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第18話 : 贈りもの

「行ってしまったわね……」


 コールドスリープに入る準備に追われている、柏木の作業を目で追いながら、藍が呟く。


「寂しいかい?」


 その手は休めずに、柏木が問う。

 寂しくない訳はなかった。ずっと一緒に育って来たのだ。

 それは、普通の姉妹以上の絆の筈だった。

 だから、もう一人の藍も、自分の命と引き替える事になると知りながら、ここに戻って来たのだ。


「寂しくなんかないわ。だって私には、あなたが居てくれるでしょう?」


「ああ」


 やはり手は休めずに、答えが返って来る。


「ね、先生」


「何だい?」


 続く作業――


「浮気しちゃ、イヤよ」


 声が少し拗ねる――


「しないよ」

 

 笑い声と共に答えが返って来る――


「ね、先生」


「うん?」


「キスして?」


 作業の手が止まる。

 そして、軽く息を吐く――


「困った、お姫様だ」


 そう言うと、柏木は、藍の身体をそっと抱き締めると、優しく口付けた。


 おそらく――

 自分が生きている間に、彼女が目覚める事はないだろう。

 でも、いつか、遠い未来。

 自分達の子孫(こども)達が、彼女を、優しいキスで起こしてくれるだろう。

 そんな夢を見ながら、この愛おしい眠り姫の、眠りの番人をして過ごすのも悪くはない――。


 そう、柏木は思うのだった。




「なんじゃと!!」


 柏木の報告を受けて、日掛源一郎は、今まで彼が見たことがないほど狼狽した。


「はい、突然の心臓発作で、移植に持ち込む時間がありませんでした。一刻を争う状態でしたので、私の一存で、冷凍睡眠に入らせました――」


 老人は、がっくりと肩を落とすと、ソファーに崩れるように座り込んだ。


「申し訳ありません。これ程の技術とスタッフを集めて頂きながら……。私の、力不足です」


 そう言うと、柏木は深々と頭を下げた。


「…いや、お前の、責任ではあるまい……」


 老人は、力なく呟く。

 柏木には、源一郎の反応が意外だった。もっと、激高するだろうと思っていたのだ。

 怒りを買い、ある程度の処分を受けるのは、覚悟していたのである。

 こう言う状況になった今、彼の専門家としての知識は失うことは出来ないが、感情とは、又別物である事も分かっていた。


 ――この老人も又、人の親だと言う事か。 事業を託す人材を損失したことよりも、たった一人の孫娘を失った悲しみが勝るか……。


「それと、お嬢様からこれをお預かりしています。もし自分に何かあったら、渡して欲しいと言われて……」


 そう言って、一通の白い封筒を手渡す。

 向日葵の描かれた、白い封筒……。


『親愛なるお祖父様へ

 この手紙をお読みになっているなら、きっと私は「眠り姫」になっているのね。

 こんな日が来るかもしれないと思って、この手紙を残します。 

 私、お祖父様が大好きでした。

「日掛源一郎」の「孫」の日掛藍として生まれて来れて、幸せでした。

 たくさんの愛を、ありがとう。

 だから、お礼にプレゼントを残す事にしました。

 私の、子供です。

(お祖父様には、ひ孫ね)

 遺伝子提供者には、柏木先生にお願いしました。

(他の人にしちゃぁ、イヤよ!)

 私の分も愛してあげてね。

 それでは、お休みなさい。

 追伸、もう一人の藍は、自由にしてあげてね。

 最後のお願いです。


 あなたの孫娘より』



「ひ孫とな……。藍め、ワシに、ひ孫のプレゼントじゃと……」


 そう呟く老人の目には、偽りのない涙が溢れていた。


 



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