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 リフィーは結局、エレスチャル邸に泊まり込みで社交マナーを学ぶことになった。

 流石に心配になったシリウスがレイブンに頼んで様子を見に行かせたものの、正門でメイドに「リフィー様の鍛練の邪魔となりますので」と門前払いを喰らってしまう。鍛練?

 マリアライトが研究所を訪れた際、「ずっとリフィー様のお姿が見えないのですけれど……」と不思議そうに呟くと、セレスタインは「あいつなら猫娘の家で美味い茶でも飲んどるじゃろ」と誤魔化した。




 そしてリフィーが研究所に戻って来たのは一週間後だった。


「マリアライト様ー! ただいま帰って来ましたよ!」

「おかえりなさい、リフィー様。けれど申し訳ありません。私のせいで何だか大変なお思いをさせてしまったようで……」


 再会を喜びつつ、マリアライトは眉を下げながら謝罪した。パーティーの基本的な作法だけであれば、三日間通い詰めていれば身に付くと考えていたのだ。

 それがまさか一週間もコーネリアの下で師事を受けていたなんて……。


「そ、そんなことないですよ! 私だっていつかこういうのを習わなきゃいけなかったし!」

「そうじゃな。お前もそろそろいい歳じゃから、最低限身に付けんとな~」

「セレスタインは面白がってるだけじゃん……」


 ニヤニヤと笑う男にリフィーは目を吊り上げた。そんなじゃれ合いのような掛け合いを眺めつつ、シリウスと様子を見に来たレイブンが肝心なことを尋ねる。


「で、コーネリア嬢からちゃんと教えてもらったんすよね?」

「バッチリですよ! セレスタイン、林檎ある?」

「儂のおやつなんじゃが、食うのか?」


 疑問を投げ掛けつつ、セレスタインはリフィーに林檎を手渡した。


「オリャッ」


 次の瞬間リフィーが力を込めると、パキャッという音と同時に林檎に亀裂が走った。飛び出した果汁がセレスタインの目に命中した。


「何しとんじゃ小娘!!」


 怒りと困惑でセレスタインが叫んだ。

 しかしその小娘は無邪気に笑う。


「すごくない!? 私でも林檎にヒビ入れられるようになったんだよ!」

「どういうことだ、リフィー。お前は武人になる修行でもしてきたのか?」


 シリウスが冷静に聞いた。


「えっ、参加者って林檎くらい軽く握り潰せるんですよね?」

「舞踏会じゃなくて武闘会のか?」

「ちょっと待って欲しいんすけど、リフィーさん他は何習ってきたの?」

「会場内に毒煙を撒かれた時の逃げ方とか、簡単な護衛術とかです。あと針金で施錠を外す方法とか……」

「もうスパイじゃないっすか、それ」


 別な場面で役に立ちそうな技術ばかり学んで帰ってきやがった。そんな空気が男衆の間に流れる中、マリアライトは興奮で頬を赤く染めていた。


「素敵です……! これでバッチリですね!」

「マリアライト様……わ、私頑張りました! これでマリアライト様と楽しくパーティーに参加することが出来ます!」


 手を取り合って笑い合うマリアライトとリフィー。二人の世界が完成していた。

 その様子を眺めていたシリウスが一言。


「ま、まあ、マリアライト様が喜んでくださっているなら、それでいいだろう……」

「よくねぇっすけど!? そのまま流そうとすんな!」

「そうじゃな。儂も信じて送り出した助手が物理的に強くなっただけじゃちょっと困るぞ」


 魔術で出した水で目を洗い終えたセレスタインが溜め息をつく。


「リフィー、カーテシーのやり方とか食器の使い方くらいは習ったんじゃよな?」

「あ、うん」

「ふむ。そこは押さえておったか。安心したわ」

「でも何でそんなこと習う必要があったんだろ。コーネリア様もついでに教えたげるって雰囲気だったし」

「それ習いに行ったんじゃないすか、あんた」


 とりあえず本来の目的は達成したようで何より。レイブンは主と視線を合わせると、安堵の笑みを零した。

 そしてこの状況を一番楽しんでいるマリアライトが、リフィーの両手を掴んで言う。


「では次はリフィー様のドレスとアクセサリー選びですね!」




 マリアライトとリフィーが向かったのは、帝都にある服飾店だった。

 木製の看板には『針の女王』という店名だけではなく、細長い針を両手で持つ妖精も描かれている。元王宮のドレス職人が独立してオープンした店で、平民だけでなく貴族や皇族も訪れる有名店だ。

 実はマリアライトが普段着ているドレスの数々も、この店で仕立てたものである。確かにこの肌触りの良さと上品なデザインは、人気が出るはずだとマリアライトは思った。


「あなたが聖女マリアライト様でございますね。私は店長のデジレと申します」


 そう挨拶したのは三十代の金髪の女性だった。背中からは半透明の羽が生えており、耳の先は尖っている。マリアライトが昔読んだ本に登場した森の妖精をそのまま大きくしたような外見だ。


「本日はよろしくお願い致します、デジレ様」

「お任せください。それでお隣にいらっしゃる黒髪のお嬢さんが……」

「リ、リフィーです。よろしくお願いします」


 こういった場所も初体験なのか、リフィーは緊張していた。マリアライトのドレスの袖を掴んで離れようとしない。

 まるで母親と見知らぬ地にやって来た幼い少女だ。その様子にデジレは頬を緩めながら早速本題に入る。


「まずドレスの色ですが、ロイトール侯爵夫人は黒のドレスをご用意するということでしたので、それに合わせてリフィー様も黒にしておきましょう」

「……?」


 デジレの提案を聞いて、マリアライトは首を傾げた。


「主役の方がお召しになるドレスの色と同じでよろしいのですか?」

「侯爵夫人は黒を好まれますからね。全員がそれぞれ違う色のドレスを着るより、ご自分と同じ黒の方がお揃いだと喜ばれるそうです。マリアライト様は黒系のドレスはございますか?」

「はい。確か二着あります」


 シリウスとコーネリアから一着ずつプレゼントされたものである。そのデザインや雰囲気は異なるものの、どちらも素敵なのでいつか着てみたいと思っていたのだ。

 灯りのない場所を歩くと、保護色となって闇に紛れてしまいそうなのが難点だが。


「それとリフィー様の髪型に合わせて、すっきりとしたデザインにしてみましょう。サンプルを試着していただいてもよろしいでしょうか?」

「ひぃ、本格的……」


 リフィーがデジレに試着室に連行されていく。それを見送ったあと、マリアライトは店内を見回した。

 ショーケースの中には、髪飾りや指輪などのアクセサリーも展示されている。これらも販売しているようだ。


「あら、可愛い……」


 マリアライトの目に止まったのは、銀の髪留めだった。

 飾りの部分には赤系と緑系の宝石が両端でそれぞれ輝いており、二色が混ざり合ったような色合いの石も中央部分に使うことで、見事なグラデーションを作り出している。

 まるでシリウスの瞳のようだ。髪留めをじっと見詰めていると、店員の一人に「お気に召しましたか?」と聞かれたので、「はい」と笑顔で答える。だが、欲しいとは言わなかった。


 本日の主役はリフィーだ。それに無断で買い物をしてはいけないと、マリアライトは自分の心に言い聞かせた。

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