鳩時計 気になる人
(この人一体何者なんだろう。)
図書部へは月一回の部会に顔をだし、それ以外は習い事や塾などを言い訳にして行かなかった。
最初からそのつもりだった。しかし予想外の展開になった。
ありえない本を読んでいる人がいる。二年生の織田睦。
最初の見学で僕に全く興味を示さなかった人だ。
読んでる本は懐風藻。
こんな本を読む高校生がいるなんて。
懐風藻は日本最初の漢詩集。
その一週間後、次の本はビッグバン。
そしてその次は、
「おい、すげーぞ睦。」
坂本先輩の声に促され見た雑誌。巻頭を飾っているのは今話題のアイドルの水着姿。
「おー!」歓声を上げ楽しんでいる。
見学のときは僕に何の関心も示さなかったくせに。対象が違いすぎるから当然だけど、なぜか悔しい気分になる。
僕は織田先輩が読んでいる本を無意識にチェックしていた。そのため週一回は図書部に通った。
その一か月後は戦国大名の伝記。この人物は僕も興味があり本も読んだことがある。
同じ人物に興味を持っているだけで、不思議と親近感が湧いてくる。
月日が経つにつれ、僕が図書室へ足を運ぶ日が増えていった。
夏休み目前、図書部には特に夏の大会はないため、早々と3年生が引退した。
新しい部長には織田先輩が抜擢された。
当然か。趣味で漢詩を読むような人だ。
それから一週間、部会で織田先輩が林間学校への参加を募った。
「予定がない人はみんな参加!」
どうやら織田先輩はこの企画を強制参加にしたいようだけど、このやり方では全員参加させるのは無理そうだ。
部長としてはまだまだかな。部長になったばっかだし仕方がないけど、この部分は期待外れのようだ。
林間学校。あまり参加したくないな。生徒会が主催というのも気に入らない。けど…
織田先輩への関心度は、この僕に生徒会が主催するおままごとの企画なんかに参加しようなどと考えさせるほど日に日に増していた。
「信じられない。一翔が参加するなんて。」
茜が林間学校の申し込み用紙を僕の部屋の机で発見した。この企画には他の部活も参加する。文芸部もその一つらしい。
「茜、もう7時まわってるよ。」
土曜の午後、茜は物理と数学Ⅰを教えてほしいとよく押しかけてくる。
僕がそこに何も予定を入れないことを茜は昔から知っている。
「もう、そんな時間なんだ。まだ三問しか解けてなのに...」
茜は慌てて解いていた問題に意識を戻す。
僕はソファで懐風藻を読んでいた。
万葉集や古今和歌集の方がまだ勉強になる気がするけど。
「よくわからない。」
「え?何が?あぁ、また独り言ね。さっきら何読んでるの?」
「茜には関係ないよ。」
茜は少しふてくされながら、逸らした話題をまた持ち出してきた。
「ねぇねぇ、私も参加しようかな、さやかも誘って。」
「お好きにどうぞ。ほら、もう帰る時間。」
僕はソファから腰を上げて部屋の戸を開ける。遅くなると僕が非難の声を浴びることになる。茜はそういうところ鈍感だから、とばっちりを回避するにはこっちが気を付けてないと。
「はいはーい。」
茜は勉強道具を鞄の中に終い、部屋の電気を消す。
「お邪魔しましたー。」
誰も返事をしないと分かっていても、茜は来た時と帰るときのあいさつを欠かさない。
「別に言わなくもいいのに。」
聞こえてても返事なんてしない人たちだ。
「そういうわけにはいかないよ。お世話になったんだから。」
「僕にだけね。」
「もう、あー言えばこー言うんだから!」
茜はすぐむきになる。
「お茶だって僕が煎れてるし。」
「そうでした。いつもありがとう。」
素直にお礼を言える茜は昔から変わらない。
そんな他愛もない会話をしてるうちに、すぐ茜の家の前に着く。
茜の家は代々お寺の住職。現住職は茜のお父さんだ。
「あぁ、一翔君。今日も茜を送ってくれたんだね。」
「こんばんは。はい、すぐそこんなで気にしないで下さい。」
家の前で茜のお父さんに出会った。
「そのすぐそこからの距離を送ってくれるんだから、優しいね一翔君は。」
こちらが恥ずかしくなるようなことをさらりと言う。この人が僕は昔から苦手だ。
「では、僕はこれで。」
「ありがとう、一翔。また月曜日にね。」
「失礼します。」
僕が逃げるように立ち去るのもお見通しだろう。
昔からあの人には本当の僕を見透かされてしまい、そのことに僕が気付いていることまであの人は分かっている。他人を見透かすのは得意だけど、見透かされるのは慣れてない。
そんな理由で他人なんて全く気にしないが茜のお父さんは一目を置いている。そしてまた一人関心を持つ人間が現れた。織田睦。今までに会ったことがない。
一体どんな人なんだろう?