第十四話 危機
特級妖魔三体の襲撃の間に、結衣を筆頭に星守本邸に残っている術者達は結界を必死に強化・維持し続けた。
「もう少しです! 皆さん、もう少し持ちこたえてください! 当主、先代共にまもなく駆けつけてくれます!」
結衣は声を張り上げ、皆を鼓舞していく。朝陽と明乃が戻れば特級三体と言えども敵では無い。
すでに連絡がつき、こちらに向かっているという情報はすでに届いており、星守側の士気は高い。
だがこれは陽動に過ぎず、離れて様子を観察していたオババも、特級三体でどうにかなるとは考えていなかった。
「……ひひひ。そろそろ頃合いだね。星守真夜達が到着するまであと僅か。迎え撃つにはそろそろ強化しないと間に合わないからね」
幻那より預かった黒紫の宝玉に妖気を込める。星守を襲う三体の妖魔の体内や骨の中に埋め込まれた妖霊玉が、オババの妖気に反応し、彼らの身体を強化し、作り替えていく。
がしゃどくろは人骨ではあり得ない場所に鋭利な骨が増えていく。
猪笹王は牙や蹄が伸び背中からは無数の笹が槍のように伸びていく。
野槌の口内には肉食獣のような牙が並び出す。
三体とも巨大さ、妖気が増しその質も超級クラスに変化した。
結界が軋み、悲鳴を上げるかのように大きな音を立て始める。そしてついに、結界がはじけ飛んだ。
結界がはじけ飛んだことで、超級クラス三体の威圧感を直に受けることとなってしまった。それは必死の抵抗を続けていた星守の退魔師達を恐怖させ、絶望を抱かせるには十分だった。
「うっ、あっ……」
「ひ、ひぃぃぃっ!」
「うそ、だろ……。なんだよ、こいつら」
特に門下生達は、今まで見たことも感じたことも無い妖気と超級妖魔の異様に腰を抜かす者や逃げ出す者が出始めた。
大和でさえも超級三体を前に逃げ出しこそしていないが、恐怖で腰を抜かし身体の震えが止まらなくなっていた。
それも致し方ないだろう。本来特級一体でも並の退魔師どころかある程度の実力者でも恐怖し、逃げ出してもおかしくない相手だ。
超級など六家でも一族が総力を上げて対応する化け物である。それが目の前に三体もいる。三体の超級妖魔の妖気はこの場にいる退魔師の戦意を挫き、身体を硬直させた。
最高戦力はおらず、頼みの綱の結界は消失した。今まで均衡を保っていた状況は一変した。
何とか抵抗しようと霊符を構えようとするが、結衣も恐怖に身体が思うように動かない。楓も同じだ。
妖魔達は邪魔な結界が消失したことで、この場の退魔師達を皆殺しにするために動き出す。
この場の誰もが死を覚悟した。
だが……。
―――光刃一閃!―――
―――烈風一閃!―――
―――天照明鴉!―――
光の刃ががしゃどくろに、風の刃が野槌に、炎の巨大な鳥が猪笹王に上空より襲いかかった。
不意打ちに近い形での一撃はそれぞれの妖魔に致命傷を与えた。
超級妖魔を下した真昼の斬魔と降魔の力を纏った光の刃に、がしゃどくろは背骨を中心に粉々に砕かれた。
増幅され鞍馬天狗との同時攻撃だったとはいえ、覇級妖魔にさえ大きな傷を与えた朝陽の風の刃は野槌の身体を真っ二つに切り裂いた。
太陽神の神格を持つ、天照大神の使者として遣わされたと言われている八咫烏。明乃の霊術により増幅した炎の霊術を八咫烏が纏い、さらに自らの生み出す炎と融合させ敵にぶつける、彼女たちの最強の一撃は猪笹王の身体を灼熱の炎の鴉が包み込み、燃え尽きるまで燃えさかる。
各々が放てる最強の一撃を真夜の霊符により増幅した結果、頭上からの奇襲ということもあり、超級妖魔とはいえ、三体に致命的なダメージを与えることに成功した。
「朝陽さん! 真昼ちゃん! お義母様!」
星守本邸の中に降り立った三人は、妖魔達から皆を守るように立ち塞がった。その背後にはそれぞれの守護霊獣が控える。
「ギリギリ間に合ったみたいだね」
朝陽は妖魔達を警戒しながら、周囲の様子を観察する。結界は破られ、門や壁などは壊されているが人的被害は未だに出ていないようだ。
「超級クラスが三体か。厄介だが、今ならば何とか出来るな」
かつてであれば、星守存亡の危機と言える事態なのだが、明乃は全く悲観していないどころか、この程度問題ないとばかりの態度であった。事実、真夜の霊符の強化もあり、八咫烏がいれば超級妖魔上位でも互角に戦えるだけの力となっていた。
「今の攻撃で三体ともかなりの手傷を負わせました。時間をかけずに一気に仕留めましょう」
真昼も油断なく霊器を構える。すでに真昼の力は明乃を大きく上回り、朝陽にも迫るほどだった。
三人の攻撃は真夜の霊符の増幅と浄化の霊術を付与したものだった。そのため妖霊玉の妖気を相殺しており、再生や次の強化がすぐに始まらないようになっていた。
しかしそれも僅かな時間しか稼げないだろう。時間をおけば妖霊玉は妖魔達の自滅を考えずに、できうる限りの強化を行うはずだ。
「真昼の言うとおりだ。色々と懸念事項もある。急ぎ倒すとしよう」
明乃がそう言うと、星守最高戦力の三人は超級妖魔三体を仕留めるためにその力を解放するのだった。
◆◆◆
「まさか超級となった三体が、ああも容易く。それに星守真夜がいないじゃと?」
オババは星守最高戦力の三人に押し込まれている超級妖魔三体を見ながら、戦慄と同時に星守真夜がいないことに疑問を抱いた。
「まずい。奴がいなければ計画が」
「計画がなんだって?」
「!?」
ドン!
オババの首が何者かに摑まれると、そのまま地面へと押し倒された。
「がはっ!」
驚愕に目を見開き、このような事を行った人物を見れば、それは真夜だった。
「き、貴様……、なぜここが……」
「鞍馬天狗が見つけてくれた。お前には聞きたいこともあるからな」
オババを押さえつけていない左手に霊符を持ち、真夜はそれを相手に貼り付けて封印の術を応用して拘束するための術を発動する。
妖気を押さえ込み、身体の自由を奪う。力の差が離れていればいるほど、効果が高い。
山姥とはいえ、上級上位程度の力しか無いオババでは、真夜の霊符の拘束をどうにかすることはできない。
(特級から超級三体に強化。鞍馬天狗が千里眼で見て、速度を一時的に上げてなかったら間に合わなかったな)
真夜は星守に大きな被害が出る前に妖魔やこの黒幕を何とかできそうで安堵した。
到着の前に三人を強化して奇襲を仕掛けたおかげで、一撃で敵に致命的なダメージを与えられた。これならば霊符で強化された三人とそれぞれの守護霊獣だけでも勝てるだろう。
真夜が姿を隠しているのは、オババを捕らえるためもあるが、他の星守に見られないためでもある。
(けどこれでこっちは何とかなりそうだ。母さんも無事みたいだし、何とかなった……っ!?)
突然、真夜の身体に悪寒が走ったのと同時に京極に残してきた霊符の力が大きく発動したのを感じた。
真夜の十二星霊符は通常の霊器とは異なる。異世界の神と共に作り上げた霊符は、真夜の魂の一部を使っていた。そのため真夜はどれだけ遠く離れていても大体の位置を知ることができるし、その力が発動すれば感じ取ることができる。
(霊力の消費が凄い早さで進んでるだと? 京極で一体何が起こってる!?)
嫌な予感が止まらない。霊符を通じて、微かに渚の感情が伝わってくる。恐怖、困惑などの負の感情だ。他にも朱音の感情もだ。こちらも焦りや困惑など、到底通常では考えられない感情だ。
これだけ離れていて、霊符を通して感情が伝わってくるなど本来はあり得ない。なのに伝わってくると言うことは、何かとてつもない事態が起こっていると言うことだ。
真夜は急ぎ、スマホを取り出し朱音に連絡を取る。向こうを出る際に、連絡は取れるように話は付けていた。
なのに出ない。いや、電話が繋がらない。疑念は確信に変わる。
(幻那様、申し訳ありません。オババはこれまでのようですじゃ。もう少し時間を稼げれば良かったのですが、こやつに情報を与えぬためにも、お先に逝かせて頂きます)
真夜の意識が別のことに逸れた隙に、オババは次の行動に出た。もとより命を捨てる覚悟をしていたオババは、拘束されていながらも、最期の悪あがきを行った。
「ごふっ!」
万が一に備え、自らの歯に仕込んでいた、妖魔であっても命を失う幻那特製の妖毒を食らう。さらにそれは妖気を暴走させる効果もあった。
「こいつ!?」
真夜の霊符の拘束により体内で妖気が暴走する。妖魔の肉を腐らせる毒と行き場を失った妖気が瞬時にオババの身体を破壊し尽くした。
真夜の霊符は妖魔の治癒も可能ではあったが、妖魔の命さえ一瞬で奪う毒を服用された場合、真夜と言えどもどうしようもできない。
オババの身体が灰のように崩れ去り、そのまま風にさらわれるように周囲へと散っていった。
真夜もまさか自ら死ぬとは予想していなかったのと、渚や朱音の事に意識を取られていたので反応が遅れた。そもそも人間ならばまだしも妖魔が服毒して即死するなど思っても見なかった。
「こいつは一体何がしたかったんだ?」
鞍馬天狗がここに来る前に千里眼を用いて周囲を調べた結果、この山姥と三体の妖魔以外に敵は見つけられなかった。
まだどこかに敵がいるのか。他にも罠があるのか。何もわからないままだ。情報は何も得られなかった。
しかしそれも気になるが、京極の方でも非常事態が起こっているのは間違いない。
「今から鞍馬天狗に京極に戻って貰っても間に合わない可能性がある」
十数分のことではあるが、それでも向こうの霊符の霊力の消耗具合や渚や朱音の持つ霊符から伝わってくる彼女たちの感情から考えれば、時間的猶予は無い。
「あっちの方は、もう倒したか」
真夜が星守の方を確認すれば、超級妖魔の気配は消えている。どうやら倒したようだ。ならばと真夜は三人に預けていた霊符を任意でこちらに引き戻した。次に真夜は朝陽に連絡を入れる。
『真夜。一体どうしたんだい?』
朝陽は真夜の霊符が急に消失したことと真夜が電話をかけてきたことに疑問を抱いていた。
「親父。京極の方で何か起こった。俺の霊符が向こうで発動してる。朱音とも連絡が取れない」
『なっ!? それは本当かい?』
「ああ。俺は一足先に京極に向かう。時間が無いから、少し裏技を使うから霊符は返して貰うぜ」
『待つんだ、真夜! 一人じゃ危険だ!』
「悪いな親父。一秒を争うんだ。切るぞ」
電話の向こうではなおも何かを言っている朝陽を無視して、真夜は残った霊符を発動させて六枚で結界を展開すると即座にルフを呼び出す。
「頼むぞ、ルフ」
「Aaaaaaaaaa!」
宙に浮かぶ一枚の霊符。霊符が他の霊符と共鳴し合う。それは京極家にあるものともだ。
真夜はもちろん、ルフも瞬間移動や空間移動の類いの術は使えない。
今回行うのは、極めて例外的な方法だ。
別の場所にある真夜の霊符とこちらの霊符を共鳴し合わせ、無理矢理ルフが空間を貫き繋げるという物だ。
これは向こうに真夜の霊符が数枚あるからこそできることだが、五枚あって何とかと可能といったところだ。
しかしこのような事を頻繁に行えば、世界に悪影響を与えかねない。貫いた場所の空間がねじれ、異界とも繋がりやすくなる。神隠しのような現象が起こったり、霊的災害が起こりえる可能性もある。
だが真夜はそれらの危険も無視し、ルフの力を借りて空間を貫いて京極家へと戻ることにした。
そうしなければ、取り返しのつかないことになると思ったからだ。
事実、それは正しかった。もし真夜が躊躇したり、他の方法を取っていれば、彼は一生後悔することになっただろう。
(渚、朱音! 無事でいてくれ!)
真夜は最愛の二人の無事を祈りながら、ルフが空間を破壊するのを見届ける。
そして彼はルフの力により京極家へと戻り、再び最強の妖術師と対峙するのだった。




