19話 次元の狭間と平行世界ですね
ファミリア王宮客室
「スピカ、説明してくれ」
セリスはベッドに寝かされたエイルを見つめて、嬉しさと悲しさが入り混じる気分だ。半年行方不明のエイルが突然帰還したのは嬉しい。だが、廃人の様な有り様での帰還は望んではいなかったのである。
だが、ある程度の最悪の事態は想定していただけに、ひとまずは安心はした。
「……はい、判りました」
スピカは事の発端から順に話していった。
転移した場所が帝国の郊外であった為、連絡手段が無く半年もかかってしまった事。
そして、毎日の拷問により、自我を失ってしまった事。
ただ、貞操については無事であり、まだ生娘である事がせめてもの救いだった。
現状のエイルの状態についてはスピカも回復させる事は出来ず、要介護は変わらない。
だが、時折寝言の様な言葉を発する事があるという。
「……そうか。スピカ色々すまなかったな、今日は旅の疲れを癒してくれ。ユリウスとフレオニールは悪いが席を外してくれないか?ちょっと女性だけにして欲しい」
室内にはセリスら「銀の翼」メンバーとスピカだけになった。
「どうするっスか?」
「エイル……こんな事になるなんて……今は眠れ、私の胸の中で……」
セリスはそっとエイルを抱きしめた。
「無い胸で何言ってるっスか?」
「なんだと!少し乳がデカいだけのお前に何が出来る!」
「セリスよりも乳で優しく包めるっス!セリスの胸じゃご主人様は安眠出来ねっス!床で寝させるのと変わらないっス!」
「わたしも多少は胸ありますよぅ!」
ティファも主張し始める。
「何言ってるんですか皆さん?私はエイルさんの面倒みて来たんですよ?飲食は全て口移しですよ?」
スピカは唇を少し舌なめずりし、リード感を表す。
「く、口移しだと!」
「ずるいっスー!」
ミカエルの不在をいい事に、誰がエイルに添い寝するかで喧嘩し始めるバカ3人はこんな時でも平常運転だ。
シリアスな雰囲気は5分も持たない。
「やれやれなのです……」
バカな大人を冷めた目で見る、ちょっと大人になったリオだった。
◇エイルの精神
現実世界でセリス達が意味不明な争いをしている頃、エイルの自我は……
「あれ?ここは?」
次元の狭間に迷い込んでいた。
「ここは次元の狭間じゃ」
謎の空間に銀髪に紫紺の瞳をした少女……いや幼女が立っていた。
ロリババアって奴か?
「地毛の狭間?」
「次元!」
「はぁ、で、何でこんな所に?」
「うむ、妾はお前を見ていてな、かなり危険な状態だったので一時的に精神を呼んだのじゃ」
「へー、そーなんですか。ありがとうございます!じゃあねロリババア!」
「待て待て!帰ろうとするな!折角だからゆっくりして行け!寂しいじゃろうが……ロリババアってなんじゃ?何か不快じゃ!」
「そう言われても、明らかに退屈そうな場所で何しろと?」
「ふふ、お前には見て貰いたいものがあるのじゃ」
「見て貰いたいもの?」
「もうひとつの世界じゃ。いわゆる平行世界。本来ならお前は勇者としてアルテマに降り立つはずじゃったが、あのクズに邪魔されて、勇者では無くなったわけじゃ」
「アルテマって?」
「お前、自分の居た世界の名前も知らんのか!あの超絶美人女神アルテミスの創った世界をアルテマと言うのじゃ!」
「えー?誰もアルテマなんて言って無かったよ?」
「ま、まぁ良い!とりあえず別のアルテマを見て来い!」
◆神聖王国セブール(平行世界)
窓一つ無い、石に四方を囲まれた暗い部屋で、魔法陣から現れたのは、俺。咲野大河だった。
その俺と向き合っているのは、法衣を纏った美女、スピカさんだ。
「初めまして!勇者様!どうかこの世界をお救い下さい!」
「よし!任せろ!」
即答かよ!理解速すぎて、スピカさんが引いてるよ!
美人の頼みは断れない俺の馬鹿ー!
どうやらこちらの声は届かないみたいだ。
「えっと……とっ、とりあえず国王陛下に会っていただけないでしょうか?」
◆謁見の間
「おお!勇者様!無事に召喚されて何よりです!魔王を倒す旅の支度はこちらでさせていただきます!今日はごゆっくり宴をお楽しみ下さい!」
「あーはい」
なんの疑問も持たず、あっさりと魔王討伐を受け入れた俺は適当に支度を済ませ、翌日には旅だった。
それから、時は流れ、とある砦の一室。
「タイガ様、明日はいよいよ北方戦線に参加ですね……」
法衣ではない普段着のスピカさんが俺に話しかける。
普段着のスピカさんも素敵です!
「うん、頑張らないとだね。砦を攻略したら、いよいよ魔族領域かー」
バルコニーに出て夜空を見上げる。
スピカさんが俺にもたれ掛かって顔を近づけ、目をつむる……
何?お前らいつの間に距離縮めてんの?
ずるいぞ!
そして2人の唇が近づき……
「何やってるっスかー!」
「マリンさん!」
「ぶっ!マリン!」
2人はサッと離れる。
マリン登場!
こっちの世界でも仲間になってるってことは港町サクルに行ったんだね?
しかし、流石マリンだ。ムードクラッシャー健在ですねー
「スピカ!抜けがけはずるいっス!ヒロインの座は渡さないっス!」
「フフ……どうやら決着を付けないといけないようですね!」
「あら?私も忘れて貰っては困りますわ!」
入口から金髪縦ロールの悪徳令嬢みたいな人が入って来た。誰だお前は!
「シャルロット様!おやめ下さい!夜に殿方の部屋に入っては、なりません!」
セリス来たー!でもあまり無礼じゃないのは何故?
なんかあんまり、こっちと変わらない日常が……
そして騒ぎ過ぎて朝怒られてました。
戦場では、数万の魔物相手に圧倒的な強さで蹂躙して行く勇者俺が居た。
「フレオニール!敵将らしき女が出て来た!ここは任せる!」
「了解です!ご武運を!」
おお!なんか勇者っぽい!
フレオニール久々見たな。元気かな?
魔物の大軍とセブール、ファミリア、ローゼンの連合軍の戦争は激化して行った。
「お前が、ここの指揮官か?」
「……そう……だけど、咲野くん、だよね?」
ミカさんだ!なんで戦場に?
確か……ミカさんは勇者リュウタロウを戦場で見たと言っていた。それがこの北方戦線だったのか……
「え?なんで俺の名前を知ってるんだ!答えろ!」
「私だよ!結城美佳だよ!君を追って異世界来たんだよ……」
「って、姿が全然似ても似つかないじゃないか!」
「転生したの!そしたら魔族になって……」
おや?2人に沈黙が流れる。
「タイガ様!騙されてはいけません!そいつは淫魔です!恐らく夢を喰らい、記憶を見たのでしょう!」
スピカさんが勇者俺に寄り添ってくる。
これは修羅場になってしまう気が……
「ご主人様!うちも手伝うっスー」
「タイガ様!援護しますわ!」
面倒なメンバー来たー!
「……そう。異世界来て勇者?それでハーレム?ふざけんな!殺す!」
怒らせてはいけない人を怒らせてしまったようです。
まずい展開だよ!
クソっ、精神体の俺だと見てるしか出来ない!
止めなきゃいけないのに!
ミカさん!
◇次元の狭間
「あ、あれ?戻って来た?」
平行世界から俺は次元の狭間に帰って来てしまった。
「どうじゃった?あれはもうひとつの現実じゃ。あれを妾の眷属にして転生させたのは妾じゃが、貴様と出会う運命は与えたが、皮肉にも魔族と勇者。この先はまだどうなるかは解らぬ」
「……あれが正しいだなんて思いたくないし、ミカさんを守りたい」
「今のお前ではまだ無理じゃな。お前はまだ覚悟が足らない。リュウタロウを殺す程の気概も無い。ミカエルが何故リュウタロウを恨むか解るか?」
「リュウタロウに自分が殺されたから?」
「少し違うな。リュウタロウにお前が殺されたからじゃ。じゃが……お前はどうか?ミカエルが殺されたとは思ってないじゃろう?」
ズシリと来た。
確かに俺は、異世界に結城美佳の肉体で転生した事で、結城美佳が恐らく死んだと言う結果しか知らない。
リュウタロウに結城美佳を殺されたとは、思ってなかったかもしれない。この目で見てないからだ。
「では、見てみるか?」
「……見るよ」
◇あの日のコンビニ
入店ブザーが鳴り、アイツが店内に入ってくる。
「いらっしゃっせー!」
俺の素敵な挨拶が店内に響く。
入口側のレジにアイツは立ち、少しして調理室から結城美佳がレジに立つ。
金を出せと叫ぶアイツの元に俺が駆け寄る。
結城美佳の顔は真っ青だ。
結城美佳に代わりアイツの前に立った俺は、吹き出してしまい、激高したアイツに刺された。即死だった。
ここから先は俺も知らない現場だ。
「いやあぁぁぁぁ!」
倒れた俺に泣きながらしがみつく結城美佳にアイツは近づき
「ねえ、お金はー?」
俺を殺した事など、なかった事のようだ。
カウンター内に侵入して来たアイツは結城美佳の髪を引っ張り引き摺り回す。
アイツは結城美佳の顔を蹴った。
更に馬乗りになり、顔を殴る。
そして、持って居たドライバーで胸を刺した。
結城美佳がアイツの顔からストッキングを引き剥がすと覚えのある顔が覗く。
「お前絶対……殺して……や……る……」
それが結城美佳最後の言葉だった。
……今すぐアイツを殺してやりたい。
今まであまり感じた事の無い感情だ。
強く。強くならないとまた、殺られる。
ミカさんにも危険が及ぶかもしれない。
次は殺させない。
意識が、次元の狭間に戻って来た。
「覚悟は決まったようじゃな……」
読んで下さりありがとうございますっ!
ブックマーク、評価ありがとうございますっ!
2章はあと1話か2話で終わります。多分。




