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変わり者達のささやかな日常。

終わる世界の私の隣。

作者: 久希ユウ

今日で世界は終わるらしい。


朝早く、いつも通りにテレビを付けたらそれを知った。

占いとかショートアニメなんかも流している定番のニュース番組からじゃなくて、白い背景に人間離れした美しい顔立ちの男が映った番組。


ドラマか何か?


違った。地上波もBSも、チャンネル全てがそれだったから直ぐに異常さに気付いた。


今日で世界は終わる。


男は死刑判決を下す、裁判官顔負けの冷淡な表情で淡々と語った。

決定事項だと訳の分からない常識外れな言葉に私は「はぁ?」と焼けた朝食パンを運んで来た母と顔を見合わせた。

信じられる訳が無い。けれど、照明の灯りだと思っていたそれが宙に浮かんだ光の輪っかで、テレビの白い背景が男の背に生えた羽だと気付いた時に「あっ、本当なのか」と妙に私は納得してしまった。


「それで、世界が終わる日に何で白瀬は俺を呼び付けたわけ?」


太い眉が男らしい顔には似合わないアセロラなんて飲みながら、クリーム色のスベスベした席に向かい合って座る男、岬信太は呆れに似た眼差しで私を見据える。

曲も流れていない静かな店内。

お盆を持ったウェイトレスが行き交うファミリーレストランの店内は私と信太以外に遠感覚に客が数人居るだけだ。


「いいでしょ。家に帰っても誰も居ないんだもん。幼馴染なんだから人生最後の今日くらい付き合ってよ。あと、昔見たいにゆかりって呼んでもいいよ。私も岬じゃなくて信太って呼ぶから」

「何だ今更、急に。お前が呼ぶなって言ったんじゃないか。友達に要らん誤解をされるからって」

「だって、やっぱり呼びにくいもん。ゆーちゃんでも可だよ、しん君?」

「…………」

「冗談よ。普通にゆかりでいいよ、信太」


からかいが過ぎたか。

不機嫌な信太に頬杖を付いて投げやりに言う。


「お前、今日おかしいぞ」

「そうかな? うん。そうかも」


空いた手でストローを弄って氷で遊ぶ。さっきまでメロンソーダが入っていたコップだが、今はカランと鳴るおもちゃでしかない。


「信太、注いで来て」

「はぁ。何で?」

「メロンソーダね。お願い」


眉を寄せる信太にコップを突き出す。そして、そのまま私は机に突っ伏した。

何も聞かない、頑固な私の意思表示。

信太の呆れたため息が一つ、聞こえた。それから、席を立つ気配がして私はゆっくり顔を上げ、窓の外を見ながら信太の帰りを待つ。


「はい」

「ありがとう」


並々に注がれたエメラルド。惜しいのはバニラアイスとチェリーが乗っていない事。

バニラアイスだけでも注文しようか。深めのガラス食器に盛られたそれは上にチェリーじゃなくて、ホイップクリームとミントで、おまけに要らないポップでカラフルなチョコレートまで散りばめられてるけど要らない部分は信太に押し付けてしまえばいい。


(お金、足りるかな?)


そんな事を本気で考えていると信太の声で現実に引き戻された。


「それで、幼馴染だからって何で俺なわけ? 女友達を誘えよ。それに彼氏だって居ただろうが」

「京子達には用事があるからって断られた。彼氏には……振られた」

「はぁ?」


「何で」と眉を寄せる信太に私は少し笑って見据える。


「信太はさ。今日で世界が終わるって信じてる?」

「信じてない」

「だろうね。信太はそういうの信じないタイプだもんね。でも、彼氏は信じたんだよ」


私はストローを弄ぶ。


「何かね、本当に好きな子が居るんだって。最後の日だから絶対に後悔したくないってその子の所に行っちゃった。上手くいってたら、今頃は一緒にイルミネーションでも見てるかもね」

「勝手な奴だな」

「だよね。私だって最後なのは変わらないのにね」


電話越しで「ごめん」と謝る彼氏の声を思い出す。

大好きだったのに。本当に好きな子が居るなら何で私と付き合ったりしたのか。

乾いた笑みを浮かべながら、私は視線を外に向ける。


「見てよ、あのスーツの人。世界が終わる日っていうのに働いてる。買い物袋からネギが見えてるおばさんも居るし、あの子なんてランドセルを背負ってるよ。学校の帰りかな? いつも通りで、拍子抜けしちゃう」

「それを言うなら俺達だって学校の帰りだろ。午前で終わったけど」

「そうだったね」

「みんな、信じてないんだよ。世界が終わるなんてさ。目立った混乱が無いのがその証拠だろ。現に今朝のあの映像もどっかの宗教団体による映像テロなんて言う輩だって居るぞ」

「それか、時期外れの四月馬鹿?」

「かもな」

「フフッ、だったらいいね……あっ」


私は目を見開いて驚いた。

通りで冷える筈だ。空から雪が降って来た。


「知らなかった。今日、雪が降るんだ」

「テレビの天気予報はあの映像のせいで全滅してたからな」

「信太は知ってたの?」

「知ってた。スマホの天気予報は潰れてなかったからな。まぁ、ネットの話題は主にあの映像でもちきりだったがな」

「ふーん。ハイテクだね」


コクリ、ジュースを飲んでから私は横に置いていた鞄を掴む。


「出ようか、信太。私、もっと近くで雪が見たい」

「どうしても、俺を付き合わせるのな」

「当然。最後だもん。悔いは残したくない」


結局、注いで来て貰ったメロンソーダを一口飲んだだけで席を立つ。向かいでは諦めた様子の信太がため息を吐く。

頑固で頑なな私に信太は慣れている。何だかんだ言って、信太は優しいから。だから、否定してぶつかるよりも折れる方が早い。

私はそれを横目に筒状に丸められた伝票に手を伸ばした。すると、素早い信太に奪われた。振り向けば私よりも頭一つ分も背が高い信太が私を見下ろす形で隣に立っている。


「私の分は自分で払うよ?」

「いいよ。俺が奢る」

「何で? 信太は奢るのも奢られるのも嫌いでしょ。落ち着かなくなるって言ってたじゃない」

「いいんだよ。だって、今日は最後の日なんだろ?」


信じてないって言ってたじゃない。

信太のその一言に私は驚く。けれど、何か文句でもあるのかとバツが悪い子供染みた信太の表情に私はふと笑ってしまった。


「じゃあ、お言葉に甘える。ありがとう、信太」

「おう」


頷いて、前を歩き出した信太の隣に私は並ぶ。


今日で世界が終わる。


呆気にとられて泣けなくて。惨め過ぎて笑うしかなかった今日この日、私の隣に居たのは家族でも女友達でも彼氏ですらなく、仏頂面で優しい信太が居たのは案外、幸せな事だったと私は思った。









 

ありがとうございました。誤字脱字あれば教えて下さい。

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