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レイブンは食事を終えると、マリアライトの許可を貰ってから窓を開けた。彼が青空を見上げながら口笛を吹くと、二、三羽の烏が飛んで来た。レイブンのペット兼使い魔のようなものらしい。烏たちは甲高い鳴き声を上げることなく、レイブンの肩や頭に乗っている。いい子。
「あれは何をされているのでしょう?」
「あの烏は皇帝陛下が飼育されている烏と感覚や思考を共有しているんです。なので、ああやって自分のペットを通して陛下に報告しています」
「便利ですねぇ」
それに何だか可愛い。そう感心していたマリアライトだったが、一つの疑問が浮かんだのでシリウスに聞いてみることにした。
「シリウスとレイブンさんは魔族の国では偉い御方なのですか?」
「それなりといったところです。しかし、そのおかげでまだ子供だというのに、仕事を押し付けられることが多くてうんざりしていました」
「仕事?」
「はい。本来は兄たちの役目でしたが、そのうち数人は職務放棄しまして。仕方なく俺が携わることになりました」
なるほど、と納得しかけたマリアライトだったが、新たな疑問が生まれた。
「……家族を皆殺しにされたのでは?」
「ああ、それは育ての親のことです。一応は血の繋がっている兄たちも恐らくまだ存命のはずです」
「シリウス様に報告すんの忘れてたけど、三番目のお兄さんと五番目のお兄さん死んでるっすー。三番目はハニトラに引っ掛かって、五番目はワインに毒盛られて逝ったっすー」
レイブンの遅すぎる報告を聞いて、シリウスは「訂正します」と言った。
「三番目と五番目の兄は暗殺されていました」
シリウスは表情一つ変えなかった。曲がりなりにも血を分けた兄達に対する親愛の情や悲しみというものは一切持っていないようだ。代わりにマリアライトが悲しげな顔をした。
「シリウス、辛くて悲しいと思いますが、心を強く持ってください」
「別に顔どころか名前もよく覚えてな……いえ、まあ、とても悲しい出来事でしたが、必ずや乗り越えてみせます」
切なげに微笑むその姿は驚きの白々しさだったと、レイブンは後に語る。
「そいつら別に死んでもよかった人たちだったんすよねぇ。放蕩三昧で宮廷の金好きに使い込みまくってたらしいんで。むしろ死んでくれてラッキーって喜ぶ奴らの方が多いくらいっす」
「けれど、シリウスも同じように殺されていたのかもしれないのですね」
「まーシリウス様の場合は、この先生きてられるとまずいって理由で殺されかけたんすけど。この人に即位されたらやべぇって連中は結構いたんで」
さらりと爆弾発言を流し込まれ、マリアライトの目が点になる。
「即位とは……何に即位するのでしょうか?」
「次の皇帝に決まってるじゃないっすか」
「……シリウスがですか?」
「当然っす。だってシリウス様は兄上方を抜かして皇太子っすよ」
衝撃の事実ラッシュが止まらない。マリアライトがレイブンからの言葉に笑顔で固まっていると、その皇太子当人が彼女の顔を覗き込んできた。
「どうしました? 思考停止されているお顔も可愛らしいですが」
「とても重要なことを知ってしまい、ちょっと動揺しています……」
「宮廷から逃げ出したと言ったじゃないですか。それである程度ご想像いただけたかと」
「そうですけれど」
道理で最初に出会った時、シリウスは決して素性を明かそうとしなかったわけである。
ひょっとすると、そんな御方からの情熱的な告白を受けたのは、結構大きな話なのではないだろうか。そんな予感が止まらないマリアライトを余所に、報告を終えたレイブンがシリウスに声をかけた。
「シリウス様、陛下が迎えを用意したみたいっす。精鋭兵百人くらい出したから二日くらい待ってろって」
「百人……?」
マリアライトが息を呑んだ。
「マリアライト様のことはお伝えしたか?」
「事情を話したら『その聖女、シリウスに良からぬことをされておらぬよな?』って心配してたっす」
「俺がそんなことをするはずがないだろう。そうですよね、マリ……マリアライト様?」
普段は穏やかな表情の彼女が初めて見せる暗い顔のまま、何かを考え込む聖女に、シリウスも不安げに名前を呼んだ。
その呼び声に意識を引き戻されたマリアライトが、とても深刻そうな声で言葉を漏らした。
「百人もお見えになるなんて……おもてなしは何をご用意すればいいのかしら」
「そんなもの用意しなくても大丈夫ですから、先ずは落ち着いて深呼吸してください」
シリウスは混乱しすぎて妙なことを言い出したマリアライトに諭すように言った。 やはり亀の甲より年の功だなと、レイブンは後に語る。
次は城でダンスパーティーで開かれた時の話でも。
マリアライトとローファスとの初めての出会いについても少し触れます。




