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焼きたてのステーキに齧り付き、レイブンは号泣していた。「こんなに美味い肉は初めて食った」、「幸せ過ぎて死にそう」を繰り返しながら肉を噛み締めている。細切れの野菜スープもふっくらと柔らかなパンも感動の味だったようで先程からずっとおかわりを繰り返している。
その食べっぷりに感心しつつ、マリアライトは心配していた。
「あらあら、そんなに急いで食べたらお腹を壊してしまいます」
「ご心配には及びません、マリアライト様。こいつの胃袋はちょっとやそっとじゃ壊れません。毒が入った料理を食べても平気でした」
「それなら安心ですね」
平和なんだか物騒なんだか判断が難しい会話である。
「だが、よく俺がここにいると分かったな」
「むぐぐ……それはあんたがでっかくなったおかげっすね。あんたの魔力を辿りやすくなったんす」
頬にパンをパンパンに詰め込みながらレイブンが答える。マリアライトには分からないのだが、魔族にとって魔力は人探しにも使える便利なものであるらしい。
ただ子供は魔力も弱いため、捜索が困難になるのだとか。
「あんたがシリウス様の世話をしてくれたんすよね? ほんと感謝の気持ちでいっぱいっす」
「そんな……頭を上げてください。私もシリウスと出会って楽しい日々を過ごすことが出来ました。この子がいてくれなかったら、私は一人でしたから」
軽い口調だが、頭を下げるレイブンの姿からは深い感謝が窺える。
けれど、感謝しているのはマリアライトも同じことだった。既に両親もいないこの家は、一人で過ごすには少し広いのだ。
もしシリウスとの出会いがなくとも、マリアライトは生きることが出来ただろう。耐え切れない程の孤独ではなかったはずだし、それなりに充実した日々を過ごせていたと思う。
それでも、幸せで楽しいと毎日思い続けることは出来なかったかもしれない。
「マリアライトさん独り身なんすか? てっきり結婚しているもんだと思ってたっす」
「ふふっ、時々町の人たちにも似たようなことを言われます。旦那さんの所から逃げて来たのかだとか」
「そうっすよねー。そんな感じがするっす」
うんうんとレイブンが頷いていると、シリウスが怒気を含んだ眼差しを彼に向けた。
「それはどういう意味だ。答えによってお前を今ここで……」
「だって、マリアライトさんって落ち着いてるじゃないっすか。人妻感があるというか」
「…………」
「シリウス様、今『結構そそる』って思ったっしょ」
沈黙したシリウスを茶化すようにレイブンがにやけ顔で言った。
「思ってなどいない」
「んな早口で否定しなくても」
「その旦那を殺したいと思っていただけだ」
「うわ、物騒……」
レイブンの笑みが凍り付いた。
しかしマリアライトの次の一言は、この場の空気そのものを凍り付かせる破壊力を有していた。
「けれど、半分くらいは当たっているのですよ」
「は?」
「え?」
「ほら、前に話しましたよね? 私は以前ローファス殿下の婚約者だったと……」
「話していません! そんな話初耳ですが!?」
シリウスが勢いよく椅子から立ち上がり、マリアライトの両肩を掴んだ。
こんなに大きな声を上げるシリウスは初めてかもしれないと、呑気に考えていたマリアライトだったが、彼の言う通りだったと思い出す。
「言うのを忘れていましたね」
「ど、どうしてそんな大事なことを言ってくださらなかったんですか……!」
「私も殿下も納得した形での婚約破棄でしたから、別にいいかしらって思ったの」
それに子供にするような話ではない。マリアライトはそう判断したからこそ黙っていたのだ。現に話を聞いたシリウスはショックを受けたような顔をしている。
「マリアライト様……もっと早く知っていれば、俺はそのローファスとやらを」
「おーとっとっと! マリアライト様も苦労してるんすねぇ!!」
シリウスの問題発言を遮るように、レイブンがわざとらしく声を張り上げた。内心では彼も大慌てである。まさか目の前にいる温厚な女性が、この国の王太子の元婚約者だったなんて誰も思わない。
レイブンは部屋を見回し、訝しげに眉根を寄せた。
「マリアライト様って貴族サマではないでしょ? 平民なのによく王太子の婚約者になれたっすね」
「私もそう思ったのですけど、陛下は私が聖女というだけで婚約者に決めてしまわれたのです」
「聖女!? あんた聖女様っすか!?」
レイブンは最早ステーキどころではなくなったようで、マリアライトから聞かされる話に目を白黒させっぱなしだった。シリウスはシリウスで打倒王太子モードに入っている。
だが彼らは、何故マリアライトが婚約を破棄されたのか、その理由を聞かされて更に驚愕するのだった。