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Listen to Notes!!  作者: 瀬名隼人
第三章 海風に揺れるツインテール
8/42

邂逅

1

 どうしてここに奴が。


 新に対し、夏音の家へと繋がる道を遮る形で黒コートの人物は立っていた。


「お、お前が例の通り魔か!?」


 答えは返ってこない。


 ただでさえフードで顔が隠れてしまっているのに、日も沈んで視界が制限されているせいで全く表情が読めない。


 そこにあるのは憎しみか。


 怒りか。


 それとも。


「お前のことについて少しだけ調べた。どうして今になって再び現れた? どうして今になってオレを襲った!?」


 新の問いは夜の闇に呑まれ、返ってくるは虚無のみ。


 構わず新は叫ぶ。


「それともお前は、あの通り魔とは別人なのか!?」


 昨日自室で考えたことが再び脳裏をよぎった。


 しかし、それでも黒コートは言葉を返す気配さえ見せなかった。


「何か答え――!?」


 その時、


「――あがっ、あ、あ、あ…………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 新の頭部に突如、激痛が走った。


「頭が……割れ……がああああああああっ!!」


 両手で頭を押さえつけ蹲ってしまう新。


 先まで考えていたことが全て痛みに掻き消され、パズルのピースが四方八方へ飛び散って行く。


 陽炎か眩暈か、視界がぼやけて黒コートの輪郭さえ捉えられなくなる。


 そんな中、黒コートはゆらり、とその身体を動かした。


 始めは気のせいとも思えたがそれはただの楽観に過ぎず、確実にその人物は新との距離を詰めている。


 一歩、さらに一歩。


 苦しむ新に見せつけるかの如くゆっくりと、着実に。


「や、めろ……来るなああああああああああ!!」


 必死の叫びも黒コートの耳には届かない。


 それどころか、むしろその歩みは徐々に速くなっている。


 駄目だ、殺される。


 真っ白な頭の中に『死』の一文字だけが烙印で押されたかのようにべっとりとこびりつき、離れない。


 奪われるのは、記憶か、生命か。


「身体が……動かない……!」


 全身が石にでもなったかのように蹲ったまま新は指一本動かせなくなっていた。


 そうしている間にも新と黒コートとの距離はみるみる縮んでいる。


 新には黒コートとの距離が自分の残された寿命のように感じた。


 いつの間にか黒コートの歩みは走りに変わっている。


 黒コートが新に辿り着くまで、もはや数えるほども無かった。


 残された寿命が尽きていく。


 ――死ぬ。


『今日のデートのことは、信吾や颯には内緒だよ』


「――――!!!!」


 はっきりと死を意識した刹那、彼の頭の中で夏音の穢れを知らない純真無垢な微笑みが浮かんでは消え、彼を石化から解き放った。


「…………ああああああああああああああ!!」


 両脚をバネのように伸ばし、無我夢中で黒コートの顔面目掛けてアッパーを放つ。


 しかし、するりと避けられ拳は行き場を失う。


 それでも僅かながら一瞬だけ黒コートに隙が生じた。


 それだけあれば、十分だった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 彼は空振りした勢いそのままに走り出し、その場から逃げ出した。


 振り返っている余裕などない。


 今は――逃げなければ。


 殺される。


 記憶を持たずとも、その恐怖だけは体が憶えていた。


 ――黒コートの人物は彼を追うことなく何かを考えるかのように数秒その場で立ち尽くし、やがて夜の闇に姿を消した。



2

「『オーヴァールック』だ」


 信吾は見るからに自信満々といった様子でそう告げた。


「オーヴァールック……確か意味は『見落とす』だったよな。でも何でその単語に?」


「よくぞ訊いてくれたな、新。意味は――」


「僕達は日々大切な何かを見落とし続けながら生きています。その見落とした何かに気付いてもらえるような、そんなロックを届けたい。そんな意味ですよ」

「おい、颯。どうしてそんな一番美味しいところを持っていくんだ」

「別にいいじゃないですか、減るものでもありませんし。銭腹はかえられませんよ?」

「俺のやる気が失せたよ……」


 台詞を横取りされ、肩を落とす信吾。


「ちなみに、本当にそんな意味だったのか?」


 新の問いに、投げやりな様子で信吾は答えた。


「いや、昨日偶然その単語を耳にしてな。何となく『ルック』と『ロック』が似ているなと思ったんだよ。ほら、オーバーなロックって何か響きが格好良いだろ? だから最初『オーヴァーロック』と悩んでいたんだが、颯の奴が言ったそれの方がずっと意味としてはそれっぽいし、もうそれでいいよ……」

「まあまあ、そんな気を落とさないでくださいよ信吾君。ちなみに昨日偶然耳にしたと言うその単語は初耳だったのですか?」

「……? ああ、まあそうだが」

「信吾君って大学卒業してますよね?」

「当たり前だろ」


 何を言っているんだと、颯の質問の意図が理解出来ないままに答える信吾。


 それに対して颯は、


「信吾君それ……受験英語ですよ?」

「なっ……!」

「あのですね、信吾君。君の頭の弱さはここに居る全員が承知してはいますが、だからって自ら曝け出さなくても――」

「はーやーてーくーんー?」

「はい?」

「ちょっと一発殴らせろ」

「な、何でそんなことになるんですか! 理不尽です不条理です!」

「ごめんな、颯。俺は頭が悪いからそんな難しい単語を並べられてもさっぱりだ」

「誰か助け――」


 颯が新達に目線を送ったが、


「さ、練習始めよっか」

「そうだな、夏音」

「この薄情者達があああああああああああ!!」

「さーて、まずはそのうるさい口を黙らせるところから始めようか颯君?」

「や、やめ……」


 信吾の振り上げた拳が、まっすぐ颯の顔目掛けて飛んでいき――。



3

「――っ!!」


 目を覚ました。


「ここは、オレの部屋……っ!? 通り魔は!!」


 部屋中に目を配るが、新以外に人が居る気配は無かった。


「もしかして、全部夢? でも一体どこからどこまでが……」


 体中から嫌な汗が噴き出し、衣服がべっとりと肌にくっつく。


 視線を落とすと、昨日夏音と待ち合わせした時に着て行ったシャツのままだった。


「……ああ」


 思い出してきた。


 新は練習後、夏音を家まで送っていった直後にあの黒コートの人物が現れ、命からがら逃げ帰って来たのだった。肉体的、精神的疲労から朦朧とした意識の中、鍵も掛けずにベッドに倒れ込んでそのまま――。


 なら、目覚める前に見たあの信吾達とのやり取りは夢だったのだろうか。


 夢にしては妙な現実味があったが、昨日実際に起きた出来事をそのまま夢に見たにしては実際に聞いたことと言い回しや状況が違っていた。


 それに後半の部分に至っては全く記憶に無いことだ。


 ――記憶。


「もしかして……今のはオレが通り魔に襲われて記憶を失う以前にあった出来事なのか?」


 口に出して頭の中を整理しながら玄関まで行き、とりあえず鍵を掛ける。


 足元には昨日夏音と買った食糧の入った袋と財布が転がっていた。中身を確認してみたが、良かった。どうやら泥棒には入られていないようだ。


 財布を洋室に投げ入れて、袋を片手に冷蔵庫を開ける。暑さで駄目にならない内に冷やすべきものをがら空き状態の冷蔵庫の中に突っ込みながら考えた。


 もし先ほどの夢が実際に過去にあったことなら、僅かではあるが新に記憶が戻ってきたことになる。


 きっかけがあるとするなら、想い出の場所巡りか、バンド練習か、通り魔との遭遇か。


 最後の可能性だけは考えたくないが、とにかくこれで新が『赤瀬新』だったという証明にはなりそうだ。


 幽霊説はこれで完全に無くなった。


 冷蔵庫の整理を終えて扉を閉める。


 そういえば冷蔵庫の扉、内側からでは開かないらしいと『知っている』のだが実際どうなのだろうか。


 試せるほどこの冷蔵庫も大きくないが。


「さてと」


 今日はどうしようか。


 ただでさえ残り少ない所持金が昨日の買い物でほとんど底を突いてしまった。本格的にアルバイトを探さないと厳しい状況だ。


 その前にシャワーでも浴びて汗を流さないと、とひとまずの行き先を決めたところで新は脚に違和感を覚えた。


 ズボンのポケットに入れっぱなしになっていた携帯電話が小刻みに震えたのだ。


「……夏音からか」


 取り出した携帯電話の画面には夏音からのメール着信の報せが表示されていた。今日の午後三時からまた颯の家で練習をするとのこと。


 同じ画面内に表示されている時計ではすでに正午を過ぎていた。


 新は時間を気にしながら、止めた足を再びシャワールームへと運んだ。



4

「おはよう、よく眠れた?」


 今日も玄関先まで迎えに来てくれた夏音はシンプルな白のシャツに膝まであるスカートという組み合わせだった。


 それに髪型にもまた変化が。


「今日は二つに結んでるんだな」

「そうだよ。えへへ、どうかな?」


 みてみて、と結び目の辺りに手を当てて笑う夏音。


 意外と髪型一つでかなり印象は変わるものだ。


「ていうか、『おはよう』ってもう昼だぞ。今起きたのか?」

「今起きたのは君の方でしょ。ほら、何か眠たそう」

「そ、そうか?」


 自分では全くそんなことはないと思っていたが、まだ疲れが抜け切っていないのだろうか。


 まあ、あんな目に遭ったらそうそう取れる疲れも取れないだろう。


「ところで夏音、最近お前の周りで変な奴とか見かけなかったか?」

「え、どうして?」

「いや――」


 昨日のことは話しておくべきだろうかと新は逡巡する。


 さすがに見間違いではないだろうが、まだ通り魔と決まった訳でもない。もしかしたら突然蹲り出した新を助けようとしただけの親切な人かもしれない。


 この時期に黒コートという時点で変な奴には違いないが。


「――何でもない」


 結局言わないことにした。


 まだ確信が持てない段階から心配させたくないというのはもちろんのこと、それ以上にこの笑顔を自分の手で壊したくはなかった。


「じゃあ、行こっか」

「そうだな」


 それにもう二度と遭うことも無いかもしれないしな。


 そんな風に楽観する新。


 果たして、その儚い希望は無残に裏切られることになる。

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