第十七話 劣勢
(まったく。誠に恐ろしい奴じゃ)
真夜の展開した結界に閉じ込められたぬらりひょんは、幻那の護符により何とか消滅を免れていた。
超級クラスの力を削ぎ、特級以下に多大なダメージを与える浄化の結界は、幻那の護符が無ければぬらりひょんなど一瞬で消滅してしまう。冷や汗ものだったが、何とか消滅せずに済んで胸をなで下ろした。
結界が存在するためこの場から逃げることができなくなっているため、ぬらりひょんは能力で極限まで自身の存在を希薄化させ、気配を消し、安全な場所まで待避して様子を窺っていた。
(この目で直接見るのは初めてじゃが、今の幻那でも警戒するのも無理は無い。あれは別格、桁が違う)
真夜とルフの戦いを隠れながら見ていたぬらりひょんは、改めて二人の恐ろしさを理解した。
それでも事前準備の差や地力、状況などで幻那が優位に戦っている。だがぬらりひょんも幻那もこれで確実に勝てるとは思ってはいなかった。
さらに幻那に取って厄介な事が起ころうとしていた。
(星守真昼。よもやあやつも現れようとは。そしてまさかあの呪いをどうにかできるのか?)
事の成り行きを見守っていたぬらりひょんは、真昼が霊器を渚に突き刺す光景を目の当たりにして、まさかの事態が脳裏をよぎった。
そしてそのまさかが起こった。幻那の呪いが破られたのだ。
(あり得ん! 星守真夜だけでなく星守真昼も規格外か!?)
強さという点では真昼は真夜には遠く及ばない。しかしぬらりひょんからすれば、その潜在能力は決して侮れぬどころか真夜に匹敵するのではないかと感じていた。
(あやつを何とかしなければならん。幻那の悲願成就のために、この場を生き残るためにもな)
幻那も真夜も渚の呪いが打ち消された事に気がついた。両者とも驚愕の表情を浮かべ、その直後に真夜は安堵を、幻那は怒りをわき上がらせた。
だが幻那が怒りにより、一瞬の隙が生まれたことで、真夜が攻勢に転じた。幸い幻那の迎撃は間に合ったが、真夜が勢いを取り戻している。
このまま真昼が他の者の呪いを解呪しつづければ、幻那も平静ではいられず、真夜との戦いに集中できないかもしれない。
だからこそぬらりひょんは動いた。
手には愛用の銃であるスーパーブラックホークが握られている。しかし先ほどのシルバーメタリックとは違い、色がブラックタイプの物になりサイズも変化している。
先ほどまで使っていた物は対人・退魔師用のシルバーメタリックのカスタムデザイン十インチサイズであったが、こちらはノーマルデザインの特殊仕様であった。
どちらも幻那が改良を施した強化銃であるが、シルバータイプは弾丸だけが特殊処理をされ、威力を上げていたのに対して、ブラックタイプはさらに銃自体に呪的処理が施されていた。
禍々しい気配が銃から立ち上る。だが幻那の護符とぬらりひょんの能力、さらにこの周囲に荒れ狂う霊気と妖気により、他の者は認識できないでいた。
(狙うは星守真昼。あやつさえ葬れば、幻那の呪いを解く術を失う。兄が殺されれば、弟も平常心ではいられまい)
渚を殺すよりも、真昼を殺した方が幻那の優位が戻る。そう考えたぬらりひょんは有効射程範囲まで素早く移動すると引き金を引いた。
威力を底上げされ、呪的処理をされた銃身から放たれた特殊な銃弾は彰や凜が展開した結界を容易く貫き、真昼へと迫る。
一瞬の隙。意識を切り替えようとした僅かな合間を狙われた。
真昼もギリギリで気がついたが、回避も間に合わない。とっさに霊器で切り裂こうとしたがそれもできず、何とか霊器で受け止めようとしたが、威力と効力をほとんど相殺されたのにも関わらず、銃弾は霊器を貫通した。
これは銃身に刻まれた呪的処理が、幻那の断絶の太刀と同じ霊術を切り裂く効果を銃弾にも付与するものであり、同じ能力でも一点集中された銃弾の方が威力が高かったためだ。
さらに銃弾も特殊な鉱物を使用しており、霊気や妖気で構成されていたのでは無いため霊器を貫いたのだ。
「っっ!」
真昼の腹部から赤いシミが広がっていく。銃弾が真昼の身体を貫通したのだ。
(なん、だ、これ……。いしきが……)
真昼の意識が遠のいていく。高位の退魔師ならば急所でも無い限り、銃弾を一発を受けたところで意識を失いはしない。だが銃に使われた材質が退魔師の霊力の流れを乱し、毒のように身体に広がっていく。
真夜の結界の効果で致命的な結果にはなっていないが、意識を保っていられなくなっていた。
ドサリと真昼が前のめりに倒れる。
「真昼様ぁっ!」
「真昼ぅっ!」
楓と凜の叫びが周囲に木霊するのだった。
◆◆◆
(兄貴っ!)
倒れ、意識を失った真昼の事を真夜は完全に把握していた。霊器同士が共鳴し合うことの副次効果なのか、真夜は真昼の存在を感じ、真昼の行動が見えていた。
だがそれが途絶えた。銃弾が真昼を貫いた。致命傷ではないだろうが、楽観もできない状況だ。
「他に気を取られるとは、迂闊だな!」
「っ!」
幻那の声に思わず目を見開く。先ほどまで遠距離攻撃を続けていた幻那が攻撃を続けながら、それを隠れ蓑にするかのように接近してきたのだ。
右手には前回の戦いのように、真夜の霊符すら切り裂いた漆黒の妖気の太刀である断絶の太刀が握られており、それを構え振り下ろしの体勢を取っている。さらに左手にも妖気を炎に変換し、攻撃の構えを取っている。
(ここで決着を付けるつもりか!)
ここに来ての接近戦は真夜も望むところであった。気をつけるべきは幻那の太刀。左手の妖気も確かに強力だが、断絶の太刀はその比では無い。左手は牽制用でこちらの霊符の防御を弱めるつもりだろう。
しかし真夜はすでに幻那の術中に嵌まっていた。
なぜあえて慎重な幻那が奇襲に際して声を出したのか。なぜ太刀をこれ見よがしにかざしているのか。なぜ有利な遠距離戦を捨て、接近戦を挑んで来たのか。
もし真夜が普段通りなら、幻那のこの行動こそが罠だと気づいていただろう。もっと幻那の思考を読み、行動の意味を探ろうとしていただろう。
だが真昼が撃たれたことや、霊力の残り具合、ストレスや極限状態での思考力の低下、そして真夜自身、この接近が罠であろうと最大のチャンスであり、これを逃せばじり貧になると考えた結果、迎撃を選択した。
幻那は表情を変えず、太刀にさらに妖気を集め一回り大きくした。今の真夜では受け止める事はできない。
左手の妖気を解放するとバスケットボールくらいの球体が放たれる。
(こっちは受け止められる! 問題は太刀だ!)
球体を回避しては隙を生じさせ、太刀により切り裂かれる。ならば球体は受け止めるか受け流し、太刀も受け流すか回避し攻勢に転じる。自らの防御に回していた霊符ともう一枚をそれぞれ右手と左手に展開する。
幻那は左手の球体を胸の前から左方向に腕を振るように投擲すると、右手を横薙ぎに振るおうとする。真夜は左手で球体を受け流し、迫る太刀に意識を集中する。
太刀も霊符を使い、何とか受け流す。幻那の体勢が僅かに崩れた。
(ここで仕留める!)
真夜はこの僅かな隙を突き、攻撃に転じようとする。霊符による一時的な封印と同時に幻那へと拳を叩き込む。勝機はここしかない。
だから反応が遅れた。幻那の身体で隠れた左の死角から、左手が真夜の方に現れる。その手には何かを持ってた。
幻那は攻撃が反らされた瞬間に、左手を後ろに回すとスーツの内側、腰の付近から何かを引き抜いていた。それは黒い銃だった。
VP9フルロングモデル。ぬらりひょんとは別に幻那もまた、真夜用の奥の手として銃を用意していたのだ。
真夜の意識は完全に断絶の太刀に向けさせた。左手も牽制に使用するとミスリードさせた。
そして太刀での攻撃を防ぎ、反撃に出ようとするタイミングで奥の手を取り出した。
真夜もまさか攻撃をした後に、そこからさらに奥の手として新しい武器を取り出すと予想していなかった。いや、何かしらの攻撃は予想していたが、霊符で防御、あるいは受け流しをと考えていた。
しかし幻那も真夜が攻撃を防ぐことは見こしていた。だから反撃に移るタイミングこそ、真夜の最大の隙が生まれると考えた。
ぬらりひょんに与えた物と同じ特殊弾を込め、あらかじめ銃身に刻んでいた術式を発動させる。
いくら凄まじい霊力を誇り、霊符の圧倒的防御があろうとも一点に集中した銃弾でならば貫通も不可能では無い。
そして真夜は攻撃をするために動き出していた。もう攻撃を止めることができない。
幻那は急所では無く、確実に攻撃を当てられる胴体へと照準を定め、引き金を引いた。
「くっ!」
真夜はギリギリで身体をひねり、回避を試みるが間に合わなかった。霊力を集中させていたが、防御を貫かれた。銃弾は急所は逸れたが、脇腹からは血がにじみ出る。
真夜は全力で後ろに飛び退くが幻那は追撃で銃弾を発砲する。銃弾はほとんどが外れたが、肩や身体の一部をかすり、真夜に傷をつける。ぐらりと真夜の身体が揺れ、視界がかすむ。
(やべぇ……ただの銃弾じゃねえ)
身体の自由が奪われ、霊力が上手く扱えない。何とか距離を取るが、幻那の追撃は続く。
今度は近づいてこない。遠距離から弾幕のような妖気の攻撃が真夜に襲いかかる。
(くそっ!)
「Aaaaaaaa!!!!」
だが着弾の直前、ルフが頭上より急降下し、真夜を庇うように立ちはだかる。全力の障壁を展開すると同時に幻那の攻撃が着弾した。爆発と轟音が周囲に響き渡る。
「空亡! 奴らをもろとも消し飛ばせ!」
攻撃の手を緩めず、幻那は全力で攻撃を続けながら、空亡へと命令を出す。
空亡は四つの手からは炎を収束したレーザーを、本体からは炎の塊を流星のように降らせ、真夜とルフを攻撃し続ける。
ルフの障壁もこれだけの攻撃では長くは持たない。このままでは遠からず障壁を突破される。
絶体絶命の中、真夜は幻那の銃弾の影響で意識を朦朧とさせていた。銃弾を受けた傷の痛みでかろうじて意識が保てているのは皮肉だろう。
(どう、する……。このままじゃやられる。ルフも長くは持たない。守護者のくせに、俺もこのざまじゃ……、せっかく兄貴が渚を助けてくれたってのに……)
ここで負ければすべてが終わりだ。渚は呪いでは無く直接幻那の手で命を奪われるだろう。
それだけではない。真昼や朱音の命すら危うい。
(動け、よ。霊符で回復して、それであいつを……)
倒す。
―――本当にそれがお前にできるのか? それがお前に与えられた使命なのか?―――
誰かが脳裏で問いかける。ぼんやりと浮かぶ闇が真夜に問いかけている。
精神世界とも言うべき場所。ルフが封じられている真夜の内側の世界で真夜はソレと対峙していた。
―――お前はなんだ? お前の役目はなんだ? お前に与えられた称号は、一体なんだった?―――
闇が問いかける。役目と称号。それは誰かを守ることであり、そのために与えられた称号こそが守護者。
―――だが今のていたらくはなんだ? 今の姿が、今の守られているだけのお前が、本当に誰かを守る守護者たり得るのか? お前は仲間がいなければ、一人では何も守れない―――
(違う! 異世界で俺は仲間を、みんなを守ってきた! 一人でだって、仲間の助けが無くても、誰かを守れた!)
―――本当に? ではお前は仲間に守られていなかったのか? 最後の戦いの時も、お前は勇者に守られていた―――
(っ!)
最終決戦での邪神を取り込んだ魔王との戦い。他の仲間と同様に真夜は絶望し、守ることを放棄しかけた。それを奮い立たせてくれたのが勇者だった。
―――お前は弱い。お前は何も守れない―――
闇が真夜を包み込もうとする。
ソレはルフの中に眠るかつて魔王と呼ばれた者の残滓。真夜が重傷を負い、ルフの力も弱まった事で活性化を始めたのだ。
(黙れ! 俺は、絶対にみんなを守る!)
―――どうやって? 今のお前に何ができる? さあ奴の身体を明け渡せ。さすればすべてを終わらせてやる―――
甘美な誘惑にも聞こえた。ルフの器を満たせば、邪神と融合した時ほどでは無いにしても、幻那と空亡を確実に倒せる力を発揮するだろう。
しかしその結果がどうなるのかは誰にもわからない。魔王が復活するのか、それとも全く違う存在へと変わるのか、何も起こらないのか。だがこの状況を覆る一手になり得る。
―――さあ、さあ、さあ、さあ―――
真夜の心と体を飲み干そうとする闇が迫ったその時、二つの光が彼の眼前に降り立ち、闇を切り裂いた。
(なっ!?)
まばゆい光を放つそれは刀と剣。真昼の霊器だった。破邪と浄化の力の前に闇は急速に消えていった。
「真夜」
呼びかけられ、はっと後ろを向くとそこには真昼が立っていた。
「何で兄貴がここにいるんだよ?」
「さあ? ここがどこかもよくわかっていないし、なんで僕がここにいるのかもわからないよ」
そう言って苦笑する真昼。
だがなんとなく真夜にはわかった。十二星霊符の結界の中で、真夜と真昼の霊器は共鳴し合っていた。
真昼が意識を失い、さらに真夜も意識を失いかけたことで、真夜の力を根源とした真昼の霊器を通じてお互いの魂が一時的に繋がったのだろうと。テレパシー、あるいはシンクロと言うべきかもしれない。
「悪いな、兄貴。助かったぜ」
「ううん。真夜の助けになれたなら良かったよ。………真夜、僕の力を使って」
「兄貴?」
「真夜もなんとなくわかるでしょ? 今ならその霊器の力を、僕の力を真夜が取り込むことができるはずだよ」
真夜の霊符が真昼の霊器に恩恵を与えたように、逆に真昼の霊器も真夜の霊器に影響を与えることができるかもしれない。
「けど下手すりゃ、兄貴の力を俺が完全に取り込んで、もう二度と戻らないかもしれないぞ?」
かつて彼らが生まれてきた時のように、真夜の力を完全に取り込んだように、今度は真昼の力すべてが真夜に取り込まれるかもしれない。
「構わないよ。それに真夜が負けたら、そんな事言ってられないじゃないか。僕のことはいいから。僕はこの場にいる楓や凜は死んで欲しくない。でも僕じゃ守り切れない。真夜だって渚さんや朱音さんを守りたいんでしょ?」
幻那の標的はあくまで京極だが、邪魔をするならばすべてをなぎ倒すだろう。
だからこそ、真昼は自分の力が失われても、皆を守れる可能性が一番高い方法を取るべきだと主張する。
「……いいんだな、兄貴?」
「うん。僕のことは気にしないで。でもごめん、真夜にばかり押しつけて」
「いいや。俺の方こそ悪い。守護者なんて肩書きがあっても、このざまなんだからな」
情けない。悔しい。かつて異世界でも感じた自分自身に対する怒り。
だがそれらはすべて後回しだ。後悔はあとでいくらでもできる。
今すべきことはなんだ。皆を守ることだ。
大切な人がいる。守りたいと思う人がいる。こんな自分を信じてくれる人がいる。想いを、力を託してくれる人がいる。
―――真夜―――
―――真夜君―――
朱音と渚の声が聞こえる。以前の古墳の時のように、彼女たちの思いが真夜の霊符の結界を通じて伝わってくる。
あの時以上に、彼女たちの悲痛な感情が伝わってくる。
(俺は守護者・星守真夜だ!)
真夜が目の前に突き刺さる刀と剣を両手に掴むと、刀と剣は光の粒子に変わり、そのすべてが真夜の中へと取り込まれていくのだった。
ぬらりひょんと幻那の銃はコミカライズ担当の紅丸様と担当者様のアドバイスの下、決めさせていただきました。
本当にありがとうございます!
ちなみにこの章は今までの章以上に好き勝手作者のやりたい展開にするつもりです。




