9
目を丸くしたまま固まっているマリアライトの姿に、シリウスは苦笑した。
「やっぱり気付いていなかったんですね……そうでしょうね。でしたら、もう少し意識をされていたでしょうから……」
「ご、ごめんなさい……?」
「いいえ、謝らないで。勝手にあなたを好きになったのは俺の方です。純粋に俺を可愛がってくださっていたあなたの厚意を踏みにじるようなものでしょう」
「待って、そんな悲しそうに笑わないでください。私、あなたから告白されても嫌だと全然思っていません」
マリアライトが慌てた様子で言うと、シリウスの翡翠色の双眸が希望の光を灯した。
「えっ!? 気持ち悪くないんですか!?」
「はい。嬉しいと思いましたよ」
「あなたを妻にしたいと本気で思っていますが!?」
「え!?」
その反応を見て、あくまで親愛的な意味に捉えられていると分かったのだろう。シリウスの目から光が消えた。
「だって……私とあなたでは歳が離れすぎていますよ?」
マリアライトが真っ先に考えたのはその点だった。
婚約破棄の理由となった年齢の差。それはどれだけマリアライトが努力してもどうにもならない問題だ。
今はよくても、いつか嫌気が差して疎ましく思われるかもしれない。
「あなたは親愛の情を恋愛によるものだと錯覚しているだけでしょうし……きっと目が覚めたら私を選んだことを後悔します」
自分を慕ってくれた子供から蔑まれるくらいなら、今すぐに間違いを正すべきである。それがシリウスと、マリアライト自身のためなのだ。
マリアライトは小さく笑いながらシリウスに掴まれたままの手を振り解こうとした。だが青年は痛みを感じないギリギリの力で、自分よりも小さな手を握り続けている。
「マリアライト様、俺は年齢の差など些細なことだと思っています」
「些細な問題……かしら」
「……それとも年上の男はお嫌いでしょうか」
「え?」
何だか、今、不思議な質問をされた気がする。
マリアライトは困惑した表情でシリウスに訊ね返した。
「年上というのはどういうことでしょう……?」
「申し訳ありません。お伝えするのを忘れていましたが、俺は今年で五十六歳になります」
「あら……あらら……?」
マリアライトよりも二倍ほど長く生きていた。突然もたらされた事実に呆然としていると、気まずそうにレイブンが口を開いた。
「まあ個人差はあるんすけど、魔族ってすっげー長命なんすよ。俺もこんなナリで実は八十超えてるし」
「とってもおじいちゃんですね……」
「……これでマリアライト様の懸念は解消されたわけですが、あなたにはしっかりとご理解してもらいたいことがあります」
シリウスはこほんと咳払いをしてから、念を押すように言った。
「いいですか。俺はあなたがどれだけ年上だろう年下であろうと関係ありません」
「あ、見た目があんまりにも小さかったらアウトっすけどね」
「お前は黙っていろ」
「うぃっす」
「もう一つ。聖女であろうとなかろうと、これもどうでもいい話です。ここまでは分かりましたか?」
心地のよい穏やかな声での問いかけに、マリアライトはゆっくりと頷いた。
シリウスから紡がれるのは、あまりにも都合がよく甘い囁きばかりだ。信じていいのだろうかと戸惑ってしまう。
けれど、たとえ世辞であってもローファスからそんなことを言ってもらったことはなかった。
マリアライトを心の底から求める言葉に、胸に温かな熱が灯る。
「……好きですよ。愛しています。あなたのためならば、この国をすぐにでも滅ぼすつもりでいます」
「それは駄目だと思いますけれど……」
「駄目ですか。ですが、あなたが王太子に未練を残しているのなら、遠慮なくやらせていただきますので」
微笑を浮かべながらシリウスが宣言する。
独占欲全開なそれを真横で聞いていたレイブンは、顔面蒼白になっていた。
「……何で前半まではよかったのに、後半で怖くなってんすか」
「怖いとは何だ」
「元婚約者に未練残ってたら国ごと滅ぼすって、それ暴君がやること! いくら何でもマリアライトさんもビビって……ひっ」
ちらりとマリアライトを見たレイブンから引き攣った悲鳴が上がった。
シリウスの熱烈かつ苛烈な告白を聞かされていたマリアライトは、薄青の双眸から透明な涙を零していたのだ。
「マ、マリアライト様!?」
想い人を泣かせてしまったと、シリウスの顔からも血の気が引いていく。
一方、マリアライトは二人の反応で初めて自分が泣いていると気付き、困ったように笑った。
「嬉しいと思うのに涙が流れてしまうなんて……不思議ですね」
「うぇっ!? 嬉しかったんすか!? 今のプロポーズで!?」
「怖かったでしょうか?」
「怖いっしょ! あんたの気持ち次第で国一つ滅ぶんだよ!?」
「そのくらい私を愛してくださっているのでしょう? それにシリウスは優しい子に育ちましたから、本当にするはずがありません。ね、シリウス?」
涙を指で拭いながら問いかけたマリアライトに、シリウスは無表情で黙り続けていた。
「……当然です」
そして、長い沈黙の後にようやく答えたのだった。
ようやく自分を本気で愛してくれる男に出会えたと思ったら、かなりヤバい男だった件。状態のマリアライト