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古都四丁目の魔医者さん  作者: 桜川ちょち
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プロローグ


 ひと昔前と違い、今はほぼ暗闇がないと言って良い都会の深夜。

 それでも、この日本という国で「都会」と呼ばれる都市の中ではこの街はとりわけ歴史が古く、他の政令指定都市と比べるといまだ古い町並みが色濃く残る。そのせいか、人の目の届かない闇はまだまだあちらこちらに存在する。

 そして、その血塗られた歴史から、現代人が最近までその存在を忘れかけていた「人ならざるもの」が住まう異世界との出入り口があちらこちらに点在するのもまた、この古い街の特徴だ。

 最近まで単一民族国家と言われていた我が国において、現代の首都東京が「人種のるつぼ」であるならば、かつての首都であったここは「異種族のるつぼ」と言って良い。

 それが、古都と呼ばれるここ京都の街の有り様であった。





 そんな都会の中の僅かな暗闇を生む路地裏から、この街には不似合いなごうごうという獣の咆哮が響いていた。

 喧騒と多忙に塗れ、この世界に並行して生きる異なるものの存在を失念している大半の現代人は、おそらくそれを風の音か何かだと思うのだろう。

 比較的最近になって異世界の住人とチャンネルを合わせる技術が解明され、ひとつの学問として認められる様になったものの、まだまだ馴染みは薄い。日本古来では魔物や妖怪と呼ばれていた彼らの存在こそファンタジーではなくなったが、研究者でも術者でもない殆どの一般人には姿形を視認することすら出来ないのだから無理もないが。

 今夜は随分と風が強いな。窓は大丈夫だろうか。

 そんな事を考えながら、街の人々は獣の咆哮を意に介さずいつも通り束の間の眠りにつく。

 この街で、たった一人を除いては。


「……うるさいなあ」


 眉間に深い皺を刻み、眼鏡をくいっと持ち上げて。白衣の小柄な青年は面倒くさそうに呟いた。

 青年……と表現するには、随分と見た目が幼い。しかも女と見まごう可愛らしい顔立ち顔をしているが、彼はれっきとした三十路の男であった。なんなら青年どころか、おじさんに片足のつま先がかかる年齢だ。しかし初対面の人間には必ずと言っていいほど子供扱いされるし、未だにコンビニで年齢確認されるのが悩みの種である。電車だろうが徒歩だろうが常に免許証を携帯していないと、タバコも酒も買えない。

 見た目以前に俺の子供の頃は当たり前に親のおつかいでタバコを買いに行ったりしていたのに、厄介な世の中になったもんだ、と彼は免許証を憮然と差し出しながらいつも思うのだった。

 そろそろ買い替え時かと思われるガタつくキャスター付きの椅子を転がし、ゆっくりと立ち上がって窓下を見下ろした。しょうがないな、とひとりごちて、青年は白衣を脱いで代わりにコートを引っかけ、往診バッグを担いでドアに手をかける。

 そう、彼は医者なのだ。

 ただし、ちょっとばかり特殊な。



 ここは京都の都心からは少し外れた、だが田舎とまではいかない郊外のあたりにある町、華盛はなもり町の四丁目。いわゆる洛外と呼ばれる地域の西の方面だ。そんな静かな町に佇む古い建物の『破魔咲はまざきクリニック』と書かれた看板には、通常の内科医院の表記に加えて『魔内科・魔外科・呪詛除去外来』と記載されている。

 破魔咲珠保(たまほ)。彼はここ京都に医院を構える、魔科全般の専門医だ。一応専門は内科外科の一般外来だが、魔科関連なら大概の治療は可能な優秀な魔科医師であり、子供のような見た目ながら若くしてこの世界の権威である。魔科医師……とは、いわゆる「人ならざるもの」たち……人間の住む世界とは若干チャンネルのずれた各異世界や異次元の住人の治療、およびそれらと接触した人間の一般医学では治せない障りごとの治療を専門とする医者だ。

 本来開業医というのは、往診を除けば治療を求めてやってくる者や運び込まれた患者を診るのが仕事の筈なのだが……彼ら魔科医師を含め異世界とのチャンネルを合わせる能力を持つ職業の人間が、現在はまだまだ少ない。そのせいで度々なんでも屋の様なていで専門家としてそちら方面のトラブル解決に駆り出される。

 そんなわけで、治療にかかわらず魔物や妖怪の扱いにはすっかり慣れてしまった。



 お気に入りの青いママチャリの前かごに往診バッグを投げ入れ、珠保は自転車を跨いだ。

 いくら扱いに慣れているとは言っても、彼は医者だ。実際は自治体や警察などの国家組織から頼まれでもしない限り、自分からトラブル解決に出向く必要は特にない。むしろ下手に首をつっこむと、場合によっては珠保自身が罪に問われる事になりかねない。世の中というのは、かくも面倒くさいものなのである。

 だが元来の好奇心の強さに加え、珠保は極めてナワバリ意識の強い男であった。まあ、ありていに言えば若干の元ヤン気質であった。ようするに自分の目の届く範囲内で、よそ者に暴れられるのが我慢ならないのだ。

 例えそれが巨大な異形の邪神であろうと凶悪な妖怪であろうと、珠保の知った事ではない。

 この街で、俺の目の届く範囲で騒ぎを起こすのなら何者であろうと許さない。

 それがこの街の開業医としての、珠保の矜持であった。


「まったく、韮川(にらがわ)くんは何をやってるんや」


 不自然なほどに生ぬるい夜風が、長めの前髪を揺らした。

 眉間に皺を刻み、独特の京都弁のイントネーションで呆れた様につぶやいて珠保はゆっくりとペダルを漕ぎ出す。


 珠保の青いママチャリが向かう先では、獣の咆哮の様な禍々しい音がさらに大きく響き始めていた。




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