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【書籍化】行き遅れ聖女の幸せ  作者: 硝子町 玻璃
幸せのための第一歩
4/53

「マリアライト様、あの……マリアライト様の林檎食べてもいい?」

「はい。ちょっと待っててくださいね」


 自分で育てた林檎の皮を剥いて、食べやすい大きさに切っていく。翡翠色の瞳が宝石のようにキラキラ輝いている。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!」


 シリウスが小さな口で林檎をちびちび食べ始める。色んな物を食べさせてみたが、シリウスの一番の好物はマリアライトの聖力で育った果物だった。あまりにも美味しそうに食べるので、苺や葡萄など様々な種類も育てるようになった。ついでにそれらも売るようにしたところ、かなりの稼ぎになった。おかげでシリウスのために美味しいご飯を作ったり、服をたくさん買うことが出来る。

 最初はガリガリの鶏がらのようだった子供の体もふっくらと肉が付き、頬はマシュマロのように柔らかくなった。


「あのね、僕ばっかりじゃなくてマリアライト様も欲しいの買って」

「けど、私欲しいと思うものがなくて」

「じゃ、じゃあ、何かしたいことはある?」

「そうですねぇ……」


 決してシリウスのために我慢しているというわけではなく、物欲が特に湧かないのだ。

 やりたいことの一つにガーデニングがあったが、それも生計を立てるついでに楽しんでいる。

 もっと色んな植物を育てたいという気持ちもあるが、とりあえずシリウスが元気に育ってくれるのならそれで十分だと思う。


「今はあなたの成長を観るのが楽しみです」

「マリアライト様……」

「あなたはどんな男の子に成長するんでしょうねぇ」

「えっと、えっと……マリアライト様を大切にする大人になる!」


 力強く宣言した子供を微笑ましく思い、マリアライトは頬を緩めた。


「ありがとうございます。けれど私だけじゃなくて、皆に優しい人になってくれた方が嬉しいです」

「じゃあ、皆に優しくて、でもマリアライト様には一番優しい大人でもいい?」


 シリウスが大人になる頃には、他の国に引っ越さなければならない。今のままではシリウスは自由に出歩けないし、他人と関わる機会がない。

 いつか凛々しい青年に成長するだろう彼が、可愛らしい女性と出会えるようにハーフに優しい国に移住するのだ。


「マリアライト様、買い物に行くんですよね? 俺も行きます」

「ありがとうございます、シリウス。でもいいんですか? 本を読んでいたでしょう?」

「いいえ、あなたのお役に立ちたいので」


 そう言って、マリアライトの代わりに籠を手に取り、シリウスが微笑む。素直で優しい子に成長したなぁ、とマリアライトは喜びながら微笑み返した。

 身長はマリアライトの背をゆうに超えて、マシュマロのような肉が落ちて端正な顔立ちとなった。それに加えて細身ながら筋肉ががっしりとついた肉体。声変わりもして、よく通る低音となった。

 緋色の角はいつの間にか頭部からなくなっていたので、聞いてみれば「その方がマリアライト様も都合がいいと思いまして」と答えが返ってきた。折ってしまったのかと心配したものの、そうでもないらしい。成長すると、角を消したり生やしたり自在に出来るそうだ。

 出歩くのには便利だが、綺麗だと思っていたから残念だと言うと、何故か暫く固まっていた。


「でも、本当に大きくなりましたねぇ」


 あまり深く考えずに、マリアライトはしみじみとした口調で呟いた。

 僅か半年でここまで成長した青年に向かって。


 尋常ではない速度で成長したシリウスだが、それはきっとハーフだからだろう。誠実な青年に育ってくれたのなら、それでいいのだ。

 普通の人間なら明らかにおかしな現象に少なからず恐怖を抱くものだが、そこはマリアライトだった。


「それはマリアライト様のおかげかと」

「私の?」


 マリアライトだけに聞かせてくれる優しい声で、シリウスは急成長の原因を語り始めた。


「あなたの力で実った果実には、強い魔力が宿っているんです。そのおかげで俺は成体になるのに必要な魔力をすぐに得ることが出来ました」

「成体? 必要な?」

「まあ、元々俺たちは成長速度が速いんです。ここまで育てば老化は緩やかなものとなりますが」

「そうなのですか……でもホッとしました。このままおじいちゃんになってしまうかもって思っていましたから」

「マリアライト様……俺を心配してくださるんですね」


 両手を握り締められ、真っ直ぐ見詰めながら囁くシリウスを見詰め返し、マリアライトは瞬きを繰り返した。

 そういえば、見た目だけではなく、中身までかなり成長している。一人称が『俺』になっているし、敬語で喋るようになっていた。


「喋り方も変わりましたねぇ」

「あなたの言葉を真似てみました。マリアライト様は嫌だというのならすぐに止めますが……」

「まさか。とっても素敵ですよ」


 マリアライトは目を細めながらシリウスの銀髪を撫でた。少し前までは簡単に出来ていたことなのに、今は背伸びをしなければならない程彼の背は伸びてしまった。

 これなら可愛い恋人もすぐに出来そうだ。


 両手でシリウスの頬を包み込む。翡翠色の瞳が一瞬だけ赤くなったような気がしたが、見間違いだろうとマリアライトはすぐに忘れてしまった。


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