鳩時計 鳩時計
「では、これで文化祭早朝会議は終了です。お疲れ様でした。」
ガタガタ。ガタ。ガタガタ。一度にたくさんの椅子が動き出す。
「睦!図書室いくだろ?俺も行く。」
「おーよ。」
会議が終了するやいなや睦に声をかけてきたのは、三年生の坂本雄太だ。生徒会執行部の広報担当。そして、図書部に所属している。
「まぁ、今から行っても一翔がほぼ終わらせてるだろうけどな。」
「おーよ。」
雄太は少し、声を潜めた。
「いよいよか。緊張するぅ~。こんなこと言うとお前は何でだって言うだろうけど、これは曲げようのない俺の事実だ。緊張する。」
「おいおい。俺だって全く平気ってわけじゃないよ。」
(さっき、一翔にはあーは言ったけど。)
「図書部始まって以来の危機に立たされるかもなぁ。」
雄太はもともと写真部だったが、睦が声をかけて図書部に迎えた。
容姿端麗で、明るい性格なので女子からの人気が非常に高い。しかし、それを鼻にかけないので男友達も多い。自分をしっかり持っている典型的なタイプ。
雄太の撮る写真の定義は、本人いわく「心がうずくもの。」らしい。
その写真のテーマも斬新である。
例えば、学校のグラウンドの写真に「夏の風」という題名が付けられている。
しかし青い空が見えてるわけでもなく夏の生き物や花が映っているわけでもない。その写真からは、「夏」を感じさせる要素は一つもない。素人にはわからないのか。と本人に訊ねると、
「おう、あれはなぁ、本当は学校の中庭の大きいありを撮ろうと思ってたんだけどな、その時"ふわぁ"と風が吹いてな、湿気のある、夏だぁって感じる風あるだろ?あれが吹いたから、モデルをありから風に切り替えて撮ったんだよ。次の季節を予感させる自然現象って理由もなくワクワクするんだよ俺。」
確かに、グラウンドの砂が少し舞っているのは分かるが…
裸眼では確認できることができない風。これを撮ったという雄太の支離滅裂な返答が睦の心を掴んだ。
風を撮る男=坂本雄太
図書部でその腕を魅せてくれと、引き込んだ。
雄太もまた変わった考え方の睦に興味が湧いたようで、あさっり交渉は成立したらしい。
図書部でも写真を撮る腕は着実に上げている。
「睦君。」
生徒会室を出て図書室へ向かう渡り廊下で、後方から声をかけてきたのは演劇部部長の管井悠だ。
「今日はよろしくね。結果出すために、とんでもない練習量積んだから、迫真の演技に期待しててね。」
「さすが悠だよ。最初から任せっきりだったけど、リハが期待以上のできでびっくりしたよ。本番もよろしく頼むな!」
悠は照れ笑いをして少し顔が赤くなる。
「そう言われたら、頑張るしかないじゃん!睦君はのせるの上手でやんなるなぁ。」
「本当のことしか俺言わないよ。」
確かにそういう奴だと二人は心で納得する。
「それと、暗幕の件だけど、今日の最終リハ前に1年生に、言われた場所に付けてもらったから。確認だけしといてね。」
「ありがとう!助かったよ、後から見とく。」
悠は視線を少し遠くに移す。
「鳩時計また動き出したことは間違いないわ。すごい、神秘的だった。」
「なんせ、鳩高校だし?」
雄太がらかうように口を出す。
「学校のシンボルの鳩時計が30年間も放っておかれたなんて...」
と意味深に微笑しながら、次に視線を雄太に移す。
「陸君、例の約束忘れないでよね。」
雄太を見たままで睦に約束事の念を押す。
「陸、どんな約束をしたんだ?」
何か不穏な空気を感じ取った雄太が睦を睨む。
「まぁまぁ、そのうち分かるよ・・・」
逆に陸は雄太と目を合わせようとしない。
「と、あんまり話し込んでる場合じゃなかった。まだ準備が残ってるから、体育館に行かないと。」
悠は腕時計を見ながら、体育館に向かう姿勢をとった。
「悠、よろしく!」
「任せて。また後で。」
軽やかな足取りで悠は去っていく。
「おい!陸、約束って何だよ?俺に思いっきり関係あるだろ?」
「これが成功したら話すよ。そ、それより雄太、一翔も演劇部でステップ練習したら少しは運動神経良くなるんじゃあないか!!」
「ち、話を逸らせたな・・・
うーん、あいつにリズムに乗るという感性があれば。だな。」
「・・・・・・」
「ないわ。」
二人同時に呟く。一翔の運動音痴は筋金入りのようだ。
すると今度は茜と二年生の滝さやかが後方でおしゃべりをして、こちらの方に向かってきている。
「せっかく迎えに行ったのに、ひどいと思わない?」
「かず君は茜に甘えてるんだって。しばらくほっておいたら?」
「なるほどー・・・やってみようかな!」
「でも、茜にできるとは思えないけど。」
「もう!さやかも私をからかってる。私だってやるときはやるんだから!」
滝さやかは眼鏡が似合う和風美人。性格は悪くはないが、相手のご機嫌をうかがうことをしないので、女子の彼女への評価は分かれるようだ。しかし、そんなことは気にしないとこが彼女の肝が据わっているところ。
「あ!織田先輩!!」
茜は駆け足で睦に駆け寄る。
「茜ちゃん、俺もいるよ!!」
雄太は親指を立てて、手のひらをこちらに返す。
「坂本先輩、茜は織田部長のファンなんでアピールしてもだめですよ。」
さやかが後ろから声をかける。
「うそだろ!俺のが2.5倍増しいい男だぜ?!」
「2.5倍増しって、カップラーメンか俺たちは。」
ふざけた雄太に、睦が期待通りの突っ込みを入れる。
「あ、しまった。さやか悪いけど、今日の早朝会議の記録を生徒会から借りてこれるか?このれから図書部で合わせるときに、記録がないと一翔がうるさいんだよ。俺の記憶はあてにならんって。」
「ちゃんと持ってきてますよ。織田部長。」
笑顔で、バインダーを掲げてみせる。
「それにこれは、生徒会の記録とは別に図書部の記録用に複写したものです。」
「茜ちゃん、何でこいつはこんなに仕事ができるんだい?」
睦が感動している。
さやかは生徒会そして図書部で書記を務めている。昨年、睦に勧誘され図書部に所属した。もともと読書が趣味ではあるらしいが、このcoolbeautyな女子を睦がどうやって口説いて入部させたのかは図書部の七不思議になっている。
「織田先輩だからですよ。会長にはいつも注意されてるます!何でこれやってないんだ。ってね、さやか!」
「さっきのお返しね?茜。
じゃあ、そうですよ、私は織田部長の考えてることは大体分かるの。」
「わ!開き直った!」
茜が少し悔しそうに言う。
「ひゅ―ひゅ―。愛の告白が始まりました~。」
雄太が冷やかす。
「おいおい、こんな日の朝にそんな・・・」
和風美人相手に嬉しそうな睦。
「というか逆です。」
「何?!睦!お前、さやかのことが!!」
「えっ、え~!!」
驚く二人。
「あれぇ?」
続いて本人も驚く。
さやかがくすっと笑う。
「私が言いたいのは、織田部長は分かり易い。というのもそうですが、先輩は相手を縛らないから、動きやすいんですよ。希望の結果はしっかり伝えてくるんですが、その方法は自由なんですよね。途中、軌道がずれていれば、それを修正するようには言ってきますけど、それだけです。私みたいな人間はやりやすいし、先手も打ちやすい。今みたいに。」
と言って、また例のバインダーを手前に掲げる。
「そういうことか。」
ほっとする茜。
「確かに、俺も深く考えたことなかったけど、睦はやりたいようにやらせるよな。」
「俺のポリシーです。」
「でも、かず君にだけには少し違うみたいですね。」
(さやか、感も働くのか…)睦が心でつぶやく。
「まぁ、あいつは副部長やってるからなぁ。」
「そーね、一翔は性格という大きい問題があるしね。」
(雄太、茜ちゃん偶然だけど、ナイスフォロー!)
「そっかそっか、今のですっきりした。織田先輩の居心地の良さは、そういうことだったんだ。納得!」
自分の感情が腑に落ち、喜ぶ茜。
「今日はモテるなー俺!」
「なに!」
雄太が悔しそうにする。
「坂本先輩は普段からモテてるからいいじゃないですか。」
さやかが突っ込む。
「その他大勢じゃなくて、かわいい子にもてたい男心をわかってないなぁ、さやか。」
「え、それって私たちのことですか?」
驚きと喜びが混ざった顏で茜が訪ねる。
「もちろんだよ。」
雄太が決め顔する。
「坂本先輩すてき!!」
茜は浮かれ、さやかも面と向かって容姿を褒められ、少し顔が赤くなっている。
「あ!さやかも嬉しそう。めずらしー!」
そんな、かわいらしい二人の反応を見て、
「悪い、やっぱり今日も俺の勝ちだな。」
「俺の清き二票を返してくれ。」
雄太にあっという間に持って行かれた。
「そうそう、織田先輩に聞きたいことがあるんです。」
茜が少し深刻な顔になる。
「何?」
「体育館の鳩時計なんですけど…」