第四話 火野と雷坂
焔は突然の雷坂彰の来訪に困惑していた。
しかも彰はこのたび当主に就任したことから、火野に挨拶に赴いたと女中に説明したという。
流石にこう言われては無碍にすることも出来ない。
雷坂の本拠地は北海道であることを考えれば、事前の連絡の無い来訪とは言え、わざわざ関東の火野の本邸まで足を運んでくれているのに、会わずにそのままお引き取り願うと言うのは憚られた。
さらに相手は新進気鋭の退魔師であり、話が本当なら十代で当主に異例の就任をしたということになる。
雷坂彰の噂はここ最近は嫌でも耳にする。長老衆は若手最強と謳われる星守真昼よりも警戒している相手だ。
また焔自身、次期当主ということもあり、一度会って話をしてみたいと思ってもいた。
(しかし今は星守の皆が来てくれている上に、ややこしい状況になっているからな。あまりにもタイミングが悪すぎる)
ただの宴会の席だけなら、まだ星守の了承をもらえれば参加してもらってもよかったのだが、先代当主と真夜が戦う話になっている今は、あまり彰に時間を費やすわけにもいかない。
(申し訳ないが、少し話をしてお引き取り願おう。後日、こちらから出向けば失礼にはならないだろう)
先方には悪いが、突然の来訪である点を考えれば向こうにも非はある。
焔は女中に玄関に通すように言うと、中で待つことにした。すぐに女中が戻ると、その後ろに三人の男が着いてくる。
雷坂彰、雷坂早雲、雷坂仁である。
「明けましておめでとうございます。突然の訪問についてまずは謝罪を。近くまで来る用事があったため、急とは思いましたが同じ六家として、当主に就任したので挨拶をと思い、訪問させて頂きました。改めまして雷坂家当主・雷坂彰。以後、お見知りおきを」
普段からは到底想像できないような慇懃な態度を取る彰に、早雲も仁も驚愕に顔をヒクつかせる。
彰は普段しないだけで、やろうと思えば礼儀正しい態度や行動を取れる。ただ単に面倒でやらないだけであったのだが、早雲も仁も普段の彰が彰であるために、こんな態度を取る彰を本当に彰かと疑ってしまう。
逆に何を考えているのだと訝しむ。
「いや、なに。こちらこそわざわざご足労頂き感謝する。当主就任おめでとう、彰殿。同じ六家の当主として、今後ともより良い関係を築いていきたいものだ」
聞き及んでいた人物像からかけ離れた少年に、焔も些か面を食らっていた。
当主に就任したことで、落ち着いたのかと考え、焔は当たり障りのない返答をしながら、相手を観察しつつ彰と握手を交わす。
だが握手した瞬間、焔は底知れぬモノを感じ、ゾワリと体が震えた。
(な、にっ……)
触れただけだというのに、感じた霊力は焔をして驚嘆するほどであった。自分の息子とそう変わらぬ年齢の少年に焔は自分と同格か、それ以上の使い手だと理解した。いや、理解させられた。
威圧したわけでは無い。力を解放したのでも無い。ただ彰は焔を探り、逆に自らも探らせたのだ。
「……なにか?」
(こやつ!)
どこか不敵な笑みを浮かべる彰に、焔は彼への評価などを改める。
先代の雷坂当主どころか、焔がこれまで関わってきた多くの当主よりも上。下手をすれば朝陽にも匹敵するのでは無いかと評価した上で、それをこの握手だけで自分に知らしめた大胆であり、不遜とも取れる行動にある種の危機感を募らせる。
また彰は自分を品定めしているかのようにも焔は感じられた。
(長老衆が危惧するのも理解できる。こやつは並大抵の器では無い!)
強さだけでは無い。他の六家の、それも父と子ほども離れた相手に対して物怖じしない態度どころか、隙あらば飲み込んでやろうとするかのような気配に、長年当主を務めてきた焔も改めて気を引き締める。
だがそんな焔に反して、彰はそれまでの気配を霧散させる。
「失礼。こちらも近隣の六家の当主と言うことで探りを入れさせてもらいました」
「……ああ。存分に理解した。それとそのような言葉遣いはやめよ。どうにも違和感しか無い上に、逆に馬鹿にされているとしか思えん。同じ六家の当主同士。遠慮はいらん」
「はっ。じゃあさっそく崩させてもらおうか」
「彰! いくら何でも失礼だぞ!」
「そうですよ! だいたい同じ当主でも年齢も経験も火野当主の方が上ですよ!」
それまでの態度を急に崩した彰に、早雲と仁が苦言を呈するが、本人はどこ吹く風だ。
「相手が良いって言ってるんだからいいじゃねえか。俺は素がこれなんだ。さっきみたいな慇懃な態度がいいならしてもいいが」
「いや、むしろこちらに取ってはこの方が話しやすいまである。先代の雷坂当主もそう言うタイプだったからな」
「だってよ。それにあんまり慇懃な態度だと雷坂が舐められるぜ?」
彰の態度に早雲も仁もめまいがしそうになる。慇懃な態度も出来るのに、すぐにこう言う態度を取る。言っていることも間違っていないが、どうにも振り回されてばかりで頭痛がする。
焔は本心として、この年頃の相手ならばこれで構わないと思っているし、親の七光りでも策謀でも無く実力で当主に就いた者ならば、多少不遜でも気にはしない。
「まあ長々と話すのももったいないから、本題に入るか。就任の挨拶は本当だし、俺も火野と喧嘩しに来たわけでもねぇ」
「その割にはこちらを品定めしていたようだが?」
「あんまりにも情けねえ奴なら、雷坂家当主としての仕事をするつもりだったのは間違いねぇが、別段誰彼構わず喧嘩しようとも思ってねえさ。後の面倒を考えりゃ、時間の無駄でしかねえからな」
今の彰は当主の仕事は最低限で、強くなるための時間の捻出をしたかった。
火野の当主を見極めようとしたのは、近隣で商売敵とまでは言わずとも、いざこざがあった相手故にきちんとした方針を決めたかったからだ。
そうすることで、うるさい長老衆や火野に敵愾心を持つ雷坂の術者に対して、当主として理由を持った指示を出せるからだ。
「なるほど。それで雷坂の新しい当主は火野とどういう関係をお望みか?」
「今のところは仲良くしましょうだな。あんたや火野一族とやり合う気もねえし、今までみたいに敵視したりもしねえからよ。それに下手をすりゃ、星守がそっちに着くだろうからな」
星守との敵対も面白そうだと彰は考えながらも、明乃、朝陽、真昼、真夜を同時に敵に回すのは愚策でしかないとも理解している。
彰が望むのは一対一の戦いである。もちろんそこに守護霊獣や式神が介在しても構わない。
別に複数と戦うのに臆してるわけではない。勝ち目がない戦いに挑むのは燃えるが、真夜だけでも勝てないだろうに、他にも真昼や朝陽が加われば敗北は必須。
負けが濃厚では無く、敗北がわかりきっている戦いを挑むほど彰は馬鹿では無いし、その後の展望も考えれば、どう考えてもリスクしか無い。
それに真夜には借りもあるし、直接戦わずに色々な方面からの横やりや圧力をかけられる可能性もあり、以前のように戦うこともなく、真夜に霊力を封印されるかも知れない。
様々な事を考え、自分の望む結果にたどり着くためのメリットデメリットを天秤にかけると、火野の当主は先代の雷坂当主よりも強く、当主としても有能であるなら、火野とはそれなりに仲良くしましょうという結論が出た。
「それに、火野は今後は雷坂より星守との結びつきが強くなるだろ。今日もその事で星守が来てるんだろ?」
「なるほど。若いが先代とは違って君はやりにくい相手だ。強さもだが、耳ざとく豪胆だ」
焔はより一層、彰への警戒を強める。朱音と真夜の件はほとんど退魔師界では公にされているが、今日の星守の来訪を雷坂が正確に掴んでおり、わかっていながら来る時点で確信犯だ。
「ではわかっているなら、挨拶も済んだので早々にお帰り頂きたいが」
「はっ。急な来訪の上、そっちからすれば鬱陶しい新当主だろうが、何も手土産を持ってきてないわけじゃねえ」
「何?」
「言っただろ、仲良くやろうって? そっちの長老衆が雷坂を、もっと言えば俺を危険視したり、雷坂の躍進を面白く思ってねえのはわかってる。だから先に当主だけで無く老人達にも挨拶に来た。俺が出向いて頭の一つでも下げれば、連中も多少は溜飲を下げられるだろ」
焔は彰が何を企んでいるのか必死にその胸の内を読もうとした。彰の言うとおり、長老衆がここ最近の雷坂や彰について気がかりだったのは間違いで無い。
焔も今日会って、直接相対してみて彰が油断ならない相手だとわかった。
(ただでさえややこしくなっているのに、ここでこやつを屋敷に入れればどうなるかわかった物では無い。それに招いて騒ぎ出されたら、それこそ失態だ)
仲良くしましょうと言ってはいるが、本心が読めないので下手に招き入れて、星守のいる場で騒がれれば混乱が広がると考えた。
「まあここで帰っても良いけどな。雷坂の新当主が挨拶に来たが、帰ってもらった。そう言えば長老衆は火野の方が上だって思うだろうからな。火野の当主的にはその方がいいだろうがその場合、この土産の話は無しだ」
彰があらかじめ手に持っていた小型のアタッシュケースを、これ見よがしに焔に見せる。
アタッシュケースの中から霊力が感じられる。
何か興味を惹かれる焔。何かの霊力のこもった武器か道具か。彰がこれほどまでに言うほどだ。それなりの物を用意しているのだろう。
しかしだからと言って、火種になる彰を不用意に火野に招いて良い物か。
「何をしておる、焔」
と、中々戻ってこない焔にしびれを切らしたのか、爆斎が玄関までやって来ていた。
「誰か急な来訪と聞いたが……、むっ」
「明けましておめでとうございます。初めまして、雷坂家の新たな当主となりました雷坂彰です。以後お見知りおきを」
彰は爆斎を見ると、焔の時と同じように猫をかぶり挨拶を行う。
「ふん。噂の雷坂の次期当主が当主となったのだな。おめでとうと言っておこう。しかし儂は雷坂をあまり良く思っておらぬ。先代の時や先々代の時に、火野と雷坂は険悪であったからな」
爆斎は雷坂に良い感情は無い。先代の当主の鉄雄は今の爆斎にも劣る術者であったし、先々代の頃もバチバチにやり合っていた間柄だ。
それに彰にもいい噂話はないどころか、一時期出ていた朱音との婚姻話も一蹴した事で、余計にこじらせる原因となった。
「それとお主の噂ぐらい聞き及んでおる。儂も所詮は当主を引退した身。そのような話し方は余計に不愉快だ。雷坂は雷坂らしく傲岸不遜に振る舞えばよい」
爆斎の言葉に彰はくつくつと笑いながら、いつものような表情を浮かべる。
「火野の当代当主もだが先代当主もいいじゃねえか。気に入ったぜ」
立場が同じでも年下なのだからした手に出るべき場面かも知れないが、彰は猫をかぶるのを一切やめた。
あくまで若輩の当主としてではなく、最強を目指す退魔師としての自分を出した。
「ふん。やはり雷坂だな。だが嫌いでは無い」
爆斎も若い頃は無鉄砲であり、礼儀知らずな悪ガキであった。それに最強を目指していた事も在り、彰と自分を無意識に重ねて見たのかも知れない。
早雲と仁はもうどうにでもなれと、半ば諦めた顔をしている。彰が言い出したら聞かないのはわかっているし、火野と関係がこじれても、先々代や少し前までの先代当主時代に戻るだけだと考えれば諦めもつく。
「そりゃどうも。まあ先代当主も出てきてくれたから、先に用件だけ言うか。就任挨拶と顔見せは建前だ。本音を言わせてもらえば、星守真夜が来てるのなら、面白い事になってるだろうっていう物見遊山だ」
もはや取り繕うこともせず、彰は自分の目的を口にした。その言葉に焔もだが爆斎も表情を変えた。
「あいつは俺よりもトラブルメーカーだからな。絡む奴が一人か二人は出るだろ」
当人が聞けば顔をしかめ、お前が言うなと反論するだろうが、割と間違っていないと近しい人間は思うだろう。
さらに彰は火野を侮辱しているとも取られかねない発言をしているが、爆斎が真夜に絡んでいるため反論も出来ず、焔は顔を引きつらせながら爆斎を見ると、当人は目を泳がせ冷や汗をかいている。
その様子を見て、彰は腹を抱えて笑う。
「だははははっ! 当てずっぽだったんだが、やっぱりそうなってやがったな! しかも先代当主にか。気持ちはわかるぜ。俺もあいつに絡んでコテンパンにやられた口だからよ」
彰の方も爆斎に一気に親近感が湧いたようだ。一族の恥にも思えるが、彰も同じだけにこの話をネタにしようとは思わない。
「となると、戦うのはこれからか? それとももうボロボロに負けたのか?」
「馬鹿なことを言うな。これから戦う所だ。それにボロボロに負けるような無様な真似はせん」
爆斎はもはや隠しもせずに彰に告げた。隠したところで無意味と思ったのだろう。
「……すまないが、そういうわけだ。こちらも身内の恥を晒すようだが、取り込み中なので、お引き取り願いたいが」
爆斎が勝っても負けても他家に見せられる物では無いので、焔は早々に彰達に帰ってもらうように促す。
だが……。
「だったらよ。その勝負、俺も混ぜてくれよ」
特大の爆弾発言が彰から放たれるのだった。




