと思います。親父もそう考えてるでしょうし」
「まあ朝陽ならそう思ってるだろうな」
紅也は親友ならば考えそうな事だと理解しつつ、そんな行動を取った爆斎に何と言っていいものかと悩んでいた。
戦いやすい服に着替えた真夜は、紅也と共に鍛錬場へと向かう最中だった。
「雷坂の来訪は予想外でしたが、俺も親父もこうなる可能性はあると思っていました」
「重ね重ねすまん。だが真夜君の力を見せつけるのには丁度良いだろうが、油断はするなよ」
「当然ですね」
真夜は爆斎を甘く見るつもりは一切無い。衰えたとはいえ火野一族の先代当主として名を馳せ、一時は最強の退魔師の名を得ていた傑物。
あの星守明乃でも爆斎の全盛期には勝つことが出来ず、今でも勝てるかわからない相手として見ている。
尤も明乃も未だに技術面などでは成長を続けており、全盛期を更新しているのでは無いかと思われているし八咫烏もかつてよりも強くなっているので、今戦えばどうなるかわからないだろう。
しかしながら、火野四天王に未だに名を連ね、明乃同様現役を続ける退魔師であるので、明乃に勝ったとは言え、今の真夜が余裕で勝つと言うことはないだろう。ルフを召喚しなければ。
「所で、真夜君は守護霊獣は使うつもりなのか?」
「状況次第ですかね」
紅也の問いに真夜はそう答えると、本人もどうしたものかと悩んでいた。
「俺としては召喚せずに戦って勝ちたいですが、守護霊獣を出さずに余裕で勝てると思うほど相手を侮ってはいません」
「先代も若い奴には負けてなるものかと、鍛錬は続けているからな。ただ守護霊獣がいなくても真夜君の方が上だと見ているが」
先の交流会での真夜の戦いぶりと爆斎の力を比べた結果、紅也は今の真夜が有利であろうと考えている。
戦いに絶対は無いのだが、真夜が守護霊獣を喚べば爆斎の勝利はほとんど無いと言っても良いだろう。
「バランスが問題ですね。俺が勝つのは良いですが、あまりにも圧倒的だとそれはそれで問題が出るし、かと言って手を抜くわけにもいかず」
「本当にすまんな。だが別に真夜君があれこれ悩む必要は無い。長老衆には良い薬だろうし、先代も手を抜かれるよりも全力を出された上での敗北の方がマシだろう」
「わかりました。まあ状況を見ながらにします。雷坂の事もあって最初から喚ぶかもしれませんが」
「雷坂彰か。雷坂先代当主よりも強いのは間違いないが、何かとやりづらいな」
紅也も交流会で戦いぶりや言動などを見聞きしているが、どうにも戦闘狂というイメージが強すぎて、今日の当主としての姿に違和感ばかり出てしまう。
「あいつの目的は強くなることと、勝つか負けるかのギリギリの死闘をすることですからそれを根幹に考えれば、おおよその思惑はわかると思います」
「だがそれを加味しても色々と面倒な相手だ」
「確かに」
紅也のぼやきに真夜も同意する。審判を申し出ている思惑もわかっている。それもあって、全力を出すか出すまいかを思案しているのもある。
「けどやることは変わりませんよ。先代と戦って力を示して勝つ。それだけです」
「ふっ。頼もしいな。では前と同じようにしっかりと真夜君の応援をするか」
真夜の言葉に満足しつつ、紅也は鍛錬場へと彼を案内するのだった。
◆◆◆
鍛錬場の中心で真夜と爆斎は向かい合う。
その間に彰が審判兼見届け人として立つ。
「あくまで審判は公平にする。星守にも一切有利な判定もしないし、情けねえ戦い方をしたら負けにするかもな」
「情けない戦いをするつもりはないが、審判の発言じゃないな。まあお前が満足するかは二の次にして、勝つつもりだ」
「言いよるわ。それが大言壮語にならぬように気をつけよ」
審判のくせに横暴な発言と態度を取る彰に真夜は不敵な笑みを浮かべ、爆斎も舐めるなとばかりにギロリと二人を睨む。
真夜と爆斎の気配が変化していく。お互いに相手を威圧するかのように霊力を解放していく。
「では始めるとしようか!」
爆斎が宣言すると炎が吹き上がる。さらに左手に炎が収束すると何かを形作っていく。
爆斎の霊器がこの場に顕現する。それは赤い巨大な大槌。柄から頭の部分までは二メートル近く、頭の部分は直径一メートル以上はある。
真夜も合わせるように十二星霊符を五枚展開する。
「始め!」
彰が宣言すると楽しそうな笑みを浮かべ、即座に後ろに飛び退き一定の距離を取る。
ドンと地面が爆ぜたかのような音がすると、爆斎が大槌の柄を両手で持ち真夜めがけて突っ込むと頭の部分を振り下ろした。
巨大な大槌の頭を真夜は十二星霊符を四枚展開し防御する。
二つの霊器がぶつかり合うと、大きな爆発と共に耳をつんざかんばかりの轟音が鳴り響く。
爆斎の強力無比な一撃。破壊力だけで言えば、特級妖魔を軽く爆散させるだけの威力があった。
火野一族内でこの攻撃をまともに受けて防御できるのは当主くらいだ。紅也でさえ下手をすれば防御を突破されかねない。
「これを防ぐか!」
しかし真夜が霊符を四枚用いたことで被害は無い。霊符の防御も抜かれていない。真夜は冷静に爆斎を観察している。三枚だったなら、防御を貫かれていた可能性があったからだ。それでも真夜は自分の敗北を欠片も想像していない。
力任せの攻撃ならば、これまでも何度も防ぎきった経験があったからだ。
「小癪な!」
防がれてもさして動揺していない爆斎は、再び攻撃を振るい、巨大な大槌を軽々と扱う。霊器は見た目通りの物理的な重さは無いにしても、軽いと言うことは無い、霊力が作用して、激突の際の重量は相手側には見た目相応に伝わる。
並大抵の相手ならば、即座に距離を置き逃げ回るだろう。事実、大槌を振り下ろしたり、横薙ぎに振るったりと眼前に迫る威圧と当たれば即座に爆発する霊器を前に、多くの者は恐れおののくだろう。
爆発とそこから派生する炎。さらには地面を打ち付けると、そこから炎が走り相手へと向かっていく。
だが真夜はそれらの攻撃をすべて霊符で防御する。
(威力はかなりだな。退魔師としては最上位。攻撃だけに関して言えば親父と比べても遜色ないどころか、炎と風だと親父の方が相性が悪いまである。それに婆さんと同じ老練な使い手で、こっちが反撃に転じられないように上手く攻めてくる)
侵掠すること火の如しと言わんばかりに、激しい怒濤の攻めを行う爆斎。真夜は五枚の霊符を用いて防御と受け流しを行う。
大槌という攻撃方法が限られてる武器で、ここまで出来るのは凄まじいだろう。
それでも今の真夜でも霊符の強化による全力の攻撃なら、爆斎ともまともに打ち合えるはずだ。
だが爆斎も奥の手を持っているだろう。一対一でも真夜の方が有利だろうが、明乃との戦いの事もあり絶対と断言できない。
それに今回は手合わせとは言え、絶対に負けられない戦いなのだ。
(俺だけでも勝てるとは思うが、朱音と渚も関係することだからな。俺の我が儘だけを押し通すわけにはいかないよな)
二人を娶るとすでに特大の我が儘を押し通しているのだ。無様をさらせないし、万が一があってはならない。
爆斎は強い。単独で守護霊獣を有する明乃と同格かそれ以上。ならば確実に勝つ方法を選択する。
(おじさんにはああ言ったが、俺もまだまだ未熟だな。弱体化した状態じゃ、圧倒も出来ないんだから、安全策を取るしかないか)
自分の弱さを恥じつつ、真夜は集中力を高める。
真夜が己の弱さを恥じていたが、爆斎はとっくに真夜の実力を認めていた。
(大広間での霊力の威圧でも思ったが、こやつ想像以上に出来る! 若い頃の明乃どころか、その息子の朝陽よりも上!)
衰えたとは言え、自分の攻撃を受け止め続ける真夜は火野一族の若手の誰よりも強いどころか、自分と同等以上の相手と爆斎を改めて思い知った。
(儂の攻撃をここまで悉く受け止めるか受け流しておる! これほどの事が出来る退魔師がどれほどいるか……。実力は申し分ないか……)
妻を二人も娶ろうとする男に複雑な感情を抱いているが、ひとまずはそれを実行するだけの力はある事は認める。
爆斎の攻撃を真正面から受け止められるのなら、例え攻撃系の霊術が不得意でも十分であり、報告書からは治癒系や浄化、結界系の術も高度な物だということから希少性もあり、朱音との相性から彼女を任せるにはこれ以上無い術者であった。
(しかしやはり気に食わん! 儂相手にその余裕の顔。朱音ちゃんの前で良いカッコをするつもりか!? 儂も良いところを見せたいと言うのに!)
などと、少しずれた感想を抱いている爆斎だが、このまま何もさせずに押し切ろうと考えていた。守護霊獣を出す隙を与えても良いが、これが実戦ならば相手が待ってくれるなどあり得ない。
最初から出さなかったのは余裕か、それとも気を遣ってかは爆斎にはわからなかったが、前者ならば舐められたものであり、後者であっても無用の気遣いだと憤慨する。
本気で朱音が欲しいのならば、何があっても勝ちを得るために動けと爆斎は思っており、真夜からしても至極当然の思考ではある。
(このまま戦っても、儂が不利ではあろうが、その余裕が命取りであることを教えてやろう!)
爆斎は真夜が自らが不利になれば守護霊獣を召喚するだろうと予想するが、その前に勝負を決めるつもりだった。
(っ!?)
爆斎の今まで培ってきた経験則や勘が、何かを明確に感じ取った。背筋が冷たくなり、否応なしに爆斎は極限状態にまで意識が加速した。
真夜の動きがスローに見える。爆斎の攻撃を真夜が霊符で防ぎ、爆発が起こった刹那。真夜は懐から霊符を抜き出す動作をする。
実際は霊符を取り出すかのように、十三番目の霊符を顕現させたのを、間近にいた爆斎だけが感じ取った。
霊符が光り輝くと、真夜の背後に彼女が姿を現した。
女天狗の姿をしたルフだ。
式神の召喚には祝詞を唱えたり、出現するまでのタイムラグが僅かにあるし、どれだけ優秀な術者でも召喚の前後には隙が生まれるものだ。星守の守護霊獣でもその傾向はある。
だから爆斎はこのまま守護霊獣を出す隙を与えずに押しつぶすか、守護霊獣を召喚しようとする隙をつくかと考えていた。
しかし真夜も霊符を取り出す動作をするので、タイムラグは存在するが爆斎の攻撃を防げる霊符を展開しているならば、その隙は存在しないにも等しい。
真夜は爆斎の攻撃を完全に防ぎつつ、いつでもルフを召喚できたのだ。
爆斎は思わず飛び退く。超級クラス。聞き及んでいたが、相対してこそはっきりと理解することが出来る。
「Aaaaaaaaaa!!!!」
力を解放したルフに爆斎だけで無く、観戦していた大多数が戦慄している。分家はもちろん、長老衆や宗家の者達でさえ、ルフの威圧に恐れおののいている。
分体とはいえ、その力は数多の退魔師からすれば想像を絶する。自分達に向けられているわけではないのに、隔絶した力の差に震え出す者もいる。
(これがこやつの守護霊獣! 星守朝陽の鞍馬天狗も凄まじかったが、まさかこれほどとは……)
爆斎も額から一筋の汗が流れる。超級妖魔と相対した事はあったが、それと同格に近い術者と同時に相手取る事などなかった。
だが爆斎に恐れは無い。むしろ望むところだと豪快で不敵な笑みを浮かべる。
「相手に取って不足無し! 儂を簡単に倒せると思うなよ! 儂の奥の手、見せてくれよう!」
炎の霊力が爆斎の左胸の辺りに収束していく。ドクンと心臓が大きく鼓動したかのような音を真夜は聞いたような気がした。
同時に爆発的に高まる爆斎の霊力と圧力。爆斎の顔がまるで大量の酒を飲んだかのように赤らみ、目まで赤く染まっている。顔だけでは無い。全身の肌が赤く染まっている。
火野一族当主にのみ、口伝される秘技。一時的に自らの力を爆発的に高める術。
なぜ爆斎が最強の退魔師となれたのか。それはこの秘術によるものだ。
時間制限はあるとは言え、自分の力を限界以上にまで引き出し強化する切り札。
なぜ口伝のみ伝わるのか。それは火野の当主になれるだけの力と肉体を持っていなければ、この術の反動で命を落とすからだ。紅也でさえ、扱うことが出来ない術。
さらに使用後はしばらくの間、まともに動くことが出来ない。
(今の老いた儂には三分程度が限界であろうが、十分よ!)
若造に簡単に勝たせてなるものか。ついでに朱音や火織などに格好いいところを見せようという気持ちもあったが、爆斎は久方ぶりに相対する若く強い退魔師と戦えて心躍っていた。
それに超級クラスの守護霊獣も同時に相手をする事がより一層、爆斎を燃えさせた。
そんな爆斎を前に、真夜とルフも同じように笑みを浮かべるのだった。




