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五話の終盤辺りまでは短編と同じ流れですが、ちょこちょこ加筆修正してあります。
一ヶ月ぶりの茶会の最中だった。
ほんのり果実の香りのする紅茶と、ベリー入りの焼き菓子。茶葉は最高級品で、ベリーもごく僅かにしか収穫出来ない貴重な種類を使ったものだというのに、彼はそれらに口を付けることがなかった。
そのことを不思議に思っていると、今度ダンスパーティーを開催し、王宮に国中の美女を集めると言われた。とても素敵なことだと喜んだマリアライトだったが、次の一言に首を傾げることになった。
「彼女たちの中から私の婚約者を探そうと思う」
「…………?」
藍玉のような薄青の目が丸くなる。だって彼の婚約者はたった今ともにいるマリアライトだ。彼はそれを忘れてしまったのだろうか。
不思議に思いながら訊ねると、彼は眉間に皺を寄せた。
「は? お前はもう二十七歳じゃないか。結婚適齢期を過ぎた女性と結婚するなんて国民が歓迎するはずがないだろ」
「確かにそうですねぇ……」
蔑みの眼差しと共に心ない言葉を浴びせられ、困惑しつつも頷いた。彼女自身もそうであると薄々感じていたからだ。
この国の結婚適齢期は二十四歳まで。マリアライトはそれが過ぎてから三年も経っている。
マリアライトがあっさりと賛同したからだろう。彼は満足そうな表情で話を続ける。
「いいか、マリアライト。確かにお前には感謝している。聖女としての力のおかげで、この国には緑が溢れるようになった。だが、そこまでの話だ。お前を異性として見ることは出来ないな」
淡々とした声で紡がれていくそれらは、マリアライトのこれまでの人生を否定するかのようなものだった。婚約者と式を挙げる数日前に聖女であることが発覚し、突然城の人間がマリアライトの下にやって来た。
聖女として生まれたからには、この国に全てを捧げなければならない。平民との結婚など許されないと言われ、無理矢理婚約を破棄された。これには批判の声が上がったが、国王は聖女が現れたことに歓喜するばかりだった。
そして、当時十三歳だった王太子ローファスの婚約者となった。その五年後、つまり間もなく二人は結婚式を挙げるはずだったのだ。
そういった準備が全く行われていなかったことに、マリアライトも疑問に思っていた。
まさかローファスが新たな結婚相手を探そうとしているとは想像もしていなかったが。
「ですが、大丈夫なのですか? 陛下はこの件についてご存知なのですよね?」
マリアライトが唯一、心配しているのはそこだ。国王がマリアライトがどのような女性であるかを深く考えず、聖女というだけで王太子妃にすることを決めていた。
年齢云々で結婚相手を変えてもいいのだろうか。
しかし、ローファスは疎ましそうにマリアライトを睨み付け、鼻を鳴らした。
「自分以外の女が妃になることが不満なのは分かる。それにお前は聖女の件について言いたいのだろうが、そこも解決済みだ。近々魔術国家から魔道具を多く輸入することが決まった。それがあれば、聖女の力など必要ない」
「ええと、そういうことではなく……陛下へのご報告は……」
「妃としての条件から聖女であることは外れたんだ。だったら、若くて美しい妃の方が民からの『ウケ』もいい。お前のように三十路近く、地味な女などが妃として私の隣に立ってみろ。……それを想像すれば、父上もご理解してくださるはずだ」
「は、はい……」
マリアライトはローファスの言い分に若干の不安を覚えつつ、反論はしなかった。聖女が不要になれば、聖女がこの王宮にいる理由はないのだ。
彼も多少なりとも国王には話を通しているはずだ。これ以上マリアライトが何を言ったとしても、彼の考えを変えることは出来ない。
「マリアライト・ハーティ。お前には即刻王宮から出て行ってもらう」
「では、せめてお世話になった召使の方々や陛下たちにご挨拶を……」
「いいから出て行け! 婚約者ではなくなったお前などただの平民だ。そんな者がこの神聖な王宮にいつまでも留まっていいと思っているのか?」
数年前に他界した両親がこのことを知ったら、どんなに悲しむことだろう。親不孝者の娘で申し訳ないと思う。