鳩時計 二人の出会い
四月、公立で県内トップの鳩高校を主席で入学。
「本日は私たち新入生のためにこのような盛大な入学式を催して頂き、誠にありがとうございます。
今日、ここへ向かう道は私たちを包む春の穏やかな光で輝いており、満開の桜を見つけるたび、まるで私たち新入生を祝福してくれているような気がいたしました――」
入学式では思っていもいない言葉ばかりを並べ、新入生代表のあいさつを終わらせた。
母親は入学式に出席しなかった。僕を都内の私立高校に受験させたかった母。中学受験の時はインフルエンザにかかり受験を失敗した。今度こそはとやっきになっていたが、僕が言うことを聞かなかった。そんな事情で郊外の公立高校に顔を出すのを渋った。
あの家を出られることに魅力はあったが、所詮親の引いたレールの上。大学卒業と同時に実家に戻ることになるだろうとふんだ僕は、実家から出られなくてもあえて親のレールから外れる方を選んだ。
親を恨んだり、憎んだりしたことはない。でも、家族といて幸せを感じたこともない。
せめて二つ歳の離れた妹は理不尽な目に合わせまいと努めていたが、気付けばその妹もしっかり中川家の色に染まっていた。
親、親族、近所の目をとにかく気にして生きてきた。正確に言うと気にしているフリをしてきた。
そんな生活がつまらなくて仕方ない。でも、代々警視庁に勤める家に生まれてきてしまったことを悔やんでもこれも仕方ない。
運命を受け入れ自分をも傍観して生きていく。これが僕の人生だ。
入学してから、一週間。クラスに少しずつ馴染み始める時期。女子はすでにグループを作り始めている。
「ねぇねぇ、サッカー部の椎名先輩かっこいいよねー!」
「かっこいい!二年の坂本先輩もやばいよね!」
「あとさ―、
女子の声が小さくなる。
「中川君も影があっていいよね。主席だし。」
「わかるー!」
「え!全然わからない。ちっこいじゃん。」
小声でも聞こえてるんだよね。
小学生時代から一部の女子にうけがいいのは自覚している。だからといって噂されても何も思わない。それで、誰かが僕をここからつれだしてくれるわけでもないのだから。
でも...ちっこいは失礼だな。
いや、むきになることじゃない。どんな噂されようがどう思われようが僕の人生はもう決まっている。
帰りのホームルームのチャイムの音、担任が教室に入ってきた。
「明日から、部活見学が始まります。部活は学校の生活態度でも評価されるので、大学の推薦入試には大きく影響します。しっかり見学して、部活に所属しましょう。」
部活は入るつもりはなかったが確かにどこかに所属はしといた方がいいか。
部活動に参加しなくてもよさそうなとこにしようかな。
「ねぇ、一翔は部活どうするの?」
幼なじみの茜に下校時に質問される。
「まだ考えてないよ。」
駐輪場の僕の自転車の前で待っていた茜。
「茜、中学の時と違って自転車通学だから、もう合わせることないんじゃない?」
少し冷たく言う。
「そうだね。じゃあ、偶然ここで会ったときは一緒に帰ろうよ。」
茜にしては機転の利いた返しだな。僕と一緒に帰りたいときは偶然を装ってここで待ってればいい。
別にこばむ理由がないか。
「お好きにどうぞ。」
少し間を置いて答える。案の定、茜の表情は明るくなった。
「私、文芸部に入ろうと思うんだ。」
「そう。頑張ってね。」
ママチャリのスタンドを蹴り、気持ちゆっくりサドルに乗る。そして、バランスを気にしながらペダルを漕ぐ。運動神経が悪いと、乗るときと降りるときは人一倍気を張ってなくてはいけない。
そして、既に前方で茜が待機している。
自転車乗る練習でもしようかな。そんなことを思いながら待っている茜を無視して進んだ。
「あ、待ってたのに。」
後ろから茜が付いてくる。
翌日、隣の席の杉本君と部活見学に行った。杉本君は知的で話も合う。
「俺、放送部に興味あるんだけど見学行かない?」
誘われ一緒に行った。
文系の部活だが毎日がっつり活動している。春、秋の大会は毎回県大会優勝は当たり前のようだ。
杉本君は興味津々に部紹介を聞いている。
「もう少し、ここで話を聞いていくよ。中川君どうする?」
部活にここまで力を入れるつもりはなかった。
「僕は他も見て帰るよ。」
「了解。じゃあまた明日な。」
「また。」
放送部を出て、下駄箱に向かう途中で図書室があった。
図書部ってあるのかなとふと思い、図書室を覗く。静かに読書をしている生徒。本棚の陰でひそひそ会話をしている生徒。勉強に夢中になっている生徒。
特に部活動をしている気配はない。部屋を見渡していると、部室という看板が目に入った。
あるんだ、図書部。
部室の看板がかかっている扉を開けた。そこには数人の生徒が読書をしている。
「あれ?もしかして部活見学?」
三年生らしき人が近寄ってきた。
「はい。」
「そっか。俺は部長の堀田。今日は特に活動してないんだ。」
「曜日で決まってるんですか?」
「そうなんだ、月・木だよ。まぁ、ほぼ読書で終わるんだけどね。」
ここで決まりだな。
「分かりました。また来ます。」
すると、部室にいた他の部員が僕に気付いたらしい。
「おい、睦。あれ一年の主席だ。」
声を潜めても、ここまで聞こえる。
「そうなんだ。」
相方はあまり興味がなさそうな返事をしてこちらを見ようともしない。大概の人は見せ物の様に見てくるのに。珍しい...が気にすることでもないか。
「失礼します。」
図書室を出た。
翌日図書部の入部届けを提出し、僕は図書部の幽霊部員となった。