第十二話 地獄絵図
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時間は少し遡る。
幻那が結界を展開した直後、儀式の祭壇以外のいくつもの場所で大混乱が起こっていた。
京極家の門下生達は、突然展開された結界に右往左往し、何とか破壊を試みようとするが、まったく歯が立たずに途方に暮れていた。
応援を呼ぼうにも京極の誰とも連絡が取れない状況であり、外部への連絡と言ってもSCDに通報したとして、何が出来るか。さらに言えば通信手段さえも阻害されていた。
六家や政財界の面々がいる一角でも、それは顕著だった。
「一体、何がどうなっている!?」
政財界の大物達も何かが起こったことを察した。外部との連絡も取れなくなったのだ。いかに対応していた京極家の女中達が確認中と言っても聞き入れなかった。
「これは!」
火野焔は建物の外に出て様子を確認すると声を張り上げた。他の六家の面々もあり得ない事態に状況の把握に努めようとした。
「あかん。外部との連絡も一切できへん」
「それに京極の者達も同じように連絡が付かないらしい」
次々に屋敷の外に出て状況を確認しようとする六家の面々。
氷室氷華は外部へ連絡を取ろうとしたが、スマホは通じず。式神を飛ばしても結界に阻まれ外に送ることができない。
水波流斗は京極家の女中などに清彦などへの連絡が取れないかと聞いたが、そちらの方も思わしくないようだった。
「マズいね。星守への襲撃の次は京極への襲撃。下手をすりゃ、他の六家も襲撃されているかもしれないよ」
「ありえんたい! 罪業衆が壊滅した今、そこまでの戦力がある組織なんてあるはずがなかと!」
風間莉子の言葉に風間涼子が反論する。しかし現実として星守、京極へは何者かの暗躍が現在進行形として行われている。
「………」
周囲がざわつく中、一人静かに遠く離れた祭壇があるであろう方角を見据えている彰に仁が声をかけた。
「どうかしたんですか、彰さん。彰さん?」
仁は彰の顔がどこか青くなっているようにも見えた。ひどく汗をかき、拳をキツく握りしめている。
「……仁、やべえ奴が来てやがる」
「彰さん、何を言ってるんですか?」
「これだけ離れてるのに、力を抑えてやがるはずなのに、それでもわかっちまう。今の俺でも手も足も出ない奴がいる」
「なっ!?」
まさかの彰の言葉に仁は絶句する。高野山の一件以来、彰は急激に強くなっていた。元々強かったが、輪をかけて成長し星守真昼にも勝るのではないかと密かに雷坂で言われていた彰が、弱音を口にしたのだ。
そんな中、朱音は結界の気配が以前に感じたことがある気がした。
「これ、まさか。でも、そんな事って……。いた! ……ちょっと、あんた! 聞きたいことがあるんだけど!」
朱音は周囲を見渡し、目的の人物を見つけると駆け足で向かう。相手は氷室志乃の護衛をしていた八城理人だった。見れば理人もどこかあり得ないと言うような表情を浮かべている。
「あんたか。なんや、今はやばいことに」
「そんな事はわかってるわよ! それよりもこの結界、あいつの、六道幻那って奴の妖気に似てない!?」
「!?」
朱音の言葉は自分自身が疑念を抱いていた事そのものだった。
「あんたもそう思うか?」
「ってことはやっぱり。でもおかしいわよ! あいつは死んだはずなのに!」
「ああそうや。確かに死んだはずや。あいつらも確認したんや。それは間違いないはずや」
真夜もルフも確認した。だから死んだのは間違いない。だと言うのにこれは一体、どういうことか。
「わからない。でも何かわからないけど渚が危ないの! あたしの霊感が言ってる! あっちにとてつもないやばいのがいるって!」
ここに真夜がいれば朱音はここまで焦ったりしなかっただろう。しかし今ここに真夜はいない。
六家の大半の当主や実力者は大勢いるが、それでも朱音の霊感は渚の危機を知らせていた。
「でもこうしちゃいられない。行かなきゃ……」
幸いに真夜の霊符が四枚ある。これを使えば多少は何とかなるはずだ。
「待てや! 一人で行ったところでどうしようもないやろが! それにこの結界! 簡単にどうにかなるもんやないで!」
「それでもよ! ここでただ待ってたって事態は改善しないでしょうが!」
「朱音!? どこへ行くつもりだ!?」
「ごめんなさい、お父様! でも行かなきゃ!」
理人や紅也の制止を振り切り、朱音は衝動に突き動かされるように祭壇のある方角へと走る。
だがそれに追随する者がいた。
「よう。何しに行こうってんだ? 死にに行くようなもんだぞ?」
併走してきたのは彰だった。
「あんた……」
「てめえも感じてんだろ? あっちにいるのは化け物だ。間違いなく勝てねえぞ」
「だから? 友達が危ないってのに、指をくわえてみてられるわけ無いでしょうが!」
「はっ! いいじゃねえか。だったらあいつへの借りもあるんだ。俺も付き合ってやる」
彰としてはこの場の最善手は無理矢理にでも朱音を押さえつけて行かせないようにする事だったのだが、怖い物見たさと言うよりも、このままここにいるよりも朱音と向かう方が良いと霊感が告げていたため同行することにしたのだ。
「だったらアタシも行くぜ。高野山では世話になったからな」
いつの間にか風間凜も追いついてきていた。
「いいの? 多分高野山の時よりもやばい相手で真夜も真昼もいないのよ?」
「だろうな。情けない話、直接見てもいねえのにマジで震えが止まらねえ。でもここで動けなきゃ、真昼にも真夜にも顔向けできねえだろうからな」
高野山では情けない姿をさらした。助けられ、朱音や渚に借りも作ってしまった。
今の自分達の行動は褒められたものでないどころか、戦力の分散に近い最悪な行動だろう。
しかし急がなければならない。ほんの僅かな時間も惜しんでいては間に合わなくなってしまう。
それが三人の共通認識だった。
「それにアタシは風間の問題児だし、これくらい余裕だって」
「はっ。それなら俺はもっとひどい問題児だからな。今更勝手したところで、変わらねえからな」
「えー、これってあたしも問題児になる? いや、まあ確かにあたしも問題児って言われてるけど」
ありがたいやら、釈然としないやら、なんとも言えない気分になったが、真夜や真昼のいない今、二人の援護はありがたかった。
「一応二人は真夜のこと知ってるから、これ渡しとくわ。身体に貼り付けとけば、かなり強化してくれるから」
朱音は二人に真夜の霊符を手渡す。本当は当主クラスや父に渡すべきなのだろうが、説明するにもどう説明して良いか困るし、なんとなくこの二人に渡しておく方がいいと感じたのだ。
(あとの一枚は保険と万が一の時は誰かに渡しましょう)
「おいおい。力が随分と増したぞ?」
「これって真夜のか? この間よりもなんか凄いけど」
「まあね。多少の気休めになるでしょ?」
ゾワリッ!
「「「!!!!????」」」
その時、祭壇の方から感じる気配が強くなった。何者かが力を解放したようだ。思わず三人は足を止めてしまった。
「……っ! なめんじゃないわよ!」
朱音は意思を強く持ち、足を踏み出す。真夜の霊符も彼女の感情に応えるように力を貸す。
「まあわかってたことだからな。一気に行くぞ」
「ったくよぉ。ほんと馬鹿だよな、アタシら。帰ってきたらババア達に大目玉だな」
結界の境目まで到着すると、全員が霊器を顕現させる。
「お前ら、しっかり合わせろよ」
「あんたが仕切らないでよ!」
「同感だ。まあ今のアタシ達ならこれくらい何とでもなるさ!」
雷、風、炎の三つの霊力が合わさる。お互いがお互いの力を高め合い、相乗効果を生んでいく。さらに真夜の霊符がその力を増幅し浄化の力まで付与させた。
一点集中された三人の攻撃はこの瞬間、幻那の結界の防御を上回り、この一角ではあるが破壊することに成功した。
「行くわよ!」
朱音の号令の下、三人は絶望的な戦場へ向かうのだった。
◆◆◆
「……ほう」
幻那は己が展開した結界の一部が破壊されたのを感じた。しかもそれはこの場所へと続く壁の部分だ。
「六芒星を構築していた結界の一角が消えたか。再構築が阻まれている? まさかこのようなことを出来る者がいようとは」
何者かはわからないが、ここに来られれば面倒なことになりかねない相手だ。
破壊された部分だけ、どういうわけか浄化の霊力か何かに阻害され、ぽっかりと穴が出来てしまっている。幻那が直接赴けば修復も可能だが、生憎と今はこの場から動けない。
「ぎゃぁぁぁぁっっっ!」
「うわぁぁっっっっ!」
「た、助けてっ! があっ!」
「来ないで! やめてぇっ! いやぁぁっっっ!」
「いやだ、死にたくない! 死にたくない!」
阿鼻叫喚の地獄がそこにはあった。
幻那とぬらりひょん、そして超級妖魔二体と特級妖魔五体は、虐殺と蹂躙の限りを尽くしていた。
伊佐々王が後ろ足だけで立ち、両前足を上げて振り下ろすと小規模な地震のように大地が揺れる。
清彦をはじめ、清貴、清治、清羅、渚の五人は何とか押さえ込もうとしているが、超級妖魔を相手に圧されていた。
鬼熊は強烈な前足を振り抜くとそれだけで暴風と衝撃波が周囲へと広がる。右京は一人、何とか鬼熊を引きつけているが、それでも絶望的な状況であった。
だが彼らの必死の奮闘むなしく、一人、また一人と五虎や幻那、ぬらりひょんに倒されていく。
京極の退魔師達も必死の抵抗を続けるが、巨大な二体の超級妖魔には生半可な攻撃は効かず、五虎も霊器使いの攻撃すら大きなダメージを与えられずにいた。
「くかかかか。ほれほれ、どうした? この程度かのう?」
「な、舐めるなよ妖魔! 我ら京極がそう簡単にっ!」
ドン!
「いかんな。口上を述べる前にワシを何とかせんと」
ぬらりひょんと対峙していた霊器使いの一人が、言葉を言い切る前に眉間を打ち抜かれ、ザクロのように頭部を破裂させられた。彼の手には銀色に輝くリボルバー式の大型の銃が握られていた。
スーパーブラックホークと呼ばれる大型の銃で、十インチサイズのシルバーメタリックタイプ。
だがこれは普通の銃では無い。幻那が改良を施し、特殊な弾丸を打ち出すことが出来る。元々の精度や威力も高かったのだが、今のぬらりひょんの持つ銃の性能はその上を行く。
全力で防御しなければ、一発で霊器使いの防御すら貫き、上級妖魔さえも倒す恐ろしい威力であり、ぬらりひょんはそんな高威力の銃を片手で楽々と使いこなしている。
「ほれほれ、せっかくなんじゃから、ワシとダンスでも踊らんかのう」
ヒラヒラと舞うように動き回るぬらりひょん。ぬらりひょんには最上級以上の妖魔が持つような恐ろしい身体も、妖気も、凶悪な能力も一切無い。
だがそれでも彼は強者の位置に存在していた。その限られた妖気と己の能力を最大限に有効活用し、すべて相手の攻撃を回避するためだけに用いる。
そして攻撃にはこの銃を用いて並み居る相手を打ち倒す。
「人間の文明や道具というのは素晴らしいものだのう。特に武器としての銃は素晴らしい。個人が携行する物の中でもっとも優れ、誰にでも扱え、そして簡単に相手を殺せる。まさに人の業の集大成よ」
翻弄するかのような動きでぬらりひょんは敵を打ち抜く。すでにぬらりひょんにも五人以上の退魔師が殺され、その倍以上が負傷させられている。だが負傷者は重傷で、手足を失った者、内臓が飛び散ってもなお生きている者と地獄絵図を生み出している。
「そろそろその祭壇も邪魔だな」
幻那は右手を祭壇の方へ向ける。妖気が収束していくと、黒い直径二メートルほどの球体を作り出す。
解き放たれた力は祭壇へと向かい襲いかかり、直撃すると巨大な爆発を生み出した。
間一髪、祭壇やその付近にいた者達は飛び降り回避したため被害を免れたが、今ので結界が消滅した。
「策のためとはいえ、無駄に時間をかけたうえに、皆殺しに出来ないのが腹立たしい。しかしそろそろ術の発動に問題はないだろう」
幻那がまともに戦えば、一人で事足りるのだが、あえて超級や特級、ぬらりひょんに任せ、自分は時折そのあたりの雑魚を殺している。
戦える者はどんどん減っていく。今、まともに戦えているのは京極の直系の清彦とその子供達四人と右京。あとは本家、分家で二十人ほど。残る二十人ほどは戦えない老人や女子供。また何とか生きている者も十数人。
すでに京極家も半壊したと言ってもいい。
(京極渚を優先的に殺すのが最善なのだが、儀式のためには生きていて貰わねば困るし、この段階まで来れば、先に殺しても後に殺しても同じ事だ)
渚が生きている状態で真夜が来れば、必死に彼女を守ろうとするだろう。逆に死んだ後に来た場合、その怒りに任せて、どれだけの力を振るうのか想像も出来ない。つまり真夜が来た時点で京極家を滅ぼしていなければ、幻那の悲願は達成されない可能性がある。だから今の段階ではどちらでも同じだ。
(それに今はまだ死ぬ危険にまでさらさぬ方が良い。万が一、何かを感じ取り引き返されれば厄介だ)
もう少しだけ時間を稼げば良い。術の発動の準備は出来た。あとは術を発動させ、効果を発揮させるだけ。
「……六家の足止めもせねばならぬから、そろそろ潮時だな」
チラリと幻那は懐の中にしまっていた呪符を見る。元々白かったはずの呪符だが、今は赤く染まっていた。
それを確認すると幻那はにやりと笑みを浮かべた。
「準備は終わった。条件も整った。では終わりの始まりといこうか」
幻那は左手を掲げた。すると妖気ではなく霊力が集まりだす。次の瞬間、光は無数に分かれると残った京極の者達を一斉に襲うのだった。
今回のぬらりひょんの銃に関しては、コミカライズの紅丸様や担当者様にご相談し、ご意見いただき採用しました。
紅丸様、担当者様この場をお借りしてお礼申し上げます。




