鳩時計 友人
宮下さやかは高校に入学して初めてできた友人だった。
桃は、さやかと他の女子を入れて四人グループで行動をほぼ共にしていた。
半年ほど経った頃、桃はさやかたちと会話が合わないと感じ、少し距離おいた。
二年生にあがり、桃の異変にさやかが気が付く。
桃は努力家で勉強も力を抜かなかった。校内順位はいつも二十位以内。
それを快く思っていなかったさやか。更に距離を置く桃の態度も気に入らなかっ
た。
さやかは次第に桃へ陰険な嫌がらせをし始め、そのとばっちりを避けるように、他のクラスメイトも見て見ぬふりをし、それはいじめに発展していった。
六月上旬の二者懇で担任の舘にそのことを打ち明けると、舘はそれを受けれてくれた。
「学校側としても、何か対処できないかやってみよう。」
舘は積極的に相談に乗ってくれた。
しかし、当時は学校にとっていじめは深刻な問題にならず、教員会議で議題候補に上げてもそれが通ることはなかった。
先生に相談したものの、すぐ解決する問題でもないことは当事者の桃が一番よくわかっていた。
学校へ行くのは憂鬱だったが登校拒否はしたくなかった。とにかく毎日通った。
そんな桃の支えになっていたのは、第一体育館の鳩時計。奇数時になると、鳩が飛び出すからくり時計。それはとても神秘的であった。
そのからくりは、周りの水晶やガラス玉が綺麗な光を放つ。大理石でできている鳩はその光を受けながら滑らかなに輝き、人の心を虜にする。
今年三月、放送部の大会で使う第一体育館の音響の調整をすることになり、放送部の桃はその作業に駆り出された。しばらく使われていないスピーカーも使用するため作業は難航し、終了予定時刻の四時を過ぎても調整は終わらなかった。
第一体育館の3階ギャラリーはフェンスの高さの問題で、普段は立ち入り禁止になっている。
その日は調整の為、フェンスに近づかないということと先生の監督の元で、特別にギャラりーに上がり、スピーカーの位置を確認をしていた。その時、五時を知らせる鳩時計が動き始めた。
ギャラリーから見る鳩時計は西側の小窓から入る春の優しい夕日を浴び、一層美しく輝いていた。そして、いつもは下のホールから見上げてみていた鳩時計が、3階のギャラリーでは目線と同じ位置にあり、いつもと違う角度から見る大理石の鳩は、凛とした表情で光を放つ。桃は思わず息を飲んだ。
「ギャラリーから見るとこんなに素敵なんだ。」
その日から桃は先生にばれないよう日を見計らい、第一体育館のギャラリーで、五時の鳩時計を見物することが習慣となった。
「渡辺さん、どうしたの?」
クラスメイトに声を掛けられ、少し驚く桃。
初枝は目を下に向け、一呼吸おき、再び桃と視線を合わせる。
「柳川さん、昨日三組の横井七瀬と何か約束したでしょ?」
「うん、したけど。」
「何を約束したの。」
「借りたい本がたまたま一緒だったから、私が返したら教えるねって...」
尋問のような初枝の問いかけに、桃は声が小さくなる。
「あ、ごめんなさい。何か責めようとしてるわけじゃなくて。」
要領の得ない初枝に桃は不安そうな顔をしている。
「というか、約束の内容は別にどうでもいいの。ただ、話のきっかけがほしかっただけで。」
初枝は再び目を伏せる。
「柳川さん今、さやかから嫌がらせ受けてるでしょ?」
「う、うん。でも、そのきっかけを作ったのはおそらく私だから。」
またも意外な質問に、戸惑いながら答える。
「さやかってあの調子の性格だから、みんな、自分に火の粉が飛んでくると思って柳川さんのことは見て見ぬふりよね。」
「仕方ないよ。私も同じ立場ならみんなと同じ行動とると思う。」
桃の屈託ない返答に初枝は心がズキっとする。同時に桃が人格者であることを認識した。
「急にこんなこと聞いたのは、昨日七瀬に言われて。」
「横井さんが?」
「私も中学生の時、クラスのある女子から嫌がらせを受けたことがあって、その時は七瀬が同じクラスだったから、色々助けてもらったんだけどね。」
意外な告白に驚くも、同じ心境を経験したことのある彼女に桃は親近感が湧いた。
「だから、今のあなたの気持ちがよく分かる。よく分かるくせに、何もしないの?って七瀬に言われて。」
初枝はうつむきながら、少し辛そうな顔している。過去と向き合おうとしているようだ。
そんな初枝の表情に桃は慌てた。
「で、でも、それとこれとは別の話で、渡辺さんを巻き込むわけにはいかないよ。」
初枝は顔を上げる。
「別なんかじゃない。私にも大いに関係する話よ。だって、柳川さんはクラスメイトで良い子だって私知ってるから。」
桃の心をグッと締め付ける。
「渡辺さん。」
「ねぇ、私のグループにおいでよ。」
「そんな、みんな嫌がらせされたら、申し訳ないよ。」
「大丈夫。さやかだって、グループ全員にいじわるできないでしょ。そんな大胆なことしたら、内申書に響くし。」
桃は困惑した。初枝達を巻き込むかもしれない。でも、新しい友人ができるかもしれない。
「困ってるみたいね。じゃあ、これは柳川さんのためじゃなく私のたならいいでしょ?」
「どういうこと?」
初枝はにっと笑いながら、
「私は私の過去に終止符を打ちたいの。そのためには、柳川さんと向きあうことが大切なの。これならいいでしょ?」
「いいけど。本当にいいの?」
「うん。」
「分かったわ。」
「交渉成立ね。」
少し強引なところが七瀬に似ている。(中学からの友人だけあるなぁ。)と微笑ましい気持ちになる桃。
「ありがとう。すごく嬉しい。」
その日から、桃の重たい鞄は少しずつ軽くなっていく。
本の返却日、桃は七瀬を訪ねた。
「わざわざ、ありがとう。」
「お礼を言うのは私の方。七瀬ちゃんのおかげで、学校が楽しくなったよ。ありがとう。」
七瀬はみけに少ししわをよせ、
「私、何もしてないけど。」
「初枝ちゃんが私の力になってくれてるのは、七瀬ちゃんのおかげだから。」
「いいや、本当に私なんにもしてないから。実際動いたのは初枝よ。」
桃はこれ以上言っても、七瀬は認めないと悟り、
「じゃあ、七瀬ちゃんの超能力のおかげ。」
と言い直した。
「やだ、あれは嘘。使えないわよそんもん。」
桃はふふと笑い、
「分かってるよ。冗談に乗っただけ。」
「あ・そ。」
七瀬は眼を細くして、桃を見る。
「この前はしんどそうな顔してたけど、元気出てきたみたいね。」
七瀬は桃を嬉しそうに見つめる。
その時、自分の心がふんわり温かくなるのを桃は感じた。
「七瀬ちゃんってやっぱり超能力者かも。」
桃は両手で顔を覆う。
「クラスも部活も違うけど、七瀬ちゃんと図書室で出会ったことは私の一生の宝物よ。」
「え、告白?!私、少し変わってるけどちゃんと男子が好きだから。」
「片想いでもいいの。」
七瀬は思わず両腕で肩を抱え、
「何か危険な発言よ。それ。」
「もちろん、人として。」
「それなら良かった。」
七瀬は冗談っぽく笑う。
「じゃあ、ホームルーム始まるから行くね。」
「うん、またね。」
またね。という言葉に嬉しくなる桃。
「うん、また。」
さやかが新しい友人たちに嫌がらせをするかもという桃の懸念は鳥越苦労だった。
初枝達のグループと共に学校生活を送るようになり、さやかの嫌がらせはあっさり引いて行った。
初枝の言った通り、変に先生に告げ口され自分の立場を危うくするのを恐れたようだ。
夏休み中の文化祭準備では何もなかったように、桃に話しかけるクラスメイトが徐々に増えいった。「調子いいんだから。」と少し腹を立てる初枝。「仕方のないことよ。」と桃がなだめる。