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わたしの秘密を教えます。

 転がっている死体の数が二十を超えようとする頃に、スカンドヴァルティが頭をスカリー達の方に向けた。


 「スカハリー。飛翔の準備は出来た。すぐに飛ぶか?」


 重々しく響いた重低音は、選択を(ゆだ)ねるというよりも、確認のようだった。


 銃声(バン)

 何人目かの黒ずくめの脳天を撃ち抜いたスカリーはスカンドヴァルティの声に反応して、振り返る。


 「今すぐ頼む。俺たち以外はぶっ飛ばしてくれてかまわねえ」

 「よかろう。引き寄せるから抵抗するな」


 スカンドヴァルティの声に反応して、せわしなく動き回っていた風の精霊がスカリーとマイディ、そしてハンリにまとわりつく。

 そのまま三人は強風に吹かれたかのように、スカンドヴァルティの胴体にひっつく。


 「……もうちょっとどうにかならねえのかよ。これじゃダニかなんかだ」

 「わたくし、ドラゴンを触る、というかくっつくのは初めてなのですが、生暖かいんですね。意外に」

 「鱗がガサガサする……」


 三者三様に感想を述べるが、それに対して、スカンドヴァルティは何も感じない。

 人間という種族が、なんとも多様な思想形態を持っている事は知っていたし、他種族に対する感想というものはどれも得てして的を外したものだということを分かっていたからだった。


 「飛ぶぞ」


 一度、広げた翼を打ち鳴らすように動かすと、スカンドヴァルティの巨体が浮く。

 周囲に集まる風の精霊達がひときわせわしなく動き回っていることがスカリーにも見えた。


 浮いた次の瞬間にはすでにスカンドヴァルティは街を見下ろす位置に居た。

 瞬間移動にも似た、急な視界の変容にハンリはパニックを起こしそうになるが、隣にいたマイディが感嘆の声を漏らしていることでなんとか正気を取り戻す。


 平静を保つことができたハンリが目線を下に向けると、先ほどまでハンリ達がいた倉庫があった。

 いや、正確には倉庫だったモノが。

 頑丈な造りだったであろう、かつての倉庫は何かに押しつぶされてしまったかのように、ずいぶんと平坦な形になっていた。


 「それで、我は何処(どこ)に飛べばいい? 北の果ての氷壁か? それとも、南の果ての焦熱の砂漠か?」

 「んな遠くじゃねえよ。工業都市オルビーデア。ちょいとこの子供を送っていかなくっちゃいけなくてな」

 「お前の子供か?」

 「ちげーよ。依頼人だ」


 直立した状態で滞空していたスカンドヴァルティがオルビーデアの方向に頭を向ける。


 「おいおい大将。俺たちはこのまま虫みてえにひっついてろって言うのか? それはねえだろ」


 飛翔の気配を感じ取ったスカリーがぼやく。


 「では背中に乗れ」


 低く、スカンドヴァルティの声が響くと、スカリー達の体がふわりと浮き、今度はスカンドヴァルティの背中にくっつく。

 マイディだけは逆さまで。

 頭がくっついてしまったマイディはこめかみをぴくぴくさせながら口の端を歪める。


 「……どうやらわたくしに喧嘩を売っているようですね。いいでしょう。飲み比べで勝負しましょう」


 殺し合いを提案しないあたりは、さすがのマイディでもまともに相手をしていられないという思いが感じられた。


 「そう怒るなよマイディ。おらよ」


 腰から抜いた長剣でスカリーはマイディの周辺をなぞるようにかきまわす。

 マイディの周りにいた風の精霊がスカリーの長剣を嫌がるように離れていく。

 精霊が離れると同時にマイディは自由に動けるようになる。


 「まったく。風の精霊がいたずら好きだというのは本当だったようですね」


 素早く身を起こして体勢を立て直すと、マイディは据わった目で周囲に見える風の精霊をにらみつける。

 再び、マイディに風の精霊がまとわりつき、スカンドヴァルティの背中に固定する。


 「いいぜ、大将。飛んでくれ」

 「よかろう」


 ちょっと待って、というハンリの声を置き去りにして、スカンドヴァルティはオルビーデアに向かって飛翔した。




 数百メートル下の景色はめまぐるしく変化していた。

 森が現れたと思えば湿原が。その次には荒野が。川が、山が、平原が、沼地が。

 一瞬で何かの街を通り過ぎたが、どんな街なのかを確認することも出来なかった。


 「素晴らしい速度ですね。わたくしもこんなに速く移動したことはありませんね」

 「そりゃそうだろ。風の精霊でガードしてるからなんともねえが、そうじゃなきゃ出発と同時に振り落とされるからな」

 「あら、経験があるのですか? スカリー」

 「……答えたくねえな」


 景色を眺めながらスカリーとマイディは呑気に会話を交わしていた。

 だが、マイディは顔を青くして震えていた。


 「ハンリちゃん? どうしたのですか」


 真っ先にマイディが気づく。


 「……こんな高い場所に……いたことないから……怖い」


 なんとか口を開いたものの、声は震えており、顔面は蒼白だった。

 その上に、体を固定されているせいか、自分の重心を上手くコントロールできなくなっていることがハンリの恐怖心に拍車を掛けた。


 「何だよ、高所恐怖症か。だったら着いたら教えてやるから目を閉じてるんだな」


 スカリーの助言に従って目を閉じるハンリだったが、視覚という情報が遮断されてしまったことにより、余計に不安感は増した。


 「……ダメ。スカリー、目を(つむ)るともっと怖い」

 「ガキじゃねえんだからよ……ってガキか。しかし、どうしたもんかね」


 あまり不安感に長時間晒(さら)されていることは好ましくない。

 貴族とはいえ、スカリーやマイディに比べると、ハンリはまだまだ貧弱な子供である。

 いざというときに、蓄積した疲労で動けないというのは避けたかった。


 (気絶させとく。ダメだな、それじゃあもし何かあったときに対応が遅れる)


 割と容赦の無い考えが浮かんだが、スカリーは即座に却下する。

 そもそもマイディが許してくれそうになかったからだ。


 「す、スカリー……」


 泣きそうな声でハンリがスカリーに呼びかける。

 左の眉を上げてスカリーはその声を聞くが、特に名案が浮かんでくるようなことはなかった。


 「大丈夫ですよ、ハンリちゃん。わたくしがいます」


 ハンリの後ろにいるマイディがそう言うと、ハンリを後ろから抱きしめるように腕を回す。


 「こうしていれば大丈夫でしょう? 何かあってもわたくしがハンリちゃんを守ります。不安ですか?」


 マイディの腕からかすかに体温が伝わってくる。

 ただそれだけでハンリの胸中からは不思議なぐらいに不安感が消えていった。


 「……ううん。ありがとう、マイディ」


 そっと手を重ねてハンリは礼を言う。


 「いいのですよハンリちゃん。わたくしは神に仕える者。神を信仰する人々の味方です」


 言葉は立派だったが、その顔が微妙に(ゆる)んでいることをスカリーは見逃さなかった。


 (まあ、貞操の危機って訳でもねえからいいか)


 面倒くさいことには極力突っ込まないことにした。


 


 一時間ほど飛翔を続けていると、さすがにハンリも慣れてきたのか、段々と余裕が出てきたようだった。

 目を開けているのがやっとの状態だったのが、今は下の景色を眺めるぐらいのことは出来るようになっていた。

 上空から見ているので、地図に近い見方が出来る。


 となれば、現在位置を知ることぐらいはできた。

 ミルトラからオルビーデアを直線で結んだときに現れる地形ぐらいは分かっている。

 それから計算すると、一時間ほど飛んだだけですでに距離の三分の一ぐらいは過ぎていた。


 「あと二時間ぐらいで……帰れる」


 ガシュ・イビセで誘拐され、バスコルディアに連れて行かれていた事を知ったときにはもう帰れないものかと絶望していたのだが、あと数時間ほどの辛抱で家に帰れるというのはなんとも表現しがたいような感覚だった。


 冒険が終わってしまうような。

 寂しいような、悲しいような。

 だが、それ以上にうれしかった。

 家族の元に戻り、元の平穏な生活が返ってくる。

 今までは当たり前だと思っていたものが、こんなにも得がたいものだとは思ってもいなかった。

 そんな風にハンリが多少浮ついた気分でいると、体を捻ってスカリーがハンリの方を見た。


 「な、なに? スカリー」


 じっくりとスカリーの顔を見たことがなかったハンリは思わずどもる。


 「ああ、そろそろ誘拐の首謀者(しゅぼうしゃ)を絞り込んでおかないといけねえからな。元凶をどうにかできねえと、同じ事の繰り返しだ」

 「あら、相手は誘拐してるんですから身代金目当てでしょう? きっとその辺の犯罪者どもの親玉ですよ。警備を強化したらいいんじゃないですか?」


 ハンリにくっついているマイディが口を挟むが、スカリーは首を横に振る。


 「その辺の犯罪者ども程度が五大貴族を誘拐できると思っているのかよ? ほぼ確定でゴートヴォルク家の人間か、使用人あたりが手引きしてるんだぞ。そんなこと出来るんならハンリじゃなくて、もっと重要な人物を狙うだろうが。当主でも、次期当主でも良い。なのに、なんでハンリなんだ? なあハンリ、おめえ、兄弟は居るのか?」


 矢継ぎ早のスカリーの話にハンリはなんとかついて行く。

 こくり、と静かにハンリは頷く。


 「兄様が二人と姉様が二人。みんな成人してるから、もう社交界に出てる」


 答えるハンリの声はやや震えていた。


 「社交界に出ているということは、やはり警備が厳重だから(あきら)めたのではないですか? ほら、ハンリちゃんはまだまだ狙われるような年ではなかったら警備が甘かったとかで」

 「それも考えたんだが、それならわざわざハンリを誘拐するメリットはなんだよ。下手しなくてもゴートヴォルク家は敵に回るぜ。そんなリスクを負いたいバカはそうそういねえ」


 スカリーの反論にマイディは首をかしげて考える。


 「ゴートヴォルク家内部の権力闘争とか?」

 「ありがちだな。だが、それなら誘拐なんて手段を()った意味がねえ。殺しちまえば良いだろうが。」

 「そうですねえ。となると、やはり敵の目的は“ハンリちゃんの誘拐”だと?」

 「俺の結論はそうだ。そして、そこまでして誘拐しないといけないなにかがハンリにはある」


 スカリーがまっすぐにハンリの目を見る。

 緑がかった(とび)色の瞳は、どんな嘘でも見抜いてしまいそうだった。


 ハンリは口を開かない。

 黙って、うつむいていた。

 しばらくそうしていたが、やがてスカリーは肩をすくめると、捻っていた体を元に戻す。


 「俺たちの仕事はオルビーデアまでの護衛。言いたくねえことは言わなくてもいい。だがハンリ、元凶をどうにかしねえと、夜もおちおち眠れなくなるぜ」


 スカリーとマイディと一緒に過ごしてきたここしばらくの事がハンリの脳裏をよぎる。

 二人が護衛としてついているから、なんとかハンリも眠ることができた。

 だが、オルビーデアに到着してしまったら二人とは別れることになる。

 一度誰かが籠絡(ろうらく)されてしまった以上、完全に信用できる者はいない。


 「もう、スカリーは心配のしすぎですよ。ハンリちゃんがあまりに可愛いから、手元において()でたいという者がいたのかもしれませんよ。そんな変態はわたくしが許しませんが」


 マイディはハンリの不安を(やわ)らげようとしたのだが、逆効果だった。

 自分が鎖につながれて、愛玩動物のような扱いを受けてしまっている情景を想像してしまって、ハンリの中に耐えがたい嫌悪感が生まれる。


 「スカリー、マイディ。二人とも聞いて。わたしの秘密。ゴートヴォルクの人間しか知らない、わたしの秘密」


 決意の燃える瞳でハンリは二人に告げた。




 「聞かせて欲しいもんだな。わざわざ手間掛けてまで五大貴族の人間を誘拐するに値する秘密ってやつを」


 再びスカリーは体を捻ってハンリに向かい合っていた。

 マイディはハンリに後ろから抱きつくような形になっているので自然に聞こえる。

 何度か深呼吸をした後に、ハンリは口を開く。


 「わたし、宝石人(ジュエレテ)の言葉が分かるの」


 数秒、スカリーもマイディもその意味が分からなかった。

 マイディは何度か瞬きを繰り返し、スカリーは頭の中でハンリの言葉を反芻(はんすう)していた。


 「「はあぁ⁉」」


 やっと意味を理解した二人は同時に声を上げる。


 「おいおいハンリ、宝石人っていうのはあの宝石人か? 宝石の体で、キィキィ鳴いて何言ってるのかわかんねえ上に、壊されない限りは死なないっていうあの宝石人か?」

 「わたくし、宝石人は相手にしたことがないですが、武器は効かないし、魔法も効果が薄い上に、全員が強力な魔法の使い手だから相手にしたら確実に殺される、ということは知ってます」


 問い詰めるスカリーと、自分の知っていることを確認するマイディだった。


 宝石人は種族の一つである。

 人間よりも少々小柄な体躯(たいく)だが、その体は宝石によって構成されており、すさまじい硬度を誇る。

 ほとんどの種族が言語を持っているのに対して、宝石人は体から発する高周波のような音で意思疎通をしているので、今までどの種族もコミュニケーションを成立させることが出来ていなかった。


 そして、彼らは自分たちの土地への侵入者に対しては異常なまでに攻撃的になることが共通していた。

 ゆえに、宝石人の住んでいる領域は実質、他種族は立ち入り禁止である。

 豊富な資源や、豊かな土地を目の前にして指をくわえて見ているしかないというのは歯がゆいものなのだが、宝石人の不気味さ、そして、実戦での強力さがその領域への侵入を防いでいた。


 その宝石人の言葉が分かる、とハンリは言ったのだった。

 コミュニケーションが成立すれば、交渉が出来る。

 今まで暗黙の内に不可侵であった宝石人の領域が開放される可能性もあるのだ。

 しかもそれだけではなく、宝石人の文化や、使用する独自の魔法の研究を進むし、宝石人自体の研究も進むだろう。

 恩恵は多大なものになるはずだ。


 現在、宝石人とコミュニケーションが取れる存在は宝石人だけである以上、ハンリが有している価値はスカリー達にも想像できない。

 ただ、とんでもない価値になるだろう、ということぐらいしか分からない。


 「……なるほどな。宝石人の言葉が分かる、か。そりゃあゴートヴォルク家を敵に回してもほしがる奴はいるだろうな」


 突飛すぎる話に、やや理解が及ばないものの、ハンリが重要人物であるということはスカリーにも理解できた。


 「絵を描いてもダメなんでしょうか?」


 マイディは分かっていなかった。


 スカリーは口を閉じて、思考する。 

 ハンリが、いや、ハンリッサ・ゴートヴォルクが宝石人とコミュニケーションを取ることをなんとしてでも阻止(そし)したい人間は誰か?


 数は限りない。

 絞りこむのは難しい。

 だが、黒幕がハンリを追っているのは確かだ。

 となれば、ハンリがゴートヴォルク家に戻ってしまうことはなんとしても阻止したいはずである。

 警備が厳重になってしまえば、それだけ誘拐の難易度は上がる。

 その上に、内通者も処分されてしまう可能性は高い。

 ミルトラまでの足取りは掴まれている。

 となれば……。


 結論が出たのでスカリーは深く息をつく。


 「スカリー?」


 黙ってしまったスカリーを心配するようにハンリが声を掛ける。


 「ああ、わりいわりい。ちょっと考えてたんだよ。黒幕の事をな」


 薄く笑ってスカリーは体を元に戻す。


 「ハンリ。おそらくオルビーデアに入る直前、確実に仕掛けてくる。そんときには俺とマイディがおめえを守るから、ちゃんとゴートヴォルクの家に帰れよ」

 「ふふん、任せてください。このわたくしマイデッセ・アフレリレンは知恵を絞ることは苦手ですが、荒事は得意ですよ」

 「おめえにゃ言ってねえよ、マイディ」


 肩を落として呆れるスカリーを見て、ハンリは少しだけ愉快な気分になった。




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