実況って大変
さーってと。現在の時刻は……夜中の2時。
周りの人の気配は……うん、ないな。
――っし、ここまではいい感じだ。
これで家族の誰かが、トイレとかで起きてこなけりゃあ完っ璧。
「準備もおっけー……順調順調」
じゃあ、早速始めるとしますか。
俺は静かに暗い部屋の中を迷うことなく突き進むと、目当ての場所でそっと座り込む。そのまま俺は腕を伸ばして二つ同時に機材の電源を押した。
最後に、マイクの位置を微調整してから、俺は大きく息を吸い込む。
「どーも! 初見様の方は初めまして。俺の前回の作品を見てくれた方はお久しぶりです、エレキと申します。今回俺が実況させていただくゲームはフリーホラー『化け物の住む館』です。それではパート1、始めていきたいと思います」
俺ことエレキ――まあ、当然これはハンドルネームだが……俺はとある動画サイトで活動している実況者だ。
人気なのかそれとも底辺なのかと聞かれれば底辺としか言えない程度の知名度。
だが、底辺と言っても初期の頃よりかはリスナーも増えてはいるのだが、それでもランキングはいつも圏外。
ランキングの上位にいるグループで実況している人や、その人独自の挨拶コメントがある人達と比べると俺なんて足元にも及ばない。
……と、いうかその人達の視界にすら入ってないな、悲しいことに。
まあ、当たり前だけどさ。
いつかは俺も動画の編集やトークを頑張って、その人達と同じ場所に立ちたいとは思ってはいるのだが、それもいつになるのやら。
遠い目で起動した題名しか書かれていない真っ黒な画面に浮かぶ白い文字を選んで、最初の主人公設定から始めていく。
小さなドット絵から判断するに主人公は小さな女の子らしい。
さて、この子の名前は今回はどうしようか。
「えっと、このゲームの主人公は女の子なんですねー。それじゃ名前は……エレ子で」
我ながらも安易すぎる名前だが、俺が思うに底辺実況者はこういう感じの名前設定のほうがいいのだ。
下手に笑わせようと変な名前をつけたり、真面目に名前をつけようとするとすべる。
コメントに草が生えれば儲けものだが、最悪の場合はすごく白けた動画になってしまう。
だから、ネーミングセンスに自信がなければデフォルトのままにするか自身のユーザー名にした方が無難なのだ。
因みに、俺のネーミングセンスは数年ほど前に
「何、この厨二みたいな名前」
俺のブログを見た友人の批評の一言で自信はすっかりズタボロにされている。
苦々しい過去の思い出を振り返りながら、三秒で考えた三文字の名前を入力し終えると画面が変わった。
小さなゲーム画面いっぱいに、主人公の大きさから考えるとありえないくらいの規模な屋敷がゆっくりと現れる。
この画面端の花とか井戸、他のフリゲーで見たことがあるけど同じツクールで作ったゲームなんだろうか。
……そんなことは考えなくていいな。
うん、捻くれたこと考えないで普通にゲームを楽しもうよ俺。
実況者としては最大の禁句を頭の隅へ追いやって、その屋敷についてのコメントを一つ二つしてから、出てきたメッセージを地声で読み上げる。
実況を始めた当初はキャラに合わせて高い声をだしたりしていたが、そのときの動画のコメントが散々だったためにすぐに止めた。
だからと言って、棒読みは流石の俺もどうかと思うから今はせめて感情を入れるようにして読んでいるが。
「ここは昔祖父が住んでいたという屋敷。先日祖父が他界したので、父がこの屋敷を受け継ぐ筈だったのだが、思いのほか屋敷の痛みがひどかったためこの家を取り壊すことになったのだ」
文章からして、結構金持ちのお嬢様設定の主人公か。
でかすぎる家は掃除が大変そうだから要らないけど、そんなに大金があるのは正直羨ましい。
「そして今日は、その屋敷を取り壊して新しい家を建てる前に祖父の遺品を取りに来たのだ……結構おじいちゃん思いなんですね、この子。いいことだと思いますよ俺は」
挟み挟みにコメントしながら、オープニングを進めていく。
このゲームをDLした時に説明を読んだのだが、このゲームは基本的に鬼ごっこ系のホラーゲームらしい。
別に鬼ごっこ系のゲームならかなりの量をこなしているから、技術的には何も問題はないが……問題があるとすれば、リアクションだ。
俺は本当に怖いと思った時、本能的に早くゲームを終わらせたいのか無言の集中プレイになってしまう。
その時はかなり集中しているからか、今までのが嘘って思うくらいのサクサクプレイで詰まることはないっていう利点もある。
だけど、それじゃあ実況じゃなくてただのプレイ動画だろーがという根本的な問題が発生してしまう。
以前にも小学校を舞台にしたホラーゲームで無言になってしまって、編集をするときに後から声をあてていったことがある。
この作業はかなり面倒なうえに手間がかかるし、見ている側にも楽しくないだろうからできれば避けたい。
……こういう時に、いい感じのリアクションをしてくれる相方が欲しいって思うんだよなぁ。
こっそりと俺はマイクに入らない程度の溜息を吐いた。
「中は結構ぼろぼろですねーいかにもホラーって感じで。さってと、もう動けるみたいだし探索と行きますか!」
最初の序章が終わったのか、こっちの操作が出来るようになったキャラを動かして所々床に穴が開いたような薄暗い屋敷の中、手頃なところからエンターキーを連打していく。
以前投稿した動画では、全く探索をしなかったから全然必須アイテムが手に入らなくて物語が進まず、やっと進んだと思ったら一番最悪のバッドエンドだった。
――あのときのコメントも、凄かったなぁ。
珍しくコメントが多いと思ったら、そのことに対しての指摘コメントばかりだったことを思い出して苦く笑う。
まあ、コメントを残してくれるだけでも嬉しいのだが。
今回はしっかりと探索をして、サクサク進めていこうサクサク。
カット作業は余り好きじゃないからしたくないけど、グダグダしてたらカットせざるをえない。
……とりあえず今もカットだな。
アイテム見つからないし、特にイベントもない。
「この部屋には何もなさそうですね。あと、この作品メインである追いかけてくる相手もまだ出てこないみたいですし」
どこで出てくるんだろ。
かの有名な某青い鬼が出てくるゲームでは、お風呂場でシルエットを見た後に図書室でご対面するのだが。
せめてこういうゲームでおなじみの、いきなり出てきた和室で襖を空けたらドッキリだとか、なぜか学校でもないのに存在する音楽室でのピアノがいきなり鳴りだすとかのアクションを起こして欲しい。
トークが得意じゃないから、そういうやつのリアクションを頼みに実況してるってのに。
どうしたもんかね。
そろそろ話す用意していたネタが尽きかけてきたころ。
部屋の端に置いてあった小さなぬいぐるみらしきものを調べると
「これは熊のぬいぐるみですね……ってうわ!」
いきなりポトリとぬいぐるみの頭が落ちて、ぬいぐるみの大きさにしてはありえない量の血がフローリングの床に広がった。
ほんとに今までなにも無かったから、突然の脅かし要素に素で驚いて情けない声を上げてしまった。
「びっくりした……いきなりマミったぞこのぬいぐるみ。え、千切れた部分から鍵を入手したって、よくそんなとこに手を突っ込みましたねこの子」
血なのかペンキなのかはよくわからないが、そんなものがどくどくと垂れ流しになっているぬいぐるみの切り口によく女の子が手を突っ込めたな。
多分俺は無理だ。
子供の頃から血が苦手で、今じゃ血を見ただけで目眩がする。
でも、ここで女の子が血が苦手で鍵が見えるけど、怖くて取れないって言われたら物語が進まないか。
……そういえば、汚れてるから触りたくないってそれを取る為の道具なり洗う水なりを探してようやくその鍵が取れるという探索ホラゲーはあるけど、血塗れた道具とかは驚くけど何だかんだで触れるし、しかもそれを使えるのは何でなんだろう。
血より汚れてる方が嫌なのか。
大抵そういうことを言う主人公は女の子なので、こういうのが女子と男子の価値観の違いってやつかと納得したということにしてアイテム欄を開き、今取った鍵を調べる。
「えっと客室の鍵? まあ、こんなに大きな屋敷だったら客室の一つや二つはあるか。それにしても……客室なんてどこにあるんでしょうね」
屋敷を探索し始めてから結構時間は経つが、地図なんてものは見つからなかった。
多分地図がないタイプのゲームだと思うけど、もしこれが俺の探索が足りないだけだったらまたコメント欄が凄いことになるから、念のためもう一度調べておこう。
「これもカットになるだろうから……動画にするとやっと10分くらいか。もうちょっと録らないと」
まだそれだけしか撮れてないことに少しずつ焦りが生じてくる。
夜中で、皆寝てるとはいえ、いつ家族の誰かが起きてくるか分からないのだ。
実況を撮る時間はそうないし、中々家族――特に妹が夜更かしをして寝てくれない日が最近多いから、時間だけじゃなく撮れる機会もない。
ただでさえ家族に、最近自室での独り言が激しいと言われたばっかりだってのに。
まさか家族に『実況やってるんです』なんてこと言えない。
言った途端何を言われることか……特に思春期迎えてなにを言っても
「うるさい」
しか言わない中学生の妹とか。
俺も中学生の時はそんな感じだったんだろうか。
その時期が過ぎた身としては恥ずかしいというか、親に申し訳ない気持ちになるが、今は実況中だからゲームに集中しよう。
余り調べてなかった屋敷の二階に上がり、手当たり次第ドアを調べて手に入れた鍵の部屋である客室を探していく。
「どこにあるのかな……っと。そろそろ脅かしだけじゃなくて幽霊とか出そうな感じなんですけどね」
じゃないと、動画的にもたない。
こんなことになるなら持ちネタくらいを用意しておくべきだったと後悔してしまう……すべるだけかもしれないけど。
とにかく、早く客室を探さないと――あ。
「開いた……ってことはここが客室ですよね。やっと見つかった」
ようやく物語が進むとちょっと安心した俺は、開いたドアから部屋に入る……
すぐ閉めた。
「え、え! 何、今のっ」
部屋に入った途端、部屋の中央の椅子に鎮座していた大きい人形があった。それだけなら俺も驚かなかったんだけど、いきなり開いたんだよ。
その人形の目が。
「絶対アイツ、部屋に入ってなんかしてたら椅子から落ちたり首が取れたりしてなんか脅かしてくる奴だろ……」
事前に予測できてても怖いものは怖い。
屋敷の外観に合わせて、やたらとフリルやレースを多用したゴシック系の服を着たブロンド髪の人形を、もう一度部屋に入った俺は油断なく見つめる。
ちょ、ちょっとでも動いたらすぐ逃げるからな俺は。
数秒ほど見つめたが、見つめたところで動いてないから何も始まらないしフラグもたたない。
怖いけど、実況のためだ。
勇気を奮って俺はカタカタとキーボードを押して、無表情に歩く主人公を半開きになっているタンスへ向かわせる。
「動くなよ、頼むから絶対動くなよ……フリじゃないからな。本当に動くなよ」
恐る恐るタンスにエンターキーを押すと今度は食堂の鍵を手に入れた。
食堂なんてあるのかこの屋敷。
流石は大きいだけはあると妙に納得しながら部屋を一通り調べる。
危惧していた人形は全然動くことは無く、俺の考えすぎだったか。
さて、早速手に入れた鍵を使う為に寝室を探しに行こうかと扉付近に近づくとカタリ……嫌な音が。
ここからだと微妙に画面から外れていてアレは見えないのだが。
「まさかな……」
こういったゲームでよくある音での脅かしだろうと自分を納得させ、扉に対してエンターキーを押せば、背後で人形の影が――
「うわぁああああああ!!」
「お兄ちゃんうっさいんだけど。夜中に何叫んでんの、きもい」
「……ごめん」
実況って、大変です。
終わらし方が分からなかったのでかなり曖昧な終わり方になってしまいました…
元々は長編だったのを短編にしたお話です。
閲覧、ありがとうございました。
※シリーズ化したのでよければ続編もよろしくお願いします。
1/5誤字を見つけたので、直しました。申し訳ないです…