第十八話 六道幻那
思った以上に一話が長くなった。
幻那と空亡の攻撃は苛烈を極め、超級妖魔どころか覇級妖魔でさえも無事では済まない攻撃を叩き込み続けていた。
普通ならこれで勝負あっただろう。格上ならばまだしも今の真夜とルフはよくて同格程度。幻那と空亡の猛攻にさらされてはひとたまりも無い。
だが幻那はここまでしても決して勝利を確信できなかった。むしろ胸騒ぎが大きくなっていく。
(なぜだ。なぜ私はここまで奴らを不安視している? こちらが圧倒的優位。星守真夜も致命傷とは言わずとも、無視できない傷を与えた。私の特殊弾は確実に命中した。堕天使も空亡相手に消耗している。星守真昼もぬらりひょんが無力化した。残りの者達も取るに足らない相手。だと言うのに、一向に胸騒ぎが収まらん)
だからこそ幻那は攻撃の手を緩めない。このまま反撃を許さずに一方的に倒す。
「っ!?」
幻那の額から汗が流れ落ちた。
真夜とルフがいるであろう場所から、先ほど以上の霊力と威圧感が立ち上ったからだ。
変化はそれだけでは無い。空に浮かぶ五芒星と大地の五芒星の光を増し、霊力の粒子がこの空間に満ちていく。
直後、真夜とルフへ放たれていた幻那と空亡の攻撃がすべて吹き飛ばされた。
「なにっ!?」
攻撃と爆煙の晴れた先には、二枚の霊符を中心に浮かぶ何重にも重なる霊力の防壁。
さらにルフの後ろには悠然と立つ真夜の姿がある。幻那から受けた傷が無いどころか、霊力が回復している。
いや回復しているどころの話ではない。明らかに先ほどまでよりも増大している。ルフを上回り、今の幻那に匹敵する覇級上位クラスの霊力。
(馬鹿な、一体何が起こったのだ!?)
幻那の混乱も無理なからぬことだ。ここまで入念に準備を重ね、策を講じ、奥の手まで使った。
なのに真夜を倒せない。倒せないどころかさらなる力を得たかのように幻那の前に立ちはだかっている。
圧倒的優位は幻那達にあったはずだ。それなのに、逆に幻那達が追い詰められているかのようだった。
「っ! まだ終わったわけでは無い!」
奥の手を切っても倒せなかったのは痛いが、まだ真夜に敗北したわけでは無い。空亡も健在であり、幻那も消耗はしているが、戦闘継続に問題は無い。
そんな幻那の決意に水を差すように、真夜が霊力を解放する。
「ぐっ!」
前回の戦いの時のように、幻那は改めて真夜を化け物か何かと感じた。
真夜が右腕を伸ばすと、霊符が飛翔し、先ほどと同じように幾重にも障壁を展開したまま、幻那と空亡へと迫る。
「おのれっ!」
幻那と空亡は迫る霊符へと攻撃を放つ。しかし霊符が妖気を半減させ威力を殺している。
光り輝く多重障壁を展開したまま霊符が空亡と幻那の眼前まで移動すると、彼らを包み込むように十二面体の霊力の結界が彼らをその内部へと閉じ込めた。
「これは結界、いや封印術か!? 妖術が発動しないだと!?」
断絶の太刀を発動させ、この結界を切り裂こうとするが一切の妖術が発動しない。いや、発動しようとはしているが、術の構築が阻害されている。綿密な制御と術の構築が必要な幻那の術の悉くが封じられた。
空亡も結界内でもがき苦しんでいる。結界が空亡を封印しようとしていたのだ。幻那にもまた同じように結界が力を封印しようと身体に霊力が浸透し始めている。
真昼の力を取り込み守護者としての役目を見つめ直した真夜は、己の能力を底上げした。
真夜の役目はあくまで守護。守ることであり、敵の打倒では無い。真昼の力を取り込んだとしても放出系も攻撃用の霊術も使うことができない。
だが今ままでも能力の発展・応用は可能である。
真昼が真夜の力を剣として顕現させたが、真夜は剣ではなく守るための盾として、その力を顕現させた。
元々高い防御力を誇っていた霊符が、さらに強固な盾としての力を発揮した上に、真昼の破邪と浄化、術の構成を破壊し相手を無力化するための能力を得たのだ。
真夜が真昼の力を取り込んだことで強化された霊符は、真昼の霊器の特性を有し、さらに空と大地に展開した陣がその効力を底上げしている。
一枚では無い。実質は十一枚での拘束と封印に等しいのだ。
(なんという奴だ! だが急にどうやってこれほどの力を!?)
先ほどまでの苦戦は一体何だったのか。幻那自身、消耗があるとは言え、簡単に拘束されるなどあり得ないはずだった。
幻那も空亡もただ真夜の霊力が増しただけならば、ここまで一方的な展開にはならなかっただろう。
対妖魔に特化した空亡だが、破邪や浄化の力は毒でしか無い。幻那もここまでかなりの術を行使しており、少なくない消耗があった。さらに精神的な動揺も相まって、ギリギリで真夜の封印術を押しとどめているが無効化できずにいた。
そして幻那を失意に落とす事態が起こることになる。
(ぬらりひょん!?)
ぬらりひょんに渡していた護符が破壊されたのを幻那は感じた。視線を護符があった場所へと移すと、結界の力で消滅しかけているぬらりひょんが目に映った。
―――どうやら、ここまでのようだのう―――
真夜の能力が高まったことで、護符が限界を迎えたのだ。護符を失ったぬらりひょんに為す術など無かった。
ぬらりひょんは苦悶の表情を浮かべながら、どこか自嘲気味に口元をつり上がらせていた。
自分が助からないと悟った。いつかはこういう時が来るとは思っていたが、あまりにあっけない最期だと思い思わず自嘲してしまったが、無様にわめくような事はしなかった。
未練はある。まだまだ長く生きて楽しみたいという思いとこの祭りの結末を見届けられないことへの無念さが、ぬらりひょんの胸中に湧き上がる。
―――すまんが、儂もここまでのようじゃ。幻那よ、中々に楽しかっ……―――
最後まで言葉を紡ぐ前にぬらりひょんはその身体を消滅させた。カランと地面に彼が使っていた二丁の銃が転がる。
しかも幻那を追い詰める光景はそれだけでは無かった。
霊力の光がまるで羽のような形になると、それは渚や朱音達を含むこの場のすべての人間へと舞い降りた。
羽は身体に触れるとその中へと浸透していく。傷を癒やし、心を落ち着け、心身を蝕む悪しき物を消滅させていく。京極家にかけられていた呪いが、すべて解除されたのだ。
「ば、かな。こんなことが……」
―――終わりだ。もうお前達に勝ち目は無い―――
呆然とつぶやく幻那の耳に、真夜の言葉が聞こえた。直接声が聞こえたわけではないが、幻那には確かに真夜がそう言っているのがわかった。
(なぜだ。なぜこんなことに……京極を滅ぼすこともできず、終わるのか?)
敗北を悟った幻那は心の中で問いかける。
まだ終わっていない。この場を何とか離脱し、どれだけかかろうがまた再び京極を滅ぼすために暗躍するべきだ。冷静な自分がそう告げている。
(……だが私はまたすべてを失った。京極に復讐するための術も……、銀牙もオババも、ぬらりひょんさえも……。私の側にはもう誰もいない……)
あの時の、家族を失った時と同じように、幻那はすべてを失った。それでも京極を滅ぼせていれば話は違っていただろう。
だがそれすら出来ず、また幻那の側には誰もいない。いなくなってしまった。
(私はどこで間違った? いや、あの時、私が奴らを助けさえしなければ、信じさえしなければ!)
かつての悲劇が脳裏に蘇る。
幻那が少年であり、家族と幸せに暮らしていたある日の事だ。
六道一族が隠れ住む村の近くで、妖魔と退魔師達の戦いが繰り広げられていた。
退魔師達は京極一族のそれも本家や直系の人間達だった。相対していたのは超級妖魔。
五メートルに及ぶ巨体の鬼。金棒を振り回し、凄まじい咆哮を上げながら、京極一族を追い詰めていた。
まだ勝敗は決まっていなかったが、このままでは遠からず全滅するだろう。
その様子を幻那達は隠れて伺っていた。このまま見殺しにするか、それとも助けるか。千影や一刀、那月はどうするべきか判断が出来なかった。
「助けよう。このままでは全滅するだろうし、そうなれば私達の村も襲われるかもしれない。あの退魔師達が奴に食われれば、さらに手が付けられなくなる」
だが幻那は助けようと提案した。村には六道一族の直系の彼ら以外にも何人も人間がいる。六道の血が流れている者やそうでない者もおり、今から逃げても鬼は追ってくるかもしれない。
それにもし鬼にこの周辺に居座られでもすれば、彼らは村を放棄しなくては成らなくなる。
「大丈夫だ。六道と名乗らなければバレはしないだろう。鬼を倒して、そのまま身を隠せば問題ないはずだ」
「ん、わかった。でも気をつける。私達四人がかりでも難しい相手」
「そうね。おそらくは超級下位でしょうね。悔しいけど、あの退魔師達がいて何とか勝てるかと言うところかしら」
六道一族の直系、それも全員が優れた才を持っていても、まだまだ未熟な少年少女。実戦経験もほとんど無かった。こうして超級妖魔の妖気に触れても退魔師ほど物怖じいないのは、妖気に慣れ親しんだ妖術師だからだろう。実力で言えば、彼らは四人がかりで特級妖魔に何とか勝てる程度でしか無かった。
「えっ? ほんとに戦うの!? 逃げた方が良くない!?」
「だめ。私達は逃げれても、村のみんなが危険」
一人撤退を希望した一刀の提案は姉である千影に却下された。恐怖に震えているが、それでも何とか他の三人が戦う決意をしているので、自分を奮い立たせる。
「もう! わかったよ! 俺も戦うから!」
「あなたは後ろから援護すれば良いわ。心配しなくてもあなたはこの私が守ってあげるから」
「幻那! 守ってくれ! 頼むから!」
「ちょっと! 私が守ってあげるって言ってるのよ!?」
「ん。夫婦漫才はそこまで。そろそろいく」
千影の号令で四人は鼻から下を隠すように黒い布でマスクをし、退魔師達の方へと向かった。
「お前達は何者か!?」
「説明は後だ! 加勢する!」
突然の四人の出現に退魔師達は困惑するが、超級妖魔の鬼をどうにかしなければならない事情があった。この鬼は京極が封印していたのだが、封印が解け逃げ出したのだ。
そのため他に被害を出す前に仕留める必要があり、怪しい四人組とは言え加勢はありがたかった。
結果として四人の加勢で辛くも超級妖魔に勝利を収めることが出来た。
「退くぞ」
妖魔が完全に倒されたのを確認すると、幻那達は一目散にこの場から退散した。
幻那達を呼び止める声が聞こえるが、四人はそれを無視し、急ぎこの場を離脱した。
「ははっ! やった! 俺達、超級妖魔を倒したんだ!」
村まで逃げ帰り、家の中でマスクを外した一刀が興奮冷めやらぬ声を出す。
「ん。みんな頑張った。お疲れ様」
「はぁ。一時はどうなることかと思ったわ」
「そうだな。だが皆が無事でよかった。あの退魔師達もこちらを不審に思うだろうが、この村は別に隠れ里でも無く普通に存在する村だ。怪しい結界で遮断されている訳でもないから、探られても大丈夫だろう」
この村は役場にも届けられている集落であり、幻那達も名字こそ六道では無いが、戸籍謄本にもきちんと登録されている。そのため仮に探られたとしても知らぬ存ぜぬを通せば良い。
また村には結界など妖術師の痕跡も一切無いため、退魔師が調べてに来たとしても、何も見つけられない。
そもそもこの村には六道一族の血を引いていない一般人が複数いるので、彼らに証言して貰えばごまかしが出来るだろう。
「ねえねえ。俺たちが大人になったらさ、みんなで退魔師みたいなことしない? 俺たち、かなり強いじゃん!」
「この中で一番弱いくせに大きく出たわね。でも馬鹿げてるわ。私達は六道の人間なのよ? 表に出れるわけないわ」
「ふふ。でもそれも面白いかも。今回みたいに人助けはいいと思う」
「まあ現実的では無いだろうが、一考の価値はあるか。力は使い方次第だ。六道の力で誰かを助けられるならば、一刀の言うようなことも価値はある」
「やっぱり姉ちゃんと幻那は話がわかる…ってて! ちょっ、やめ、殴らないで!」
「あはははは」
怒る那月に無言で殴られている一刀の姿に幻那は思わず笑ってしまった。自分達の妖術が誰かの役に立った。助けることが出来た。自己満足かもしれないが、一刀の言うとおりそんな生き方もありかもしれない。
だがそんな未来は永遠に来なかった。
その日は突然やってきた。
「お前達は逃げよ! 退魔師共の襲撃じゃ!」
眠っていた幻那達は後見人である大爺の言葉でたたき起こされた。
夜の闇が深まった丑三つ時に、幻那達の村は襲撃された。村を囲むように展開された結界。あちこちに響き渡る悲鳴と怒声。
火の手まで上がっている。どうやら何らかの術で出火したようだ。
「奴らめ。どう言うつもりかは知らぬが、村の者達を殺し回っておる! ここも危険じゃ! お前達は急ぎ村から離れよ!」
「大爺様は!?」
「儂の事は気にするな! お前達は六道一族の最後の希望! お前達さえ生き残れば構わん! よいな! 何としても生き延びよ!」
大爺は幻那達に逃げるように言うと、そのまま退魔師達を引きつけるために家を飛び出し囮となった。
「くっ、皆! 裏から逃げるぞ」
幻那は三人を連れて急ぎ家の裏から外へと出る。
「な、なんで退魔師達が村を襲うんだよ!?」
「うるさいわよ! そんなことわかるわけないじゃない。……でも本当にどうして?」
「わからない。でも村のみんなが……」
「今は大爺様に言われたとおりに逃げるのが先決だ。村のみんなの事も確かに気になるが、どれだけの退魔師がいるかわからない今、迂闊な行動を取るのはまずい」
幻那は三人を先導するように急ぎ村から出ようとする。結界が張られていようと、四人がかりなら突破も出来るだろう。
「いたぞ! 奴らだ!」
「六道一族の術を使う連中だ! 気をつけろ!」
声のした方を見れば、それは先日助けに入った退魔師達だった。
「なっ!?」
四人は言葉を失った。
「なぜだ! 私達が何をしたと言うのだ!」
「黙れ! 六道一族の妖術を使うと言うことは、貴様らは六道一族の生き残り! そのような危険な者達を放置などできぬわ!」
彼らは知らなかった。
先日、彼らは戦闘の疲れと興奮で撤退した後を式神により追跡されていたことを。京極だけでは無く退魔師達がどれほど六道一族を恐れていたかを。
また当時、罪業衆を作った四罪が六道の術を使い犯罪行為を繰り返していたため、六道の術を使う者は危険な存在として抹殺の対象にされていたことを。
成人もしていない少年少女だからと関係なかった。それが命を助けられた相手でも、妖術師ならば何らかの思惑で自分達を助けたのだと疑心暗鬼となり、さらに京極家の当主争いのまっただ中、超級妖魔と六道一族の生き残りの討伐で功績を挙げようとしていた現在から見れば、先々代の当主の思惑が重なり、悲劇を生むことになった。
突然の襲撃で動揺が収まらず、また対人経験の少ない幻那達と実戦経験が豊富であり、万全の体制で襲撃してきた者達とでは勝負にならなかった。
「あっ……」
那月が弓で胸を射られ短い悲鳴を上げる。さらに何本もの矢が彼女に突き刺さる。
「にい、さん……、かず、と……」
「那月ぃっ!」
そんな彼女に一刀が叫びながら駆け寄るが、その隙を突いて彼は別の男の刀に身体を両断された。
「那月ぃ! 一刀っ!」
幻那は二人が殺されたことで叫び、思わず意識を反らしてしまった。幻那めがけて十文字槍が迫った。
「っ!」
「千影っ!?」
だが幻那を貫く前に千影が飛び出し、身代わりとなった。
「げん……な……にげ……」
「う、うわぁぁぁぁっっっ!」
そこから先は幻那はほとんど覚えていなかった。三人を殺されたことで、無我夢中で戦った。
何人かの退魔師を殺したが、術を放たれ炎に包まれた。それでも幻那は怒りと憎しみで術を行使した。
自らの妖気を暴走させ、周囲を巻き込み破壊する術式。この場の者達をもろとも葬り去るために。
そこで幻那の意識は一度、途切れた。
次に意識を取り戻したのは、どこかの病院のベッドの上だった。
「ここは……?」
「くかかかか。気がついたようだのう」
幻那が意識を取り戻した矢先に見たのは、頭が奇妙な形をした妖怪ぬらりひょんだった。
「ぬらりひょん!? っうぅっ!」
全身に激痛が走り、幻那はうめき声を上げた。
「そう暴れるな。お主は死にかけだったのだぞ? 十日も眠っておったのだ。今も生きているのが不思議なくらいじゃ」
「私は……っ! 村は!? 千影や那月、一刀達は!?」
何とか身体の痛みを押し、幻那はぬらりひょんを問い詰める。
「生きておったのはお主だけ。他は皆、退魔師共に殺されたわ。儂はお主らの大爺と知り合いでな。ある約束があったので村に行ってみれば、退魔師共が襲撃中。そんな中でいっそう強大な妖術が発動したので様子を見に行けばお主が倒れておった。感謝せい。儂はお主の恩人じゃ」
あの術のおかげで、お主を退魔師から容易く連れ出すことが出来たと笑うぬらりひょんだが、幻那は彼の話を聞き、茫然自失となった。
「………あれは、夢ではないのか?」
「紛れもない現実だのう」
「みんなは、殺されたのか?」
「生き残ったのはお主のみと言ったであろう」
幻那は嘘だと叫んだ。そんなはずはない。そんな馬鹿な話はないと。
「ならばお主の目で確かめてみよ」
ある程度、動けるようになった幻那はぬらりひょんに連れられて村へと戻ってきた。
その頃にはすでに退魔師達も警察などの調査も終わっていたのか、村は誰もおらず無人であった。
だがそこは幻那の知るはずの生まれ育った村のはずなのに、今は廃墟と化していた。
村人が集まっていた集会場も、自分達が住んでいた家も、皆で遊んでいた広場も焼け落ちていたり、倒壊したり、見るも無惨な姿に変貌していた。
「あ、ああっ、ああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
膝を折り、幻那は絶叫した。夢であって欲しかった。嘘であって欲しかった。
狂ったように泣き叫んだ。涙が止まらなかった。
親友も、妹も、恋人も……、幻那は何もかもを失った。奪われた。退魔師達に。京極一族に。
涙も涸れ果て、赤い血の涙を流すまで幻那は叫び続けた。
「殺してやる。お前達を皆殺しにしてやる! 必ずや、根絶やしにしてやる!」
六道一族と言うだけで家族は殺された。ならば自分も奴らを、京極一族そのものを滅ぼしてやる。
幻那は復讐を誓った。この日より、幻那は強くなるために、京極一族を滅ぼすためにすべてを捧げた。
肉体の老化をとどめるため、肉体を術で改造した。六道の秘術を使い、異界を行き来し、力を磨いた。
いつしか黒かった髪は色素がすべて抜け落ちて白くなり、瞳の色も術の影響で赤と青のオッドアイとなった。
手駒を集め、妖魔を集め、術を作り出した。
村を襲った当事者達が全員鬼籍に入ろうとも、幻那の憎しみは消えることは無かった。むしろ、自分の手で殺せなかったため、彼らの魂を口寄せし、その魂を妖霊玉の実験に使った。
すべては京極一族を滅ぼすため。
だがその悲願は今、一人に少年により阻まれようとしている。
幻那は唇を噛み、血が出るほどに拳を強く握った。
(ふざけるな! そんなことは認めぬ! 必ずや京極は滅ぼしてくれる! もはや何もいらぬ! この身が、魂が消滅しようが構わぬ! 奴らを滅ぼせるならば悪魔にでも魂を捧げてやる!)
―――ならば我を受け入れよ。さすればお前に力を与えよう。魔王と呼ばれし力を―――
真夜に語りかけ、真昼の霊器により打ち砕かれたはずの残滓。だがそれは消滅などしていなかった。
ソレは幻那へと語りかける。
(何者だ!? いや、もはやお前が悪魔であろが魔王であろうが構わない。京極を滅ぼせるならば、私のすべてを差し出してやる!)
幻那は受け入れた。半ば自暴自棄と言えなくも無かった。しかし彼の目的は京極を滅ぼすこと。血筋をすべて根絶やしに出来ないかもしれない。だがこの場にいる京極は何としてでも殺す。
復讐に狂った新たな魔王が産声を上げるのだった。
幻那は裏主人公です。




