第5話 : 鼓動
四月に入ったある夜、暗い部屋の中拓郎は、隣で眠る藍のうなされる声で目を覚ました。
時計を確認すると、午前二時。
大通りから少し奥まった場所に建っているこのアパートには、車の音も届かない。
シンと静まり返った部屋の中に、苦しそうな声が響く。
「う……ん。や、……い……や!……ない、で」
拓郎はベッドの上で半身を起こしす。
「藍、どうした? 藍?」
「い、やぁ!」
苦しそうに涙を流しながらうなされている藍を揺さぶる。
藍の身体は小刻みに震えていた。
「藍! おいっ、藍!」
藍が、はっとしたように目を開ける。
一瞬、自分が何処に居るのかが分からない様子で、怯えたようにゆっくりと視線を巡らす。
「大丈夫か?」
覗き込んだ拓郎と視線が合うと、ほっとしたように身体の力を抜いた。
「あ……拓郎……。ごめ……大丈夫。怖い夢を見て……」
藍の瞳からぽろぽろと涙が溢れ出す。
「藍?」
彼女の身体の震えは、止まらない。
「うっ……あっ……」
後から、後から溢れ出す涙が止まらない。
拓郎はどうしてやることも出来ずに、ただ震えるその華奢な体を、ぎゅっと抱き締めた。
精一杯の思いを込めて……。
「大丈夫。大丈夫だ」
小刻みに震えるその背を、トントンと優しいリズムでたたく。
「何も、怖いことなんかない。大丈夫」
まるで、呪文のように繰り返す言葉。
ギュッと抱き締めた胸に伝わる鼓動――。
その温もりが消えてしまいそうな不安を覚えて、拓郎は藍を抱く腕に力を込めた……。