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言葉  作者: 弘
鳩時計
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鳩時計 図書室で

言葉には様々な意味と使い方がある。

元気になる言葉、勇気をくれる言葉、せっかくの気分が台無しになる言葉、泣ける言葉、多種多様な意味を持つ言葉。話し手、聞き手の認識によって変化する言葉。

忙しく過ぎていく日々の中、言葉の輝きにどれだけ気付けるだろうか。

人の気持ちが宿った言葉に触れる。すると、もう一つの世界が広がる。

そんな事を考えている俺は、人として少し変わっているんだろうか。そうだとしても、俺が幸せを感じる一時に違いない。  

織田 睦





その日はひどい夕立だった。どしゃ降りの雨、風は吹き荒れ、雷が鳴り響く。


そんな日に奴は俺の前に現れた。


髪は商社マンのような短髪だが乱れ、無精ひげが生え、うっすら笑みを浮かべてい


る。そして俺に近寄ってきた。


顔も声もそっくりだ。でも彼は俺の知っている中川ではなかった。


奴は俺にやってほしいことがあると説明を始めた。


その要求は強要ではないが、やらないと、


どうやら俺の命にも関わるらしい。


俺はこんな理解不能な要求を受け入れるのか。事実を何より重んじる俺が…


しかし、一つ揺るぎない事実もある。奴だ。奴は中川一翔本人だ。


その日から俺の人生は大きく変化していった。





「ジリリリ・・ 」

目覚まし時計は五時半を指している。

「桃!時間よー!準備があるから、いつもより早く行くって昨日言ってたでしょ。」

(□▽☆※♡●〇☆△・・言ってたでしょ。)

??お母さんの声?あれ?なんでこの状況でお母さんの声?あ、これは夢だ。起きなきゃ!でも、これからいいとこだったのに…いーや、でも起きなきゃ!

ばさっ!淡いレモン色の掛布団が、跳ね上がる。

「はて?いい感じの夢だったのに、もうどんな夢だったか忘れちゃってる。損した気分。」

窓を開け、九月下旬早朝の清々しい空気に触れ深呼吸をする。まだ日が昇らない薄い水色の空にうろこ雲が浮かんでいる。

今日は文化祭。

「いい日になりそう。」

文化祭への期待が桃の心を晴れやかにしていく。

まだこのときは本人はもちろん、だれも予想などしていなかった。来年からこの日が桃の命日になることを。


六月下旬

 桃は鳩高校二年生。参考書がどっさり入った重たい鞄を肩にかける。重く感じるのは参考書の量でけではない。

学校へ行きたくない気持ちが、鞄を更に重くしている。

しかし休んだら自分に負ける。この不屈の精神で桃は毎日学校に足を運んだ。

今日は社会の課題の調べものをしなければいけない。

(とりあえず、そこれが今日の目標。これができれば、後は何が起きようが気にしない!)

桃はいつも小さい目標を立て、その目的を達成するためだけに学校へ行くと自分に言い聞かせている。

「行ってきます。」

今日も同じ時刻に家の玄関の戸を引いて出かける。

丘の上にある高校。登校中は学校へ向かう坂道に朝日が差し込み、光が学校まで導いてくれる。一年生の頃は胸を弾ませたその光景も見慣れたせいか、いや、今の桃の置かれた環境のせいだろう、坂は監獄へ続く道に見える。

校門をくぐる。いつも言い表せない不安が桃を襲う。

まず、下駄箱。

(なぜ、日本の学校は土足厳禁なんだろ?土足でいいじゃん。)心の中でつぶやく。

下駄箱を開ける瞬間、桃の手に緊張が走る。

カタッ

一足の白いシューズがちょんと昨日のまま並んでいる。

(ほっ。よかった。今日は何ともないみたい。)他の人には何でもないことが、桃を嬉しい気持ちにさせる。

次の試練。教室の扉を開ける瞬間。ガヤガヤ楽しそうに騒いでいるクラスメイトが一瞬静かになる。

(この瞬間が最も苦痛かもしれない。)

クラス中の冷たい視線。さやかのささやき声と女子のくすくす笑い。桃はいつも誰とも目を合わさないようにする。且つ、下も向かないようにして自分の席に着く。

(あ、今日は先に図書室へ行くんだった。)

教室まであと数メートルのとこで桃は図書室の方へ方向転換した。

あの瞬間が少し先へ伸びただけで気分が軽くなる。

(おっと、だめだめ、もっとしっかり自分を保たねば。何があっても気にしない。今日の目標を達成させることだけ考える。)再度言い聞かせる。

 朝の図書室は読書している者が数人いるだけで、校舎裏の林から鳥のさえずりさへ聞こえてくるほどとても静かだ。ここだけ違う時間が流れているような気にさせらる。

(大和戦艦、大和戦艦と・・・あ、あった!)

心で叫ぶ。すかさず、棚の五段目めがけて右腕を伸ばす。

と、その時、

「あった!」

右隣から手が伸びてきた。

その手は桃と同じ本を掴もうとする。

少しの差で桃の方が早かったようだ。

「あーあ、残念。まさか、こんな本が他の人に借りられてしまうなんて。…あなた、変わった趣味してるのね。」

「よければ先にどうぞ。2週間後の課題の参考にしようとしただけだから。今日じゃなくてもいいの。」

桃は本を差し出した。

「ありがとう。でもそれはあなたが先に見つけたのよ。」

彼女は受け取ろうとしない。

「いいの?」

「もちろん。先に取った人が優先でしょ。」

目が細くなり、唇はニコちゃんマークのように口角が上がっている。一見疑いようのない笑顔に見えるが目元のほくろのせいか、何かを秘めている魅惑的な笑顔にも見える。

「ありがとう。えっと、何さん?」

「横井七瀬。」

「私は、柳川桃。じゃあ、返却するときは声かけるね。何年何組?」

「二年三組。そんな丁寧な事してくれなくてもいいのに。」

七瀬は指をあごにあてながら少し考え、

「そしたら、文芸部の子に伝えてくれてもいいんだけど。クラスに渡辺初枝っているでしょ?」

桃はぎくりとした。

(私、クラスメイトとはもう一カ月以上も話してない。そんな高度な事はできないよ。)

「だ、大丈夫だから。私、学校ではやることが多い方がいいの。」

「ふーん、変わってる。私もよく言われるけど。」

桃をまじまじと見ながら、

「じゃあ、待ってるわ。」

「あれ?」

桃は今の会話に違和感を覚える。

「何で私が渡辺(..)さんと同じクラスだって分かったの?」

「超能力。」

「えー?!つ、使えるの?!」

「すこーし!」

「そんな人に会ったの初めて。」

「たくさんいたら、困るわ。」

「他にも何かできる?」

「そーね、桃ちゃんの今日の下着の色くらいは言えるけど?」

七瀬は桃の性格を見抜いたかのように、いたずらなことを言い始める。

「へ?だ、だめだめ!それはやめて!恥ずかしいよ。」

桃は七瀬の思惑に気付いていない様で真に受ける。

「冗談よ。」

七瀬はあっさり答える。

桃は、もぉ。と不満な顔で質問を続ける。

「じゃあさ、今日の私の運勢は?何か悪いこと起こる?」

「占いはちょっと、自信ないわ。でも、うーん、そーねー...大丈夫!悪いことは何も起こらない。」

「そっか。ありがとう!」

「でもそこは普通、悪いことじゃくて、良いことを聞くとこよ。」

少し不可解な顔の七瀬。

「いいの。悪いこと以外は全部良いことなんだから。」

「何それ!」

驚く七瀬に、桃は慌てて、

「暗いって言いわないでね。」

七瀬はそうじゃないわよと笑う。

「何?その幸せな脳は?!って言おうとしたの。」

「そ、そう...??幸せ?」

「うん。だって、悪いことが起こらないかって聞くってことは、それそれ以外が良いことなら、桃ちゃんは良いことだって感じることの方が多いってことでしょ?」

桃は唖然とした。確かにそういうことだ。私って幸せなの?思わず考える。

「その発想は新しいわ。私も真似しようなかな。」

七瀬はまた、あの笑顔になる。

「うん、お勧めする。」

「じゃあ、本の返却を待ってるから。」

「必ず訪ねる。」

見事、その日は桃にとって悪いことは何も起こらなかった。


 翌日

(すごいなー七瀬ちゃんの占い。当たちゃったよ。)

そんなことを考えながら、移動教室を一人でしていた桃の腕を、がしっと誰かが掴んだ。

そして、ぐいっと引き寄せられた。

「え?」

「柳川さん、あなたに確認したいことがあるんだけど。」

そこには、同じクラスの渡辺初枝が立っていた。


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