言い渡された期日
ウィスタリアの犯した罪を謝罪するスカーレットの話は一度や二度ではなく、そのたびブラストが対応に困っていたが、ガーラントの言葉により"行動によって示すことが償いであり、信頼に繋がるのだ"と進むべき道を見出した彼女はしばらく城に姿を見せなくなる。
「スカーレット殿ならば民の手本となる立派な女神となりましょう」
ガーラントは報告がてらキュリオの執務室を訪れていた。
そこにはラフな衣装に着替えた王と姫が窓辺におり、窓から流れる穏やかな風に髪を靡かせながら大魔導師の声に耳を傾けている。
「私はもとより彼女に女神の神髄を見ていた。民に慕われることも重要だが……あの者の行動には信念がある」
初めからスカーレットに女神の志を受け継ぐ者として一番の期待を寄せていたキュリオ。直系の場合、生まれた順番によって長が決まってしまうのがほとんどだが人には向き不向きがあり、本人の意思が伴わなければ次の者へ継がせるのが良いだろうとキュリオは考えている。
「儂もキュリオ様と同じ意見ですじゃ。……しかし、やはり"あの事"を気にしておられる様子。長にはシャルトルーズ殿をと言い出されました」
「……馬鹿馬鹿しい"しきたり"だ」
(<女神>の名を授けた初代の<悠久の王>が聞いたらさぞ落胆されるだろうな……)
根拠のない"しきたり"に呆れて溜息がでる。
元を辿ればそんなものが無意味であることに気づくはずなのだが、いつしか女神一族のなかで序列を作る者が出始め、そのころから血筋でありながらも虐げられる者が後を絶たなくなってしまったのだ。
――そのほとんどが力を持たぬただの人間ばかりの悠久。
創世の時代、無残にもヴァンパイアに食い殺される悲惨な時代を長く繰り返していたと言われている。その忌々しきヴァンパイアから民を救うため立ち上がったとされる初代<悠久の王>と聖なる力を持ったわずかな女たち。しかし、初代<ヴァンパイアの王>が千年王にも匹敵する圧倒的な力を誇示していたことから、悠久の民の犠牲者は相当な数であるとされ、真っ先にターゲットとなってしまったのが力を持った女たちだったという。
こうした理由から<女神>という名は、民を救いたいと願う王の傍ら自らの命を投げうって戦った彼女らへ敬意と哀悼を表して与えたものが始まりである。
(それがいつからか権力の象徴になっている。嘆かわしいことだ……)
与えたのが王ならば、剥奪する権利も王が有している。ウィスタリアのような愚行に及ぶ者は稀であったとしても、品位や志を忘れた者たちが蔓延している今の女神一族に温情など不要だとキュリオは考えている。しかし、その度にスカーレットのような真っ当な者が現れては、かつての気高さを取り戻すかもしれない……というわずかな期待がないわけでもない。
「スカーレット殿があの事について改革を起こそうとすれば、己の保身のためと責められかねませぬ」
「独り歩きした一族の"しきたり"に私は口を出すつもりはない。行動を起こすとすれば……名の剥奪のときのみだ」
スカーレットの立場を案じるガーラントだが、王の与えた名に勝手なルールを作った一族にキュリオは嫌気がさしており、ウィスタリアの一件からはいっそ剥奪しまえばいいとさえ思っているほどだった。
「……んぅ……」
キュリオが難しい顔をしていたからだろうか? 顔を上げたアオイは彼の胸元で不満げな声をもらした。そんな彼女をあやすように頬を撫でながらガーラントを振り返る。
「……私はアオイが危険に晒されることを何よりも恐れている。
その初手をウィスタリアが引き起こしたことで<女神>の名を見直すきっかけとなったのは事実だ。万が一、スカーレットが長を退くまでに事態を好転させられなければ私の代で動く」
王の口から期日が言い渡された以上、ガーラントはそのことを彼女へ伝えなくてはならない。それだけ女神に対する期待値が低く、一刻を争うということになるが……逆を言えばスカーレット以外に望みをかけられる人物が他に現れないであろうことを示唆しており、キュリオが彼女に期待しているという表れでもある。
「キュリオ様の仰せのままに……」
(……ウィスタリア殿を補佐する立場から一転、長へと引き上げられたスカーレット殿には些か荷が重い。まずは<女神>一族が問題を起こさぬよう、行動に気をつけさせねばならんな……)
スカーレットが城を訪れた日の夕暮れには<大魔導師>ガーラントからの書簡が彼女の屋敷に届いた。
「ねぇ、スカーレット……もしかして、またキュリオ様のところに行ってたの?」
扉もノックせず入ってきたらしい<五の女神>ことマゼンタが不安の入交る顔で部屋の入口に立っていた。
事件が起きたあの日、マゼンタはウィスタリアと共に行動し、彼女の傍を離れた一瞬の間にそれは起こった。争いごととはもっとも遠い人物だと思っていたため、女官らの聴取から明らかになった姉の犯行はまさに青天の霹靂だった。
かなりのショックを受けた末の妹は天真爛漫な言動と行動を忘れたように、いまはすっかり意気消沈して見る影もない。
「……マゼンタ?
……いや、用事があって街に出掛けていただけだよ。それよりどうした? そんなところに突っ立って」
部屋の奥、正面の机で大量の書簡をしたためていたらしい彼女は羽ペンを走らせる手を休めて顔をあげる。
「……どうした? じゃないわよ。食事くらいちゃんととりなさいよ」
出先から戻ったスカーレットは着替えをすることもなく自室へ籠り、誰とも顔を合わせぬまま半日以上をそこで過ごしていたのだ。
「悪い。これが片付いてから……と思っていたんだけどな。シャルトルーズはどうしてる? すこし話がしたい」
やや日が傾いた部屋のなかで、マゼンタの視界から書きかけの手紙を隠すように引き出しへとしまったスカーレットはゆっくり立ち上がる。
「……シャルは<六の女神>のところに行ってる。……行ってるっていうか、呼び出されたっていうか……」
<六の女神>とは名の通り、直系であるスカーレットらに次ぐ序列の高い<女神>のひとりである。
昔から事あるごとに言いがかりを付けては長の地位を狙う、聡明なスカーレットたちの母親の血筋とは思えないほどにしたたかな人物だった。
「私の留守を狙ったか……言いたいことがあるなら直接言えばよいものを……」
(ウィスタリアが<一の女神>だったときには問題にならなかったことが問題視されるのは私のせいだ……)
<三の女神>であるシャルトルーズが呼び出された理由は聞かなくてもわかる。<一の女神>が犯した愚行により、必然的に長へと就任するであろうスカーレットのことが気に入らないのである。それはすべて"あの事"があるからなのだが、逆にウィスタリアの罪だけを責められたら口の達者なシャルトルーズでも言葉の返しようがない。
「あんなおばさんに言い負かされるようなシャルじゃないよ。
……私が言いたいのはこれ。お城から手紙が届いたの。スカーレットにって」
「お城から……?」
あんな事件を起こしたのだから手紙の内容が良いはずはない。
無関係なスカーレットに世間が責任を求めるのは間違っているが、実の姉が犯した罪である以上、身内の年長者が代わりに謝罪するべき立場にあるのは当然だった。
「…………」
(……空の状況から見て、ガーラント殿と言葉を交わしてからおよそ半日……なにか動きがあったのだろうな……)
差し出された手紙を受け取ったスカーレットはペーパーナイフで封を切り、明かりを求めて窓辺へと移動する。
決して自分を責めない長身の姉の後ろ姿を無言で見つめていたマゼンタは、やるせない気持ちを抱えながらポツリとつぶやく。
「……迷惑ばかり掛けてごめん、スカーレット……」
(ウィスタリアの傍にいたのは私なのに……ううん、私がキュリオ様のところに行くって言いださなければこんなことにならなかった……)




