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十七年前の真実 〜佐久間警部の記憶〜  作者: 佐久間元三
プロローグ
1/15

突然の訪問

 ある晴れた休日の午後。


 佐久間は、妻と自宅の縁側で梅の木を眺めながら秋に計画している京都旅行について、話していた。


「本当に楽しみだわ。この仕事は、盆暮れ、正月全く関係ないんだから」


「・・・本当だね。申し訳ない」


「冗談よ、冗談。気にしないで」


 千春は、笑った。


「刑事の妻だからとうの昔に諦めているわ。だから、尚更京都旅行は楽しみね」


「ツアーに参加すれば、有名な観光地は沢山回れるはずだよ。吟味して、じっくり回っても良いし。まだ時間はある。ゆっくり決めれば良いさ」


「わたしは、清水寺には行きたいわ。あと、庭園が綺麗なところと人力車」


「・・・どこでもいいさ」



「ピンポーン」



 玄関のチャイムが鳴った。


「誰かしら?はーい、今行きます」


 千春は玄関に急いだ。


「新聞屋さんかい?」


「まっ、あなたったら?」


「お待たせしました。あら? 」


「こんにちは。お邪魔かな?」


「いいえ。ご無沙汰しております。あなた、懐かしい人がお見えよ」


「懐かしい人だって?」


 佐久間は、振り返ると、そこにはかつての上官が立っていた。


「下山先輩!どうされたんです?お久しぶりです。驚いたなぁ。先輩が家に来るなんて。何年ぶりかなぁ。よく訪ねてくれました!」


 佐久間は、下山の手を取り握手した。


「近くまで、来たもんだから、寄って顔を見たくなってな。元気そうでなによりだ。千春さんもお変わりなく」


「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」


 佐久間は、縁側に下山を案内した。


「ほう。見事な梅の木だな。ここまで育てるのに何年かかった?」


「十年になりますか。家を購入した時に。妻とこうして、捜査のない平和な日に梅の木を眺めながらお茶を飲みたいと思いまして」


「いい心がけだな。俺も真似すれば良かったかな?」


「ご冗談を」


 千春が、お茶を運んできながら、

「この人も、私も最近時間を取れる時はこの縁側でよく色々なことを話すんです。捜査のことは、主人は話しませんが。縁側を作って良かったですわ」


「・・そうですか。千春さんを大切にしとるようで、安心したよ」


「下山さんには、仲人して頂きました。あの時は、本当にお世話になって」


「いやいや。こちらも楽しかったよ。君が儂にとって初めての部下だったしな」


「・・・来週ですね」


「・・・ああ。来週だ」


「来週?・・・来週がどうかしましたの?」


「下山先輩、来週の誕生日で退官になるんだ。来週、改めてご挨拶しますが本当にお疲れ様でした。先輩」


 佐久間は、尊敬の念を込めて、下山に頭を下げる。


 千春も同じく頭を下げた。


「・・・頭を上げてくれ。儂の方が、君たちに頭を下げなきゃいかん」


 下山も、佐久間たちに深々と頭を下げた。


「やめてくださいよ、先輩!」


「いや、本気じゃよ。儂は君たちにお礼を言いたかった。捜査とはいえ、新婚だった君を中々、家に戻してやることも出来なかった。一歩誤れば命を落とす危険な任務もあった。でも、君だけは儂に何一つ文句言わず捜査についてきてくれた。千春さんもよく佐久間を支えてくれた。感謝してるよ。我々刑事の仕事は、理屈じゃない。疑わしくは、肉親でも捕まえなきゃいかん。因果なもんじゃよ」


「・・・下山先輩には、刑事が何たるか骨の髄まで叩きこまれました。まだ、ヒヨッコだった私に正義とは何かを、教えてくれました。感謝しかありません。私こそ、私の判断ミスで先輩を何度、死地に立たせてしまったか」


「お互い様か?」


 佐久間と下山は目を合わせて笑った。


 〜 一時間後 〜


「先輩、退官後はどうされる予定ですか?」


「田舎の土浦に帰ろうと思う。妻の墓もあるし」


「再雇用の話は、断られたのですか?下山先輩なら、まだまだ現役で通用するのでは、ありませんか?」


「・・・いいんだよ。もう、君達の時代だ。残す意思や伝えなきゃならん物はしっかり伝えた気がする。それに、妻とも約束していたんだ。定年したら、ゆっくり過ごすとな。妻には苦労を掛けてしまった。少し休んで、フルムーンにでも行くさ」


「・・・そうですか。奥さま、きっと喜ばれますね」


「・・・ああ。しかし、一つだけ心残りがあるよ。未練と言うべきか」


 佐久間は、静かに確認した。


「・・・あの事件ですか?」


「どうしても解決出来なかった。君は、あれが初めてのヤマだったな?」


「・・・辛かったですね。あの時は」


「あと少し早ければ、命を二つ救えたかもしれん。一つの事件で家族がバラバラになってしまった。佐久間君、私からの最後の教えと思って聴いて欲しい」


「・・・はい」


「リーダーになると、見えるものも増えるが見えなくなるものも増える。どの事件でも初動捜査が基本だ。我々は犯人を捕まえるだけではなく、事件に関わる全てに冷静かつ大胆に当たらなければ。喜ぶ家族、悲しむ家族、恨む家族に対して公平かつ差別することなく接しなさい。そして、警察はどんな時でも『正義』を貫なきゃいかん。君にはいつも、正義が宿っていることは十分知っている。今度は君や山川君が、私の意思を継いで、後輩に紡いでいって欲しい」


 下山は、佐久間の家を発って行った。


「いい先輩でしたわね。あなたを育てて山川さんを育てた」


「ああ。厳しいが、気高く誇りを持って捜査に臨んだ孤高の刑事だったよ。私もあの人の背中を見て、正義を貫いて、ここまで来られたんだ」


「あなたの最初の事件って、あの事件?」


「ああ。私にとっても先輩と同じく、警察は万能な組織でない。無力であると痛感したあまり思い出したくない事件さ」



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