第二話 火野にて
真夜達を乗せた車が火野の本邸へと到着した。
京極ほどでは無いが星守の本邸よりも建物も大きく、敷地面積も広い。武家屋敷のような無数の建物がある本邸の敷地の中には特殊な修練場もあり、一族内での当主決定のための戦いや、一族間の序列戦にも用いられている。
車から降りると、知らせを受けた火野お抱えの女中が数名と、火野の当主である焔やその息子である赤司と火織。紅也や美琴、朱音が出迎えのために玄関から出てきた。
「明けましておめでとう、朝陽殿。結衣殿もしばらく。真夜君と渚ちゃんも遠路はるばるすまない。火野へようこそ。歓迎する!」
本来は当主は屋敷で待っているものだが、焔は長老衆が文句を言っても玄関で出迎えると頑なに主張した。
長老衆の一部は、星守に対して自分達が上なのだと思いたいのだろう。
もっとも焔はそんな思惑はどうでもよく、わざわざ来てくれた友好関係の相手を無碍に扱いたくなく、また弟の紅也の結婚において、当人達に多大な苦労をかけさせた事もあったので、その娘であり、焔にとって姪である朱音の婚姻をスムーズに気持ちよく進めてやりたいという思いもあった。
そのため火野としても星守側に不快感や不信感をできる限り与えないように、自らが出迎えに出たのだ。
豪快に笑いながら挨拶をする焔に、朝陽も満面の笑みで挨拶を返すと頭を下げる。それに合わせ、結衣や真夜達も挨拶を行い頭を下げる。
「こちらこそ。本日はお時間を取って頂きありがとうございます」
「こちらも大事な姪の一大事だからな。それとせっかくの吉事と正月でもあるから、堅苦しいのは無しだ! 中に入ってゆっくり話をしようじゃないか」
「ではお言葉に甘えて」
焔に促され、朝陽と結衣は焔や紅也、美琴と共に屋敷の中へと入っていく。
真夜と渚もそれに続くと、それに合わせる形で、朱音が二人の方へとやって来た。
「真夜、渚。明けましておめでとう。今年もよろしくね」
「明けましておめでとう。俺の方こそ、よろしく頼む。その着物もこの間のとはまた違う雰囲気で似合ってるぜ」
「明けましておめでとうございます、朱音さん。よろしくお願いしますね」
二人は朱音に挨拶をしつつ、真夜は今日の朱音の着物を褒める。
「ありがとう、真夜。渚も今日は別の着物ね。ちゃんと褒めてあげたの?」
「今回は抜かりはねえよ。これでも同じ失敗はしないように気をつけてる」
異世界の時もそうだが、真夜は同じ失敗はしないように心がけていた。
「ふふっ。星守を出る前に言ってもらいましたから」
「へぇ。そっか。うん、あたしも言ってもらったから、合格にしときましょうか。ねっ、渚」
機嫌良く朗らかに笑う朱音に、真夜も渚も釣られて笑みを浮かべる。
「それと今日はわざわざごめんね」
「気にすんな。どうせ、早いか遅いかの違いだ。どっちみち、火野にも俺達の事は認めさせる必要はあるからな。なあ渚?」
「はい。真夜君の言うとおりです。上手くやりましょう」
朱音の謝罪に真夜も渚も何の問題も無いと返す。
「そう言ってもらえると助かるわ。その、ほら、火野も色々とあるから」
朱音も長老衆の一部が難色を示していることは知っているし、分家などからも真夜の力を疑問視する声が上がっている。報告書や火織などが交流会での真夜の活躍を伝えていたが、彼らも半信半疑だった。
「まっ、なるようになるだろ。心配するなって。渚も言ってただろ。上手くやるさ」
自信満々に言い放つ真夜に、朱音はいつもながらに頼もしさを覚える。惚れ直してしまうとはこの事だろうなと朱音は思った。
そんな三人の姿を火織は羨ましそうに見ており、赤司も真夜を静かに見据えるのだった。
◆◆◆
真夜達の顔見せと言うことで、火野本邸の大広間に通された四人を火野一族がそろい踏みで待っていた。
一斉に真夜達の方へと視線が向けられる。
上座には他の宗家の者達や長老衆が陣取り、下座の方には分家などが座っている。分家の方が宗家に比べて人数が多く、真夜達の同年代は宗家よりも分家の方が多い。
「改めて自己紹介を。星守一族当主・星守朝陽です。本日は火野一族の皆様には、貴重なお時間を作ってこのような場をご用意して頂いたこと、誠にありがとうございます。星守一族の当主としても父としても、感謝しております」
「朝陽の妻の結衣と申します。息子真夜、娘渚共々よろしくお願い致します」
「星守真夜です。若輩者であり、朱音さんの件では色々とご迷惑をおかけしますが、どうかお見知りおきを。よろしくお願い致します」
「星守渚です。京極家から星守家の養子になった身でありますが、どうかよろしくお願い致します」
朝陽が火野一族一同に向けて感謝の言葉を述べると、続けて結衣、真夜、渚も挨拶をして頭を下げる。
ただ朝陽だけは感謝を述べるが頭は下げない。星守家の当主が火野一族に頭を下げるのは問題がある。
星守の格を下げないためにも、朝陽は感謝はするが、あまり甘く見るなと牽制した。
結衣や真夜達もあまり余計なことを言わず、シンプルな挨拶に努める。何事も第一印象が大切だ。
高圧的な態度を取らず。さりとてへりくだることもしない。
「皆も聞き及んでいるとは思うが、改めて正式に伝えておく。この度、私の姪の朱音と朝陽殿のご子息である真夜君との婚約が正式に決まった。まだ先ではあるが、星守へと嫁に出る。今日はその件での挨拶でもある。皆、この吉事を祝福して欲しい」
焔が声高々に宣言すると、長老衆の中には驚愕したり、苦虫をかみつぶしたような顔をする者達がいる。
長老衆を含めて話自体は進めていたが、この場で大々的に宣言するとは聞いていなかったようだ。
言われた当の本人である朱音は嬉しいのだが、こんな一族が揃った場面で言われると恥ずかしいのだろう。頬を赤らめ、僅かに俯いて照れている。
その姿に真夜は愛おしくなったが、何とか感情を抑えて表情に出さないようにする。
「焔殿、ありがとうございます。これらからはさらに、火野とより良い関係を構築していきたいと思っています」
「こちらもだ。今後ともよろしくお願いしたい。もちろん、婚姻の内容は星守側が提示した通りに進めるゆえに、心配なされるな」
示し合わせたかのように朝陽と焔が握手をする。腹芸があまり得意ではない焔がこのような事をしたのは、朝陽や紅也の入れ知恵もあった。
「では真夜と朱音さん、そして渚との関係も了承頂けるという認識で問題ありませんか?」
「もちろんだとも。真夜君が一夫多妻の条件を満たすのであれば、何ら問題ないし、正妻か側室かは当人達の話し合いとの事で問題ない。紅也も了承していて、火野としても問題ない」
焔もいい加減、この話で揉めるのはごめんだった。だからこの機会に終止符を打つことにした。
火野として問題ないと一族を代表して伝えたため、長老衆も何かを言いたげだったが、それも出来なくなった。
この場で騒げばどうなるか。朝陽の顔に泥を塗るどころの話では無い。
火野一族のすべてが揃う場で騒ぎ立てれば、お互いの当主の顔も潰すばかりか火野の醜聞を広めることになりかねない。
火野の長老衆も京極家での出来事は聞き及んでいるため、朝陽を敵に回したくも無く、その背後にいる明乃も今回の話には乗り気で条件についても念押ししてきていた。
それがこじれるとなれば、穏やかではいられない。
また先日の交流会で勢いを落としたとは言え、まだまだ星守の発言力は強く他の六家との繋がりも強い。
特に長老衆が危惧する雷坂には星守の方がパイプが太く、次期当主の彰と真昼とは交流会以降は懇意の仲だとも噂されている。雷坂にも付けいる隙を与えかねないこともあり、もはや口出しすることも憚られた。
ただ噂程度でしか聞いていなかった分家の動揺はかなりのもので、若手を中心に婚約の事実に驚きを隠せないでいるようだった。
真夜に対して、様々な視線が向かう。
(いや、まあ嫉妬の視線は当然あるよな。つうか、今にも射殺さんばかりの視線も向けられてるし、女子からは軽蔑の視線もあるな)
そんな視線を受けつつ、真夜は涼しい顔をする。真夜も火野一族の様子を観察していた。
大人組では探るような視線や真夜を見定めようとしているが、若手では男女で反応が少し違う。
火野では見た目やクォーターと言うことで色々と言われていた朱音だが、同年代での人気はかなり高い。美少女でもあり、実力も高く、人を惹きつける魅力もある。
朱音に懸想している者は分家や門下生共に多いだろう。
そんな朱音との婚約だけでも嫉妬されること間違いなしなのに、ここに渚までとなると憎しみや殺意までわくのは男ならば仕方が無いだろう。
思春期の少年少女の感情は複雑であり、真夜も彼らの気持ちはわからないでも無い。
もし自分が彼らの立場で、朱音や渚が他の男と婚約を結び、他の女までいるとすれば、心中穏やかではいられないどころか、荒れ狂うかも知れない。
女子からすれば、いくら許されているとは言え二股をかけているようなもので、真夜達の関係をきちんと知らなければ、朱音が可哀想に思えるのだろう。
しかもその相手がかつて落ちこぼれと言われた男であったならば、当然と言えば当然の反応だろう。
報告書や話でしか聞かされていない今の真夜よりも、昔から聞き及んでいる印象の方が強く、本当にそこまでの力があるのか疑問に思われても仕方が無い。
(家のために朱音が無理矢理俺と婚約したとか、俺が親父達に頼んで無理に話を進めたと思われてるのかもな)
朱音が赤面している中、涼しい顔をしている真夜を逆に不審に見ている者もいる。
友人の卓や景吾が刺されるなと警告するのも頷ける。
(親父にはああ言ったけど、できる限り穏便に済ませるか)
絡んできた相手を利用しようと考えたが、同年代が絡んできた場合は、騒ぎを起こさないようにしようと決める。彼らからすれば、幼馴染みとは言えポッと出の元落ちこぼれの男がお姫様をかっさらって行くようなものだ。すべて納得することも出来ないだろう。
当主同士の話が終わると、真夜達は部屋の中へ案内され上座の方に座った。
正月であり、真夜達が来ていることもあって豪華な料理でもてなされた。
(この状況だと若手が絡むのは無理だろうな。親父もすでに火野の当主と打ち合わせは終わってたみたいだし)
この宴会が終われば、真夜達はすぐに火野を発つ。朝陽と焔の話し合いは終わったようなものだ。
真夜や渚が朝陽達と離れる事など無いし、大人組のいる前で絡んでくる輩がいるとは思えない。
(火野の宗家辺りが来るかとも思ったが、どうだろうな)
真夜は近くに座る朱音や紅也達、また焔とも話をしつつ、周囲をそれとなく観察する。
火野には宗家の若手も朱音や火織、赤司以外にも三人ほどいるが、今のところ話には入ってこない。
真夜達に興味があるようだが、まだ朱音達よりも年下に見える。
赤司も黙々と料理を食べており、火織は渚と話をしている。
しかし分家の若手達は色々と言いたいようだ。分家でも若手最強と言われる南野剛は面白くない顔をしている。他にも同じように面白くない顔をしている分家の人間がちらほらいる。
席が離れているため、声をかけては来ないが、もし近くなら声をかけていたかも知れない。
火野は星守に比べ全体数は多く、京極に次ぐ人数構成だ。分家に至っては星守は二つであるが、火野は四つもあり、分家には若手も多い。
だが分家が騒ぐことなど出来ようはずも無く、騒ぎ出したところで一蹴される。
紅也が納得し、焔が認め宣言した時点で朱音と真夜の婚約は締結された。宗家の決定を分家が覆すことは出来ない。
(まあ朱音との仲はこれで認められたし、周知もされた。この後に反対意見が出ても、もうどうにも出来ないだろうからな)
出された料理を食べつつ、真夜は身構えていた割には、あっさりと終わりそうだなと少し拍子抜けだった。
ここからは婚約を破棄すると言う話が出なければ問題ない。真夜や朱音個人が言い出さなければ済むし、外野が無視できないレベルの醜聞が無ければ当人達以外が騒ぎ出すことも無い。
「それにしても紅也からも話を聞いているが、よほど努力したのだな。あの紅也がしきりに褒めていた。京極の時はきちんと話せていなかったが、こうして直接話してみると随分と頼もしく思える。交流会でも先代の明乃殿に勝利したらしいな」
「いえ。自分もまだまだ未熟です。祖母に勝てたのは誇らしいですが、次に戦えばどうなるかわかりません。それほどの僅差での勝利でした」
焔に話を振られた真夜は当たり障りの無い受け答えをする。
「謙遜するな。娘の火織も凄かったと身振り手振りで語っていた。その後の覇級妖魔との戦いや守護霊獣との契約も聞き及んでいる。紅也もそんな相手に娘が嫁ぐから安心だと。かく言う俺自身、君と一度きちんと会って話をしてみたいと思っていた」
「そう言って頂けると嬉しいですね。そんな期待に恥じないように今後も精進していきますし、朱音さんをきちんと幸せにします」
紅也とはまた違う雰囲気やフランクなしゃべりに、真夜は多少面食らいつつも、問題なく受け答えをする。
異世界での経験は本当に活きるなと真夜はしみじみ思う。
聖騎士と一緒に、時には一人でこう言った目上の相手と話し合いをした事は本当に役に立つ。
歯の浮くような台詞も何とか出すが、やはり少し照れてしまう。
「ならばこの場でそれを見せて欲しいものだな」
と、真夜と焔の話を遮るように声が響く。
「叔父上」
焔が声をかけた先、長老衆が座る場所。
黒い羽織に白い袴を履き、白い口ひげと長い白髪をオールバックにした筋肉隆々の老人があぐらをかきながら座っている。
火野一族先代当主・火野爆斎。
その男が真夜を睨み付けるかのように、鋭い眼光を向けるのだった。
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いや、どっちがラスボスだよって感想が沸きますねw