まだまだ知らないことはたくさんあります
霧が晴れたドウゼムゴルド銃砲店ではハンリとバーゼムがカウンターの裏から恐る恐るといった様子で、顔だけ出して店内を窺っていた。
スカリーは拳銃を抜き、警戒態勢をとっている。
静かに、入り口のドアが開く。
「外は片付きましたよ。霧を張っていたのは四人でしたから、全員殺ったと思います」
入ってきたのはマイディだった。
だが、スカリーは向けた拳銃を下ろさない。
「……スカリー? 銃は下ろしてくれませんか? わたくし、か弱い乙女ですので」
「……マイディ、質問だ。おめえの山刀の愛称はなんだ?」
妙な質問をするスカリーをハンリとバーゼムは怪訝な目で見る。
「そんなのありませんよ。わたくし、道具にはあんまり愛着がないのです」
「本物か」
やっとスカリーは拳銃を下ろす。
「まったく、一目で分かってほしいものです。何年付き合いがあると思っているんですか?」
「一年ぐらいじゃねえか」
「一年有れば十分じゃないですか? 子供も生まれてしまいます」
「ぞっとするようなことを言うんじゃねえよ」
スカリーは苦々しく、マイディはにこやかに笑いながらいつものようなやりとりを交わす。
「ハンリ、出てきていいぜ。とりあえず、第一波は凌いだな」
「第一波?」
カウンターから慌てて出てきたハンリはよく分からない単語に首をかしげる。
拳銃をホルスターに戻したスカリーはハンリに包みを渡す。
「持ってろ」
「あ……うん」
重さと形状から、それが先刻試射をした拳銃だということをハンリは悟る。
正直、どこかに捨ててしまいたいような気分ではあったが、スカリーの気持ちを踏みにじるようでどこか気が引けてしまった。
「じゃあマイディ、俺が先頭、おめえが殿。間にマイディを挟んで寄るところがある」
ドアに手をかけて、スカリーがマイディとハンリに告げる。
「どこに行くのですか? のんびり食料を買っている暇は無いと思いますけど」
襲撃があった以上、こちらの居場所はバレていると思った方がいい。
その場合には速やかにその場からなるべく離れるのが常道である。
だが、それでもスカリーには寄りたい場所があった。
「もしかしたら、俺たちの中の誰かが敵に居場所を教えているのかも知れねえからな」
ミルトラの路地裏を三人は進む。
迷いのない足取りでスカリーが先導する。
時々、ハンリとマイディが付いてきているのか確かめるために振り返りながら。
「迷い無いですね。知ってる道ですか?」
「ああ、バーゼムの店と、これから行く場所には色々と世話になってたからな」
振り返った時に問いかけてきたマイディにスカリーは答える。
「スカリーって、顔が広いんだね」
ハンリは少し感心していた。
「賞金稼ぎなんてやってると、つながりが大事になってくるからな。人脈次第で仕事の出来が変わってくる、なんてことはしょっちゅうだ」
再び前を向いたスカリーは歩みを再開する。
時々現れる家なしの者や、表では売れないようなものを売っている露天商を過ぎると、いままでの薄暗いだけの路地裏から景色が変わった。
暗いのは相変わらずだったが、今までが暗黒の暗さだったのなら今居る場所は全ての色が混じった結果の黒だった。
雑多な奇妙な装飾品や露天が並び、その後ろには奇妙な光を放つ看板を掲げた店があった。
「不思議な場所ですね。夜のようで昼のような」
「わぁ……」
大して感動もしていないマイディとは対照的に、ハンリは初めて見る景色に目を奪われていた。
こんなにも変な場所は見たことがなかった。
東大陸の流れを汲む衣装を来た人物が通り過ぎる横では、ドワーフが北国の特産品である蒸留酒を売っており、その向かいでは南部の出身と思われる褐色の肌の人間が見たこともない果物を売っている。
混沌。
喧噪に飲まれるような騒がしさはなかったが、その分、怪しさは大きかった。
所々に掲げられている看板は光の精霊を用いているのか、淡く光っている。
そのうちの一つにスカリーは入っていった。
「おい、マイディ、ハンリ。おめえらも来い」
スカリーに呼ばれて、ぼーっとしていた二人は慌ててスカリーの後を追った。
店内にはなぜか靄がかかっており、視界が悪かった。
何の店かも知らないままで入ってしまったのでハンリは少し不安だった。
それでも、スカリーとマイディがいれば大抵のことはどうにかなると考えていた。
マイディのほうは視界が悪いことに対して、ちょっと不満だった。
ドアをくぐって、三歩。
いきなり三人の前におんぼろの椅子に座った老婆が現れた。
「ひっ!」
ハンリは驚いて小さく悲鳴を上げ、マイディは反射的に山刀を抜いていた。
「待て待て。このばあさんは受付だ。登場の仕方が悪趣味なのは確かだけどな」
何かを諦めた表情でスカリーはマイディを制止する。
「……本当ですかあ?」
マイディは非常に疑わしげな視線をスカリーに送る。
「ヒッヒッヒッ。なんだい、シスターのくせにそんな危ないモン振り回すのかい。罰当たりだねぇ」
沼底から響いてくるような不気味な声で老婆は笑う。
「……とても怪しいですね。そもそもこんなにおばあさんなのに店主じゃないんですか? 器量が悪かったんでしょうね」
「失礼な娘だねぇ。人生の先輩に対して。ヒィーヒッヒ」
あくまで不気味な雰囲気を老婆は崩さない。
老婆は笑っているが、マイディはどうにも疑わしげだ。
ハンリはおびえて、マイディの後ろに隠れていた。
「ばあさん、俺たち三人分で頼む。出来れば一緒に」
ハンリとマイディのことは極力考えないようにして、スカリーは目的を果たすことにした。
「三人一緒ぉ? できないことはないけどねぇ。割増し料金だよ」
「かまわねえ。頼むぜ」
仕事になった途端、普通の口調になった老婆に、マイディは肩すかしを食らったような気分になる。
「普通に喋れるんじゃないですか。おばあさん」
「ヒーヒッヒ。雰囲気作りじゃよ」
再び雰囲気重視に戻った老婆にさすがにマイディも呆れる。
「三番の部屋にいきな」
再び仕事モードに入った老婆はスカリーに一本の鍵を渡す。
鍵を受け取ったスカリーは礼を言うと、奥に進んでいった。
マイディとハンリも後を追う。
靄がかかった回廊を進んでいくと、数字の書いてある扉が並んでいる場所に出た。
順番には並んでおらず、規則性も見いだせない。
「三番、と言ってましたが、どこでしょうね。一番奥とかは勘弁して欲しいのですけど」
「三番だけは不変だ。必ず真ん中に来てるから安心しろ」
扉の数字を確認しながらスカリーは扉の前を通り過ぎていく。
後からハンリとマイディもついてく。
そのうちに、三番の扉が現れる。隣は五八番だった。
ノックもせずにいきなりスカリーは扉を開けて中に入る。
ハンリは驚くが、マイディのほうは平然とスカリーの後に続こうとして、ハンリにぶつかる。
「あら? ハンリちゃん、早く行かないといけませんよ」
「う、うん……」
どこか納得できないものを感じつつも、ハンリも三番の扉の部屋に入る。
部屋の中はうずたかく積まれた書物であふれていた。
もはや、空間と表現していい状態にある場所は、スカリー達が入ってきた入り口周辺と、この部屋の主であろう女性が何かを執筆している部屋の中心部だけだった。
ハンリは後ろから扉が閉まる音がするのを聞く。
マイディが閉めたことは分かったのだが、部屋の主と思われる女性から目が離せなくなっていた。
本に埋め尽くされ駆けている部屋の中心にいるのは若く、そして妖艶な雰囲気の女性だった。
羽ペンを持った手以外を全く動かすことなく一心不乱にページを埋めていた。
執筆作業には不向きと思われるようなやけに露出が大きい格好をしているので、胸元が丸見えになっているが、そんなことには頓着していないようだった。
スカリー達に気づいた様子もなく、女性は何かを書き綴っている。
「おい、レンナー。客が来た時ぐらいは愛想よくしねえといい加減に追い出されるぜ」
「……」
レンナーと呼ばれた女性は何も反応しない。
初めて羽ペンを持っているほうの手以外を動かしたかと思うと、ぱらりとページをめくり、そのまま執筆作業を再開した。
「この方、耳が聞こえないんですか? さっきから全然わたくし達に気づいてませんし」
スカリーに耳打ちするようにマイディは尋ねる。
だが、スカリーは頭を振って、否定する。
「違う。コイツは単に熱中してるときには他のことに気が回らねえのさ。鼻先にニンジンぶら下げられた馬と一緒だ」
書物の山を崩しながら、スカリーは夢中で書き続けている女性に近づく。
最小限の動作で羽ペンを取り上げる。
「……ん? なんじゃ? わらわの邪魔をするのは何者じゃ?」
やっとスカリーに気づいたレンナーが顔を上げる。
書いているときには分からなかったが、その顔には幾何学的な文様が彫り込まれていた。
「なんじゃ、ポールモートの小僧か。何の用じゃ? わらわは忙しい」
「どの客にもそんな態度なのかよ、おめえは。仕事だよ」
「嫌じゃ」
「はっ倒すぞこのアマ」
「ふん、冗談じゃ。冗談も分からんからいつまで経っても小僧扱いなんじゃよ」
鼻を鳴らしながらレンナーは背筋を伸ばす。
伸ばしすぎて、多少ふんぞり返るような姿勢になっているが、スカリーは特に何も言わなかった。
ハンリは会ったことのないタイプの人物に困惑していた。
明らかに容姿はスカリーより若いにも関わらず、口調は老婆のような見た目は一応、人間。
正直、どういう顔をしていればいいのかが分からなかった。
「貴方、うら若き女性がそんな言葉遣いでは神の恩寵を受けることはできませんよ。さあ、祈るのです」
マイディは特に躊躇している様子は無かった。
「なんじゃこの妙な小娘は。わらわは高貴なる古きエルフの一族、レンペンデリエナー・ノルグ・シュベンドワイスじゃぞ? まさかその名を知らぬわけではなかろう」
「知りません。わたくし、あまり長い名前は覚えられないのです」
微笑みながらマイディが挑発的な言葉を返す。
だが、レンナーは特に気を悪くした様子もなく、腕を組んでスカリーに目線を移した。
「で、ポールモートの小僧よ。わらわの執筆の手を止めてまで頼みたいこととは何じゃ? 中途半端なことでは納得せんぞ」
椅子に座っているので、スカリーを見上げる状態なのだが、心の目線は限りなく上からだった。
「多分俺たちの誰か、もしくは持ち物に探知の魔法がかかってる。どれが当たりなのかわからねえから全部解除してくれ」
「なんじゃ、そんなことも出来んのか。ポールモートの名が泣くぞ、小僧」
「うるせえ。仕事ぐらいはとっととやりやがれ、この文字狂いが」
「ちょっと待ってくださいスカリー。わたくし達、探知されていたんですか?」
何でも無いことのように、魔法の解除を依頼したスカリーにさすがにマイディも思わず尋ねる。
魔法を使われた覚えがないので当然だった。
面倒くさそうにスカリーはマイディとハンリのほうに振り向く。
「当たり前だろうが。放棄領域でのリリゼット、そしてミルトラでの襲撃。トモミスでの一件はともかく、俺たちが通ってるルートがなんで分かるんだよ。しかも店の中に居るって事までバレてたんだ。そうなりゃ探知の魔法を疑うぜ」
「で、でもスカリー。わたし達は魔法なんて使われてないよ」
マイディの後ろからハンリが声を上げる。
だがスカリーは帽子をやや深く被って、目線を隠した。
「……ハンリ、探知の魔法がかかっているのは多分おめえだ」
「え⁉」
「おめえは誘拐されたときから服は代わってるが、装飾品やらはそのままだ。俺やマイディに魔法がかかってると考えるよりも、そっちにかかってると考えるほうが自然だ」
つまりは、スカリーとマイディが襲撃を受けたことも、ハンリがいなかったらなかった、ということになる。
「そんな……わたしが、スカリー達をピンチにしてたの?」
うつむいて、暗い顔をするハンリの頭にスカリーは手を置いて、髪をわしわしと乱す。
「ぅきゃ」
「暗くなってんじゃねえよ。終わったことは終わったこと。これからを考えろ」
乱れた髪を直すために顔を上げたハンリにスカリーはそう言い放った。
「……うん」
どことなく、うれしそうにハンリは応えた。
「こほん。いいかの? わらわも早く仕事をさせて欲しいのじゃが」
しびれを切らしたレンナーがわざとらしい咳払いと共に、非難の声を上げる。
肩をすくめてからスカリーは振り向く。
「おう、とっとと頼むぜ」
「ふん、一丁前の口をききおる。ほれ、そこの妙な気配のシスターと、やけにおどおどした小娘もこっちに来んか。わらわはあまり気が長い方ではないぞ」
マイディとハンリは顔を見合わせて、なんとなく吹きだしてしまってからレンナーが書き物をしていた机に近づく。
「どれ、始めようかの」
レンナーは目を閉じて、それぞれの手の指でまぶたを撫でる。
ゆっくりと開かれたレンナーの瞳は複雑な文様が浮かび上がっていた。
明らかにハンリは動揺し、マイディもほんの少しだけ身構える。
「ふふふ、動揺するでないわ、小娘どもめ。わらわのこの目はなにも命を奪うものではない。お主達にかかっている魔法を見るための目じゃ」
意地悪く笑いながらレンナーは薄目でマイディとハンリを見る。
「あら、それならわたくしもできますわ」
対抗するかのようにマイディの緋色の目が更に色を濃ゆくする。
じわじわと、マイディの目にも魔力の流れがおぼろげながら見えるようになる。
そして、知る。
目の前の、レンナーがとてつもない魔力を内包しているということを。
「お、面白い方ですね。そんなに無駄に魔力を垂れ流しているだなんて」
「なぁに、わらわの魔力は多すぎるゆえな。どんなに漏らすまいとしても漏れてしまうのじゃ」
なんとか皮肉ろうとしたマイディにレンナーは余裕で返す。
この返しは予想していなかったのか、マイディはなんとか上手く返せないかと考えるが、言葉が出てこない。
「おいおい、マイディもレンナーも無駄に意地張ってねえでさっさと進めてくれ」
片眉を上げてスカリーは二人を仲裁する。
「……ここはスカリーに免じて引いておきましょう。ですが! わたくしは決して負けたわけではありませんよ」
「上等じゃ小娘。時が来たらわらわの名をその無駄に豊満な胸に刻んでくれるわ」
妙なところで意気投合していた。
「仲がいいのか悪いのか……山刀抜かなかっただけマシか」
スカリーはひとりごちる。
ちなみにハンリはおろおろとしているだけだった。
満足そうに頷きながらレンナーが短く何かを唱えると、その目から幾何学的な文様が消える。
「ふむ……ポールモートの小僧、お主の予想は当たっておるし、外れてもおるな」
「どういうこったよ。もったいぶっていいのはバースデープレゼントだけだぜ」
「そのハンリ、とかいう小娘だけではなく、全員に探知の魔法がかかっておる」
羽ペンをスカリーから取り戻しながら、大したことでもないというようにレンナーは告げる。
だが、スカリーとマイディは違った。
二人の顔が引き締まる。
「冗談……じゃねえか。だったら良かったんだけどな」
「さてさて、一体何者でしょうね。わたくしにもスカリーにも気づかれずに探知の魔法をかけたのは」
二人とも何らかの魔法を受けた覚えはなかった。
バスコルディアで受けていたとしても、スカリーとマイディ、二人ともが受けているというのはおかしかった。
つまりは、ハンリを護衛している道中で受けたことになる。
(マズいな。相手方に偵察能力が高いのがいる可能性があるな)
心の中でだけスカリーは呟く。
どこに潜んでいるのかが分からない以上は、情報は出来うるだけ漏らしたくなかった。
「じゃあ、とりあえず全部解除してくれ。確実にな」
「その金髪の小娘にかかっておる加護も解除することになるがよいか? ちなみにそっちの無駄に胸が豊満な小娘には加護はかかっておらんが」
「……全部やっちまってくれ。あと、おめえも喧嘩売ってんじゃねえよ。どんだけ年下をからかいたいんだよ」
「わらわは永遠に生娘のように可憐なのじゃ。どれ、解いてやるから動くでないぞ」
優雅な動作でレンナーは空中に何かを描く。
指先に光が灯り、レンナーが描いた軌跡が空中に浮かび上がる。
「折れよ」
絶対的な上位者からの命令によって、空中に留まっていた光がスカリー達に向かう。
まさしく光の速さであったソレは、反応する間もなくスカリー達を通り抜けて溶けるように消えた。
「終わりじゃ。お主達にかかっておった魔法は全部解除した」
そのままレンナーは再び猛烈な勢いで何かを書き綴り始めた。
実感が湧かないものの、レンナーのことは一応信用しているスカリーはそれで納得する。
「ありがとうよ、レンナー。今度来る時には何か持ってきてやるよ」
短く礼を言って、スカリーは入ってきた扉に向かう。
訝し気なマイディとハンリに声をかけ、三人とも部屋から出る。
一番最後になったスカリーが退出するときに、レンナーはスカリーだけに聞こえるように言った。
「ポールモートの小僧。あの尼僧服は何者じゃ? あの目は人間のモノではないぞ。強いていうならば、東大陸にいるという……」
「アイツはマイディ。バスコルディア教会唯一のシスター、マイデッセ・アフレリレンだ。今のところは、な」
レンナーのほうを見ずに言葉をさえぎると、スカリーはそのまま扉から出ていった。
「……ふん、年上の言うことは素直に聞くものじゃ」




