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本人の申告通り、シリウスの急激な成長は一旦止まった。果物や花を売るのを手伝ってくれたり、買い物にもついてきてくれるので、マリアライトは非常に助かっている。いや、小さな時から手伝ってくれてはいたが、自分よりも重い籠を持とうとしたり、変質者に連れ攫われそうになって大変だったのだ。
シリウス目当てなのか、女性客が以前より増えた気がする。マリアライト以外にはあまり愛想がよくないし、どんな美人に言い寄られてもあっさり振っているが、そこがいいらしい。
中にはシリウス単体ではなく、マリアライトとセットになっているシリウスを見に来るという客もいる。
「どうしてでしょうねぇ。私なんて余計だと思うのだけれど」
「何故そのように思われるのですか?」
「だって……私ですよ?」
今日のおやつはアップルパイだ。庭で食べ頃の林檎を採りながら、マリアライトはシリウスの問いに答えた。
もうじき三十になる女性が若い美青年の隣にいるのだ。どう考えても不釣り合いである。
「素敵な男性の側にその人の母親がいたら、話しかけにくいと考えるものではないでしょうか」
「……彼女たちは、俺とあなたを親子だと思っていないようですが」
「それじゃあ……姉弟かしら」
それなら年齢的にも納得がいく。
「それはそれで背徳感があって俺は……いえ、何でもありません」
言葉を途中で止め、シリウスは庭で育った林檎の木に軽く手を当てた。すると、丸々とした赤い実が勝手に枝から離れて、ふわふわと宙を漂ってからマリアライトの掌に着地をした。
一連の流れを見て、マリアライトはふわふわと微笑んだ。
「あなたも聖力が使えるのですね、シリウス」
「聖力ではなく、これは魔力です。聖力は神から授かったものですが、魔力は魔族なら誰しもが持つ力と聞きます」
「あら? それじゃあシリウスは魔族……?」
魔族は魔物ともハーフとも異なる種族だ。魔物よりも知性も魔力も高い。その気になれば世界征服も容易とされ、特に力の強い者なら単身で人間の国を滅ぼすことも可能と聞く。
すごい子だったのねぇ、と家の中に戻りながら呟くマリアライトに、シリウスが狼狽えた。
「……俺を恐れないんですか?」
「どうして?」
「俺は魔族です。人間にとっては恐怖の対象です」
「けれど、あなたは私や町の人たちに酷い行いをしたことがありません。魔族であっても、優しい子に育ってくれました」
だから恐れることなんて何もない。マリアライトには胸を張ってそう言える自信があった。
そんな育ての親からの言葉に、シリウスは口から小さな吐息を漏らした。
「……そういえば、どうして俺がこの家に隠れていたか、まだ話していませんでしたね」
「ええ。けれど、話しづらいなら無理に話す必要は……」
「いいえ、どうか俺のことを少しでも知って欲しいんです。……魔族にも勢力争いがあって、俺はそれに巻き込まれました。敵対勢力に家族を皆殺しにされ、俺自身も殺されかけ……宮廷を脱出し、追っ手から逃げているうちに、この町に流れ着いたんです」
「そうだったのですか……」
後半辺りで聞き逃してはならない単語があったのだが、マリアライトはそこをあまり気にせずシリウスがこの家に隠れていた理由を知って、胸を痛めていた。
どんなに心細かっただろう。半年前の彼を思い返し、淡い薄青の瞳から涙を流す。目を大きく見開くシリウスの体を抱き締める。
「マ、マリ、あ、の何をして」
「辛かったでしょうね……」
「申し訳ありませんが、少し体を離してくれると助かります」
「え? ああ、ごめんなさい。きつく抱き締めてしまいましたか!?」
「むしろもっと強く抱き締めて欲しいくらいなので平気です! ただ心の準備が出来てなかったので……」
シリウスの双眸は赤く染まっていた。今度は見間違いではないらしい。マリアライトはそれをじっと見詰めた。
「急に目が赤くなりましたけど……病気かしら?」
「……いいですか、マリアライト様」
マリアライトの言葉を無視して、シリウスが顔を近付ける。口付けしてしまいそうな程の距離となり、流石にこれはおかしいとマリアライトが離れようとすれば、角張った男の手に腕を掴まれる。
「あなたはずっと俺を我が子、もしくは弟のように可愛がってくれました。ですが、俺は最初に出会った時から、あなたを……」
「あら、お客様だわ」
熱と艶を帯びた低音で囁かれている最中、玄関のドアが叩く音がしたのでマリアライトはシリウスからパッと離れた。そのまま玄関に急ぐ彼女を無表情でシリウスが追いかける。
「シリウス?」
「……俺が出ます」
「もしかしてお友達が来ることになっていたのですか? あ、いけないわ。まだアップルパイの準備が……」
「いいえ、奴にはマリアライト様の作ったアップルパイを口に出来る資格なんて、これっぽっちもありません」
そう言いながらシリウスが扉を開くと、黒髪の少年がげっそりとした表情でどうにか立っていた。
「や、やっと見付けたっす……シリウス様」
「何しに来たレイブン」
「何しにってひどっ! シリウス様をお迎えに来たに決まっているじゃないっすか! 俺がどれだけ……」
言葉は最後まで続かなかった。少年は白目になったかと思うと、玄関で倒れてしまったのだ。その直後、ぐぅぅぅぅ……と大きく腹の音が鳴り響いた。
短編だったのはこの辺りまでです。
王太子が町に来る下りは暫く後で挟む形になります。




