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そういう嘘でもあなたが言うと本当に聞こえちゃうから勘弁してください、前島さん

 四月に入ってもまだもう少し春休みで大学はお休みだ。生活習慣のすっかり崩れてしまっている僕は、十時くらいにようやく起き出して、朝食とも夕食ともつかない食事を取りつつぼんやりしていた。

 テレビの通販番組を何となく眺めていたら、そこでようやく前島さんも起きてきたみたいで、大きなあくびをしつつ居間に入ってきた。


 ぼけっとお茶を飲んでいる僕を見て、前島さんはにやりと笑う。

「おう、おはよう」

「おはようございます」

「何だ、冴えない顔してるな。もうそろそろ大学始まるだろ? 大丈夫なのか?」

「そうてすよね。そろそろ…あー、このままずっと春休みが続けばいいのに」

 僕の本音に、前島さんは大声で爆笑した。

「まあそうだよな。そうはいかないんだけどな。でももう四月だ…切り替えていかないとな」

「そうなんですけどねえ…」

 なかなかそうはいきませんよ。


 前島さんは食卓、僕の向こう側の席に着いた。食パンをトースターに突っ込み、ポットから紅茶を淹れる。

 そのあとは、しばらく静かな時間が続いた。佐々木さんや花笑ちゃんはどこかに出かけているらしく、何だか珍しく平和な一時だ。穏やかな気持ちで、お昼のニュースを流し始めたテレビを眺める。


 チン、と高く鳴いて跳ね上げられたトーストを取り、バターを塗りつつ、前島さんはこれも穏やかに、

「──まあ、新学期が来ればいいんだけどな」

「……え?」今何か不穏な言葉が聞こえませんでしたか。

「今、なんて?」

「いや、さ……折角ユーヤも進級できたのに、その新学期が来ないんだなって思うと、気の毒というか……」

「え、いや、新学期が来ないって、どういう」

 額に手を添えてうつむき加減で、そんなアンニュイに。


「──ん、何だ、知らなかったのか?」

 ふっと前島さんは僕を見て、本当に気の毒そうに眉根を寄せた。

「そうか……知らなかったか。なら私は君に、残酷なことを言わなければならないのだな」

「え、え? 残酷なこと?」

「そうとも」

 前島さんは、悲痛そうに頷いた。悩ましげに、「いや、でも、むしろ教えない方がいいということもあるか……」とか呟いている。


「な、何なんですか。教えてください」

「……知りたいのか?」

「はい」

「知らなくてもいいかもしれないんだぞ?」

「そ、それでも、知りたいです」

 僕に新学期が来ないって……ち、ちょっと怖いけど。


 そうか、と前島さんは頷いて、けれどまだ思案した後、バターを塗り終えたトーストを一口かじり、

「実はな、あと3日くらいで、世界が終わるんだ」

「ええ!?」

 そんなエクストリームな。


「どうしてまた、そんなことに」

「さて……原因は何とも言えない。だけど、あたしの占いにもそう出たんだよ」

「そんな……」前島さんの占いで出たんじゃ、それはもう確実に……

 おろおろしている僕を眺めながら、前島さんはトーストをかじる。


「前島さん、どうしてそんな落ち着いているんですか。世界が終わるんでしょう?」

「でも別に、できることなんてないからな」

「そんな……一体何が起こるんですか」

「さてなあ」前島さんは顎を撫でる。「何が起こるだろうなあ。隕石が落ちてくるか、天変地異か……」

「て、天変地異?」

「そう。地震雷火事オヤジ、津波台風騒音オバサン」……ん、何か、ちょいちょい変なの混ざってませんか。


「ま、あたしは空から恐怖の大王が降ってくるってのが一番怪しいと思ってるけどな」

 あれ、何だかますます怪しくなってきたぞ。むしろ前島さんの言が怪しげになってきたぞ。

 うーん……


 思い悩む僕を、前島さんはしばらく黙って眺めていたけれど、

「……ぷ」

 とうとう堪えきれなくなったというように吹き出した。そしてもう遠慮なく呵々大笑する。

「……前島さん?」

「……は、は。いや、悪い」

 言いながらもまだ笑う。何だろうと見ていたら、前島さんはあらぬ方向へ視線を向けながら「どうせ降ってくるなら女の子にしてほしいよな親方ぁー」などとつぶやいている。確かに、恐怖の大王とか人型の古代兵器とかが降ってくるよりはその方がずっと平和だけど……いや、逆にそこから物語が始まってしまうということもあるのか……? 見るともなしに、何となく僕も前島さんの視線を追うと、その先にはカレンダーがあった。

 壁に掛かっている。


 横に並んでふたつ。右に月暦で、左は日めくり。で、右で前面にあるのは今月、四月で、そのとなりに大きな黒字で主張しているのは、

 ……あ。

 もしかして。


「……前島さん」

「うん?」

「明日世界が終わるって、嘘でしょう」

 今日は四月一日。

 すなわち、四月馬鹿。

「正解」

 前島さんはからからと笑いながら首肯した。


「もう……からかわないでくださいよ。本気にしちゃったじゃないですか」他ならない前島さんが言うんだもんなあ。でも前島さんは全く悪びれもなく「御免御免」と言う。

「いやあ、ユーヤがころっと信じちゃうもんだから、おもしろくなって、つい」

「つい、じゃないですよ……」

 全く。


 それにしても、今日はエイプリルフールか。

「…………」

 うわあ、今日は警戒しておこう。

 前島さんだけでなく、ゆうやけ荘は、この手のイベント大好きな人ばっかりだからなあ。


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