ミステリー・スクール 第二部 ~偽りの犯罪者~
それはある日の放課後、突如現れた女性の一言から始まった。
「勝負よ!」
そう言って俺たちの前に現れたのは、映画研究部部長で俺の姉、藤崎瑞穂。意気揚々とやってきた姉さんは、部長の前に一枚の紙を突きつけた。
「……推理勝負?」
本を片手に持ってリラックスチェアに座っていたミステリー研究部、部長の如月智香先輩はめんどうくさそうに、目の前に突きつけられた紙を見てため息をついた。
「そうよ! だから、私と勝負しなさい!」
「断るわ」
一刀両断だった。それは見事なまでにきっぱりとした返答だった。
「な、なんでよッ!」
いつのも部長らしい返答ではあるが、ミステリーに関して驚異的なほどに引かれる性格の持ち主が言うようには思えない。
間違いなく勝負に乗ると思っていたのに、断られた姉さんはかなり動揺している。
「姉さん。取りあえず、お茶飲んで落ち着いたら?」
客人用の大きな机、にさっき出来上がった紅茶を置く。なんというか、お茶係が板についてきたと思えてくる今日この頃。
「日向。智香を説得してくれない?」
「は、はあ……」
俺の名前は、藤崎日向。夜城高校に通うごくごく普通の高校2年生。普通じゃないところがあるとすれば、この夜城高校ミステリー研究部、通称ミス研に入っているところだろう。
そして、ミス研創部者、学園のマドンナとも呼ばれる現部長の如月先輩と日々色々な謎に挑戦している。
しかし、いくらウチの部活の部長を説得しろと言われても、なんだか虫の居所の悪そうな部長に話しかけるのはある意味チャレンジャーである。
「あの、部長。話でも聞いてあげたら――」
「19勝0敗0引き分け」
表情も変えず本を読む部長はそう告げた。
「はい?」
「瑞穂との勝負の勝率」
「うっ……」
つまり、現在19連敗中の姉さんは、リベンジに燃えてここに来たということか。しかし、才色兼備と言われる部長だが、流石に1敗もしてないのはびっくりだな。
この人は本当に抜け目がないんだなと、つくづく思わされる。
「この前は卓球、その前はカラオケ。それで負けていて、今度はミステリー?」
「ううっ……」
「やる前還から勝負は見えてるわよ」
確かに、謎解きとなれば部長は水を得た魚のようなものだからな。姉さんは勝負をする前からかなり不利な状況だ。
姉さんは、学年トップの部長に続く才女とも言われるが、相手がちょっと悪すぎる。
「ふっ、今回は違うわ。貴方を分析しつくした私が貴方を罠に嵌める番よ!」
「いつもそう言うじゃない。正直、戦う気がしないわ」
「いいわ。なら、勝ったらこの本を差し上げるわ」
そう言って姉さんが取り出したのは見覚えのある表紙。というか、何度も読んだことのある本。
「それ、俺の本だよね! 姉さんいつの間に持ち出しだんだよ!」
姉さんの手の中にある一冊の小説。『偽りの犯罪者』。
あれは俺のお気に入りで、数々の難事件を解いてきた探偵が挑んだ事件。だが、その事件は、探偵自信が仕組んだ殺人事件で、偽の犯罪者を立てて、言いくるめてしまうという衝撃的な作品だった。
しかも、すでに絶版になった幻の小説でなかなか手に入らない。
「それはこの前、日向君に借りて読んだからいいわ」
「な、なんですって!?」
がっくりと膝を折る姉さん。てか、部長が欲しいと言ったらあげるつもりだったのか? 俺のものなんだから、さも自分のもののように扱わないでもらいたいのだが……。
「そうねえ、じゃあ、こっちで商品を決めていいなら。その勝負、乗ってあげてもいいわ」
手招きされた姉さんは部長の近くまで歩いていき、何やら小言で話を聞いてる。俺には話せないことなのだろうか?
女性同士の秘密話に耳を傾けるのはいけない気がしたので、俺はお茶の片付けをすることにしよう。
「そ、そんなことでいいの!?」
「ええ。いいわよ」
「分かったわ。交渉成立ね。週末に旧校舎まで来てくれる?」
そう言い残して、姉さんはミス研の部室を去っていった。
「あれ、姉さんもう帰ったんだ。でも、偉く簡単に話がつきましたね」
「そうね。物分りのいいお姉さんで助かったわ」
「??」
結局、姉さんと部長がどんな交渉で今回の勝負に至ったのか分からないが、できれば交渉にされたのが俺のモノでないと願うばかりだった。
木枯らしが吹き荒れる晩秋のある日、俺は部長とともに姉さんに言われた旧校舎の前までやってきた。
「で、とうとう来てしまったわね」
「うまい具合に姉さんに丸め込まれただけですけどね」
そう、ここに来たのは姉さんの罠ともいえるな。後半はどちらかというと部長の話にうまく姉さんが丸め込まれていた気もするが……。
「ミステリー研究部のお2人ですね? お待ちしておりました」
古びた旧校舎の玄関で待っていたのは、夜城高校料理部、部長の辻本紗月さんだった。紗月さんは、俺と同学年で笑顔の似合う女性。みんなのお母さん的存在とも言われるほど、面倒みがよく、そして料理がとても上手な女性だ。
「では、行きましょうか」
笑顔でそう言った紗月さんについて行く。長い廊下の入口近くの旧生徒会室の前で立ち止まる。
「お客様をお連れしました」
「うむ、入っていいぞ」
どこか聞き覚えのある声に少し頭をかしげながら俺は部屋の中に入った。
「おお。待っていたぞ」
そう言って席を立ち上がった男性を見て、一瞬吹きかけそうになった。知的そうにメガネを人差し指で押し上げる人物は、まごう事なきウチの生徒会長。
度々、ミス研の部室に不法侵入している変わり者会長だが、頼りになる存在。若干部長に脅されている(不法侵入等などで部長に説教をくらっている)場面ばかり見ているせいか、妙に親近感のわく人を見て、平常心を保つのは少し大変だった。
ここで笑ってしまうと会長に失礼だからな。
そう思って、目線を部長の方へとそらす。俺の視線の先で部長は、会長を見て相手に分からない程度に鼻で笑っていた。
こ、この人は鬼だ。
「えっと、なんでこんなところに会長が?」
「少しいろいろあってな。そうだ、瑞穂君も呼んできてくれるか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
紗月さんが綺麗なお辞儀をして部屋を出て行くと、会長はゆっくりと自らの席に着いた。
「ふぅ。ここ最近は会長職として忙しくてな」
後ろの本棚から、1冊の本を取り出し会長はため息をついた。大きな仕事机には、大量の書類が無造作に積まれている。
「最近は趣味に費やす時間が無くてな」
会長がそう言って開いた本は、日本でも有名な軍艦を紹介している月刊誌。そう言えば、会長は軍艦とか好きだったよな。
この前は、海上自衛隊のヘリ空母を見に行ってきたとか言ってたっけ。
この長机の上に並ぶ戦闘機とかのミニチュアも会長の趣味なのだろう。
「瑞穂様をお連れしました」
そう言って、紗月さんが連れてきたのは、スーツ姿の背の高い女性。
「はぁい。お待ちどうさま」
「全く。姉さんはいつも急なんだから……」
「実行したい時に実行しているだけよ」
「それを急だと言っているんだがな」
はぁ、とため息をつく会長の気持ちも分からないでもない。
現映画研究部部長の姉さんの行動力は通常の人の常識の範囲を大きく外れているからな。
「瑞穂君。朝からここに座っているから腹が減ったのだが……」
「そうね。まずは昼食としましょうか」
そう言った姉さんに案内されたのは大きな長机が置かれている食堂。その長机をはさんで俺たちは昼ごはんを食べることとした。
紗月さんが作ったという豪勢な昼食を食べていたのだが、流石料理部部長、どの料理も美味しいし、これでカロリー計算等もきちんとしているらしいので驚きだ。
「日向君。すまないが、まだ生徒会の仕事が残っていてな。日向君たちは、裏山で栽培している甲州でも取りに行ってみてはどうだね?」
「甲州……?」
「ぶどうの品種よ。山梨県固有のぶどう品種で白ワインなんかにも使われているヨーロッパ系交配種ね」
「ああ、ぶどうの事なんですか」
「甲州は比較的、酸味が弱いから、クセのなくて食べやすいからね。私は好きだわ」
「へぇ、それは楽しみですね」
楽しげな昼食のあとに俺たちを待っていたのは軽い山登りだった。裏山と言っても、ぶどうを栽培している農園までやく20分の山登りだった。
「裏山にこんなものがあったなんて知らなかったなぁ」
「ここは共同菜園になっているんですよ。地域の人と、菜園部が作っている畑なんですが、料理部としてもここのお野菜にはとてもお世話になっているんです」
「へぇ。でも大きい農園ですね。ほかにも何か栽培しているんですか?」
「その季節に合わせたお野菜をたくさん作ってますよ。地域の方々に協力していただいてますからね」
「取りあえず、ぶどう狩りは3時からするとして、あと1時間ぐらいは自由行動と行きましょ」
「そうね。少し外の空気を吸うついでに、仕方ないから日向君と散策するわ」
「そうだ。私は少し農家の方に分けていただきたい野菜があるから、散策ついでに紗月さんに案内してもらうといいわ。彼女、結構詳しいから」
「それは興味深いわね。紗月さんお願いしていいかしら?」
「はい。もちろんです」
こうして、僕たちは紗月さんのガイド付き農園散策の後、ぶどう狩りをすることにした。
紗月さんの話はとても興味深いことが多くて、特に肥料の違いを話してくれて、農業においての土の大切さが良く分かった。
というか、学校の校庭でラインを引くときに使う石灰さえも肥料として使うなんて初めて聞いた。
そして、3時にぶどう園に集合した俺たちはぶどう狩りを楽しんだのだった。部長の言った通り今はメジャーとなった巨峰なんかとは違った甘さがありなかなか美味しい。
「さて、ぶどう刈りはこれぐらいにして、そろそろ旧校舎に帰るとしますか。会長が夕飯はカレーを食べたいらしいから、ついでに夕飯の食材も調達しようか」
「そうですね。私が料理しますので、人参とさつま芋、玉ねぎがちょうど今の時期なら採れますのでそれを具にしましょう」
どれも、秋にとれる美味しい野菜だな。これは、今晩のカレーは楽しみだな。
「美味しそうね。では、皆さん手分けしてとってきましょう」
「了解。男の俺は、1人でさつま芋と玉ねぎの方を採ってきますよ」
「それは助かるわ。私たちは人参でも採ってきましょうか」
そこで一同解散となったのだが、さつま芋と玉ねぎを収穫に案外手間取ってしまい、もう一度ぶどう園に戻ってきた時には、時刻は5時なっていた。
みんなと合流した後、旧校舎に帰ったのは15時15分。もう秋の夕暮れは過ぎ去り暗くなり始めた頃に事件は起こったのだ。
「か、会長ッ!!」
紗月さんの大きな声で、食堂に集まっていた一同の顔色が一瞬にして凍りついた。全力疾走で長い廊下を走り抜け、旧生徒会室へと駆け込んだ。
大きな仕事机に突っ伏すように倒れ込んでいる会長。そして、その会長の背中に伸びる刃物。
「し、死んでる……!?」
「死んでないわよ。何かあると思ったらそういうことか……」
部長の表情は、面白いおもちゃを目の前にした無邪気な子供のような笑みだった。
「そういうこと、勝負と行きましょ。如月さん」
姉さんも部長へ笑みを向ける。
生徒会室の中を見回した後、部長は会長の近くに歩み寄り、その背中に貼られていた紙を取り上げた。
「えっと、死因、包丁で一突き……。なるほどね」
「は、はぁ……」
今の状況がいまいち理解できていないが、俺も会長に近づいてその背中からニョキッと伸びる包丁をよく見る。
「ああ、なるほど……」
刺さっていたと思っていた刃先は折られており、刺さっているのではなく、会長の背中に固定されているだけで、会長は無傷。
後は、盛大に背中にぶちまけている血糊がいい仕事をしていて、本当に背中を一突きされた人間のように見えてしまう。
顎に手を当て、うーんと考える部長と、会長の死体(偽)はとてもミスマッチで、どこかコントを見ているようにも感じてしまう。
「あ、あの。部長、ちょっといいですか?」
「ん? どうしたの? 日向君」
「これが勝負ですか……」
「そうね、言うならば夜城高校連続殺人事件といったところかしら」
そう言った部長は少し嬉しそうに微笑んだ。
「れ、連続殺人事件ですか」
「そうよ。この前は校長先生だったわ」
「それはまた、ぶっ飛びましたね……」
校長先生まで巻き込むほどの事件なのかよ。というか、ウチの校長先生ってそんなにお茶目だったんだ。
それ以前に、姉さんと部長はミステリー勝負を何度かやってるのか。
「さて、大体現場の状況は分かったわ。そろそろ、来る頃かしら?」
「そろそろ?」
俺がそう言って首をかしげたのとほぼ同時だった。
「どうも、呼ばれてきました。刑事役の大町です」
えらく軽い刑事さんだな……。というか、刑事役って言っちゃってるし。
ガタイの良さそうな刑事さんに続いて監視規約の人たちが旧生徒会室の中に入って部屋の中を調査する。
「えっと、被害者は夜城高校生徒会長。普段からミステリー研究部、部室に無断侵入を繰り返す常習犯。知的に見える容姿をしているものの実はバカ。軍事オタク。特に海上自衛隊を好む。で、ただの変態と」
「グッ! なぜバカにされないと――」
「はい、死体が喋らないッ!」
どこからか出してきたのか、姉さんが巨大ハリセンで会長の頭を勢いよくぶっ叩く。爽快な音ともに会長は再び眠りについた。
結構いい音してたけど、会長大丈夫ですか?
「第一発見者は、辻本紗月さんでよろしいですな?」
「はい、お夕食の用意ができたので会長をお呼に行ったところ、このようなことに……」
「ふむ、死後硬直からして殺害されたのは、2時から5時の間。その時、この建物にいた方は?」
「私が3時に1度旧校舎に戻っただけです」
そう言って手を挙げたのは、紗月さんだった。
「あなたは、その時何をされていたのですかな?」
「農家の方にちょうどお野菜を持っていただいていたのでそれをいただきに……」
最後は消え気味に話す、紗月さん。今の状況で疑われてしまうのは彼女だ。
「その時誰かいましたか?」
「えっと、農家の皆さんと少しお話しただけですし、1人で旧校舎にいたわけではないです」
「警部。近隣の住民の方から、証言が取れているのでアリバイは間違いないです。ちょうどその時、会長さんの声も聞いているみたいですし」
「声? それってどんな感じの?」
部長が警察官の1人を引き止めてそう聞いた。
「ああ。1人で何かブツブツ言っていたみたいだね」
「会長は、書類を書かれるときに何か言っておられるのでそれではないかと」
「ふむ、つまり、犯行時刻は、3時以降ということですな」
ひとりごとか……。そういえば、会長はそんな癖があったな。
「警部!! 被害者の手からこのようなものがッ!」
焦ったような鑑識声に刑事さんだけでなく。俺たちも振り向いた。
「ん?」
鑑識の格好をした少年が刑事役の大町さんに手渡した透明のビニール袋に入っていたのは、『181』と走り書きされた紙切れ。
3桁の数字が書かれた紙片を見て部長は少し首をかしげた。さっきまでの余裕の笑みが少し消えていて、俺を見たあと部長は小さなため息をついた。
なんだろうか。部長がもしかして、何かに気づいたのだろうか。
「これはちょっと厄介になりそうね」
紙片を見たあと、部長の視線は、会長が突っ伏している仕事机の方へと向けられた。
書類が散らばっている仕事机を見つめて部長は顎に手を置き、いつもの部長らしくない吹っ切れない微妙な表情をしている。
「日向君。貴方を信じているわ……」
そう言い残すと、部長は食堂の方へ先に戻っていった。旧生徒会室を警察が調べているのを邪魔するのもなんだったので、俺たちも食堂に戻ることにする。
長い廊下をあるいていた俺は、ふと裏口で足が止まった。
「うわ……。 石灰でも踏んだのか?」
裏口の土間部分に白い靴跡がいくつも残っている。旧校舎から出ていく方向へだったり、旧校舎へ入ってきた時についたものだったり、土間に真っ白な靴跡が残っていて大変なことになっていた。
「裏の小さな菜園では石灰肥料を使ってるんですよ。土壌が酸性になるので、石灰肥料を使ってややアルカリ性にしているんですが、これは酷いですね」
「紗月さんが昼に言っていたやつですね」
石灰、結構便利なんだな。でも、こうやって、靴についたら真っ白になっちゃうし、肌が敏感な人はすぐにかぶれちゃうから、そこらへんは使いにくいよな。
「でも、こんな靴跡、朝あったっけか?」
「日向君!」
「は、はいッ!!」
突如、聞こえてきた部長の声にリアル数センチ浮くほど驚いた。すぐ前を歩いていた部長が振り向いて、裏口の靴跡を見つめる。
そして、なにか思い当たるフシがあったのか、旧生徒会室へと走って戻っていく。
「ぶ、部長。何かわかったんですかッ!」
旧生徒会室へと走り込んだ部長のあとに続いて俺も入る。
「ちょ、ちょっと君たちどうしたんだ!?」
驚く刑事さんをうまくかき分けて部長は、会長が倒れている大きな長机の周辺を見回す。
「私としたことが見落としてたわ……」
「はぁ、はぁ。部長、どうしたんですか?」
「ダイングメッセージの『181』が意味するモノに完全に騙されていたわ」
「部長……?」
長机を前に立つ部長の表情が明らかに吹っ切れたものになっている。
「謎は解けたわ。この事件の真相が見えた」
「な、なんだって!? どういうことだ?」
入口に立っていた大町刑事が慌てて俺たちの元に走り寄ってくる。
「フフッ。さぁ、如月さんの推理ショーを見させていただきましょうか」
微笑む姉さんに部長も不敵な笑みで答える。
「会長が残した『181』のダイングメッセージ。現会長が海自好きと知っていたから、私にはすぐにピンっと来ていたわ。分かるかしら日向君?」
「うーん、全然見えてこないんですけど……。そもそも、分からない俺にフラないでくださいよ!」
「さぁて、どうかしらね~」
そう言って不敵な笑みを浮かべる。
「ダイングメッセージが指す人間は私の近くにいる」
「だ、誰なんですか。その人はッ!」
「そうね、日向君。貴方よ」
その細く白い指で俺を刺した部長はとても清々しい笑顔だった。
「へぇ。俺が犯人ですか――って、ええええええええええ!」
ちょっと待った! なんで俺が犯人なんだ!? 全く身の覚えのない罪が、今俺に着せられそうになっている。
「確かに、日向は犯行時刻に含まれる4時からのアリバイが無いから当てはまるわね」
横目に俺を見る姉さんも完全に疑いにかかっている。
「まずは、ダイングメッセージの説明と行きましょう。刑事さん。長机の上にあるミニチュアを見てくれる?」
「ん? 分かった」
「ミニチュアの中で1つ変なものがないかしら?」
「そんなものが……」
「右端のヘリコプターじゃない? 1つだけ反対向いてるわ」
「た、たしかに1つだけ反対向きだ」
姉さんが言ったように、会長の長机の上にある飛行機やヘリコプターの模型の中で、1つだけ反対向きに置かれている変なミニチュアがある。
「そのヘリコプターは海上自衛隊が対潜用に使用している『SH60‐J』。そして、会長が握っていた『181』のダイングメッセージを合わせると……。該当するのは、DDH‐181(、、、)。海自で使用されているヘリコプター搭載型大型護衛艦というわけ」
「なるほど、ヘリ空母『ひゅうが」というわけか」
「そう言うこと。『ひゅうが』は、旧日本海軍伊勢型戦艦日向の名を継いだ海上自衛隊初の大型護衛艦よ」
「『ひゅうが』を漢字で書けば日向だもんね」
ダイングメッセージのあまりの正確さに、犯人でもないのに言い返すことが一つもできない。
「なるほどな。これはスピード解決ですな。さぁ、藤崎君。署に来てもうか」
ガタイのいい刑事さんが俺の肩をポンっと叩いて、諦めて降参しなといった感じに目で訴えてきた。
「……待って。でも、まだ、日向君を犯人だと決め付けるにはちょっと早すぎるわ」
「はい?」
「ダイングメッセージがあったこの机を見て、不思議に思わない?」
一瞬で会長の仕事机にみんなの視線が集まる。
「べ、別に普通の机だと思うけど……」
「そうね。散らかり具合から、生徒会長が最後に足掻いたのは分かる。でも、大事なものがないのよ。……ダイングメッセージを書くために使ったボールペンはどこに行ったのかしらね?」
確かに、机の上にはペンらしきものは一切ない。
「ボールペン? それなら床に散らばってるじゃないの」
確かに仕事机の前に散乱する数々のボールペン。
「でも、床に落ちているは全部ペン先が出ていないのよ」
部長の言葉で皆が床に転がっているペンを1つ1つ確認する。だが、どのペンもキャップがついておりペン先が出ているものは1本たりとない。
そうか。普通、死にかけの人間が最後の力を振り絞って書いたボールペンのキャップを閉じるは常識的に考えておかしい。
「つまり、これは偽のダイングメッセージの可能性が高い。そして、真犯人を指し示す証拠は、まだこの校舎に隠されている。そう、動かぬ証拠がね」
その発言でその場にいた全員に戦慄が走る。この感覚、このカリスマ性。今、この場を支配している部長の圧倒的な存在感に、皆の視線が1点で集中している。
「さて、役者が揃ったところで、真犯人につながるキーワードを上げていきましょうか。キーワードは2つ。『犯行時刻』と『靴跡』。日向君。さっき私と一緒に見た裏口の靴跡を覚えてる?」
「あ、はい。でもあの靴跡がどうしたんですか?」
確かに、裏口の土間部分で白い靴跡を見たが、あれが犯人の靴跡だと絞ることはできないと思うし、別に変には思わなかったが……。
「あの靴跡は、裏手の家庭菜園で使っている石灰肥料を踏んだことによって白くなっていたのよ」
「うむ、でもその足跡がなぜ犯人へとつながることになるんだね?」
話を聞いていた刑事さんは、首をかしげた。
「屋外の土を踏んだ足跡にもかかわらず、この旧校舎から出る方向についた足跡と入る方向についた足跡があったからよ。つまり、足跡の本人は、石灰肥料を踏んだ靴で旧校舎に入り、その靴で旧校舎から出て行ったということになる」
「じゃあ、犯人は外部の人間ということになるんですか!?」
「いや、そっくりなのよ。……瑞穂の靴の靴跡にね」
「なっ!? ちょっと待って、私が犯人だって言いたいの? 言っておくけど、犯行時刻のアリバイだってちゃんとあるのよ。私は犯人じゃないわ」
犯行時刻は、紗月さんがこの旧校舎へ戻ってきた会長の声が聞こえていた。つまり、犯行は3時以降ということになる。
そして、3時以降のアリバイが無いのは俺だけなのだ。
「アリバイね……。本当に3時の時点で会長は生きていたのかしら? 声を聞いたといっても姿は見てないのだからね。瑞穂。あなた携帯は?」
「えっ!? 持ってるけど、いま電池が切れてるわ」
「そう。携帯って使ってもないのにそう簡単に電池って切れるものなのね。まぁいいわ。ちょっと今からその携帯を充電して、中に入っている音声ファイル、聞かせてくれないかしら?」
「……」
「渡せるわけがないわよね。その音声ファイルには、恐らく会長の独り言が入っているんでしょうからね」
ここで、部長は完全に落としに来ていた。並べられた2つの証拠は姉さんを疑うのに十分なものだった。
「ふっ……。まいったわ。流石、夜城高校のホームズと言われた女ね。そうよ。ぶどう狩りの前に会長を殺害。自分の携帯から会長の独り言を流して、アリバイまで作っていたんだけど、完敗だわ」
「ダイングメッセージがブラフだと気づくまでに時間が掛かったわ。もっと、ウチのワトソン君が靴跡を見つけてくれなかったら、瑞穂が犯人だと見抜けなかったわ」
「全く、対したものよ。これで、20連敗だわ」
こうして、夜城高校殺人事件(仮)は双方が握手して終わることとなった。俺は、最後まで2人に振り回されてばかりで、下手すれば俺が犯人でこの事件が幕を閉じるところだった。
だが、終ったと思ったあの勝負。その真実を数日後、俺たちは姉さんの仕掛けた勝負の本当の意味を知ることとなった。
「……してやられましたね」
「そうね。部員の練習の為ってことでカメラ回すといったと時点でおかしいと思えば良かったわ」
部室に送られて来た映画研究部の今年の映画が今、パソコンで再生されている。その映像はつい先日起きた会長の殺人事件。
その時の映像をうまく編集して、映画にしていたのだ。
「全くやってくれたわよ」
映画を見ながら、部長は仕方ないなぁといった感じにため息をついた。多分今頃姉さんは、『これで、1勝よ♪』なんて言っているんだろう。
「そう言えば、なんで姉さんの勝負を受けたんですか?」
「ああ、そんなことか。それは、秘密に決まってるじゃない」
「ひ、秘密ですか……」
それは残念だ。でも、無理に聞き出したくないし、ここは俺が我慢しておこう。
「あ、そうそう。今週の週末は開けておくようね。日向君」
今週の週末は確か、バイトの予定だったんだが、そう言えば何故か姉さんがバイトに行ってくれることになったから休みになったんだよな。
「はい、ちょうど休みなのでいいですよ」
「そう。じゃ、商店街に遊びに行きましょうか」
いつも以上にニコニコと微笑む部長。
あれ? 何かいいことでもあったのだろうか? そう思いながらも、ウチの学校で美人な部長と遊びに行けることに俺は少し心が踊っていた。
「今週バイトだって聞いてダメかと思ってたけど。フフッ。瑞穂に頼んで良かったわ」
「先輩何か言いましたか?」
「なんにも言ってないわよ。さぁ、今日も部活するわよ!」
「了解です」
こうして、冬が近づく夜城高校ミステリー研究部は様々な謎を解くために、今日も部活を始めたのだった。