足音
私はただ、抱きしめてほしいだけだった。
私は自分の部屋でベッドに横になって天井を見上げている。
天井はシミひとつない。
なにか面白いものが貼り付けてあるわけでもない。
それでも私はただボーッと眺めてた。
頭は空っぽだった。
でも、耳だけは神経を尖らせていた。
『ガチャッ!』
静かだった家に、玄関から突然その音が鳴り響く。
人形のよぅな私の体が、一瞬小さく跳ねる。
帰ってきたのは母だろうか、
それとも悪魔だろうか。
靴を脱ぐ音。
ドスッドスッという乱暴な足音。
階段を上がる音。
一つ一つの音が私を恐怖に震えあがらせた。
あいつが、帰ってきた。
私がゆっくり窓の外に目を向けると、小さな鳥が木の枝にとまっている。
とても平和な絵だった。
『ガチャ』
そんな私の後ろで、部屋の扉が開かれた。
扉のノブに手をかけたまま立ち止まっている、その人に目を向けた。
紺色のセーラー服に、長めのスカート。
踝までの白いソックス。
天然パーマでアチコチに毛が飛んでいるショートヘア。
大人しそうで地味なその服装が、私に絶望と恐怖を植え付けた。
私の6つ上の姉が、そこに立っていた。
お互い、無言だった。
姉の目は黒く虚ろで、私を見ているようで違う何かを見ているようだった。
私もベッドに座りなおし、多分虚ろな目で姉を見つめていた。
姉が、一歩、
こちらに歩を進めた。
『きた』と思った。
姉が一歩一歩、踏みしめるように私へ歩いてくるたびに、
私の体は縮こまった。
(ごめんなさい、ごめんなさい、許して、やめて下さい)
私はバカみたいに頭で願った。
その小さい足音でさえも、私にとっては最大級の恐怖だった。
姉は私のすぐ前まで来ると、下を向いて動かない私の髪の毛を掴み、もう一方の手を振り上げた。
全てがスローに見えた。
頭の中がなんだか熱くなり、これから来る痛みに備えているようだった。
私は弱々しく手で頭を守ったが、あまり意味は無かった。
「ガツンッ!!」
頭の中で、音がした気がした。
私は実の姉から虐待を受けていた。