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別れは近づいてきています。

 二時間ほどスカンドヴァルティは休むことなく飛び続け、オルビーデアが近づいてきていた。


 持っていた地図をライターの火の灯りで確認しながら、スカリーは装備を一応は確認しておく。

 剣弾はそんなに残っていなかったが、おそらくは市街戦になってしまうので十分な数とも言えた。

 拳銃に装填するのは通常の弾薬にしておく。


 「マイディ、おめえのほうはいいのか?」


 散弾銃を新しく使い始めたマイディに確認する。


 「問題ありません。装填の仕方も教えてもらっていますから」


 胸を張ってマイディは言うが、スカリーは一つ気になることがあった。


 「おめえ、弾薬はあるのか?」


 基本的にはマイディは武装を隠し持っている。

 山刀も、散弾銃も今は尼僧服の下に隠しているが、他には収納スペースのようなものは見当たらない。

 弾薬はそれなりに場所を取る。

 特に散弾銃のような大口径のものは専用のケースに保管しておくべきなのだが、マイディがそういったモノを携行している様子はなかった。


 「弾薬? ありますよ、ほら」


 どこからともなくマイディは弾薬の入ったケースを取り出す。


 「……まあ、いいか」


 納得できないものを感じたが、スカリーはとりあえず考えるのを止めた。


 (ドンキーといい、マイディといい、バスコルディアの協会関係者にはロクなのがいねえな)


 自分が含まれていることには気がついていないスカリーだった。


 「ハンリ、おめえの依頼じゃあ、これが最後の戦闘になる。おめえはしっかり俺たちについてこい。絶対に守ってやる」

 「うん、そうだね。スカリー達はわたしをオルビーデアに送るために一緒にいるんだもんね」


 感じた一抹(いちまつ)の寂しさは表に出さないようにして、ハンリは応える。

 それは、これから待っているスカリー達との別れを確認するかのようだった。


 「スカハリー、オルビーデアが見えてくるぞ。どの辺りで降りるのだ? 街の中央か?」


 下からスカンドヴァルティの低い声が響く。


 「んな訳ねえだろ。そんなコトしたら街中が大騒ぎだ。おめえはまた追っかけ回されてえのかよ」

 「それならばどうする? 我はあまり細かい調整は出来んぞ」

 「ならオルビーデアの手前でいい。後は自分たちで歩いていくさ」

 「よかろう」


 スカンドヴァルティの飛翔速度が低下する。

 めまぐるしく変化していた眼下の景色が、段々とはっきりと見えるようになる。

 やがて、一キロほど先に街が見えてきた。


 「城壁に、おそらくは工場の煙。んでもって、観光名所の中央生産管理施設の塔、と。間違いねえ、オルビーデアだ」


 スカリーの言葉に反応して、ハンリがオルビーデアの姿を見ようとするが、スカリーの体が邪魔になって、見ることができなかった。


 「下ろすぞ」


 スカンドヴァルティのそんな言葉が聞こえた、と同時にスカリー達は空中に放り出されていた。


 「!!!???」


 あまりことにハンリは混乱と死の恐怖によって、何も言えなかった。


 当然のように、地面に向かってハンリ達は落下する。

 今までに感じた事が無いほどの長い浮遊感に、ハンリは時間がゆっくりになってしまったかのような錯覚を覚えた。

 ゆっくりと地面が近づいてくる。


 (走馬灯、じゃない。これって、聞いたことがある。死ぬ直前って言うのは他のモノがとてもゆっくりになって、それで、体を動かそうとするけど動けないって……)


 理不尽すぎる突然の死にハンリは強い抗議をしたかったのだが、生憎とそれは叶わなかった。

 なぜならば、実際にハンリはゆっくりと落下していたからだ。

 いつまでも地面に衝突しないことをいぶかしく思ったハンリが隣を見て気づいたのだった。

 スカリーもマイディも地面との距離を確認しながら、体勢を調整していた。


 「あれ……? わたし、落ちてるよね?」


 自分たちが突然不思議な力に目覚めたなどとは思えないので、とりあえずはスカリーに尋ねてみる。


 「ああ、落ちてるな。大将が最後に気を利かせて風の精霊に頼んでくれたみたいだけどな」

 「アフターフォローも出来るだなんて、ドラゴンにしておくにはもったいない方ですね。まあ、放り出す前に一言欲しかったのですが」


 平然と、スカリーとマイディは着地の準備を整える。

 その動じなさに影響されて、なんとかハンリは自分の状態を確認することぐらいはできるようになった。


 とりあえず、このまま頭から落下するのはまずいだろう。

 あわてて体を逆さにしようとするが、ジタバタするだけで上手く体勢を整えることが出来ない。


 「おいおいハンリ、おめえが動こうとしてもダメだ。風の精霊に頼まねえとな」


 スカリーの言葉に、ハンリは自分の周りを飛び回っている透き通った羽に視線を合わせる。

 物言わぬ精霊は、ただハンリの周りを飛び回っているようにしか見えず、何かを頼めるようには見えない。


 「スカリー……どうやったらいいの?」

 「捨てられた犬みたいな目で訴えかけるんじゃねえよ。……とりあえず、言ってみるだけ言ってみろよ」


 信じられるものがないハンリは素直に従う。


 「精霊さん、お願いだからわたしをちゃんと着地できるように、体勢を整えさせて!」


 叫ぶようにハンリは懇願(こんがん)する。

 数秒の静寂の後、ゆっくりとハンリの体が回る。

 なんとか着地前にハンリは体勢を整えることが出来た。


 怪我をすることもなく、三人は地上に降り立つ。

 着地した場所は、街道の近くの雑木林の近くだった。


 「さて、と。少しばかり歩くが、大丈夫そうか? ハンリ」


 心配そうというよりも、単に状態の確認と言った様子でスカリーは尋ねる。


 「だ、大丈夫。なんとか……」

 「んじゃ行くか」

 「わたくし、オルビーデアは初めてですね。温泉はありますか?」

 「ねえよ」


 ハンリの言外にこめられていた『なんとか立てるけど、心配して欲しいな』という思いは完全に気づかれなかった。

 いや、気づいているのかもしれなかったが、スカリーもマイディも特に気遣うことはなかった。

 予想はしていたのだが、多少の(さび)しさをハンリは覚えた。


 


 街道には合流せずに、スカリー達は少しだけ外れたルートを通っていた。


 街道沿いの雑木林の中をスカリー達は移動している。

 徒歩であるので、進みは遅かったが、馬車は置いてきてしまったので、仕方がなかった。

 スカリーもマイディも変わらないペースで歩いているが、普段からあまり歩いていなかったハンリは大分疲労していた。


 「ハンリちゃん、大丈夫ですか? 疲れているのだったら、わたくしがおんぶしてあげますよ」


 ハンリの様子に気がついたマイディが声を掛ける。

 だが、ハンリは首を横に振った。


 「ううん、マイディにおんぶしてもらっちゃったら、いざっていう時にマイディが危ないから大丈夫」


 一番の理由はそれだったが、二番目の理由としてはマイディの指がうねうねと怪しく(うごめ)いているのを目撃してしまったからだった。

 貞操の危機を感じた。


 「そうですか。いつでも言ってくださいね」


 やや残念そうにマイディは引き下がる。

 直後、先頭を歩いていたスカリーがマイディとハンリに“静かに”というサインを送る。


 「?」


 理由は分からないが、ハンリはとりあえず口を(つぐ)む。

 ゆっくりと音を立てないように、マイディはスカリーの隣に並ぶ。


 「マイディ、おめえは見えるだろ。見張りだ。関所でもねえのに見張りがいるなんて変な話じゃねえか?」

 「そうですね。しかも、周辺街道の治安維持担当ならばオルビーデアの者なのでしょうが、どこにも街の紋章がありませんね。むしろ目立たない服を着ている。わかりやすくて、罠を疑ってしまいますね」


 マイディの目はほのかに緋色の光を放ちながら、三人の人間を(とら)えていた。

 武装はしているが、それ以上に厄介なのは腰に()げている信号弾用の拳銃だった。


 「あれってもしかして、空に放ってしまうと、お仲間がわらわらやってきますか?」

 「まあ、そうなんだが、虫みてえに言うなよ。気持ち悪くなってくるだろうが」

 「神を信仰すれば虫を恐れる必要などなくなります」

 「そういうことじゃねえよ……」


 ぼそぼそとスカリーとマイディはいつもの調子の会話を繰り広げる。

 そんな二人に、ゆっくりと慎重にハンリは近づく。


 「ねえ、スカリー。オルビーデアにはいけそう?」


 心配そうにハンリは尋ねるが、ごく平然とスカリーは答えた。


 「心配すんな。俺とマイディがいる」


 そして、すぐにマイディにひそひそと指示を送る。

 ハンリには聞こえなかったのだが、マイディにはしっかりと聞こえたようで、マイディは親指を立ててから、音を立てないように見張りの人間達に近づいていった。

 途中からその姿は木々に隠れて見えなくなる。

 尼僧服は濃い藍色なので、闇に溶け込んでしまう。


 数分、スカリーは動かなかったが、やおら拳銃を引き抜き、発砲する。


 銃声(バン)


 さすがに距離があったために、命中こそしなかったものの、見張りは気づく。

 銃声の方向に全員が振り返った瞬間、その後ろにはマイディがいた。


 山刀が振るわれる。

 全員が意識を失うのにかかった時間はほんの一瞬だった。

 倒れた見張り達の関節を踏みつけるようにして、壊しておく。

 意識を取り戻しても、簡単には増援を呼べないように、そして、ある程度は仲間の足手まといになるように。


 そして、ぶんぶんとスカリーに分かるように手を振った。


 


 「……つくづくマイディの奴とは喧嘩したくねえな。三人いても一瞬か」


 呆れたように呟いて、スカリーはハンリを見る。


 「大丈夫だ。見張りはマイディが片付けた。あとはそのままイノシシみてえにまっすぐだ」


 


 「どうですか、スカリー。わたくしの見事な奇襲は。これほどのモノを見たことがありますか? 褒めてくれてもいいんですよ?」

 「へいへい、すげえすげえ。驚天動地の空前絶後、その上おまけに抱腹絶倒だな」

 「ふふん、そうでしょう、そうでしょう。神の忠実なる信徒であるわたくしには常に神がついておられるのですから当然の結果ですけどね」


 (うぜえ……)


 多少のイラッとした気分を覚えながらも、スカリーはそれを表に出すことはない。

 マイディに対して怒るのは無駄だと悟っているからだ。

 見張りを片付けたマイディに合流して、スカリー達は街道に出てきていた。

 気絶してる三人は目を()ます気配はない。


 「さ、てと。もうオルビーデアは見えてるな。そんでもって、一番通る可能性が高い街道に配置しているのがこんなお粗末な奴らだけってことは……ねえな!」


 ハンリを押し倒すようにしてスカリーは地面に伏せる。


 「きゃ⁉」


 思わずハンリは悲鳴を上げるが、その上を何かが勢いよく通過していったことで、その後は続かなかった。


 「マイディ! おめえの方が多分向いてるから頼む」

 「もう、仕方ありませんね。これはわたくしの取り分は多くしてもらわないといけませんね」


 ずらり、と再び山刀を二振りとも引き抜いてマイディは戦闘態勢に入る。

 唇の端から鮮血のように赤い舌が(のぞ)く。

 瞳の緋色が増し、暗闇での視力が強化される。


 マイディには昼間とあまり変わらない程度に景色が映るようになる。

 だがしかし、その視界には、特に妙なモノは映らなかった。


 「あら? スカリー、誰も居ませんよ」

 「ああ? んなわけねえだろうが。確実に攻撃だぜ。見ろよあれ。ぶっ刺さったら痛いじゃ済まねえぜ」


 スカリーが顎で示した方向には投擲用の短剣が突き立っていた。

 自然にあのようなものが飛んでくるということはない。

 それを確認して、マイディは何かを考えるように山刀を持ったままで顎に手を当てる。


 「何でしょうね? 妖精のいたずらでしょうか?」

 「どんな凶悪な妖精だよ。駆除対象になるだろうが」

 「いるんじゃないですか? バスコルディアの裏通りになら居そうですけど――」


 ギィン!


 どこからともなく飛来した短剣をマイディは見もせずに山刀で(はじ)く。


 「あら、やっぱり妖精じゃなかったみたいですね」

 「妖精にこだわりすぎだ」


 土埃を払いながらスカリーは立ち上がる。

 拳銃を引き抜いて、スカリーも戦闘態勢に入る。


 「ハンリ、そのまま伏せてろ。連中の狙いはおめえ自身だ。出来る限りは傷つけたくねえはずだ」


 ハンリが頷いたのを確認すると、二人は姿無き敵の気配を探る。

 見えないということはなんらかの魔法を使って隠れているという可能性が高かった。


 下手に動けないのは相手も知っているはずだった。

 投げる短剣自体には隠蔽の魔法は掛けられない。

 ならば投げつける瞬間を見られてしまえば、その付近を手当たり次第に攻撃すればいいからだ。

 となれば、相手も慎重に動くはず……だった。


 マイディの足下から突如、刃が突き出される。

 獣じみた反射神経でマイディはその刃を避ける。

 同時に、山刀を生えてきた刃の根元に突き刺す。

 だが、手応えは土のものだけだった。

 沈み込むように刃は地面に潜っていく。

 スカリーも銃弾を叩きこむが、何も手応えはなかった。


 「うーん。何でしょうね? 地面が襲ってくるとか初耳ですけど」


 紙一重で回避したに関わらず、マイディは特に動揺していなかった。


 「さあな。俺もおめえも知らねえ魔法だってあるだろ。それを使ってるのかもしれねえし、リリゼットみてえに東大陸の技なのかもしれねえしな」

 「あの黒服女が使っていたようなヤツですか……根暗ですね」

 「性格は関係ねえだろ――がっ!」


 今度はスカリーが横っ飛びに、下から飛び出してきた刃を(かわ)す。

 マイディと違って、スカリーはゴロゴロと地面を転がりながら土埃にまみれる。

 立ち上がるものの、今度は土埃(つちぼこり)を払うことはしなかった。


 「(らち)があかねえな」

 「そうですね。この辺の地面を全部引っぺがしますか?」

 「バレたら絞首刑もんだな。バスコルディアに戻っても、ドンキーにぶっ飛ばされて、突き出されるのがオチだしな。どうにか引きずり出さねえと話にならねえ」


 スカリーとマイディはお互いに目線を交わす。

 それだけで二人はお互いに何をしようとしているのかが分かった。


 黙ってスカリーは通常弾を捨て、剣弾を装填する。

 マイディはリラックスした姿勢で立っていた。

 いくらか静寂の時が訪れる。


 再び、マイディの足下から刃が突き出す。

 今度は避けずに、マイディは両方の山刀で刃を挟み込むようにする。

 金属同士がこすれる耳障(みみざわ)りな音を立てて、刃が停止する。


 銃声(バン)。銃声。銃声。


 間髪入れずにスカリーが剣弾を刃の根元に撃ち込む。


 「剣弾、スラッシュ!」


 スカリーの声に反応して、剣弾が魔力を発揮する。

 撃ち込まれた弾丸は三発。

 その魔力によって、絶対の切断の力が発生する。

 (ざん)、という表現が当てはまるような奇妙な音がハンリにも聞こえた。


 「がぁァ!」


 女の絶叫が響く。

 その声はマイディのものでない。

 もちろんハンリのものでもなかった。


 それはマイディの足下、月明かりによってできていた朧気(おぼろげ)な影から響いていた。

 そこから生えていた刃から力が抜ける。

 すかさずマイディは刃を挟み込んだまま、引っ張り出す。


 ずるり、と青黒い肌をした女の腕だけが出てくる。

 切断面から血が滴っており、スカリーの剣弾によって切断されたものに間違いなかった。

 だが、本体はついておらず、ただ腕だけがつり上げられた魚のようにマイディの前に落ちた。

 びちびちと跳ね回ることこそないが、派手に血が飛び散る。


 「仕留め(そこ)ねましたね。次はどう来るでしょうか?」


 マイディは警戒を緩めることなく、再びリラックスした体勢に戻る。

 全方位、どこから来ても迎撃できるように神経だけは張り巡らせる。


 「……いや、この傷だ、ケツまくって逃げただろうな。とっとと止血しねえと命に関わる。それと、相手はダークエルフだな」


 血液を失って、一層血色が悪くなり始めた腕を観察してスカリーは呟く。


 「ダークエルフ? なんですかそれ。エルフにダークもホーリーもありませんよ。神の前には(みな)等しく迷える子羊なのです」


 スカリーは黙って、親指を下に向けてマイディに向ける。


 「ちったあ他の種族にも興味持ちやがれ。おめえは」

 「あら、その親指を折って欲しいですか? いいですよ、やってあげます」


 素早く近づいてくるマイディから親指を守りながらスカリーは拳銃をホルスターに戻す。


 「ハンリ、もう起き上がっていいぜ。当面の脅威はねえ。あんな妙な能力を持ったヤツがそうそういるとは思えねえ。第一、撤退したってことは体勢を整えるって事だからな。それまでは時間がある。おめえの家に着いたらそれで終わりだ」


 起き上がるハンリに手を貸しながらスカリーは元気づけるように言う。

 それを聞いて、ハンリはなんとか笑顔を浮かべる。


 「そうだね。あと、ちょっと。だもんね」


 すでにオルビーデアまでは、歩いても十数分といったところだった。


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