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古都四丁目の魔医者さん  作者: 桜川ちょち
3/4

夜鳴く獣②


「うーん……思ったより深いな」


 人間体の虎王の胸に聴診器を当てながら、珠保が眉間に皺を刻んだ。

 ちなみにとりあえず下着はコンビニで購入し、簡易入院用の入院着を着せているので現在は全裸ではない。


「外からの解呪は難しそうです?」


 韮川が口を挟む。


「まあ出来なくはないけど、やりたくないですね」

「おい、治療してくれるんじゃねえのかよ」

「私は呪術そのものに関しては専門家ではないので……」


 またまた、と韮川が軽口を叩いて珠保に睨まれる。


 実際珠保の言うのは決して謙遜ではない。

 彼は確かに優秀な魔科医で、魔科医学を学ぶにはある程度の呪術知識は必要不可欠だ。魔科で開業すれば解呪依頼もそれなりにあるので、その為の勉強もしている。

 そもそも彼は古来から数々の呪術者を輩出してきた古い術師の家系の生まれであり、素養はそれなりにある。かつアメリカ留学時に魔科医学を学びつつ古今東西のありとあらゆる千冊近くの魔法書を読み漁りそのほとんどの知識を脳内に叩き込んでいる。だから陰陽師や祈祷師はもちろん海外の魔導士のそれまでごく初歩的な真似事程度ならお手の物なのだが、そもそもそちら方面で本格的な修行を積んだわけではないので、自分の中からの持ち出しが大きすぎるのだ。

 術者の「能力値」は、持って生まれた器と、修行により培われた精神力に比例する。

 それはRPGに例えるとHPとMPの様なものだ。MPを育てる修行を殆どしていない珠保が魔法を放つには、呪符などのアイテムを使い他人のMPを借りるか、HPを削って術を放つしかないのである。


「簡単に言えば、純粋な解呪をしようと思うと私がめっちゃ消耗するので、イヤです」

「治療してくれるって言って連れてきたんだろうが!」

「治してもらう立場で上からやな!……まあ、連れ帰ってきた以上責任もありますし、治療はしますよ……ただ、ちょっと今手持ちがないですね。呪いの進行を遅らせる処置だけして明日なんとかするので」


 勝手にお茶を入れていた韮川が覗き込んでくる。


「先生でもそんな厳しいやつですか」

「古い面倒な呪術なんですよね。あと、プロの手によるものじゃない分逆に変な呪いを呼び込んでしまってる」

「ははあ……」


 日本中どこでもそうなのだが、数百年単位の昔の人間の怨恨などは残留思念となり、いわゆる「野生の呪い」のような形で残っている。俗にいう心霊現象が長い年月を経て蠱毒化したようなもので、通常は敏感な性質でない限り害を受ける事はそうないのだが、素人が呪術を施そうとするとそういった野生の呪いをも巻きこんでしまうのだ。


「おそらく掛けようとした呪いは遅効性のじわじわと生命力を奪うタイプのものです。じわじわ弱ってきたところを通常の狩猟のような形で狩ろうとしたんでしょうが、鵺くんの生命力が意外と強かったのと、おそらく術者の予定外の呪いも呼び込んでしまったために、激しい痛みを伴い鵺くんが我を忘れて暴れ出してしまった」

「なるほど……」

「鵺くん、君はどのあたりに住んでたんです?」


 珠保が鵺を振り返る。


「俺は丹波の山奥で暮らしてた」

「なるほど、田舎者ですか」

「これだから都の人間は嫌いなんだよ!」


 なるほどそれで俺の事を知らなかったのか、と韮川は納得した。

 ぬらりひょんを日本妖怪の王とする文献は多く、それはある面では事実だが、ぬらりひょんを王と掲げているのはあくまで妖の国の民と、意図的に「こちら側」に出てきている妖の中でも特に人と触れ合う事を目的とした悪意のない者たちだ。実際こちらの世界で付喪神などから妖怪になった者の中にはそのまま異世界の存在を知らず田舎で暮らしている者もおり、そういう妖たちはぬらりひょんのことは名前くらいしか知らなかったり、そもそも他の妖怪のことすら知らなかったりする。


「君はやはり虎の妖ですか?」

「よく覚えてねえんだよな、なにせ千年以上前のことだからな……」

「お、意外と長生きなんですね」

 

 話しながらも、珠保は手持ちの呪符を虎王の腹に貼って何事か唱えるなどしている。


「応急処置を施しておきますから一晩はゆっくり眠れると思いますが、明日手術ですね」

「おお、おかげさんでもう痛くねえぞ?」

「今だけですよ。根本的解決になってません。手術には特別な術式が必要なんで……仕入れが明日にならんと。韮川くんは明日は?」


 聞かれて、韮川が肩を竦める。


「俺は明日昼公演(マチネ)があるから、始発の新幹線で東京に戻りますよ」

「なるほど、そりゃご苦労さん」

「なんか軽い! もうちょっとねぎらってくれないんですか!?」

「なんで私が、君が道楽でやってるお仕事をねぎらう義理があるんですか」


 がっくりと肩を落とす韮川を虎王が気の毒そうに見つめた。


「よくわかんねえが、お前も大変なんだな」

「ほっといてくれ」


 ため息をつく韮川をよそに、珠保はコーヒーでも入れてくるかとキッチンに消えていった。

 虎王がそれを見送りながら、韮川に話しかける。


「アレは、すげえニンゲンだな。何者だ」

「さあ、実は俺も詳しくは知らん。先生はあんまり自分のことは話さないからな」

「お前とアレはどういう関係なんだ?」


 韮川はフッと微笑んで言った。


「まあよくある恩人ってやつだ」

「恩人……」

「10年ほど前かな……まだ先生が二十代だった頃だ。俺は人間界に見回りに来た時にタチの悪い呪いを拾って熱病に倒れちまってな」


 異世界である妖の国に、その熱病を治療出来る者はいなかった。このままでは王は死んでしまう。万策尽きたかと思われたその時、事情通の老妖が人間界の「魔医者」というものの存在を口にした。

 それはまだ発展途上の技術で、人間の寿命の短さもあり決して十分なものとは言えない。ただ人知の科学というものを駆使した医療技術と、偉大なる妖達をも恐れさせた古代からの呪術を掛け合わせたその新たな技術は、妖の怪我や病にも対抗しうるものであるという。

 そして、まだ確立して年月の浅い学問とはいえ、日本に弱冠二十歳で魔医学始まって以来の天才と言われた男が存在するということ。

 その男ならきっと、王の病を治せるに違いない。そう信じて妖達はその男を探し出した。

 異形の者が訪ねてきても若い彼は一切驚くことはなかった。それどころか、こともあろうに「えっ、往診は受け付けてないんですけど……そっちからは来れないんですか?」とのたまった。


「あの性格は昔からなんだな」

「まあ、面白いだろ? 俺は面白れーなと思った。面白いから、無理してでも自分で会いに行きたくてここに来た」


 呪いは比較的単純なものですぐに取り除けたが、体力の低下もあり、全治までは1ヶ月の入院を要した。だが珠保に「うちベッド少ないから長期はジャマなんで」と冷たい事を言われ、治療が終了してリハビリ期間に入った時点で市内の魔科のある大学病院へと移された。

 そこで仲良くなった看護師にイケメンだからと女性に人気の雑誌モデルコンテストへの応募を勧められ、紆余曲折の末成り行きで韮川は芸能界デビューすることになったのである。


「俺は王としてはまだまだ若い。それにこれからの時代、人の世との共存も大切だ。人間界の事も王として良く知らねばならない。そのためには芸能界というのはなかなか都合の良い場所だからな」

「……本心は?」

「人間の女子にモテたかった!」


 しらっとした顔で見てくる虎王に、いいだろ女の子可愛いだろ!!と開き直っていると、呆れた様なため息が背中から聞こえてきた。

 

「ほんと君のそういうところですよ」

「先生〜〜」

「朝早いんでしょ。さっさと寝たらどうです?」


 がっくりと肩を落としながら、ベッド借りますと言って韮川は入院用の病室に勝手に入っていった。保健室じゃないんですよ、と珠保が憮然と鼻を鳴らす。


「そういえば、聞いておいてなんですが君は随分あっさり名乗りましたが、大丈夫なんですか? 妖の個体名には強い言霊を含む場合が多いです。特に鵺の様な高位妖怪は他者に名を知られるのはあまり良くないのでは」

「ああ……あれは本名じゃねえからな」

「そうなんですか?」

「本当は俺は名前はねえんだよ。虎王……虎の王、ってのは地元の妖怪たちに付けられたあだ名みてえなもんだ」

「名前が……ない……?」


 珠保は口元に手を当て、何事か考え込む様な表情を浮かべた。


「おい嘘じゃねえぞ」

「ええ、わかってますよ」


 なるほどそれで虎王の名に力を感じなかったのか、と珠保は頷いた。


「そもそも王なんてついてるわりに器が小さそうですしね……」

「ああ!? 喧嘩売ってんのか!?」

「お? やんのか? お前の生殺与奪は俺が握っとんやぞ」

「急に人格変わるんじゃねえよ!!」


 舌を打つ虎王を満足そうに見上げて、珠保は踵を返した。


「ま、冗談はさておきとりあえず明日です。私たちも今日は寝ましょう。君はそちらの部屋のベッドを使ってください」


 小さな医院に5つしかない病室のうち2つを見た目いかにも健康そうな成人男性(一人は一応正真正銘の患者だが)に埋められている事になんとなく不満を感じながら、珠保も大きなあくびをして自室に向かった。


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