世界の謎
少しの寂しさを覚えながら、ふぅ……と深呼吸を繰り返したキュリオは優しくアオイを抱きしめながら言い聞かせるように呟く。
「大丈夫だアオイ。お前に免じて今宵はなにもしないと誓おう」
「……ふぇ、……ひっく……」
純真無垢なこの娘が流す涙を見るのは何度目だろう。
彼女は自分の欲のために涙を流すのではなく、他を思いやる心が涙を溢れ出させているのではないかとキュリオは考えるようになる。
「私の気が変わらぬうちに失せろ」
赤子を抱いて現れたキュリオが指を軽く弾くと、ヴァンパイアの王を拘束していた術は一瞬にして消え去った。
激しく尻餅をついたティーダは恨めしそうにキュリオを睨むが、涙をためた赤子の瞳が悲しそうにティーダを見つめており、彼女の涙に弱いのはキュリオだけではないことをティーダは痛感させられる。
(……クソッ!)
締め付ける謎の胸の痛みに耐えながらティーダは己の城を目指す。それはマダラに受けた傷の後遺症でもなければキュリオに何かされたわけでもないことは自分自身が一番よくわかっていた。
(俺に見せる顔はいつも泣き顔ばかりだな……)
柄にもなく俯き加減のティーダが帰城すると、にこやかな笑みを浮かべた長老らしき人物が迎えにでて人気のない通路を半歩後遅れて歩く。
「お帰りなさいませティーダ様。今宵はマダラ王のもとで朝を迎えられるかと思っておりましたが……」
「気色悪い言い方すんじゃねぇ。夜行性なのはアイツだけなんだよ」
「ですが、今宵のティーダ様には悠久の王の清らかな香りがついております故、どちらが本命なのかと勘繰ってしまいましたぞ!」
「…………」
鼻の利くヴァンパイアに嘘をつくのは困難だが、面倒くさい経緯を説明して笑われるのも癪だと判断したティーダは否定もせず不機嫌そうに王座へとドカッと腰を下ろす。
マダラの言葉とキュリオの視線、そしてアオイの悲しそうな瞳とがグルグルと頭の中を駆け回り、考え事が苦手なティーダの思考をこれでもかと振り乱す。さらにアオイへと抱いた複雑な想いが混ぜこぜとなったそれらは酷く質が悪く、吐き出してしまわなければ脳が破裂してしまいそうなほどの影響を及ぼす錯覚を覚えたティーダは独り言のように呟いた。
「なぁ……ヴァンパイアの王の力ってなんなんだ?」
「……ほ?」
「いざってときに神具以外の何で戦うんだ? って話だよ」
「……悠久の王といざこざでもございましたか?」
「アイツとなんかあんのはいつものことだろ。<初代>ヴァンパイアの王ってのがなんでそんなに強かったのか今でも謎だぜ」
「ティーダ様が<初代>王に興味を持たれる日が来るとは思いませんでしたぞ! 改心されましたな!」
不良息子がまっとうな道を選び直してくれたことを喜ぶ父親のように顔を綻ばせる長老へティーダはため息をつく。
「そんなんじゃねぇよ」
自分にないものを持っている人物に対して嫉妬しているわけではないが、このまま上位王らのいい様にされるのが納得いかない彼の不機嫌さはここからくるのだとわかる。
「……どの国にも言えることだと思うのですが、<初代>王の能力は世界がバランスを保つために不可欠だったものを与えられたと言われております」
(世界のバランス……? そんな話聞いたことねぇぞ)
「与えられたって誰にだよ」
「無論、世界を創造した神々でございましょう」
「くだらねぇ」
もっと真っ当な意見を聞きたかったティーダは諸に肩透かしを食らった気分だ。存在しているかもわからない者の話をされたところで、信仰心が存在していないこの世界では王こそが絶対的な存在なのだ。
(俺たちを創った神がバランスを保つために争わせたってことか? ……だったら同一種じゃねぇ理由ってなんなんだよ……)
「この世界に生きる者は常々、神より試練を与えられております」
「俺たちは悠久の王に虐げられる試練でも与えられてるってのか?」
皮肉を口にしたティーダだが、腹は立つもののキュリオが自分の傷を癒したであろうことは事実だ。
(大概キュリオも気まぐれながら人道ってやつがハッキリしてやがる)
「ティーダ様、侮ってはなりませぬ。神が望んでおられるのは我々が共存する世界。バランスを保ちながらも欠けることなく共に歩む未来ですじゃ」
「欠けたらどうなる」
「……破滅です。世界もろとも消滅すると言い伝えられております」
「だったらエクシスって野郎にブチのめしてもらえばいいだろ」
この世界には神にも匹敵する力を持つと言われている千年王がいる。世界が消滅するというのならば、千年王の力で対抗する以外の選択肢はない。
「エクシス王がそのようなことに興味がおありかわかりませぬが、千年王としての能力は<革命の王>と共に群を抜いていると噂されております。ティーダ様はくれぐれもエクシス王のご機嫌を損ないませぬよう……」
「……マダラは俺に自分の能力を知れって言いやがる。なんだってんだ?」
「マダラ王がなんとおっしゃっていたのです?」
どのような会話からそういう話に至ったのかはわからないが、どことなく深刻さが含まれているような気がした長老がティーダの顔を覗き見ると――……
「ちょっとー、王ってば帰ってたの? 九十九年目で人間の生き血入りワイン開けた犯人探してるんだけどー。まさか王じゃないでしょうねー?」
妖艶な女ヴァンパイアが飲みかけのワイン瓶を片手に暗がりから姿を現した。
「……神ってヤツの操り人形になるなんざまっぴらだけどな、しばらくは心配いらねぇんじゃねーの」
ティーダは「うるせーな。また百年待てはいいだろうが」と女ヴァンパイアを適当にあしらっている。
「…………」
(マダラ王が何をお考えかわからぬが、ヴァンパイアの王が力を持つと争いが起きてしまうのは紛れもない事実……)
「大戦など起きぬことに越したことはないが、血が流れると聞くと浮足立ってしまうのがヴァンパイアってものじゃの!」
「……なに長老ってばスキップしちゃってー。もしかしてワイン開けたの長老ー? この調子じゃまだしばらくは死にそうにないわねぇ」




