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魔族国家とも称される帝国『セラエノ』は大陸の最北端に位置している。人口の九十パーセント以上を魔族が占めている、ということ以外は殆どが謎に包まれている国だ。
数百年もの間、他国との国交を断絶し続けているが、人間より遥かに優れた身体能力と魔法と呼ばれる秘術を駆使し、大陸そのものの支配を企てているのではと囁かれている。
密偵を送り込んで情報を得ようとする国もあったが、結局は失敗に終わった。潜入を試みた密偵は、二度と自国の土を踏むことがなかったと語られている。
「大陸征服の件に関しては普通にやらかしかけているので、弁解のしようがありませんね」
「あら、そうだったのですか?」
「はい。二百年程前に当時の皇帝が大量の奴隷欲しさに、人間の国に攻め入ろうとしたんですよ」
セラエノに向かう馬車の中で、マリアライトとシリウスはのんびりと物騒な会話をしていた。シリウスの隣では、レイブンが窓の外に広がる景色を眺めている。
マリアライトたちを乗せた馬車を囲むように、兵士たちが乗る馬車がいくつも走る。
少し過剰過ぎるのでは? とマリアライトは思ったものの、自分も遠方に出向く際はこのような警備態勢だったと思い返す。
「その御方は、どうしてそのようなことをしようとしたのです?」
「セラエノには奴隷制度がありません。なので、他国との戦争で捕虜とした兵士を、奴隷同然に扱う気だったようです。離宮を早急に建設させるために、そんな馬鹿なことを思い付いたようでしたが」
「完成をゆっくり待つことが出来なかったのですねぇ……」
どうやら困った性格の皇帝だったらしい。黒歴史となっているのか、シリウスも眉を顰めている。
「『力を持つ者は力に溺れてはならない』。セラエノを築いた祖の言葉です。魔族にとって人間はあまりにも弱い生き物です。寿命が短く、魔法も使えない。そんな彼らを力で蹂躙することは、禁忌とされています。それを破ろうとするのであれば……すみません、これより先は少々血腥い話となりますので」
「そうですか? 私はもっとお聞きしたいと思いましたけれど……」
「あなたの性格上、このような話題はお嫌いかと思っていましたが、意外とグイグイ来ますね。そのギャップに少し興奮します」
「好んでいるわけではありませんけれど、事の顛末について興味はあります」
いつもと変わらない朗らかな笑顔で続きを促すマリアライトに、シリウスは「なるほど」と合点がいったように頷いた。
「あなたはあの忌まわしい王宮に五年もいましたからね。耐性もついていますか」
「ええ。今のようなお話は、たくさん聞かされて来ましたから。ここでは言えないような内容もありました」
王太子妃教育の一環で、国の歴史も学ばされていたのだ。その中には、身の毛がよだつような出来事も多く含まれていた。
あの頃を懐かしんでいると、レイブンが視線をマリアライトに向けていた。
「すみません、レイブンさん。他言無用と言われていますので、お話することは出来ないのです」
「いえいえ、おっかないんでいいっす。……あの国のゆるふわセキュリティにドン引きしてただけなんで」
「……レイブンと同意見です」
シリウスがぽつりと言葉を零した。
「国の機密情報を教えられたあなたを野放しにしておくとは正気ですか?」
「もし、あんたがどっかの国にその情報を売っちゃったら……とか思わなかったんすかねぇ」
「そういえば、殿下はそれに関しては何も仰っていませんでした」
普通にここまで来てしまったが、大丈夫なのか。まあ半年以上時間が経っているので特に問題はなかったのだろう。
「馬鹿殿下……ってそろそろセラエノ領に入るっすね」
再び窓の外に視線を移したレイブンが嬉しそうな声を出した。
「マリアライトさん、面白いもんが見れるっすよ。外見てみて」
レイブンに促されて、マリアライトも軽く身を乗り出して周囲を見回す。
あまり整備のされていない荒れた道を走っているだけのような。何が面白いのだろうかと疑問を抱いていた時だった。
辺り一面の風景がぐにゃりと歪み始めた。まるで水面に映る景色のように大きく揺らめくそれは、違う姿へと転じていく。
マリアライトの瞳と同じ色をした空は黒が混じり、地面には所々光の粒が散っている。
「まあ……青空だったのが夜になってしまいました」
「魔族の国は常に夜の時間が続いており、青空が存在しません」
そう言いながらシリウスが指を鳴らすと、天井付近に掌サイズの光球がいくつも現れた。そのおかげで馬車の内部は明るさを保っている。
「そして、他国の密偵がセラエノに潜入出来なかった理由がこれです。セラエノは他国に攻め込まれるのを防ぐため、こうして目晦ましの結界で国そのものを隠しています。招かざる客は、この国に辿り着くことが決して出来ません」
「ですけれど、密偵の方は二度と生きては戻って来られないというお話では……?」
「あれは魔族が残虐な種族だというイメージを植え付けるために、人間が生んだ作り話に過ぎません」
「昔はこんなもんなかったんで、普通に国境付近に兵士を置いて追い払ってたんすよ。それが結界装置が開発されたおかげで解決したんす。万が一に備えて兵士は配備したままだけど」
シリウスが出現させた光球を指でつつきながらレイブンが言う。
「誰にも傷付けずに済みますもの。素晴らしい発明だと思います」
「マリアライト様もそう思われますか? セレスタインも喜ぶことでしょう」
「その御方が作られたのですか?」
「少々変わった男ですが、有能な魔導具師です」
「そんなにすごい御方なのですね。是非お会いしてみたいです」
「はい。俺も久しぶりに顔が見たいので、会いに行きましょう!」
そんな会話に耳を傾けていたレイブンは、苦い笑みを浮かべていた。
「……少々変わってるどころじゃないんすけど」




